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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
9/50

猫又のタマ

 

 ──『人じゃない』




 それは、僕にもすぐに分かった。

 頭には可愛らしい三毛色の耳が、ちょこんとついている。


『……誰?』

 僕は目を細めて尋ねる。

 怪しい奴なら、僕が追い出さなくっちゃ!


 和尚さまも只者ではないとは思うけれど、目が見えない。僕がしっかりお手伝いしないと……!


 尋ねられて少女は、膝丈(ひざたけ)の赤い着物をパタパタとはたき、縁の下から出て来た。

 カラコロと下駄(げた)が鳴る。

「わたし、タマって言うニャん」


 答えながら、タマはにこっと笑う。

 笑うとほっぺに、小さなエクボが二つ出来た。


「そして、お前は誰ニャん?」

 くりくりとした緑色の目を、タマは僕へと向けた。お尻のしっぽが、クネクネと動いた。


 あ。しっぽの先が割れている。

 猫又……と言うやつなのだろう。



『……僕は狐丸だよ』


 先程つけてもらったばかりの僕の名前を、口にする。初めて口にするその名前は、なんだかくすぐったい。


「ふーん。……そのまんまニャん」

 ぷぷぷと、タマは両手で口を押さえて笑った。

 笑われて、僕はぷっと膨れる。


 せっかく付けてもらった名前が、台無しにされた気分だ。


『和尚さまにつけてもらったんだぞ!』

 カッとなって、思わず大きな声が出る。


 僕はハッとして、慌てて口を手で押さえた。


 和尚さまと話せたから、気が緩んでいたけれど、僕は出来るだけ友だちが欲しい。色んな人と仲良くなりたかった。

 それなのに、開けてみれば怒鳴ってばかり。

 誰かと関わるって言うのは、難しい事なんだな……と反省する。


 ちょっと嫌な事を言う相手ではあったけれど、会話をしてくれた二人目の人物だ。機嫌を損ねさせたくはなかった。


 けれど、タマは機嫌を損ねるようなことはなくて、むしろ面白がって僕に近寄って来る。

「和尚さま……? 弦月(げんげつ)和尚さま?」

 聞き返しながら、タマの目がキラリと光った。


『……そうだよ』

 僕は答える。


 するとタマはふーんと言うと、つまらなそうに話を変えた。

「……あの木についている鬼火は、瑠璃(るり)姫さまのものニャん」

 木の枝についている、青白い炎の正体を教えてくれた。


『瑠璃姫?』

 知らない名前だ。

 僕は聞き返す。


 するとタマは驚いて、三毛の可愛らしい耳をピンッと立て、小さく唸る。

「瑠璃姫!? 違うニャん! 瑠璃姫『さま』ニャっ」

 ムッとして、タマは訂正する。


 怒られて、僕は逆にムッとした。僕は瑠璃姫なんて奴は知らない。だからただ聞いただけじゃないか……! なんでそんな言い方するんだろう? もっと優しく教えてくれるとか出来ないの!?


『……っ』

 僕の頭の中で、そんな思いがグルグル廻る。

 でもここはぐっと堪える。僕は口を開いた。


『……で? その『瑠璃姫さま』って誰?』


 バシッ! バシッ! と白くてふわふわのしっぽを揺らしながら、僕は唸る。少しイラついているところを、しっぽの動きで見せたつもりだったんだけど、タマはそのしっぽを横目で見る。


 僕が怒っていることに気づいたんじゃなくて、ただ単に動く物が気になっているようだった。


 ……ダメだ、これは。何しても無駄だ。

 僕は諦めの溜め息を吐く。


 タマはウキウキと僕のしっぽを目で追う。

 動くしっぽに集中してるせいか、緑色の目がキラキラと光り、真夏の巨椋池(おぐらいけ)のように、美しい翠色(すいしょく)色に輝いた。


 案外、単純だな。こいつ……。


 タマは言いながら、僕のしっぽを凝視し、縁の近くへ寄って来るとピョンピョンと跳ねた。


 どうやら捕まえたいようだ。……が、届かない。

 届くわけがない。だって僕はがわざと、高めに尾を上げ、触れないようにしているから。


 だけどその事に、タマは気づかない。

 僕はニヤリ……と笑う。


 わざとタマが気になるように、僕はしっぽを振った。

 タマはそんな僕の策略にまんまとハマって、そのしっぽから目が離せなくなっていた。


「……瑠璃姫さまは、お前と同じキツネの妖怪ニャん」

 不意にタマが、そう言った。


 え!? キツネの妖怪!?


