リュウクウデン2
リュウクウ国の西海岸。波荒れ狂い風吹き荒ぶ。ザナゾは浜に立っている。砂に立ててあった大きな銛は、今はザナゾが握っていて銛の先は馬に似た物体に向かっている。
馬に似た物体はすでに浜に上陸している。浜まで移動する途中に馬は急激に加速した。まるで縄で引っ張られているかのような不自然な加速であった。
浜に上陸した物体は異質な存在感を放射している。先程まで異様な鳴き声のような音を発していた物体だが今は静かである。
ザナゾは動こうとしない。
どのような事態にも対処できるように力を抜いて、肩幅ほどに足を開き、少し腰を落とし、銛を構え
静かに馬の次なる動きを待っている。
ザナゾは巨大である。常に巨大であるかというとそうではない。漁師として船を動かしている姿は確かに大きいが巨大というほどではない。戦闘訓練を指導するときのザナゾも特に巨大というほどではない。
ザナゾに戦闘集団を投入する国があって、ザナゾは相手をする。
そのときのザナゾは巨大だ。いま浜に立つザナゾも巨大である。
髪は漆黒で嵐の海の如くに渦巻いている。髪と髭とが渾然一体となって自由な踊りを披露しているようだ。
褐色の肌を曇り空の鈍い陽光に晒している。
銛を持ち異様な物体に立ち向かうその姿は闘神像のようである。
突然静かに馬のような物が割れた。馬が真っ二つに割れたのである。
馬に似た物体は潔いほど内部を晒している。馬に似た物体の内部は色とりどりの淡い灯りに照らされている。
ザナゾは一瞬にして後方に飛び退いていた。
妻のナウロのようなレイリョクはザナゾにはないが数々の修羅場を潜り抜けてきた経験による研ぎ清まされた勘がザナゾにはある。ザナゾの勘は物体内部にいる者の気配を一瞬で察知した。危険な気配であった。かつてこれほどの危険な気配を持つ者はいなかった。それゆえ後方に飛び退いた。
しかし、開いている馬に似た物体の内部。淡い色の光に晒された内部に人は居ない。先程までの危険な気配は今は存在しない。
残留思念という言葉をザナゾは知らない。けれど架空戦闘と実戦経験の膨大さによってザナゾは残留思念を感じることが可能であった。
誰か危険な人物が先程まで確かにその物体内部に存在していたのだ。
その時、ザナゾの背後に人影。
「第三軍師プムラどの。このような天候のなか、なぜにこのような場所に?」
骸骨より痩せていると形容されるリュウクウ国第三軍師プムラは数十人の兵を従えて浜に立っている。骸骨より痩せた両肩を両側から兵士が掴んで無理矢理浜に据え置いている。兵士が手を放したならプムラは暴風に易々と拐われ空高く飛ばされるに違いない。
ザナゾの高性能な聴覚を持ってしてやっとプムラの言葉を拾うことが可能であった。暴風の中ではプムラの弱々しい声は吹き消されがちなのであった。こんなので戦場の指揮をこなすことなどできるのかとザナゾは訝しむ。
実際の戦場においては大声係の兵を常備して指揮を下すプムラであった。
リュウクウ国第一軍師の座はなぜか空席である。なぜ第一軍師がいないのか王以外知らない。リュウクウ国王リュウライにそれを問う者さえいない。リュウライは人望篤い王である。王が第一軍師を置いていないのだから、理由はともかくそれは正しい判断だと誰もが信じているのであった。
リュウクウ国第二軍師はフールモである。あの、昔から居る者フールモである。この人物についてはあまりに謎が多すぎる。王リュウライさえフールモが何者であるか知らないのだろうと噂されている。それでも第二軍師という重要な地位にあるのはその才能の物凄さ故である。
さて第三軍師プムラであるが、プムラはとにかく誠実である。戦術、戦略、統治、物資調達、産業育成、教育全てにおいて秀でているうえとにかく誠実に任務をこなすのである。王リュウライが最も重用するのが第三軍師プムラであった。
そのプムラがザナゾに説明する。弱々しい声で。
「我がリュウクウは東の古い国ティーダとずっと良好な関係にあります。ここだけの話なのですが、実はティーダ国王ダジャはレイリョクを有しています。通常、女のレイリョクはユタの能力として正式に保護され、男のレイリョクは邪悪な力としてユタ制度のもとレイリョクを消す処置がなされます。しかし今後、ユタ制度は崩壊するとの見解をリュウライ、ダジャ両王がお持ちなのです。ダジャ王のレイリョクは今のところ秘密ですが、やがてそのレイリョクがティーダとリュウクウに必要になるとの判断で両王は一致しています」
ザナゾはプムラの話をすんなりと受け入れた。レイリョクを有する妻を持ち、そのレイリョクを秘密にしているザナゾにとってプムラの話は理解が容易いのであった。