旅の終焉
「近くで見ると、ますます通路のようなつくりってことが分かるな」
「そうね。とにかく入るには、まず、この金網をどうにかしないと……それ、ワイヤーカッターなの?」アリスは怪訝な面もちをした。
「ああ、切断用トーチは、ちょうど故障中なんだ。修理に手間取っててね」
「ほんとに大丈夫なの? まがりにも相手は、長距離航行向けと思われる宇宙船よ」
「やってみてダメなら、別の手を考えよう」
だがアリスの思いは杞憂だった。
「簡単だったな」
船外通路の金網には、大きな開口部ができていた。
「それじゃ、進みましょう」
「このサイズ感は、どうやら人間、あるいはその類似生物向けみたいな感じだ」
「たしかに、そんな感じもするわ。後で主要個所の寸法も記録しておきましょう」
「それで、どっちに進む?」
「まずは船体前方から、それから後方へ順番に調べていくわ」
ただ、僅かも進まないうちに、固く閉じられた扉に突き当たる。
「このエアロックは、どうやって攻めるつもりかしら?」
「どうかな……これは、ずいぶん大げさなハッチだ」
ボブはハッチを動かそうとしたが、思うように動かなった。「こいつは固いなぁ」
「その、スイッチみたいなのはなにかしら?」
「これか?」
スイッチというよりは、大きめのレバーという感じだった。
ボブがそれを動かして、力を入れてハッチを動かすと簡単に扉が開いた。
「驚いたな。これはロック機構か。たぶん、かなり機械的な制御なんだろう」
「詳細を見るのは後にして、とにかく船内を調べましょう」
エアロックを通り抜け、二人と一体は船内へ入った。
内部は、当然に予想されていたが、電源は喪失した状態で真っ暗闇だった。
スティーブンシンがすかさず、二人の前に進んで周囲を明るく照らした。続けてアリスとボブは、視覚センサーの感度を調整した。
「スティーブ、通信は良好かしら?」
「問題なし、感度良好だヨ。ボディカメラの映像もばっちりダ」
「了解したわ。これから船内を探索します」
「それじゃ、こっちは映像を適宜ピックアップして、解析にかけるヨ」
「ええ、お願いね」
船内は特筆すべき点は少なく、内壁にも意匠といった類のものは見られなかった。
「殺風景な船内だこった」
ボブは天井から床まで、仔細に観察した。
「それを言うなら、シンプルなデザインって言うべきよ」
「まあ、いいや。それより船内の空気はどうなんだ?」
「簡易分析を、今、確認するわ」
アリスは宇宙服備え付けの分析計を見た。「気圧は、ほとんどゼロよ」
「ほう……もともと空気、というべきか、何らかの大気が充填されていただろうか?」
「おそらくは、そうかもしれないわ」
探索を進めるうちに、比較的に広い空間がある場所に出た。
「ここは、居住スペースかしら? 円筒形の変わった形みたい」
「ああ、これは、回転の遠心力で人工重力を作っていたのかもしれない」
「ということは、やっぱりかなり古いもののようね」
「それはともかく、居住スペースと思わしき場所があるのに、乗組員も、その痕跡もみあたらないな」
二人は、内部を仔細に観察した。
「この場所は、うっすらと霜があるな。たぶん、もともは何らかの大気成分が、どれほどの気圧であったか知らないが、少なくとも水分が含まれていた。それが宇宙船の活動停止によって温度が下がり、そのうちに大気もどこからか漏洩して、今の状態になった……かもしれないな」
「ご推論をどうも」
そのとき、アリスのもっている検出器が、小さなアラームを鳴らした。
「残留ガスに酸素と窒素を検出です、って」
「へぇ、酸素と窒素か。君の故郷にもそっくりだな。やはり、設計は地球人がらみかな?」
「これだけだと、分からないわ」
「まあ、そりゃそうかもな」
アリスは、イスとテーブル、それから何かしらのモニター表示の装置とみてとれるものが目についた。
「ちょっとボブ。あなたには、これらはどう見えるかしら?」
「ああ、テーブルとイスだ。地球人向きの大きさかな? そっちはモニター装置か?」
「私もそう思うわ」
「やはり……地球人か? でなきゃ、相当に類似の生命体が作った宇宙船のようだな」
「そうなれば、この宇宙船の出所も、いずれ分かりそうね」
