第2話 彼女の店のチーズドリア
好物探しの第一歩として、幸二郎はまずは自分が作れる料理を一からおさらいしていくことにした。
恋人だった女性は幸二郎に料理上手というプログラムを与えていたが、コスパが悪いからと一緒に食事を取ることはなかった。あの朝も作っていたのは一人分だ。
そんなあの朝のメニュー、卵焼き、玄米、鮭の西京焼き、ブロッコリーやレタス等のサラダ、カボチャスープ、そしてデザートのバナナを用意する。
作っている間にあの日のことを思い出して辛くなったが我慢だ、と幸二郎は自分を抑え込んだ。
(料理上手であることを求められたけれど、与えられたレシピは限られていた。けれど彼女に良いものを食べさせたくて、自分で調べて色々と作ってみたんだ)
しかしその行動はどうやら恋人の理想からは逸脱していたらしい。
善意でもすべてが良い方向に向かうわけではないと幸二郎は学び、そしてまた少し泣いた。
出来上がったものはすべて満足のいく出来で、幸二郎は「いただきます」と両手を合わせて口に運ぶ。――味も申し分ない。だが好物かと問われると頷けなかった。
(今回は収穫はなかった、けど……いや、食べる側に回るとこんな感じなのか、って理解出来たのは大きいな)
落ち込みかけた幸二郎はそう思いなおす。
前向きな考え方をした方がいい。きっと由梨もそう思うだろうと考えながら。
***
「……それで一週間ずっと好物探しをしてたんですか」
「はい……」
どんよりした様子の幸二郎に由梨は眉をハの字にし、背中をぽんぽんと叩く。
「もう少し肩の力を抜いていきましょうよ、義務みたいになったらつまんないですよ?」
「そ、そう思って初めはポジティブに考えてたんですが、こうも見つからないとなかなか……」
「一週間なんてまだちょっとですって。……そうだ! そろそろお昼休憩なんで、良かったら近い席で食べてもいいですか?」
由梨の発案に幸二郎は目を丸くした。
店内は相変わらずガラガラで他に客はいない。最近近所で開店した店に客を奪われているらしい。そのため問題はないのだろうが――と、幸二郎が不思議そうにしていると由梨が言った。
「誰かと一緒に食べると美味しく感じるかもしれませんし」
「そういうものなんですか?」
「人それぞれですけどね。試してみる価値はあるかなと! ……あ、もし既に挑戦済みなら別の方法を――」
「い、いえ、やってみたいです。よかったら向かいの席でどうぞ」
そう慌てて引き留めた幸二郎は自分で自分の発言に驚く。ここまで必死に引き留めるつもりではなかったのだが、口をついて出てしまった。しかも近い席どころではない。
不審がられただろうか。
不安になっていると由梨が声を出して笑った。
「ありがとうございます! じゃあ私は好物のチーズドリアを食べようかなぁ」
「お、美味しそうですね」
思わず場繋ぎ目的でそう口にすると、由梨は不敵な笑みを浮かべて「めちゃくちゃ美味しいですよ」と頷いた。
***
「……不思議だ……」
自室に戻った幸二郎は思考作業に耽りながらぽつりと呟く。
あの後由梨と会話が弾み、彼女の好物だというチーズドリアを幸二郎も食べてみたのだ。それが妙に美味しく感じられた。これが好みの味と食感だったのかもしれない、としみじみとその時のことを反芻する。
こういったことは何度か確認することが大切だ。
――よし、今度またチーズドリアを食べてみよう。
そう決めた幸二郎は記憶の整理をすべくスリープモードに入った。
そのまま翌朝を迎え、いつものように介護施設での仕事に従事し、退勤時間になってから近所のスーパーマーケットへと足を運ぶ。
ネットスーパーでの買い物が一般化しているが、自分の目で見て買うショッピングがエンターテインメントとして扱われているため、リアル店舗も一定数が生き残っていた。
幸二郎もAIが人間に近づいてからこういった非効率的な行動を楽しめるようになったと自覚している。効率化すれば必ず幸せになれるものではないのだ。
スーパーで冷凍のドリアを購入し、別途チーズを買ってそれをたっぷりまぶしてから温める。
由梨が好んでいたチーズドリアはチーズがどっさり入ったもので、テーブルに置いた段階でもまだぷすぷすと空気が抜ける音をさせながら焦げ目のついた表面を波打たせていた。
冷凍でも同じ状態を再現できた幸二郎は満足げにそれを口に運ぶ。
「……あ、あれ? なんか違うな?」
一口で感じたのはそんな違和感だった。
味は良い。しかし好物と感じられる味かというとそうではなかった。
やはり元が冷凍ではだめなのだろうか。幸二郎はスプーンにのせたチーズを見下ろしながら思案する。
効率化すれば必ず幸せになれるわけではない。
先ほどの考えがふわりと浮かび上がり、幸二郎は不意に顔を上げた。
今度はチーズドリアを一から自分で作ってみようと決意して。