リュウクウデン4
『詩人レイグスクの詩』
松は丘を知る
空は王を知る
色変えぬ松のごとき王は
「詩人の知るべき譜面とは?」
と問う
詩人は
「風に行方を問うとき風は もうそこにいません
王が問うた風は遠くにいます
新しい風である詩人には問いそのものがもたらされないのです
なぜなら問いは古き風が遠くまではこんでしまったからです
王の持つ譜面の音符はすでに風が遠くまで運んでしまいました
詩人が知るべき譜面は月の歌の譜面です
王の明かりにて照らされる
月の歌を今宵… 」
丘はすでにして月を知っている
詩人は小さな声で歌う
宇宙は歌を知っている
色変えぬ松のごとき王はリュウクウ国の北の端『竜の顋』と呼ばれる岬に居る。色変えぬ松のごとき王の名はリュウライ。
リュウクウ国王リュウライの供はいま二人。
リュウライ王は『竜の顋』の先端に立ち海と対峙している。王は水平線の彼方まで見透かそうとしているのだとゼンセンは思う。
「ゼンセン、あの者はどこから来た? 」
王に問われた者は強靭な筋力と強大な精神力をあわせもつ若者である。リュウクウ国の若者は概ね気難しく寡黙である。ゼンセンはその気難しさと寡黙さを壺にたっぷり入れて洞窟の奥深くに百年寝かせて熟成させたような男である。若くしてすでにゼンセンは近衛隊の長である。
城の地下深く牢が並ぶ空間の最も奥の牢。じっとりとした異臭淀む
なれどその牢の内部になぜか爽やかな風が吹いている。
不思議なことにスイナ湖の涼しい風が牢に吹いている。
ぴたりと牢の真ん中に座しているのはリュウクウ国王が言うところの「あの者」である。
リュウクウ人ではないことは明らかである。肌が白い、というより青に近い。春の穏やかに晴れた空色の肌をしている男。リュウクウ人にとってはそのような肌の男は軟弱であり、疑わしい策略を秘めたおぞましい性格を持つ男に違いないのである。
リュウクウ人の男は土色の健全な肌を誇りにしている 。幼いころより畑や海で働き、その他の時間に武道と兵法を習得する。
強大な武の国リュウクウの誇りが男達ひとりひとりにしっかりと染み込んでいる。
銀色の長い髪を謎の風に靡かせて穏やかな表情のタクトフービ。
「タクトフービはジーガ国より来た者といたしましょう」
王リュウライの問いに答えたのは近衛隊長のゼンセンではなかった。骸骨より細いと形容される痩身の男プムラである。プムラは第三軍師の地位にある。王はタクトフービがこの世界の外から来た存在であることを知っているのにあえて寡黙なゼンセンに質問をしていた。そのような場合じゃないのにである。そこが王リュウライの奥深さでもあるがしかし。
第一と第二軍師はいま東の前線にてそれぞれ戦の指揮を執っている。
リュウクウ国はいま東の二国より攻撃を受けていた。晴天の霹靂のごとき突然の攻撃である。武の大国であるリュウクウ国に挑むほどの国力は東の二国にはない。
軽んじていたことは否めない。二国を間に置いて東には古き大国ティーダ国がある。ティーダ国は長年に渡りリュウクウ国と良好な関係にある。
正式な条約を交わしてはいないがティーダ国が二国を操りリュウクウ国を攻めさせることはない。
なぜなら、ティーダ国王ダジャはレイリョクについて情報をリュウクウ国王に提供し、自らのレイリョク『未来予知』によって得た、異世界よりタクトフービが何らかの物体に乗ってスイナ湖に出現するという重要過ぎる情報さえ提供したのである。しかも、タクトフービをリュウクウ国に移動させ第一軍師として起用させる手筈さえ整えてくれたのだ。
あの日、タクトフービはこの世界を救う助力を惜しまぬとダジャに告げたのであった。
スイナ湖とリュウクウ国西海岸に出現した馬の如き物体は両地点を繋ぐ通路として機能した。瞬間的にタクトフービは通路を移動して漁師将軍ザナゾと軍師プムラの待つ浜に出現した。
タクトフービは他大陸より来襲せし者としてザナゾにより捕縛され牢に入れられた。
それらの流れはしかし、予知能力者ダジャとリュウライによって事前に話し合われ実行された。
リュウクウ国にはすでに北の大陸の間者が多数入り込んでいることを考慮しての芝居であった。
タクトフービは牢に入れられている。しかし、タクトフービは第一軍師としてすでにピマ国との国境にてピマ国の急襲に対処していた。
永い間不在であった第一軍師をリュウライが任命した。任命された第一軍師は猿であった。その猿を遠隔操作しているのがタクトフービである。そのことは物語が進むにつれ明らかになる。
骸骨より痩せた第三軍師プムラは弱々しい声で続ける。
「あの者は南の大国ジーガから送り込まれた密偵ということにいたしましょう 。ジーガは近年着々と武力を増大させております 。この機会にジーガを叩いておくに越したことはありません 。タクトフービが真にジーガ国の者とは、このプムラにも
思えませぬが… 」
ティーダとの密約については近衛隊長ゼンセンにさえ知らされていない。あの浜でザナゾに告げたが、プムラの弱々しい声を嵐のなかで聞くことができるのはザナゾしかいない。それを充分承知の上であの嵐の浜で普段よりさらに声をひそめたプムラだった。しかしレイリョクを有さぬというザナゾ、なぜ嵐のなかで絶対に届かないプムラの声を理解できたのであろう。ある意味タクトフービより謎深き漁師将軍ザナゾである。