封印された扉
澄真と対峙し、捕縛紐を巻き付けられた僕は、泣く泣く黒狐寺へと帰って来た。
腕が痛い。めちゃくちゃ痛い。
けれどまだ終わっていない。
キツネの姿では、寺の中には入れない。
戦いでひどく妖力を消耗したけれど、人形になるくらい出来そうだ。
唸るように僕は、寺の壁に寄りかかった。
『タマ、……ごめん。降りてくれる……?』
弱々しく僕は言葉を掛ける。
『あ、……あ! ごめん、ごめんニャん。すぐ降りるニャん!』
言ってタマは、ひらりと飛び降りた。
『狐丸……? 大丈夫? 妖力は足りるかニャん?』
気遣わしげに、タマが覗き込む。
覗き込まれて僕は、小さく頷いた。
『うん。……妖力は、まだだいぶあるんだ。瑠璃姫さまの結界の中に入れたから、力を貸してくれているし……』
だけど……と、僕は唸る。
『この手……この手のヤツ……コレが、ひどく痛むんだ……』
言って、左腕の捕縛紐を見せた。
見た目的には、なんのことはない。
ただ、左腕に紙屑が付いているように見えるだけだ。
タマは、その腕に近づき、その紙屑を取り除こうとした。
──パリッ……パリパリ……ッ。
『っ!』
しかしその紙屑は、異様な霊力を含んでいて、近づくことすら叶わない。タマは驚いて、後ずさりする。
へたな妖怪だと、これだけで一瞬で祓われてしまってもおかしくない。僕は血の気が引く。
『た、タマ? ダメだよ。これには触らないで。僕、大丈夫だから……』
必死に笑ってみせる。
『で、でも……』
『いいから。……ねぇ、お水飲みたい。お水持ってきてくれる?』
僕は必死に頼んだ。
こんな紙切れ一枚で、タマを失いたくはない。
頼まれるとタマは困った顔をしたけれど、頷いてくれた。
『う、うん。すぐに持ってくる、 待ってて、待っててよ……!!』
パタパタと走っていった。
僕はそれを見送って、そっと息を吐く。
これでどうにか落ち着ける。
『あぁ、……痛い……』
僕は深く溜め息をつきながら、陰陽師につけられた捕縛紐を眺めた。
素材は紙のようだった。けれど、剥がれもしないし、破れもしない。……いったい何なの? コレ。
本当ならあの時、眉間に溜めた力で焼き切るつもりだった。
けれど焼けたのは、皮膚に張り付いていない部分だけで、肝心の巻きついている所は、綺麗に残っている。多分、あの力は、僕に向けてだと効果を発揮出来ないのかも知れない。
自分で出した力は、自分に使えない。……そんなところだろうか?
いったい、どんな仕組みになっているんだろ……。
《あ。……何か、字が書いてある……》
捕縛紐には、不思議な模様がついていた。
文字と言うより、模様。
これが僕の腕を痛めつけている正体……呪詛なんだろうなって思った。……でも原因が分かったからって、何なんだよ。どうしようも出来ないんだったら、原因が分かったところで意味がない。
僕には、これが何なのか、理解することが出来ないから……。
《痛い……。じくじくする……》
必死に堪えてはいるが、涙が出るほど痛くてたまらない。皮膚や筋肉を通り越し、骨にまで響くような痛さだ。
堪らず僕は、紐を嘗めてみた。
──パシッ!
『……うっ』
弾かれて、僕の目に涙が浮かぶ。
《……舐めることすら、叶わないなんて……》
そんな僕を見て、タマが声をあげる。
『お、お水……持ってきたニャん。……ねぇ、狐丸? 瑠璃姫さまのところに行ってみよう? 瑠璃姫さまニャら、ニャんとかニャるかも知れニャいニャん!』
『瑠璃……姫、さま……? でも、どうやって会えるの……?』
僕は呟く。
瑠璃姫さまは、ふと気が向いた時だけに、地上に現れた。
向こうが会いたいと思えば、やって来るけれど、こちらが会いたいと思った時にはどうすればいいのだろう?
僕は項垂れる。
本堂からのあの道は、勝手に通ってもいいのだろうか?
『ニャに悩んでるのさ! 行かニャきゃ、しょうがニャいだろ!』
タマが怒る。
『……そんな事、言ったって……』
しゅん……と僕は耳を伏せた。
『ほら! 行くニャん! 人形にニャるニャん!』
『んー……。分かったよ……』
──ぽんっ!
