満たされぬ想い
僕はそれから、随分と長い間一人で過ごした。
結局残念なことに、誰もいなかったんだよね。友だちが。探した場所がダメだったのかな?
だから僕は、相変わらずのひとりぼっち。
お腹がすくと、森の獣とか川魚とかを捕まえて、食べた。野ネズミやウサギ、小鳥それから魚……。
僕は、自分の出した炎で、空を飛べたから、狩りをするのは簡単だった。
そこのところは、有難かったよね。良かった。飛ぶことが出来て。
『……』
だけど、一人は寂しい。友だちが欲しかった。
『誰かいないかなー……』
いつもそう呟きながら、辺りを見廻した。
本当は、キツネの仲間は見つけたんだ。
だけどどうしてなのか、向こうは僕のことを仲間だとは思ってくれてない。僕と目が合うと、いつも怯えたように逃げていくんだ。
『……はぁ』
同じ生き物に、見えるんだけどね? なんで遊んでくれないんだろう?
《僕もみんなと一緒に、遊びたいのに……》
僕が見た、僕くらいの小さな子ギツネは、必ず近くに大きなキツネがいた。
その大きなキツネは、小さな子ギツネたちを護っていて、僕はなかなか子ギツネに近づけない。
どんなに、『遊びたいだけなんだ!』って言っても、その大きなキツネが許さないんだ。
その上小さな子ギツネは、一匹だけじゃなかった。たいてい二匹か三匹くらい一緒にいて、遊んだり喧嘩したりしながら愉しそうだった。
だから同じ姿で、同じ子ギツネの僕だって、一緒に遊んでくれるんじゃないかって、そう思ってた。
それなのに──。
『……』
森のキツネたちは、僕が姿を見せると、あっという間に逃げて行く。
大丈夫だよ、一緒に遊ぼうって叫んでもダメなんだ。だから僕は、いっつも一人っきり。木の影からこっそり、他の子ギツネたちが遊ぶ姿を覗いていた。
出ていったら、怖がるかな? でも一緒に遊びたいな……。
行こうか? やめようか。行こうか? やめようか……。いつもそんな風に、押し問答を繰り返す。
時々、寂しくて、遊びたい気持ちが大きくなると、こっそり姿を表して『一緒に遊ぼう……?』って聞いてみるんだ。
首を傾げて、出来るだけ優しくそう尋ねてみる……。
だけど──。
答えはいつも一緒。
『……』
やっぱりみんな、逃げてしまう……。
どうしてなんだろう? 相手は僕の話すら、聞いてくれない。僕の姿を見ると、すぐ逃げちゃうんだ。……話す隙すらない。僕は泣きそうになる。
『……』
そう言えば、……と、僕はふと思い出す。
子ギツネたちが話しているところを、僕は見たことがない。もしかしたら、言葉が分からないのかな?
……………………?
『……じゃあ、僕は何で話せるの?』
ぽつりとそう呟いてみる。
でも、……答えは分からない。誰も答えてくれない。だって誰もいないから……。
僕は、耳を伏せて鼻を鳴らす。
……誰もいない。
……違う。誰もいないわけじゃない。
僕の傍にだけ誰もいない。
『……うっ』
目頭が熱くなって、ひどく悲しくなった。
本当なら今、《泪》って言うものが溢れてくるはずなんだろなって思った。だけど《泪》は出てこない。
胸いっぱいのこの気持ちを、泪で外に吐き出すことが出来たのなら、僕は少しは楽になるかも知れない。
『……』
だけどそれは、無理な話。どうやったら泣けるのか? なんて、そんなの知らないんだから……。
『う……っ』
苦しい。
せめて声だけでもと、僕はむせび泣く。
一度泣き出すと、堰を切ったように、あとから後から嗚咽が漏れてきた。けれど泪はどうしたって出てこない。
《泪》というものを、僕は知っている。
なんで知っているんだろう? 僕の出すことの出来ない《泪》。生まれたばかりで、見たことも聞いたこともないはずなのに、何故だか知っている《泪》。
『……変なの』
けれど悲しくて寂しくて、どうしようもない時に、その泪を出せば、楽になるのだということも知っている。だから僕はその《泪》を出してみたくって仕方がない。
けれどどんなに頑張っても、その泪は出てこない。出てこないから、僕のこの寂しさも、心の中から流れ出て行かないんだ。
《寂しさ》は、ずっと心の奥深くに居座って、僕を支配する。
『あぁ……うぐ、うぐ……』
声だけが、虚しく響く。
寂しさを心の中に押し込めながら、僕は思う。
誰かを探そう。きっと見つけよう。僕を怖がらない誰かを……。きっとどこかに、いるはずだから──。
『……』
僕は一人、ひとしきり泣くと、炎を吐いた。青いその炎は、悲しげに光る。
ピョン……と、その炎に乗ると、僕は跳ねるように駆け出した。
──この森の中には、もういない……!
ゴシゴシと、顔を前足で拭いた。
けれどやっぱり泪は出ていない。虚しくなって、ぺろりとその前足を舐める。
きっといつか、泣くことの出来る日が来るだろうか?
それともずっと、泪を流すことは出来ないのだろうか? 出来ることなら、泣いてみたい。
泣くことが出来た時、僕にも仲間が出来るような気がした。
僕は決心する!
よしっ! 僕は、僕を怖がらないヤツを探すぞ! 絶対探してみせる! いつまでも、泣いてなんかいられない!
そう心に強く思って、僕は空を思いっきり蹴りあげた。
──ビュウン……!
青い炎が火花を撒き散らし、辺りが淡く光った。
僕の耳元で、風がびゅうびゅう音を立てて、通り過ぎて行く。
白くて太いふわふわのしっぽが、僕の動きに合わせて、たなびいた。
いつの間にか、僕が生まれたときに降っていた雪は、
降らなくなっていた。
雪は、少しずつ少しずつ溶けていき、
あたたかい春の風が、吹き始めている。
× × × つづく× × ×