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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第四章 手放せないもの
40/50

叱責と無理難題

 

「だから、言ったであろう!!」

 飛香舎(ひきょうしゃ)で、幼い敦康(あつやす)の声が響いた。



 ──現帝の嫡男、敦康(あつやす)



 ……妖怪に追いかけられ、狐丸に救われた子どもである。


「首だけ火だるまの妖怪が、木に火をつけたのだ! 白い狐は私を助けてくれたのだ! ……何回も、そう言っておるだろう。何故信じない!!」


 地団駄を踏み腹立たしげに、そばに控える陰陽頭(おんみょうのかみ)……吉昌(よしまさ)と、それに付き添う澄真(すみざね)へ叱責を飛ばした。


「……はい。何度もそのように(うかが)いましてございます」

 陰陽頭吉昌(よしまさ)が、深く頭を下げる。

「……」

 それに習い、澄真(すみざね)も深々と頭を下げた。



 相手はまだ、十一歳になったばかりの子どもであるのだが、二人はただただ平伏するしかない。


 昨年の夏に元服を済ませ、敦康(あつやす)は幼いながらも、立派な大人なのである。

 その上彼は、現在即位している帝の嫡男。地位的には、かなり高い。


「白狐は、猫の妖怪と共に、私を助けてくれたのだ……」


 言いながら、敦康(あつやす)は庭の藤棚に目をやる。


 まだ花を咲かせる時期ではないので、物足りなさを感じるが、少しずつ蕾が付き始めているその藤棚に、敦康(あつやす)は目を奪われる。

 紫色は、(えにし)の色なのだと、亡くなった母親が教えてくれた。


 母親が亡くなったのは、敦康(あつやす)が二歳の頃だ。


 幼かった敦康(あつやす)が、そんな事覚えているはずがない。

 だから、恐らく教えたのは、侍従か、侍女あたりだろう。


 けれど、覚えているはずがないのに、何故だか敦康(あつやす)は、教えてくれたのが母だと信じて疑わない。

 いつも藤の見えるこの部屋で、遊んでくれたから、そう思っているのかも知れなかった。


 母との絆である、この紫色の花が、敦康(あつやす)は好きだった。

 養母である父の後妻もこの花が大好きで、よくここで自分の姉や妹たちと共に、藤の花を愛でたものだ。


「……恐れながら、宮さま」


 五十代半ばを、過ぎようとしている吉昌(よしまさ)は、困った顔で言葉を続ける。


「その、……言いにくいのですが、……敦康(あつやす)さまが(おっしゃ)いました『首だけ火だるまの妖怪』がいないのです。……ずいぶん手分けをして探したのですが……」

 言い訳じみた言葉だが、事実である。


 火をつけた本人がいないのなら、それが事実とは言い難い。

 調書を書くとなれば、裏をとる必要がある。


 苦しげな吉昌(よしまさ)のその言葉に、一瞬顔をしかめた敦康(あつやす)だったが、ある事に思い当たり、手を打ち鳴らすと二人を振り返った。


「……! そうだ! そうであった。……その『首だけ火だるまの妖怪』は白狐が倒して、喰うてしまったぞ!」


「「!?」」

 敦康(あつやす)の言葉に、二人の陰陽師が動揺する。


「白狐が、食べたのですか……っ!?」

 思わず澄真(すみざね)が身を乗り出す。


澄真(すみざね)……」

 吉昌(もしまさ)が顔を曇らせ、澄真(すみざね)を睨む。


 高貴な人の前で、勝手な発言は許されていない。ハッとして、澄真(すみざね)は慌てて口を押さえ、頭を下げた。

「申し訳ございません……」


 それを見た敦康(あつやす)は、カラカラと笑って、手を振った。


「……なによいのだ。気にするな。それよりも、物の怪は仲間を食うものなのか?」

 平伏する澄真(すみざね)を覗き見ながら、敦康(あつやす)が訊ねる。


 敦康(あつやす)のその問に、澄真(すみざね)は上司である吉昌(よしまさ)の、顔色をチラ……と(うかが)う。

 吉昌(よしまさ)は苦笑しながら、頷いた。


 その様子にホッとしながら、澄真(すみざね)敦康(あつやす)に向き直った。


「いいえ……。そのような報告はあまり聞かず、混乱しております。ですが、物の怪の生態は未だ不可思議なことも多く、そのようなこともあるかもしれません」

 澄真(すみざね)の言葉に、敦康(あつやす)は頷く。



「物の怪とは不思議なものだ。人を害するモノばかりだと思っていた。……守られるとは、嬉しいものだな」

 敦康(あつやす)はふわりと笑う。

「……」



 敦康(あつやす)は、現在即位している帝の嫡子である。

 本来ならば、次期帝へ即位するはずであったが、生母の死と後ろ楯のない身のため、即位することは出来ない。


 後妻の母は、とても優れた女性で、敦康(あつやす)のことを我が子のように思い、接してくれたのだが、その母の父の策略により、次期帝は後妻の長男が、即位すると既に決まっている。


