リュウクウデン7
リュウクウ国第二軍師フールモが率いる兵が迅速にブイヤとの国境付近に駆けつけることができたのは、馬に与える餌が良いからであった。
植物の専門家であるフールモは
馬の餌の研究も長年続けている。だが、尋常ならぬ速度で戦場に駆けつけた馬たちは戦力としては
しばらく使えない。あまりにも負担をかけすぎた早駆けであったのだ。
リュウクウ国第二軍師フールモ。フールモには謎が多い。そしてフールモは多忙である。
フールモは、植物による武器開発の研究、馬などの生体への植物の影響及び強化の研究、人体及び心理への植物の影響、植物による環境の改造。などなど多数の研究と同時に、軍隊の訓練、自身の鍛練、軍略の研究、それらを同時に長年続けている。
リュウクウ国の誰に訪ねても「フールモ軍師は昔から研究を続けている」と答える。どのような長老に訪ねても同じ答えだ。
フールモはいったいいつからこの世界にいるのだろうか。
アロンがキューロを振り回しブイヤ兵を薙ぎ倒しながら、背後のヨロンにかけた言葉は、
「フールモは気持ち悪いな 」
いつものアロン将軍の台詞だ。いつものようにヨロン将軍は答える。
「そのとおり。フールモは気持ち悪い。フールモは気持ち悪いけど、フールモが俺らの軍師で良かったな」
「まったくだ。フールモ軍師が敵だったらと想像するだけで気持ち悪い」
『双竜隊』は双子だけで構成されている。リュウクウ国では、ある村がフールモ軍師の実験により双子だらけにされた。との噂が流れている。
双竜隊はフールモ軍師の実験の一つなのではないか。との噂が流れている。
アロンとヨロンの、噂に対する意見は一致している。
「フールモならやるだろう」
いつか詩人レイグスクがリュウクウ国内を旅しているときに変な男がいた。
奥深い山の細い道。しゃがみこんで草を食べながらニヤニヤしている平凡な顔立ちの男だった。
男はレイグスクを知っていた。ニヤニヤしながら男が、
「詩人レイグスクだな?」
と話しかけてきた。歳がわからない。意外と若いような、意外と長老のような、はっきりしない雰囲気。その男と、その男の周辺がなにやらもやもやとしている。男の存在はあやふやであった。
男は周囲の存在さえあやふやにしてしまうようだ。一言で表すなら
気持ち悪いやつであった。その気持ち悪い男が訊ねた。
「その楽器の名は?」
レイグスクは常に背中に楽器を背負っている。
「酉音弓」
「十二器の酉音弓だな。その音を浴びた者はチンジュの影響から解放される」
底知れない男であった。
いつもは「名もなき楽器」と答える。
だが、この男には「酉音弓」と答えた。
真の詩人の嘘は真実である。
では、真の詩人の真実は?
このとき詩人レイグスクが真実を告げた気持ち悪い男がフールモ軍師であった。
「すっかり囲まれてしまったな」
双竜隊の回りはブイヤ兵の真新しい盾の壁である。あまりにもブイヤ兵の数が多いので、キューロを棒高跳びのように使って飛び越すことができない。
「ブイヤ兵のやつら、なんで真新しい武器や防具を こんなに沢山
持ってるんだ」
「解ってるだろアロン。ジーガ国が与えている可能性が高いってことは? 」
「ああ確かにその可能性が高い。ブイヤに報償を与える約束をして武器を与え、ある程度ブイヤ兵をわが国にぶつけ、適当なところでジーガ国本隊が出てくる…ありそうだな 」
「だがアロンよ、ブイヤ人は 好戦的な民族ではない。そのブイヤ人を戦場に送れるほどの報償があるのか? 」
「ヨロンよ、動機についてはもう少し暇なときに考えよう。今は地理的憶測を… 」
「確かに、トアル国の高い台地を通ってジーガ兵がこの戦場に駆けつけるのは無理だな。トアル国がジーガ国に協力しない限り… 」
「鎖国しているトアル国がジーガ国に軍事協力するとは思えないが、何らかの理由で協力しているとしたら、双竜隊どころか、フールモ軍すべてが危うい。トアル国の道具が兵器として使用されたらリュウクウ国そのものさえ持ちこたえられるかどうか… 」
「アロンよ、もしトアル国が中立を守ってる場合は? 」
「ジーガ軍はリュウクウ国の南側の海からリュウクウに侵入。それからこの戦場に駆けつけるだろうな。そうなればフールモ軍は終わりかもな 」
「問題はフールモ軍師だ。お前がこれだけ戦況を把握できるってことは? 」
「フールモはもっと客観的にあらゆる場合を想定している。怖いのはフールモ軍師の客観性だ 」
「確かにフールモは双竜隊が挟み撃ちになるのを客観的に観察するかもな。この戦場のすべてがやつにとっての実験にされるかもしれない… 」
「とうとうフールモ軍師を、やつ呼ばわりしたか… だが、やつにとって双竜隊は大事な実験隊のはず…なのだから…そこまで冷たくしない… 」
「しないはずだよな… … 」
当のフールモは自分を『探求者』だとしている。『実験』などではない『探求』なのだ。フールモが探求しているのは真理ではない。フールモは善を探求している
絶対的な善を探求することがフールモの絶対的な喜びである。フールモがある植物から得た成分を使い村中に双子を誕生させたのは事実であった。だが副作用がないよう何十年も研究を重ねた末の事業であったのだ。
フールモにとり双子だけから成る双竜隊は必要な善である。同調を有効活用する方法を双竜隊を使って探求する。
この世界に例の現象が迫っている。南の大陸ではすでに…
双竜隊は例の現象に対応する善なのだが、それはそれとして…
フールモの探求結果は善の方向に向かう。フールモは最初からそれを知っている。
それだけではない。
フールモは最初から存在している。
フールモは最初からすでに世界を知っている。
あとは善をなすだけだ。
フールモは第一軍師になろうと思えばすぐになれる。世界を支配することさえ可能である。だが、支配は悪なのだ。
フールモは悪を行わない。なぜなら世界を知っているからだ。
だが今は世界を知っていることを秘密にしている。
世界を知っていることを秘密にすることは善である。
フールモは善をなさねばならぬ。