アリスはさらに周囲をよく観察した。
「この壁……汚れと、傷かしら?」
「なにか暴れたのか、争ったみたいにもみえるな」
「あるいは、船員の仲間割れかもヨ」これまで黙っていたスティーブが茶々を入れた。
「気味の悪いこと、言わないでちょうだい」
「どのみち、この感じじゃ、何かトラブルがあったのは間違いない」
「ところでスティーブ、船内のマッピングはどうかしら?」
「進めてるよ。まだまだ中心部には距離があるネ」
「んじゃ、先へ進んでみようじゃないか」
***
「またエアロックみたいな扉だ。だが、この先は、位置関係的に船の中心部だよな?」
「そうだネ。中心軸に近い場所のはずだヨ」
ボブは扉に触れて観察する。
「平凡だが、優れた設計みたいだ。かなり地球人向けのな」
「そうね。直感的に操作できるもの」
アリスは慎重に操作して扉を開けた。そうして彼らは、奥へと進んだ。
手持ちのライト以外に、光源がないのは同じだったが、ここはさらに暗い印象だった。
何かしらの装置類と思われるものが並んでいた。ここでは電源が生きているのか、ところどころで小さな光点が点滅していた。
「ここは、なんの部屋だ? どうにも、これまでと様子が違うな。アリス、大気分析はどうだ?」
「不活性ガスが百パーセント……気圧は、おおよそ0.1MPaよ」
「スティーブ、君の意見は?」
「うーんとネ……」しばらくの間があってから続けた。「手持ちのデータと比較すると、大昔の地球人が作るような古典的サーバールームと類似性が高いネ」
「なるほど! 制御システムの中枢か。大昔の宇宙船は外装が貧弱で、重要な機器は中心部に置かれていた、と聞くが」
「やっぱり、相当に古い宇宙船の可能性があるわね」
「しかも、ここは電源がまだ生きている。まあ、正常な状態かは不明だが」
ボブは慎重に、奥のほうへ進むと声を上げた。
「倒れている。何者かが倒れているぞ!」
「落ち着いて」アリスも慎重に近づいて確かめた。「これは、これはたぶん遺体よ。ミイラ化しているようにみえる。まるで……人間の」
機器に触れたとたん、なにかの映像がモニターに映し出された。
「おっと、こりゃなんだ」
その映像では、地球人の中年男性のような人物が、どこか深刻そうな表情で、なにかを語っているようにみえた。
「まるで、地球人だわ」
「なんて言ってるんだろうか?」
「分からない。データをサルベージしなきゃ」
「スティーブ、どうだい?」
「う~ン、これは音声データもありそうな感じだネ」
そのとき、司令部から通信が入った。
「調査隊、聞こえるか? こちらは司令部だ」
「こちら調査隊。司令部どうぞ」
「帰還命令を発令する」
「また突然ですね。どういうわけですか?」
「先ほど統括参謀本部で、識別不明の宇宙船については、破壊措置実行という決定が下された。調査船は、ただちに周辺領域から離脱せよ」
「破壊措置ですって?」
アリスは驚きのあまり、言葉に詰まった。代わってボブが司令部に聞き返す。
「“ただちに”ということは、すぐにでも破壊措置が実行される、ということですか?」
「そういうことだ」
「待ってください! まだ十分に調査は終わってないですし、宇宙服を着ている地球人そっくりの遺体と、未知のデータベースと思われるも……少なくとも、データのサルベージと遺体回収はするべきだわ」
すると司令部から、聞き馴染みのある声で返答があった。
「アリス君、決定は下されたのだ」
「その声は、トレント司令官?」
トレントは調査チームの司令官で、三人の直属の上司でもあった。
「し、司令官。ですが調査は不完全です。少しだけでも、調査時間の延長をいただけませんか? なにより、身元不明の遺体まで」
しかし、トレント司令官は、大きな咳ばらいをして話を遮った。
「その意見は、たしかに当然とは思うが……すまない。すでに上層部が決定したことだ。これ以上、宇宙船が工場建設エリアに接近するのは、容認できないと判断された。君たちはただちに調査を終了し、帰還したまえ」
「そんな」
「私としても、なんとかしたいところだが、今回は権限が足りない。すまないな」
「ええ、はい。分かりました」
アリスは小声で続けた。
