リュウクウデン8
砦にワノジャの軍隊が到着したのはピマ国がリュウクウ国に侵攻する二日前であった。
猿軍師がピマ軍によるリュウクウ国侵攻を予想したから砦に進軍したのだが、その予想はワノジャ軍の兵士にさえ知らされていなかった。
大掛かりな軍事訓練を行うとの通達であった。
砦はリュウクウとピマの国境から程近い。普段は僅かな国境警備隊がいるに過ぎないが、さすが大国リュウクウだけあって、国境近くの砦はワノジャ軍を滞りなく受け入れることができるほどの大きさがある。
猿の指示は、
「砦にてピマ軍を迎え撃て」
猿の予想どおりピマ軍が侵攻してきた。だが、南のブイヤ国までがリュウクウ国に侵攻してきた。ブイヤ国の同時侵攻についての猿の予想はなかったのである。
猿が予想してくれたので、ピマ国境付近の防衛はなんとかなりそうである。
だが、猿が予想しなかったブイヤ国境はあまりにも防衛が手薄となっている。
ブイヤ国境にはフールモ軍が向かったとのことだが、間に合うとは思えない。いや、フールモ軍師のことだから間に合わせるかもしれないが、戦場に辿り着くのは僅かな数であろう。
「援軍を送るべきなのでは?」
とのワノジャの提言を猿は、
「必要なし」
の一言で退けた。
ワノジャは猿が喋るという不思議な現象に完全に慣れてしまった。猿の発音は正確である。淀みなく聞き取りやすい発声である。声質は人間の男性の平均値の声の高さであり声の太さである。
猿は雄である。猿の話術は同じ雄であるワノジャを遥かに上回る。
リュウクウ国の王都リュート。リュートの城は通路や建造物が複雑に絡み合っている。
戦の時代が周期的に訪れる。大陸間でさえ争う時代が周期的に訪れるという。リュウクウ国王都リュートの複雑な城の構造は、北の大陸からの侵攻に備えるものだという。
複雑な城群の奥深くに、宝物を収納した蔵がある。蔵の宝は10年に一度太陽の下で拭き浄められる。
宝物の一つに猿の銅像があった。猿の銅像がいつから蔵にあったのか誰も知らない。遠い昔から猿の銅像は10年に一度拭き浄められてきたという。
ある日、猿の銅像を拭いている途中に銅像が割れたという。猿の銅像が割れて猿そのものが中から飛び出したという。
それが猿軍師であった。
猿の銅像から飛び出した猿は王都リュート中を跳び跳ねて逃げ回った。
第三軍師プムラは、
「あれは逃げ回っていたのではない。猿はあの数日でリュートを効率的に移動している。あれは入念な王都探索であったのだ」
と後に語った。
猿は数日間巧みに近衛兵の包囲を潜り抜けた後、青広場で寝ているところを近衛兵に取り押さえられた。
リュウクウ王リュウライは好奇心旺盛な王だ。猿は迅速に王の前に連行されてきた。そこで猿が言葉を発したので驚いた人々が猿を王から遠ざけようとしたのだが、王は猿に話をさせるよう指示した。
猿は話術巧みに王を説得して縄を解かせ、さらに人払いさせて、王と密談をした。王リュウライは終始楽しんでいる様子だったという。王と猿とでどのような密談がされたのか本人達以外誰も知らない。
とにもかくにも翌日、猿はリュウクウ国第一軍師に任ぜられたのである。
ティーダ国の王都ダダ。王都ダダは縦横無尽の水路によって支えられている。物資や人を満載した舟が賑やかに行き交う。
ティーダ国は古い大国だ。城には蔦が張り付いている。緑の城の奥深く、ティーダ国王ダジャは酷く気が重い。
ほっそりとした体躯を分厚い緑色のマントに包んで椅子の奥深くに腰掛けている。椅子の下に抜け道でもあるならとっくに入り込んで、水路に出て舟に乗り、東の果てのデルデ岬に行き、そこから
さらに東へと船を出すに違いない。
整った顔立ちのティーダ国王ダジャであるが、なぜか分厚い付け髭で顔を隠している。
ダジャは己れの能力に疲れていた。特に未来予知のレイリョクに疲れ果てていた。幾層にも複雑に絡み合う未来。
ウゾウという現象が未来予知に立ち現れたのはダジャが幼い頃である。あまりに鮮明な恐ろしい予知であった。絶対に不可避な未来の現象としてウゾウがあるのだ。
将来、ティーダ国を継ぐ少年であったが故に、また、未来予知のレイリョクを持つ少年であったが故に、ダジャは常に未来を変える方法を模索していた。
だが、どんなにシミュレーションを繰り返しても、ウゾウ現象を防ぐ方法がなかった。ウゾウ現象はジゴクに直結している現象だ。この世界がジゴクに変化する。
己れだけでは防げない。しかし、未来予知にタクトフービが現れた。タクトフービがどの世界から来るのかダジャの能力を持ってしても感知できなかった。だが、タクトフービは来たのだ。異世界にさえウゾウ現象があるという。ならばタクトフービはウゾウ現象に対処する方法を知っているかもしれない…
しかし、ダジャの未来予知による未来には恐ろしい要素が溢れている。
ダジャは気が重い。
王ダジャの部屋にヤボザが入ってきた。ヤボザはレイリョクとは別次元の能力、祓えを持つ男である。
「ヤボザ頼むよ」
ヤボザは一時的にダジャ王のレイリョクを祓う。ダジャはレイリョクから解放されて王の椅子で深々と眠りに落ちる。