猫又のタマ
──『人じゃない』
それは、僕にもすぐに分かった。
頭には可愛らしい三毛色の耳が、ちょこんとついている。
『……誰?』
僕は目を細めて尋ねる。
怪しい奴なら、僕が追い出さなくっちゃ!
和尚さまも只者ではないとは思うけれど、目が見えない。僕がしっかりお手伝いしないと……!
尋ねられて少女は、膝丈の赤い着物をパタパタとはたき、縁の下から出て来た。
カラコロと下駄が鳴る。
「わたし、タマって言うニャん」
答えながら、タマはにこっと笑う。
笑うとほっぺに、小さなエクボが二つ出来た。
「そして、お前は誰ニャん?」
くりくりとした緑色の目を、タマは僕へと向けた。お尻のしっぽが、クネクネと動いた。
あ。しっぽの先が割れている。
猫又……と言うやつなのだろう。
『……僕は狐丸だよ』
先程つけてもらったばかりの僕の名前を、口にする。初めて口にするその名前は、なんだかくすぐったい。
「ふーん。……そのまんまニャん」
ぷぷぷと、タマは両手で口を押さえて笑った。
笑われて、僕はぷっと膨れる。
せっかく付けてもらった名前が、台無しにされた気分だ。
『和尚さまにつけてもらったんだぞ!』
カッとなって、思わず大きな声が出る。
僕はハッとして、慌てて口を手で押さえた。
和尚さまと話せたから、気が緩んでいたけれど、僕は出来るだけ友だちが欲しい。色んな人と仲良くなりたかった。
それなのに、開けてみれば怒鳴ってばかり。
誰かと関わるって言うのは、難しい事なんだな……と反省する。
ちょっと嫌な事を言う相手ではあったけれど、会話をしてくれた二人目の人物だ。機嫌を損ねさせたくはなかった。
けれど、タマは機嫌を損ねるようなことはなくて、むしろ面白がって僕に近寄って来る。
「和尚さま……? 弦月和尚さま?」
聞き返しながら、タマの目がキラリと光った。
『……そうだよ』
僕は答える。
するとタマはふーんと言うと、つまらなそうに話を変えた。
「……あの木についている鬼火は、瑠璃姫さまのものニャん」
木の枝についている、青白い炎の正体を教えてくれた。
『瑠璃姫?』
知らない名前だ。
僕は聞き返す。
するとタマは驚いて、三毛の可愛らしい耳をピンッと立て、小さく唸る。
「瑠璃姫!? 違うニャん! 瑠璃姫『さま』ニャっ」
ムッとして、タマは訂正する。
怒られて、僕は逆にムッとした。僕は瑠璃姫なんて奴は知らない。だからただ聞いただけじゃないか……! なんでそんな言い方するんだろう? もっと優しく教えてくれるとか出来ないの!?
『……っ』
僕の頭の中で、そんな思いがグルグル廻る。
でもここはぐっと堪える。僕は口を開いた。
『……で? その『瑠璃姫さま』って誰?』
バシッ! バシッ! と白くてふわふわのしっぽを揺らしながら、僕は唸る。少しイラついているところを、しっぽの動きで見せたつもりだったんだけど、タマはそのしっぽを横目で見る。
僕が怒っていることに気づいたんじゃなくて、ただ単に動く物が気になっているようだった。
……ダメだ、これは。何しても無駄だ。
僕は諦めの溜め息を吐く。
タマはウキウキと僕のしっぽを目で追う。
動くしっぽに集中してるせいか、緑色の目がキラキラと光り、真夏の巨椋池のように、美しい翠色色に輝いた。
案外、単純だな。こいつ……。
タマは言いながら、僕のしっぽを凝視し、縁の近くへ寄って来るとピョンピョンと跳ねた。
どうやら捕まえたいようだ。……が、届かない。
届くわけがない。だって僕はがわざと、高めに尾を上げ、触れないようにしているから。
だけどその事に、タマは気づかない。
僕はニヤリ……と笑う。
わざとタマが気になるように、僕はしっぽを振った。
タマはそんな僕の策略にまんまとハマって、そのしっぽから目が離せなくなっていた。
「……瑠璃姫さまは、お前と同じキツネの妖怪ニャん」
不意にタマが、そう言った。
え!? キツネの妖怪!?