『僕と同じキツネがいるの……!?』

 僕は、ぱっと立ち上がり聞き返す。


 僕と同じキツネの妖怪!? こんなにも早く仲間に会える!? 僕は有頂天になった。


 その様子に、タマはムスっとする。

「瑠璃姫さまは、『九尾』ニャん。一尾のお前と一緒にするニャん!」


 相変わらずタマの言いようは()()()()で僕は少しムッとしたけれど、そんなの相手になんかしていられない!

 それよりも、自分と同じ妖狐がいるのだと思うと、いても立ってもいられない。どうにかして、会いたい! 今、どこにいるんだろう?


瑠璃(るり)姫さまは九尾なの?』

 タマの横にトンと飛び降りながら、僕は尋ねる。


「そうニャん。妖怪は成長する。お前もいつか、瑠璃姫さまのような九尾になれるかもニャん」

 言いながら、ゴロゴロと喉を鳴らし、再び僕のしっぽを追う。


『……』

 僕をそれを上手く交わしながら、タマに訊ねる。

『僕でもなれるの? その、九尾って……』


「……うーん。よくは分からニャいニャん。でも多分なれるニャ。同じキツネだし。……でも今は無理ニャん。まだまだ妖力が弱いニャん。そんなんじゃ何にもなれないニャん。……ひとまず今より、妖力がついたらニャん」

 言いながら、待て待てと僕のしっぽを追う。


『ねぇ、どうやって妖力をつけるの?』

 僕は興味があった。



 自分とそっくりな妖怪と過ごすことが出来たら、どんなに幸せだろう! 自分も九尾になりたいと、狐丸は心の底から、本気でそう思った。


 僕がそう尋ねた瞬間、タマはくるっと廻り、ポンっと小さな音を立てて、三毛猫になった。


『!』


 驚く僕を尻目に、猫のタマがくすりと笑った。

『まずは、変化(へんげ)が出来なくちゃ話にならないニャん』


 言って、パタっと僕のしっぽを捕まえると、そのままパクっと噛みついた。

『ひっ……!』

 しっぽを捕まえられ、しかも噛みつかれて、僕はぞわわっと身を震わせた。


『も、もう! 噛みつかないでよっ。さっきから何なの? ケンカ売ってるの!?』

 ぐわっと僕は牙をむき出した。


 威嚇され、タマはビクッと体を揺すると、耳を垂れその場にひれ伏した。


『ご、ごめんニャさい。あんまりにもフカフカだったから……つい……』


『今度から気をつけてよね!』

 厳しく叫んで、僕はタマに向き直る。


『で、その変化(へんげ)……なんだけど……』

 今度は僕の耳が垂れ下がる。


『んニャん?』

 タマが小首を傾げる。


『やり方……教えてくださいっ!!』

 一気に頭を下げて頼んだ。


 頭を下げられて、タマは一瞬驚いたようだったけれど、すぐに胸を張って答える。


『ふふん。タマに任せるニャん! これでも変化は得意ニャん!』

 エッヘンとのけ反り、タマは言いきった。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈


 正直なところ、キツネとタヌキの変化(へんげ)の力には、どの妖怪も勝てはしない。変化(へんげ)は、キツネとタヌキのお家芸と言っても過言ではない。


 そのキツネである狐丸が、変化(へんげ)を教えてくれと、頭を下げているのである。


 こんな珍しいことは、もう二度と起こらないのに違いない。


『……』

 そんな風に思うと、先生役も悪くない。

 ニヤリと笑いながら、タマはそう思った。


 いつの日にか、狐丸に追い越される日が来るのは確かだ。

 けれど、それまでは先輩風をふかしておこう……。


 そう思って少し愉しくなるタマであった。





 × × × つづく× × ×


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