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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
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お寺の狐火

 春先の夕暮れ時は、驚く程に寒い。

 まるで、神様に見捨てられたような、そんな気さえしてくる。


 けれど今日の僕の心の中は、春の日差しのようにポカポカだ!まさか、こんな日が来るとは……っ!



 もともと、僕は雪の中から生まれた。


 だから寒いのは苦手じゃない。むしろ、暑い方が苦手だ。氷の張っている極寒の池でも、水浴びが出来るほど、僕は冷たいのも寒いのも平気だ。凄いだろ?


 現に水浴びは大好きで、毎日欠かさずやっている。

 さっきも、寺の近くの川の(ふち)で水浴びをして来たばかりだ。

 お寺の近くにある川は当然山からの水。水源に近いから、前にいた場所の川よりも水が綺麗で気持ちよかった。

 魚もいっぱい泳いでいて、何匹か捕まえて食べた。ここにいたら僕、太っちゃうかも知んない。


『……』

 僕は満足気に寺の縁に寝そべり、外を眺めた。今まで感じたことのないくらい、僕は幸せだった。


 辺りはもう、日が落ちてしまい、夜の気配が忍び寄る。

『……ん?』


 薄暗くなった寺の庭を、僕はじーっと見ていた。

 だって、不思議なものを見つけたんだ。


『……なんだ? あれは……』

 僕は目を見張る。


 不思議な青い光が、夕暮れとともにポツポツと現れた。


 夜の星が瞬き始めるのと同じ頃、寺に灯り始める青白い炎。

 あたかもそれは、暗闇の中の道標(みちしるべ)のように、淡く優しく輝いた。んー、あれだ。あれに似ている。


 僕の狐火……。



 この寺の境内には、樹齢数百年にもなるほどの大木が、幾つも生えていた。

 鬱蒼(うっそう)と茂るその木々たちは、まるで寺を護っているかのようで、その存在感には言葉をなくす。

 《飛び跳ねて、遊んだら楽しいだろうな……》


 僕が初めてこの木々を目にした時、思わずそんな風に感じた。普通の木とは、何かが違う。


 何が違うのかと問われれば、その答えに困るんだけど、……そう! まず木の形が違う。

『……』

 いや、その前に木の形が違うのは当たり前だ。むしろ《()の形が違う》と言った方が正しいのかも知れない。


 曲がりくねった木々は太くて、簡単に折れそうにない。安心して身を委ねられそうだ。傍にいるだけで護られる。そんな安心感がこの木々にはある。


 木の上で昼寝……も、悪くないよね。

 ふとそんな事を思ったりもした。


 《自信を持っている木》……って言うのもなんだか可笑しい気がするけれど、まさにそんな感じ。


 永年、この地を護り続けて来た。《自負》みたいなものがあるように見えた。




 ──「この寺は、木々に護られておるのじゃ」




 弦月(げんげつ)和尚は言っていた。

 この古寺は、森の木々に囲まれていて、雨風、地震……色々な自然災害から、この寺を護ってくれているんだって。




 ──「寺だけではないぞ?」




 和尚さまは言う。

 木々はこの山の麓の民家や田畑も、同じように護っているのだそうだ。




 ──「《鎮守の森》……と言っても、過言ではないのだ」




 和尚さまは誇らしげだった。でも、それも頷ける。

 どこか神がかったこの森の様子に、僕は畏怖を感じたし、力強く伸びているこの木々を見ると、相応しい名前のような気がした。


 寺の敷地に生えてるからと言って、庭木であるとは限らない。むしろ庭木として植えられたものは、一本もないのかも知れない。


 長年そこにあり続け、寺や民家を護る鎮守の森。

 だからこそ《自信を持っている木》に見えたんだと思う。



 寺には(くすのき)や松、杉、(えのき)なんかの様々な木々が生えていた。

 で、その木の枝々に、青白い炎がゆらゆらと蠢いているんだ。そりゃ、目を凝らして見るよね!?


 日が陰りだしてから、灯り始めたその青白い炎は、見た目に反して優しい光を放っている。


 普通なら、こんな事は絶対にありえない。ついこの前生まれたばかりの僕だけど、そんなことくらい知っている。


 現に、僕が生まれたところから、すぐ近くに見えた森の中では、こんな炎は灯らなかった。


 じゃあなんで、ここでは火が灯るのだろう?



『……』

 僕は、じっと炎を見つめた。

 当然、本物の火ではない。


 本物の火ではない証拠に、枝に炎を(まと)わせながらも、木、そのものが燃え上がる様子はない。


『……』

 普通の火だったら、今頃この森は大惨事になっていたところだ。


 ただ僕は、あの炎と同じものを見たことがあった。そう、僕の《狐火》!

 木々に取り憑いた炎は、僕の狐火にそっくりだった。


 試しに僕は、ふーっと息を吐いてみる。




 ──ボッ!




 吐く息と共に、青白い炎が縁側(えんがわ)から庭へと飛ぶ。

 飛んだ炎は、木々に付いている炎にぶつかる。




 ──ぱちんっ!




『あ!』


 僕の狐火は、木に灯る炎に触れると、ぱちんっと軽い音を立てて、弾け飛んでしまった。


 まさか割れるとは思わなかった僕は、思わず声をあげる。

 狐火が割れたところなど、見たことがなかった。あれって、割れるもんだったの!?



「ふふ、ふふふふふ」


 すると何処からか、鈴がコロコロと鳴るような可愛らしい声がした。


「妖力が弱いと、鬼火でも負けるのニャん」

 僕は声のする方を見てみたけれど、何もいない。

『?』

 小首をかしげると、再び声がした。


「ここニャん。ここニャん」

 どうやら、縁の下の方から声は聞こえて来るようだ。


『よっ!』

 僕は身を乗り出して、思い切って縁の下を覗く。

 するとそこには、肩まで伸びた髪の毛をサラサラと揺らした、おかっぱ頭の女の子が、ちょこんとうずくまって座っていた。


 真っ直ぐの漆黒の髪を右側の一房だけ赤い紐で結んでいて、とても妖艶な感じのする可愛らしい女の子だった。

 その子がカラカラと笑うと、その髪紐についた金色の鈴がチリと鳴った。





 × × × つづく× × ×


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