『僕と同じキツネがいるの……!?』
僕は、ぱっと立ち上がり聞き返す。
僕と同じキツネの妖怪!? こんなにも早く仲間に会える!? 僕は有頂天になった。
その様子に、タマはムスっとする。
「瑠璃姫さまは、『九尾』ニャん。一尾のお前と一緒にするニャん!」
相変わらずタマの言いようはぞんざいで僕は少しムッとしたけれど、そんなの相手になんかしていられない!
それよりも、自分と同じ妖狐がいるのだと思うと、いても立ってもいられない。どうにかして、会いたい! 今、どこにいるんだろう?
『瑠璃姫さまは九尾なの?』
タマの横にトンと飛び降りながら、僕は尋ねる。
「そうニャん。妖怪は成長する。お前もいつか、瑠璃姫さまのような九尾になれるかもニャん」
言いながら、ゴロゴロと喉を鳴らし、再び僕のしっぽを追う。
『……』
僕をそれを上手く交わしながら、タマに訊ねる。
『僕でもなれるの? その、九尾って……』
「……うーん。よくは分からニャいニャん。でも多分なれるニャ。同じキツネだし。……でも今は無理ニャん。まだまだ妖力が弱いニャん。そんなんじゃ何にもなれないニャん。……ひとまず今より、妖力がついたらニャん」
言いながら、待て待てと僕のしっぽを追う。
『ねぇ、どうやって妖力をつけるの?』
僕は興味があった。
自分とそっくりな妖怪と過ごすことが出来たら、どんなに幸せだろう! 自分も九尾になりたいと、狐丸は心の底から、本気でそう思った。
僕がそう尋ねた瞬間、タマはくるっと廻り、ポンっと小さな音を立てて、三毛猫になった。
『!』
驚く僕を尻目に、猫のタマがくすりと笑った。
『まずは、変化が出来なくちゃ話にならないニャん』
言って、パタっと僕のしっぽを捕まえると、そのままパクっと噛みついた。
『ひっ……!』
しっぽを捕まえられ、しかも噛みつかれて、僕はぞわわっと身を震わせた。
『も、もう! 噛みつかないでよっ。さっきから何なの? ケンカ売ってるの!?』
ぐわっと僕は牙をむき出した。
威嚇され、タマはビクッと体を揺すると、耳を垂れその場にひれ伏した。
『ご、ごめんニャさい。あんまりにもフカフカだったから……つい……』
『今度から気をつけてよね!』
厳しく叫んで、僕はタマに向き直る。
『で、その変化……なんだけど……』
今度は僕の耳が垂れ下がる。
『んニャん?』
タマが小首を傾げる。
『やり方……教えてくださいっ!!』
一気に頭を下げて頼んだ。
頭を下げられて、タマは一瞬驚いたようだったけれど、すぐに胸を張って答える。
『ふふん。タマに任せるニャん! これでも変化は得意ニャん!』
エッヘンとのけ反り、タマは言いきった。
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正直なところ、キツネとタヌキの変化の力には、どの妖怪も勝てはしない。変化は、キツネとタヌキのお家芸と言っても過言ではない。
そのキツネである狐丸が、変化を教えてくれと、頭を下げているのである。
こんな珍しいことは、もう二度と起こらないのに違いない。
『……』
そんな風に思うと、先生役も悪くない。
ニヤリと笑いながら、タマはそう思った。
いつの日にか、狐丸に追い越される日が来るのは確かだ。
けれど、それまでは先輩風をふかしておこう……。
そう思って少し愉しくなるタマであった。
× × × つづく× × ×