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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第四章 手放せないもの
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封印された扉

 澄真(すみざね)と対峙し、捕縛紐を巻き付けられた僕は、泣く泣く黒狐寺(こくこじ)へと帰って来た。

 腕が痛い。めちゃくちゃ痛い。


 けれどまだ終わっていない。

 キツネの姿では、寺の中には入れない。


 戦いでひどく妖力を消耗したけれど、人形(ひとがた)になるくらい出来そうだ。

 唸るように僕は、寺の壁に寄りかかった。


『タマ、……ごめん。降りてくれる……?』

 弱々しく僕は言葉を掛ける。


『あ、……あ! ごめん、ごめんニャん。すぐ降りるニャん!』

 言ってタマは、ひらりと飛び降りた。


『狐丸……? 大丈夫? 妖力は足りるかニャん?』

 気遣わしげに、タマが覗き込む。


 覗き込まれて僕は、小さく頷いた。

『うん。……妖力は、まだだいぶあるんだ。瑠璃姫さまの結界の中に入れたから、力を貸してくれているし……』

 だけど……と、僕は唸る。


『この手……この手の()()……コレが、ひどく痛むんだ……』

 言って、左腕の捕縛紐を見せた。



 見た目的には、なんのことはない。

 ただ、左腕に紙屑が付いているように見えるだけだ。

 タマは、その腕に近づき、その紙屑を取り除こうとした。




 ──パリッ……パリパリ……ッ。




『っ!』


 しかしその紙屑は、異様な霊力を含んでいて、近づくことすら叶わない。タマは驚いて、後ずさりする。


 へたな妖怪だと、これだけで一瞬で祓われてしまってもおかしくない。僕は血の気が引く。

『た、タマ? ダメだよ。これには触らないで。僕、大丈夫だから……』

 必死に笑ってみせる。


『で、でも……』

『いいから。……ねぇ、お水飲みたい。お水持ってきてくれる?』

 僕は必死に頼んだ。

 こんな紙切れ一枚で、タマを失いたくはない。


 頼まれるとタマは困った顔をしたけれど、頷いてくれた。

『う、うん。すぐに持ってくる、 待ってて、待っててよ……!!』

 パタパタと走っていった。


 僕はそれを見送って、そっと息を吐く。

 これでどうにか落ち着ける。


『あぁ、……痛い……』


 僕は深く溜め息をつきながら、陰陽師につけられた捕縛紐(ほばくひも)を眺めた。


 素材は紙のようだった。けれど、剥がれもしないし、破れもしない。……いったい何なの? コレ。

 本当ならあの時、眉間に溜めた力で焼き切るつもりだった。


 けれど焼けたのは、皮膚に張り付いていない部分だけで、肝心の巻きついている所は、綺麗に残っている。多分、あの力は、僕に向けてだと効果を発揮出来ないのかも知れない。

 自分で出した力は、自分に使えない。……そんなところだろうか?

 いったい、どんな仕組みになっているんだろ……。



 《あ。……何か、字が書いてある……》

 捕縛紐には、不思議な模様がついていた。


 文字と言うより、模様。

 これが僕の腕を痛めつけている正体……呪詛なんだろうなって思った。……でも原因が分かったからって、何なんだよ。どうしようも出来ないんだったら、原因が分かったところで意味がない。


 僕には、これが何なのか、理解することが出来ないから……。


 《痛い……。じくじくする……》


 必死に堪えてはいるが、涙が出るほど痛くてたまらない。皮膚や筋肉を通り越し、骨にまで響くような痛さだ。

 (たま)らず僕は、紐を嘗めてみた。




 ──パシッ!




『……うっ』


 弾かれて、僕の目に涙が浮かぶ。

 《……舐めることすら、叶わないなんて……》

 そんな僕を見て、タマが声をあげる。


『お、お水……持ってきたニャん。……ねぇ、狐丸? 瑠璃姫さまのところに行ってみよう? 瑠璃姫さまニャら、ニャんとかニャるかも知れニャいニャん!』


『瑠璃……姫、さま……? でも、どうやって会えるの……?』

 僕は呟く。


 瑠璃姫さまは、ふと気が向いた時だけに、地上に現れた。

 向こうが会いたいと思えば、やって来るけれど、こちらが会いたいと思った時にはどうすればいいのだろう?


 僕は項垂(うなだ)れる。

 本堂からのあの道は、勝手に通ってもいいのだろうか?


『ニャに悩んでるのさ! 行かニャきゃ、しょうがニャいだろ!』

 タマが怒る。


『……そんな事、言ったって……』

 しゅん……と僕は耳を伏せた。


『ほら! 行くニャん! 人形(ひとがた)にニャるニャん!』

『んー……。分かったよ……』




 ──ぽんっ!