軽い音を響かせて、人形になる。
『ほら、こっち! こっちニャん!!』
タマに袖を引かれて、僕は寺の中に入って行った。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
僕とタマは、本堂の阿弥陀如来像の裏に、こっそり廻った。
タマは僕に忠告する。
『ここは、特殊な術が掛けられてるニャん』
タマの言葉に、僕は眉をしかめる。
「ほら。……やっぱり、無理じゃないか……」
瑠璃姫さまは、本来封じられている。僕のように、部屋を与えられて過ごしているのとは訳が違う。勝手に会うなんて、できっこない。
当然、逃げられないように、他者からの逃亡の手助けがないように、厳重に護られているはずだ。
そう簡単に、会えるわけがない。
けれど、タマの言い分は違った。
『まあ、聞けニャん』
そう言うと、説明を始めた。
確かに、洞窟に続く道には、術が施されている。
けれどそれは、《逃亡させないため》でしかない。
《会うこと》は出来るのだと言う。
そしてそれは、人でも妖怪でも怨霊でも、条件は一緒なのだと言う。
「う……ん……? 分かったような、分からないような……」
痛みに耐えながら、僕は答える。
『だからニャ! 大切なのは《逃がそうと思っていないこと》が大切なのニャん!!』
「……」
僕は黙り込む。
瑠璃姫さまに初めて出会った時は、そんな事は微塵も思っていなかった。だから入ることが出来た。
けれど、《今は》違う。
どうにかして、逃がしたいと思っている自分がいる。
同じ妖狐を見つけたのだ。そりゃ、助けたいに決まってる。
タマは言った。九つある尻尾のうち、一本だけ封じれなかったと……。
だったら、自分も九尾になれば、もしかしたら助けられるかも知れない。そう思った。
(だから、僕は入れない……)
僕は首を振る。
「ダメだよタマ。……だったら僕は、もう入れない。……瑠璃姫さまを助けようと思ってしまったから……」
耳を伏せ、目を閉じる。
『狐丸……』
タマはしゅんとなる。
けれど、諦める訳にはいかない! タマはキッと顔をあげると、入口に向かい始めた。
『分かったニャん! だったらタマが、どうにか知らせて来るニャんっ!!』
「え!? タマ? ……どうする気!?」
バッと顔をあげ、僕はタマを見る。
タマは入口に向かって、猛突進している。
「え? えぇぇーっ!?」
僕が止める暇もない。
『ぶにゃあぁぁあぁぁーっ!!』
変な掛け声と共に、入口に辿り着いた!
途端──
──バリバリバリバリ……ッ。
『……』
「タ、タマ……!?」
結界に阻まれ、倒れてしまった。
「タマ……! もうやめて。僕の事はいいから……」
僕は疲れ切った顔で、懇願する。
「僕を悲しませないで。ね? せっかく助かったんだよ? もう休もう。僕、すごく疲れたんだ……。だから、もう休ませて? タマが無防備な事をすると、心配でおちおち眠っていられないよ……」
言いながら僕は苦笑する。
疲れたのは本当だった。けれど、まだ余力はある。
どうにか捕縛紐をとる手立てさえ見つければ、後は自分で何とか出来そうな気がしていた。
『狐丸……』
自分で何とか出来そうなのに、タマを傷つけてまで手立てを見つけようとは思っていない。
「タマが傷つくのは嫌なんだ。……だからもう、やめよう? 瑠璃姫さまが来るのを待ってればいいじゃないか……」
言って笑って見せた。
僕のその言葉に、タマはフルフルと震え出す。
『狐丸……。……狐丸っ! お前って、いいやつニャん!!』
──ぽんっ!
タマが人形になって、両腕を広げ僕に飛びかかる。
「え。……ええ!? タマ!? 待って! ……待ってって……!!」
叫ぶがタマは止まらない。
「ひっ……!」
僕の悲鳴があがる。
僕は、洞窟の入口を背にしていた。
目の前には、飛びかかるタマ。
タマを支えられず、少しでも入口に入れば、結界の餌食だ。
「……っ!」
グッと飛びかかるタマを支えた。
けれどバランスを崩す……!
ゴクリと唾を飲み込んだ
もう、どうすることも出来ない。通路へ続く扉が、近づいてくる。
僕は、ぐっと目をつぶり、覚悟を決めた──。
× × × つづく× × ×




