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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
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古寺

 僕は、町の(あか)りを目指して、空を駆けた。

 点在する街の灯りは、星々のようでとても綺麗だった。


 けれど、真っ暗な夜空を一人で駆けていると、上と下がどちらか分からなくなる。どこへ行こうとしたのか、ここがどこなのか、自分が誰なのか。そう思うと恐ろしくなって、体が石のように固くなる。


 そんな時は、わざと狐火を消してみた。

 すると僕は当然、下に向かってヒューンと落ちていく。


 空と地面の区別なんて簡単だ。落ちていく方向が地面だと分かりきっている。だから僕は《あぁ、こっちが地面なのだ》とホッとする。上と下が分かると安心して、また空を一人で駆けていく。


 《何故、僕はひとりなのだろう……》

 僕はぼんやりそんなことを思う。このままいっそ、地面に叩きつけられてしまおうか? 一人孤独に過ごすよりも、そうした方が楽なような気もする。


 《僕は何のために、生まれたの……?》

 ひとり暗闇の中を上も下も分からずに、駆けてゆくために生まれたの?

 そんな事に、なんの意味があるのだろう? 僕はとても虚しくなる。

 ずっとひとりで、これから先も生きていかなければならないのだろうか? これからどれ程の時をひとりで過ごさなくてはいけないの……?

 ぼんやりとそう思いながら、夜空を駆けた。


 暗闇に取り込まれそうになって、本当はこのまま、消えてしまいたかった。




 《消えたい》と思うそんな気持ちとは裏腹に、僕は少しずつ大きくなった。

 吐き出した狐火は、ずいぶん長いこと維持出来るようになって、空を駆けるのも上手になってきた。すると空を飛ぶのが、どんどんどんどん楽しくなる。


 だけど、油断は禁物。

 こんな時こそ気をつけないと、気を抜くと、時々転がり落ちそうになるんだ! ホントおかしいよね!

 だから僕は、いつ落ちてもいいように、少し下の方を選びながら、駆けていく事にした。


 《もう、雪に守ってはもらえない……》


 あたたかな春はもう目の前で、僕を受け止めてくれていたふわふわの雪はもう降らない。誰も傍にいてくれない僕にとって、雪はお母さんのようなものだったんだけど、仕方がない。

 今以上に一人で頑張らなくっちゃ!


 何も話してはくれなかった雪だったけれど、生まれた時からいつも一緒で、僕の事を拒まずに、優しく静かに守ってくれる……。そんな雪が、僕は大好きだった。


 冷たくて、気持ちよくて、そしてふわふわで柔らかくって、そっと優しく包み込んでくれる……。

 そんな雪が少しずつ消えていくのは、何だか、ちょぴり悲しかった。



 季節は、春になろうとしている。


 山の原っぱにも、小さな花が咲き始めていた。じきに、桜の花も咲くだろう。

 ぷっくり膨れた蕾が、今か今かと暖かくなるのを待っている。真っ白だった雪景色は、次第に可愛らしい色がつき始め、賑やかさを増してきた。


 確かに雪とお別れするのは悲しいけれど、僕はウキウキと心が弾む。


 自分を恐れない誰かと、出会えるだろうか?

 もしかしたら、また怖がられるのではないだろうか?

『……』

 そんな不安が頭を過ぎる。


 けれど僕はフルフルと、頭を振る。

 ううん。今度こそ絶対に、分かり会える《()()》に会えるような気がする……!


