偶像崇拝
アイドル。それは僕の生きがいであり、希望そのものだ。
小さな頃から大きな箱の中で動く彼女たちが好きだった。眩しくて僕とは住む世界の違う存在。
もっとアイドルというものを知りたくてテレビや雑誌、ネットを駆使していろんなアイドルグループを
研究した。
歌の上手いアイドル。ダンスを中心としたアイドル。ファンとの交流に力を入れたアイドル。中でも特に僕が一番好きだったのは2019年に結成された7人のアイドルグループ。
彼女たちは最初無名のアイドルだった。どこか大手の事務所がプロデュースしたわけではない。名前も聞いたことがない無名の事務所だ。当然最初のライブも僕を除いて誰もいなかった。僕も期待していったわけではない。ただどんななのか興味があっただけだ。結果は僕一人しかいなかったけどライブに行ってよかったと思っている。そのおかげで僕は彼女たちの最初のファンとして認識されたのだから。
彼女たちのためなら僕はどこへだって足を運んだ。岡山、東京、宇宙、過去や未来、そして月の中までも。
彼女たちが僕を知っているのか知らないのか。そんなことはどうでもよかった。
ただ彼女たちを見ていたい。歌を聴いていたい。踊りや似合っているかわいい衣装を見ていたい。
一人のファンとして。
あれから何十年経っただろう。いまだに動画投稿サイトやburu-rayを周遊しながら彼女たちの軌跡をたどる。
どれだけ映像で傷心を撫でてもその傷口が塞がることはない。むしろ最近は撫でているより抉っているという感覚に近いかもしれない。
もちろん彼女たちのことを忘れようとした。だが、僕の体はもう彼女たちを失うことはできないらしい。七つの光はもうすでに僕の体の一部みたいだ。
グループ解散後、メンバーの一人が育てたアイドルグループが誕生したことを知って観に行ったが、失った足の苦しみは同じ足でしか傷をいやすことはできないのだ。
ふと電話がかかってきた。同じ七つの光のライブを通じて知り合った友達の一人だった。
「ひさしぶり光一。元気か?」
「ひさしぶり。急にどうした?」
「いや、たまには飯でも一緒にどうかなって思って」
「遠慮しておく」
「そうか……いつかでいいからまた元気な顔をみせてくれよ」
「あぁ……」
そこで電話は切れた。少し彼には申し訳ないことをしたと感じるも今は特になにかをするにもどかへ行くにも誰かに会いたいと感じることもなかった。
何も変わらない日常。何も変わらない時間。部屋の隅にうずくまり一日、一日が過ぎていく。なんの生産もなく何の充実感もなく毎日が腐っていく。
生活が一ヶ月泥のように溶け腐りに腐っていた時、また一通の着信が届いた。一か月前自分のことを気にかけてくれた親友だった。
「はい……」
今にも消え入りそうな声で返事をする。
「おぉー!光一元気か?」
親友は一ヶ月前と変わらぬ声だ。
「何だ?」
「いや、実はお前に頼み事があってさ。この前買ったチケットなんだが、相方が急に来れなくなっちゃって……よかったら光一ライブ見に来ねえ?」
「俺が?」
「もちろん無理にとは言わねえよ。でももしよかったらさ来てくれねえか?」
僕は戸惑った。いや、どちらかというと恐怖で足がすくんだというほうが正しいだろう。友人の頼みとはいえアイドルのライブに行くなんて。
僕は迷った。今の自分がライブに行って楽しめるだろうか?もしも逃げ出したくなったら……
そんなことになればアイドル達にましてや友人に申し訳ない。
だが、友人にはこの前の借りがあった。今回も誘いを断るのは気が引けた。僕は承諾する。友人は嬉しそうに通話を切った。そして気持ちを切り替えることにする。
せっかく行くんだから楽しもうと……
☆★☆★☆★
「おっ、来た来た。おい!こっちだ」
当日友人と待ち合わせ場所で合流する。時刻は早朝の六時、置いた体での早起きは得意だ。否応なくそうなっただけではあるが。
「おはよう。でもどうしてこんな朝早くから?ライブは八時からじゃ?」
「朝早くに中に入りたいんだよ。彼女のライブは直前になると交通規制かかるから」
「そんなに?」
「あぁ今やこの世界で彼女名前を知らぬ者なんてお前くらいなもんだ。それほどの有名人だぞ」