「司令官、その、直通回線を繋いでいただけますか?」
「よろしい」
そうして調査船への帰路につきながら、アリスはぼやくように言った。
「トレント司令官、多少でもこの処置の理由は、聞かせていただけるんですか?」
「ああ、」
「どうして、こんなにも性急に調査打ち切りになったのです?」
「結局のところ、」トレント司令官はため息交じりに答える。「誰も彼も、納期だけを気にしているという次第だよ」
「納期……ですか?」
「ただでさえ、エネルギー工場の建設は予定より遅れている。政策推進局がそのことについて、かなり神経質になっている。関係者や出資者たちからも、少なからず不満の声が届いてる」
「政治的な圧力が来た、ってわけですか?」ボブがあきれた様子で聞き返した。
「そういうわけではない。目下、工場建設の作業工程が最優先される、というだけのことだ。これで議論は終わりにしよう。指定された領域より離脱し、帰還しなさい。これは命令だからな。つまらんことで、君たちに怪我でもされたら困る」
「了解しました」
それと同時に三人は、コックピットの席まで戻ってきた。
「まあ、関係者の皆様は苛立ってる、って寸法だ」
ボブは言ったが、アリスは黙ったまま調査船の吸着を解除し、離脱のためにエンジンを始動した。
***
調査船が安全確保領域まで離脱すると、すぐさま破壊措置が実行に移された。
建設基地にある防衛ミサイルとレーザー照射によって、正体不明の宇宙船は木端微塵に破壊された。
船体のほとんどは蒸発して消え失せ、残った破片も宇宙空間で散り散りになり、虚しく輝きながら、次第に虚空の闇へ消えていった。
「わおっ!」
経過を見ていたボブは、驚嘆の声をもらした。「こいつは、たまげた! きっと、新型の高出力レーザー砲だろうな。急かしてた訳が分かった気がする。こいつの試験運用がしたくてたまらなかったらしい」
「まったく、破壊することに関しては、いつも仕事が早いこと。あきれちゃうわ」
「それにしても、もったいないネ」スティーブが残念そうにつぶやく。「もう少し時間があれば、いろいろと分析できたかもネ」
「しょうがないわ」
アリスは水分補給をして、深呼吸した。
「それより、スティーブ。わずかな映像からでも、なにか分かることはあったから?」
「うーんと……映像にあった人物の動きをフィルターにかけて、その口の動きを膨大な映像と比較、言語データとの比較をしてみたけど、少なくとも言語は未知みたいだヨ。発音構造は地球人に類似しているかもしれないネ。推論の推論みたいな域だけどネ」
「ありがとう、スティーブ。今回の調査は、得られたものは少なかったようね」
「技術的なこともな」
ボブがぼやくように言った。「他の部署に比べて、ボーナスの気前がいいことだけが救いだぜ」
「でも、ほんとうに、もったいないネ。もしかしたら、なにか学びになることがあったかもしれないのにネ」
「へっ! あんな、骨董品みたいな船から?」
「ボクは知ってるヨ。地球にはね、古い諺にこんなのがあるんダ。“温故知新”って」
「なんじゃそら?」
「故きを温ねて新しきを知る、ってネ。アリスは知っているよネ?」
「知らないわよ。どこの言葉なの?」
「地球の古代中国だヨ」
「じゃあ、知らないわ」
アリスはため息をもらした。「それよりも、あの遺体の宇宙飛行士のことが気がかりよ。いったい、どこの誰だったのかしら?」
「そうだな。せめて、あそこから連れ出して、故郷に連れて帰るべきだった」
船内の気分は少しばかり憂鬱になったが、それも長くは続かなかった。
あらたな調査命令が出さたのだ。三人はすぐさま気分を切換え、次なる現場へと向かった。
***
ところで、例のエネルギー工場について、これは広大な宇宙空間上で時空間に安定した切れ目を作り出し、そこに発生する重力差を利用して莫大なエネルギーを取り出すという大掛かりなものである。
さらには、それを応用した極超遠距離・超光速移動航法の実用化も近かった。
地球人主導の銀河文明は、今や他の銀河系にも広がり始めていた。とどまることを知らない、貪欲な超巨大文明の発展には、さらなる莫大なエネルギーが必要とされている。