00. おはなしの始まり
「これは左遷ということですか?」
「違う」
そうはいってもこの手の中の皺が入ってしまった辞令は左遷としか考えられないものだった。髭の生えた皺の深い顔に説明しろと睨みつける。
ある冬の日のことだった。職場の城でいつも通りに仕事を終え腰の剣の整備も終えてさあ帰ろう、と思った矢先に上司どころかその上からお呼びがかかり、訪問して部屋の奥の机前で渡されたものにはこの国の領土の端の端にある森の中に行けと書かれていたのである。
これをどう受け止めろというのだ。いくら等級が上とはいえこんな命令には簡単には頷かんぞ。
ぱちりと暖炉の火がはじけた音が聞こえた。ふー、と深くため息をついた彼はとりあえず座れと部屋の手前側にある応接用のソファーを指さし手ずから蒸留酒の瓶と二つのグラスを持ちその向かいに座った。
間にある小さな机の上に置いたグラスに指一本分ずつ注ぎ二人で酒を舐めた。強いアルコールと深いバニラにも似た濃厚な香り、そして意外と軽やかな味が喉を焼いた。さすがはかつての英雄様、いいものをお飲みだ。
「お前とは違うある男に辞令が出たのだ。その森を開拓しろとな」
開拓か、それ自体はわかる。王都より西はいろんな国がごちゃごちゃとしてるのだ。そうなると土地を増やすなら未開の東に行くしかないのだが当然森の開拓がそんな簡単なわけはない。
魔物も強くなる、一番近くの村も遠い、そもそもなんか未知の生物がいると聞く。もっと段階を踏んでから拓くべき場所としか思えない。
「それはそうだ、ただの罰だからな。お前も知っているだろう、不届きにも姫様を誑かした阿呆を」
ああ、とうとうだったのか。知っている。春にはいってきた学者で妙な知識と術を使う男だ。女に好かれてよく言い争いに巻き込まれていうところを目撃していたがその中に姫様もいたとは聞いていた。うちの姫様は三国一の器量よしと有名だったが婚姻が決まる前に面倒なことになったと皆が言っていた。しかもほかの女と並べていたとか、これは陛下もお怒りだなとは思っていた。
「とりあえずその男は姫様に手を出そうとした罪で死罪にしようとしたのだが、姫様がなにもされていないと駄々をこねた挙句色々画策されてな、なにもされてはいないといった手前死罪にできなくなってしまったからとりあえず遠くに送ることになってな」
壁の燈台の火がゆらゆら揺れた。影のかかった上司の顔は疲れていたが楽しそうにも悲しんでいるようにも見える。姫様が何かをなされたのが嬉しいらしいが私には何も関係ないことである。
ぺろりと酒を舐めた後話を続けた。
「それでなぜ私がついていくのですか。彼とは話をしたこともありませんし、そんな雑事に付き合わされる身分でもないのですよ」
「知っているさ、そして王軍の騎士公に頼まなければならない理由があることもわかって欲しいがな」
彼は胸元から葉巻を取り出し自身の指に小さな火を灯し口に咥えた煙草に火をつけた。先ほどはあまりの衝撃に多少の無礼を働いてしまったので今度は待とう。庶民上がりの騎士ごときがあまり口答えして言いお方ではないからな。
ゆっくりと煙を楽しみグラスを一舐めしてからこちらをまた向いた。
「場所が問題なのだ。かつて魔龍の一体が封じられた場所かもしれん」
なんともまあ。
「陛下が宣伝されてから少しして占い師のじじいが騒ぎ始めてな。それで図書館をひっくり返して探し始めたらなんとも判断につきにくいがもしかしたらがあるかもしれない程度にな」
大体いつも寝ているあの爺さん役立つんだな。
「その結果もしも開拓がうまくいった時にその龍を目覚めさせてしまった場合を考えて龍を殺せるか報告できる人間を探した結果がお前なのだ」
龍はともかくその程度で自分ですか?
「爺さんがみた夢は龍の復活の夢なんだよ」
やれやれと首を振りながら答える彼を見ながら私はこれはもう断れないなと悟っていた。直属の上司でもなく軍の実質一番上の人間がここまで答えてくれたのはどうしても説得を行うためである。なんとなくだが姫様がある程度の実績や地位ある人間でないと嫌がったのだろう。その中で長期になると家が太いものや結婚しているものは選びにくい。あーあ、しとけばよかったよ、三十にもなってだよ。グラスの中をぐっとあおった。かっと喉が焼け、体が熱くなった。そのまま上を向き目をつぶったまま呟いた。
「私のなすことは?」
「表向きはただの移住者だ。お前達は戦場で仮面をつけていて顔を知られていないからな。奴に付き従う必要はないがあまり困らせるな。そして龍が出た場合それを殺すか無力化しろ。命令を待つ必要なない、お前の判断で動け」
「終わりは?」
「どんな方法でもいいが龍を無力化したらだ、報告のために一度は帰ってこい」
ぐっと息を吐いた。
「かしこまってござる」
前を向き彼に顔を向けた後に深く頭を下げた。
「今まで育てていただいたのはこの時のためと心得ています。あなたに育てられた兄弟達を代表し、役目努めてまいります。父上」
たとえ血のつながりはなくともあなたに助けられたことは忘れていません。同時に育てられ戦場に倒れた兄弟達にかわり最後の一人として役目果たしましょう。
「頼んだぞ、我が息子ペルセオスよ」
なんとなくだが声が震えているようにも聞こえた。
「はっ!」
強く答えた。もしかしたらこれが最後の会話になるかもしれないのだから、忘れられないように、大きく、強く。
よろしくね