 軽い音を響かせて、人形(ひとがた)になる。

『ほら、こっち! こっちニャん!!』


 タマに袖を引かれて、僕は寺の中に入って行った。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈




 僕とタマは、本堂の阿弥陀如来像の裏に、こっそり廻った。


 タマは僕に忠告する。

『ここは、特殊な術が掛けられてるニャん』

 タマの言葉に、僕は眉をしかめる。


「ほら。……やっぱり、無理じゃないか……」


 瑠璃姫さまは、本来封じられている。僕のように、部屋を与えられて過ごしているのとは訳が違う。勝手に会うなんて、できっこない。


 当然、逃げられないように、他者からの逃亡の手助けがないように、厳重に護られているはずだ。

 そう簡単に、会えるわけがない。


 けれど、タマの言い分は違った。

『まあ、聞けニャん』

 そう言うと、説明を始めた。


 確かに、洞窟に続く道には、術が施されている。

 けれどそれは、《逃亡させないため》でしかない。

 《会うこと》は出来るのだと言う。


 そしてそれは、人でも妖怪でも怨霊でも、条件は一緒なのだと言う。


「う……ん……? 分かったような、分からないような……」

 痛みに耐えながら、僕は答える。


『だからニャ! 大切なのは《逃がそうと思っていないこと》が大切なのニャん!!』


「……」

 僕は黙り込む。



 瑠璃姫さまに初めて出会った時は、そんな事は微塵も思っていなかった。だから入ることが出来た。

 けれど、《今は》違う。


 どうにかして、逃がしたいと思っている自分がいる。


 同じ妖狐を見つけたのだ。そりゃ、助けたいに決まってる。



 タマは言った。九つある尻尾のうち、一本だけ封じれなかったと……。

 だったら、自分も九尾になれば、もしかしたら助けられるかも知れない。そう思った。


(だから、僕は入れない……)

 僕は首を振る。


「ダメだよタマ。……だったら僕は、もう入れない。……瑠璃姫さまを助けようと思ってしまったから……」

 耳を伏せ、目を閉じる。


『狐丸……』

 タマはしゅんとなる。

 けれど、諦める訳にはいかない! タマはキッと顔をあげると、入口に向かい始めた。


『分かったニャん! だったらタマが、どうにか知らせて来るニャんっ!!』

「え!? タマ? ……どうする気!?」

 バッと顔をあげ、僕はタマを見る。


 タマは入口に向かって、猛突進している。

「え? えぇぇーっ!?」

 僕が止める暇もない。


『ぶにゃあぁぁあぁぁーっ!!』

 変な掛け声と共に、入口に辿り着いた!


 途端──




 ──バリバリバリバリ……ッ。




『……』

「タ、タマ……!?」


 結界に阻まれ、倒れてしまった。


「タマ……! もうやめて。僕の事はいいから……」

 僕は疲れ切った顔で、懇願する。


「僕を悲しませないで。ね? せっかく助かったんだよ? もう休もう。僕、すごく疲れたんだ……。だから、もう休ませて? タマが無防備な事をすると、心配でおちおち眠っていられないよ……」

 言いながら僕は苦笑する。


 疲れたのは本当だった。けれど、まだ余力はある。


 どうにか捕縛紐をとる手立てさえ見つければ、後は自分で何とか出来そうな気がしていた。


『狐丸……』


 自分で何とか出来そうなのに、タマを傷つけてまで手立てを見つけようとは思っていない。


「タマが傷つくのは嫌なんだ。……だからもう、やめよう? 瑠璃姫さまが来るのを待ってればいいじゃないか……」

 言って笑って見せた。


 僕のその言葉に、タマはフルフルと震え出す。

『狐丸……。……狐丸っ! お前って、いいやつニャん!!』




 ──ぽんっ!



 タマが人形(ひとがた)になって、両腕を広げ僕に飛びかかる。


「え。……ええ!? タマ!? 待って! ……待ってって……!!」

 叫ぶがタマは止まらない。


「ひっ……!」

 僕の悲鳴があがる。



 僕は、洞窟の入口を背にしていた。

 目の前には、飛びかかるタマ。


 タマを支えられず、少しでも入口に入れば、結界の餌食だ。

「……っ!」

 グッと飛びかかるタマを支えた。


 けれどバランスを崩す……!


 ゴクリと唾を飲み込んだ

 もう、どうすることも出来ない。通路へ続く扉が、近づいてくる。


 僕は、ぐっと目をつぶり、覚悟を決めた──。





 × × × つづく× × ×


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