正直知らなかった。周りをよく見れば早朝の駅前は多くの人が集まっていた。いくら休日とはいえこの人数は多いだろう。これがまだ首都圏や大都市の主要駅前ならわかるが、たかが一地方都市にこれはありえない。
「で?だれなんだこんなに人を集めるアイドルってのは」
「あぁ言ってなかったっけ?白月聖歌だよ」
「へぇー……ん?白月?」
「気づいたみたいだな。そうお前が想像したようにあの白月カヤのお孫さんにあたるみたいだな」
「マジで?」
「大マジよ。本人も自分の祖母に会ったことはないらしいがその血縁関係を認めてるみたいだしな」
白月カヤ、またの名を『月の女神』。二十一世紀のアイドルの中で御三家と言われたうちの一人にして最強という名を欲しいがままにしてきた伝説のアイドル。
とあるアイドルと結婚を機に引退したという話は聞いていたが、まさか子供がいたなんて。
しかも本人の孫だなんて。
なるほどどうりで世界が注目するはずだ。僕は納得した。
友人から受け取ったチケットを手に中へ。
しかしいいのだろうか?そんなすごいアイドルのチケットならば取るのにだって一苦労だったろうに。
それも二枚だなんてと罪悪感を感じる。
だが、いまさら返すことも失礼というものだ。こうなればライブを楽しむしかないとポジティブに捉える。
ライブに来るなんていつ以来だろうか?彼女たちの引退ライブ以来足を運んでいないから約40年ぶりくらいにはなるだろうか。長い年月が流れたものだ。おかげで若いころ頻繁にライブへ出歩いていたころから比べると駅前から歩いてくるだけでもこの老体にはかなりの重労働だ。
場内には隙間なく地面を埋め尽くす人の頭の数。男性、女性問わず、様々な年齢や人種の人を見ると始まる前から彼女の人気ぶりからを知れる。
時間になった。事前に友人に渡されたペンライトを持ちスタンバイ。
照明が暗転し静かな音楽とともに幕が上がる。序曲が終わると同時に激しい音楽へ転調。観客の熱狂が炎のように燃え上がり、一気に会場へ情熱と興奮の風を送り込み嵐へと変えた。
僕は圧倒された。
会場の熱に、そして彼女のパフォーマンスに。徐々に思い出していくあの頃の思い出を。
苦しくて切ないが楽しくていつまでもいたくて決して忘れることができないあの日々を。
そして白月聖歌のライブにはっきりとその虚像を瞳にとらえる。
彼女だ。
どんな深い闇に沈んでもどんなに眩しい光が近くに現れてもそれに負けない強い光で照らし続け自分たちの存在を僕たちに教えてくれる太陽のような光。究極の光。そしてそれは7つ集まって永遠となる。
気づいたとき僕の両目は知らず知らずのうちに大粒の涙を流していた。
一曲目が終わる。友人が気づいたようで「大丈夫か?」と心配されたが「大丈夫疲れただけだ」と返事した。
一回席を外しトイレへ。個室にこもり気持ちを落ち着かせる。
なんといえばよいのかいろんな感情が体の中を渦巻いて体の中で暴れている。
嬉しい気持ち、温かい気持ち、不思議な気持ち、寂しい気持ち、切ない気持ち、悲しい気持ち。
なぜ白月聖歌から彼女が見えたのかわからない。
だが、彼女を見たときに感じたこの気持ちは間違いなく嬉しいものだ。懐かしい気持ちだ。
トイレから戻り、友人と共にライブを楽しむ。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。もう夕方だ。
ライブは終了してシンフォニーホールを出る。そういえば白月カヤも最初はこのシンフォニーホールを中心に活動していたっけ。
「今日はありがとう。楽しかった。今度は僕から飯誘いに行くよ」
「あぁ俺も楽しかったわ。久しぶりにお前と会えて年をとっておじいさんになってもやっぱり友達はいいもんだな。それじゃ元気で」
彼はそう言って去っていった。
去り際の笑顔を見て僕は確信した。彼は最初からライブに誘うためにあえてチケットを二枚とったのだ。
僕を励ますための彼なりの配慮なのだろう。今は彼の気遣いに甘え、感謝する。
これから先、彼女のライブを見に行くかはわからない。もしかしたら今日が最後かもしれない。
そんな先のこともわからない、あとどれだけ生きることができるかわからない体だが、毎日を精一杯生きていこうと心に誓った。
~FIN~