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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
序章 月の泪
4/50

満たされぬ想い

 僕はそれから、随分と長い間一人で過ごした。


 結局残念なことに、誰もいなかったんだよね。友だちが。探した場所がダメだったのかな?

 だから僕は、相変わらずのひとりぼっち。


 お腹がすくと、森の獣とか川魚とかを捕まえて、食べた。野ネズミやウサギ、小鳥それから魚……。


 僕は、自分の出した炎で、空を飛べたから、狩りをするのは簡単だった。

 そこのところは、有難かったよね。良かった。飛ぶことが出来て。

『……』

 だけど、一人は寂しい。友だちが欲しかった。


『誰かいないかなー……』

 いつもそう呟きながら、辺りを見廻した。


 本当は、キツネの仲間は見つけたんだ。

 だけどどうしてなのか、向こうは僕のことを仲間だとは思ってくれてない。僕と目が合うと、いつも怯えたように逃げていくんだ。


『……はぁ』


 同じ生き物に、見えるんだけどね? なんで遊んでくれないんだろう?

 《僕もみんなと一緒に、遊びたいのに……》


 僕が見た、僕くらいの小さな子ギツネは、必ず近くに大きなキツネがいた。

 その大きなキツネは、小さな子ギツネたちを護っていて、僕はなかなか子ギツネに近づけない。

 どんなに、『遊びたいだけなんだ!』って言っても、その大きなキツネが許さないんだ。


 その上小さな子ギツネは、一匹だけじゃなかった。たいてい二匹か三匹くらい一緒にいて、遊んだり喧嘩したりしながら愉しそうだった。

 だから同じ姿で、同じ子ギツネの僕だって、一緒に遊んでくれるんじゃないかって、そう思ってた。


 それなのに──。



『……』

 森のキツネたちは、僕が姿を見せると、あっという間に逃げて行く。


 大丈夫だよ、一緒に遊ぼうって叫んでもダメなんだ。だから僕は、いっつも一人っきり。木の影からこっそり、他の子ギツネたちが遊ぶ姿を覗いていた。


 出ていったら、怖がるかな? でも一緒に遊びたいな……。


 行こうか? やめようか。行こうか? やめようか……。いつもそんな風に、押し問答を繰り返す。


 時々、寂しくて、遊びたい気持ちが大きくなると、こっそり姿を表して『一緒に遊ぼう……?』って聞いてみるんだ。

 首を傾げて、出来るだけ優しくそう尋ねてみる……。

 だけど──。



 答えはいつも一緒。

『……』

 やっぱりみんな、逃げてしまう……。


 どうしてなんだろう? 相手は僕の話すら、聞いてくれない。僕の姿を見ると、すぐ逃げちゃうんだ。……話す隙すらない。僕は泣きそうになる。


『……』

 そう言えば、……と、僕はふと思い出す。

 子ギツネたちが話しているところを、僕は見たことがない。もしかしたら、言葉が分からないのかな?

 ……………………?


『……じゃあ、僕は何で話せるの?』

 ぽつりとそう呟いてみる。


 でも、……答えは分からない。誰も答えてくれない。だって誰もいないから……。


 僕は、耳を伏せて鼻を鳴らす。

 ……誰もいない。


 ……違う。誰もいないわけじゃない。

 ()()()()()()誰もいない。



『……うっ』

 目頭が熱くなって、ひどく悲しくなった。

 本当なら今、《(なみだ)》って言うものが溢れてくるはずなんだろなって思った。だけど《泪》は出てこない。

 胸いっぱいのこの気持ちを、泪で外に吐き出すことが出来たのなら、僕は少しは楽になるかも知れない。

『……』

 だけどそれは、無理な話。どうやったら泣けるのか? なんて、そんなの知らないんだから……。


『う……っ』

 苦しい。

 せめて声だけでもと、僕はむせび泣く。


 一度泣き出すと、堰を切ったように、あとから後から嗚咽(おえつ)が漏れてきた。けれど泪はどうしたって出てこない。


 《泪》というものを、僕は知っている。


 なんで知っているんだろう? 僕の出すことの出来ない《泪》。生まれたばかりで、見たことも聞いたこともないはずなのに、何故だか知っている《泪》。


『……変なの』


 けれど悲しくて寂しくて、どうしようもない時に、その()を出せば、楽になるのだということも知っている。だから僕はその《泪》を出してみたくって仕方がない。


 けれどどんなに頑張っても、その()は出てこない。出てこないから、僕のこの寂しさも、心の中から流れ出て行かないんだ。

 《寂しさ》は、ずっと心の奥深くに居座って、僕を支配する。


『あぁ……うぐ、うぐ……』

 声だけが、虚しく響く。

 寂しさを心の中に押し込めながら、僕は思う。


 誰かを探そう。きっと見つけよう。僕を怖がらない誰かを……。きっとどこかに、いるはずだから──。



『……』

 僕は一人、ひとしきり泣くと、炎を吐いた。青いその炎は、悲しげに光る。

 ピョン……と、その炎に乗ると、僕は跳ねるように駆け出した。




──この森の中には、もういない……!




 ゴシゴシと、顔を前足で拭いた。

 けれどやっぱり泪は出ていない。虚しくなって、ぺろりとその前足を舐める。


 きっといつか、泣くことの出来る日が来るだろうか?

 それともずっと、泪を流すことは出来ないのだろうか? 出来ることなら、泣いてみたい。

 泣くことが出来た時、僕にも仲間が出来るような気がした。


 僕は決心する!


 よしっ! 僕は、僕を怖がらないヤツを探すぞ! 絶対探してみせる! いつまでも、泣いてなんかいられない!

 そう心に強く思って、僕は(くう)を思いっきり蹴りあげた。




 ──ビュウン……!







 青い炎が火花を撒き散らし、辺りが淡く光った。

 僕の耳元で、風がびゅうびゅう音を立てて、通り過ぎて行く。


 白くて太いふわふわのしっぽが、僕の動きに合わせて、たなびいた。




 いつの間にか、僕が生まれたときに降っていた雪は、

 降らなくなっていた。


 雪は、少しずつ少しずつ溶けていき、

 あたたかい春の風が、吹き始めている。





 × × × つづく× × ×


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