 僕はそんな風に考えながら、青い狐火を自分の体に(まと)わらせ、近くの屋根に腰をおろした。


 僕だって、ちゃんと学習しているんだよ? 狐火は使わないときには、体の傍に纏わりつかせるといい。そうすると、狐火は僕のことを護ってくれた。

 ……足につけたままにしておくと、地面と反発してコケちゃうからね。



『ふぅ。……ずいぶん駆けて来たな』


 見渡すと、さっきまでいた森は、遥か彼方で小さくなっている。

 かろうじて見えるのは、大きな木のてっぺんくらいだ。それだけが小さく見えていた。

 《ずいぶん、遠くに来ちゃったなぁ……》


 僕がもともといたその場所は、それほど広くはなかった。こうやって小高い山の上に登ってみると、その小ささがひときわ目立って見える。

『あんなに狭かったんだ……』


 あの場で過ごしていたときには、全く気づかなかった。

 とても広くて寂しい所だと思った場所は、以外にも小さくてこじんまりとしている。


 僕はぼんやりと、それを見る。

 僕が生まれたところは見えないかな? と、二本足で立ち上がって覗いてみた。氷の玉は見えなかった。もう溶けちゃったのかも知れない。

 そうだよね、見えるわけがない。

 とっても小さい玉なんだもん。


『ふふ。見えるわけはないか……っ』

 少し残念にも思いながら、ふわりと僕は微笑んだ。


 もういいんだ。僕は新しい場所を探す。

 新しい場所で、大切な仲間を探すんだ。そして笑いながら生きていくんだ!


 そう思い直して、自分のいる場所を改めてみた。

 茅葺(かやぶき)屋根の、結構大きな建物だった。

『お、寺……?』


 僕が降り立ったのは、人里から離れた古寺だった。


 古いけれど、手入れは行き届いている。

 その境内にはいくつもの大きな木が生えていて、なんだか荘厳(そうごん)な感じがした。


 ……ま、正直に行って《荘厳》の意味、よく分かんないんだけどね。そんな感じだったんだ。

 だからさすがの僕も、気圧(けお)される。


 なんとも言えない圧迫感に、僕は少し後ずさったけれど、嫌な感じはしない。

 どっしりとしたその雰囲気は、敵となれば恐ろしいけれど、味方となればきっと心強い。

 こんなところで生きていけたら、どんなにいいだろう? きっと心の底から安心して過ごせるに違いない。


 その上大好きな人たちに出会えることが出来たのなら、もう何も言うことはない。

『……』


 自然の要塞に護られながら、そのお寺はひっそりと建っていた。まるで何かに隠れるように……。



 お寺は古いものではあったけれど、掃除は行き届いていて、不思議と(ちり)一つ落ちていない。

 信心深い人でも、いるのかな?


 どう考えてみても、ここは人里から離れていて、あしげく通うには向いていない。だからこそ、僕はここにいたいって思ったんだけどね。

 僕ってほら……嫌われているから……。


 《今度は、誰かと友だちになれるかな……?》

 考えながら、心は重く沈んでいく。


『……』

 もしかしたら、また逃げられてしまうかも知れない。そう思わずにはいられない。


 どうしてみんな、僕を嫌うのだろう?

 僕の姿が怖いのだろうか?


 僕は、自分の姿を振り返りつつ見てみた。……怖い感じはしない。


 前に、湖に自分の姿を映して見たこともあった。あの時は、怖い……というよりも、《可愛い》とちょっと自惚(うぬぼ)れた。


 ううん。自惚れなんかじゃないと思う! だって、前に見た子ギツネたちとそんなに姿は変わらなかったし、違うところと言えば、この真っ白な毛皮くらいだったから……!

『……』

 じゃあどうしてみんな、逃げて行くのだろう……?




 ──友だちになれないのなら、いっそ……。




 そんな不吉な想いが、頭をよぎる。

 自棄(やけ)になって、全てを壊してしまおうと思ったことだってある。僕だって本当はつらいんだ……‼


『……』

 フルフルと頭を小さく振りながら、僕は地面へと飛び降りた。妙なことは考えるな!

 考えれば考えるほどに、僕は堕ちていくんだぞ……!


 ギュッと目をつぶって、自分を叱りつける。




 ──「おやおや。誰か来たのかね?」



 不意に声を掛けられた。僕はピクンっと跳び跳ねる。


 《全く、気配を感じなかった……⁉》

 僕は身を強ばらせ、警戒した。

 未だかつて、こんな経験をしたことがない。


 けれど、嫌な感じはしない。

『……』


 声の主は、お寺のお縁に座っていた。

 僕はしばらくその毛を逆立たせていたんだけど、すぐにクゥンと小さく鼻を鳴らし、耳を伏せる。


 相手は僕に嫌なことをする気はないようだ。

 僕の返事をにこやかに笑って、待っててくれた。


 そんな態度を取られたことは、生まれてこの方一度もない。

 僕を恐れているわけでも、捕まえようとも思っていない。ただ純粋に語りかけてくれている。


 僕は、ホッと安堵の溜め息をついた。





 × × × つづく× × ×



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