 父帝の病状が思わしくなく、若干四歳の弟が、即位するかしないかの話し合いが行われている。

 人とは、なんと非情なのであろうか。


「……」

 自分が帝にならないと知ると、何人かは手のひらを返したように、離れて行った。

(まあ、……それを利用したのは、こっちだがな……)

 敦康(あつやす)は、苦笑する。


 その護衛の薄くなった隙をついて、こっそり御所を抜け出して、四条河原の桜を見ようと出掛けたのだ。


 しかし、行く途中で宗源火(そうげんび)に出会ったのである。


 まさかあんな妖怪に出くわすとは、思ってもみなかった。目が合った途端に、ヨダレを垂らして追いかけて来たのだ。

 危うく死にかけた。


「白狐には悪いことをした……」

 敦康(あつやす)は二人を見る。

「もしも、あの時の白狐に会うことがあるなら、決して危害を加えぬと、約束してくれ」


「……」

 敦康(あつやす)の言葉に、吉昌(よしまさ)は黙る。


 陰陽師として、物の怪を放置するわけにはいかない。


 今回は助けてくれたが、次も助けてくれると言う保証はどこにもない。妖怪は、それほど気まぐれな存在なのだ。


 しかし頼んでいる、相手が相手だ。

 無下に断ることも出来ない。


 だからと言って、迂闊(うかつ)に約束して、《やっぱりダメだった》……などと言うわけにもいかないのである。

 《陰陽頭》としての地位がある吉昌(よしまさ)には、答えることが出来なかった。


「……」

 その様子を見て、澄真(すみざね)は言葉を返す。


「恐れながら、宮さま……」

 平伏しながら、澄真(すみざね)は呼びかける。


 本来なら、ありえない事だが、気さくな敦康(あつやす)である。怒ることもなく、その呼び掛けに答えた。

「なんだ? 言うてみよ」


「は。……我々、陰陽師は、物の怪から人々を守るための存在。白狐を容認しては、我々の存在意義がなくなります」

 言われて敦康(あつやす)は、ふむと頷く。


「それもそうだな……」

 (あご)に手をあて考える。

 しかし……と言って、敦康(あつやす)は、にやっと笑った。


「お前たちは、『式鬼(しき)』を使うではないか。あれも妖怪であろう? 力を借りるなど、仲がいい証拠ではないか!」


 《仲が良い》と言われて、吉昌(よしまさ)が身震いするのが、澄真(すみざね)には見えた。


 吉昌(よしまさ)は、妖怪ほど嫌いなものはない。

 それを《仲が良い》など言われれば、拒絶反応が起きても仕方がない。


 それは澄真(すみざね)にしても同様である。

 幼い頃から、妖怪には煮え湯を飲まされている……。


「……」

 澄真(すみざね)敦康(あつやす)の言葉に、気づかれないように軽く溜め息をついた。


 敦康(あつやす)の言葉は続く。

「そうだ()()を『式鬼(しき)』にしろ」

「……」

 澄真(すみざね)は軽く目を閉じる。軽く頭痛がしてきた。思わず眉間を抑えた。


 《式鬼(しき)》と簡単に言うが、妖怪の類を式鬼(しき)に組み込むのは、それなりの危険を孕んでいる。

 失敗すれば、術者の命すら危うい行為なのだ。

「……」


 二人の(ひる)む様子に、敦康(あつやす)は面白くなったのか、更に言葉を続ける。


「『式鬼(しき)』は使役するものであったな。……しかし、『式鬼(しき)』にしても、使役することは許さぬ。……あぁ、それから、無理矢理『式鬼(しき)』にするのも駄目だ。白狐は私の恩人であるからな」

 言って、目を細める。


 明らかに、反応を楽しんでいる。

「必ず白狐の了承を取れ」


「……っ」

 澄真(すみざね)は呻く。


 あの白狐は途方もなく強かった。

 式鬼(しき)にする前に、こちらがやられてしまう可能性もある。


 それに了承を取れとは……。



 白狐は手傷を負い、何処に行ったかも分からない。

 攻撃を受け、気が荒くなっている可能性もある。


「宮さま。さすがにそれは……」

 吉昌(よしまさ)が渋い顔で、言葉を返す。

 これだから子どもは……とでも言いたげだ。


 澄真(すみざね)も苦しげな顔に、笑顔を貼り付けながら、どうしたものかと思案する。


 しかし、敦康(あつやす)は譲らない。

「お前たちは、私の言葉を無視し、白狐に攻撃を加えた。……それなりの罰は受けねばならぬ。そうではないのか?」

 子どもとは思えぬ、力強いその言葉にピクリと反応する。

 言われて二人はぐっと息をのんだ。それは最もだ。

 敦康(あつやす)は、二人を静かに睨む。


「別に、祓うなら祓ってしまえ。お前たちの良心が傷いたまなければな……」

 言い捨てて、敦康(あつやす)は立ち上がる。これ以上、話はないと言うことなのだろう。


 敦康(あつやす)は力強い足音を響かせて、部屋を後にした。

 側使えが、スススと衣擦れの音を立てながら、その後に続く。


「……」


 退出する敦康(あつやす)に、二人は無言で頭を下げるより他ない。


 思わぬ難題に、二人はしばらくそこから、動けなかった。





 × × × つづく× × ×


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