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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
36/50

桜散る光の中で。

蒼人(あおと)、捕縛の用意を。……可能なら捕まえるが、不可能ならそのまま(はら)う!」

「はっ!」

 短く返事をし、蒼人(あおと)は捕縛の紐を用意する。

 呪符で編んだ、(あやかし)用の捕縛の道具である。


「準備が出来しだい、合図を送る」


 紐を持った陰陽生が、じりじりと白狐に近づく。


 白狐は一心不乱に鬼火を嘗めとっている。

 陰陽生が近づいていることに気づいていないようだ。


(これなら捕まえられるかもしれない……)

 澄真(すみざね)は、ホッと息をつく。

 なんとか、瑠璃姫との約束が護れそうだ。



 陰陽生と白狐との間合いを見計らい、澄真(すみざね)は声を上げた。

「今だ! 捕らえよっ!」


 合図と共に、陰陽生たちが捕縛の紐を投げる!

 が、しかし……!

「!」


 人の気配に、白狐が気付き地を蹴った。




 ──ガッ!!




 地を蹴ると共に、重たい衝撃波が空を伝う……!




 ──ドゴォォオォォッ!!




「ぐ……っ!」


 バタバタと風が吹きすさぶ!

 澄真(すみざね)は、(そで)で顔を護り地を踏みしめた。



「……くっ」

(前が……見れない……っ)


 そうこうしているうちに、白狐はあっという間に空へと、駆け上がる。

 陰陽生の投げた捕縛紐は、ことごとく地に落ちた。



「……くそっ!」

 ギリギリと歯噛みする。


(思っていたより速い……っ! しかし、逃すものか……っ!)

 瑠璃姫と約束をした手前、意地もある。


 澄真(すみざね)は捕縛紐を投げかけながら、呪文を唱える。


急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)……風式神(ふうしきしん)捕らえよ!」




 ──『御意』!




 紐は風にのり、高く跳んだ白狐の前足を捕らえた。

『!』

 捕らえた紐は、まるで蛇のように、白狐の足に絡み付いく。


 途端……。




『うわああぁぁ……っ!』




 白狐の絶叫が響いた。


「なっ!? ……子どもの声?」


 紐に掛かっている呪詛の痛みに、(たま)らず叫んだ白狐。

 その声の幼さに、その場にいた誰もが(ひる)んだ。




『痛い。……痛い! 痛いよぉ……』




 金色の目が、苦痛に歪む。

 あまりの痛さに、白狐は(くう)をのたうち廻った。


「ま、まさか、あれで子どもなのですか……?」

 蒼人(あおと)が信じられないといった様子で、唸る。

 思わず捕縛を離しかけ、澄真(すみざね)は慌てて紐を持ち直した。


蒼人(あおと)、怯むな! このまま畳み掛ける! 子どもでも容赦するな。手間取ればその分、苦しませるだけだ!」

 澄真(すみざね)の叱責が飛ぶ!

「わ、分かりました」


 二人は九字を切る。

 しかし、切りきる前に、白狐が動いた。



 ──『ぐああぁぁーっ!』



 白狐はのけぞり、眉間にありったけの力を込め始める。

 木を燃やしていた鬼火もろとも、その眉間に吸い込まれていく!

 そしてそこから、青白い球体が作り出された。



「な……なんだ。あれは……」

 誰もが、目を丸くする。


 地上にある、あらゆる妖力の波動が、白狐の作り上げている青白い光の玉の中に吸い込まれていくのが分かった。

 それは、澄真(すみざね)の召喚した風式神も例外ではない。


 玉は力を溜め込み、その色を濃密な白光に色を変え、凝縮していく……!


「……っ」

 澄真(すみざね)は息を呑んだ。

 見れば分かる。


(()()を落とされたら、全てが終わる……)


 澄真(すみざね)の中に、諦めにも似た感情が湧き上がる。



 他者の……いや、自然の力を利用する妖怪など、未だかつて見たことがない。いや、澄真(すみざね)の読んだ、どの文献にも、そのような記述はない。


 自分の力以上の力を放出できる存在。

 その威力は、計り知れない……。


「あ、……澄真(すみざね)さ、ま……。ご指示を……」

 蒼人(あおと)が、白狐を見上げながら、澄真(すみざね)に言葉を掛けた。


「……」

 しかし澄真(すみざね)ですら、手の施しようがない。


 蒼人(あおと)に何も指示を出すことが出来ずに、ただ佇むしかない。



 こう見えて、澄真(すみざね)は博学である。

 見鬼の才が気味が悪いと忌み嫌った父親のお陰で、表に出ることなく様々な本を読むことが出来た。


 ──いや。

 本を読む事しか出来なかった。


 そこから母親が連れ出してくれなかったのなら、未だに屋敷の奥深くに悪鬼の如く、潜んでいたに違いない。



「……」

 正直、出て行きたいと思ったわけではない。

 それはそれで、満足していた。


 けれどそのお陰で、色々な人に出逢えたのもまた、事実だ。


 蒼人(あおと)や、他の陰陽生、黒狐寺の弦月(げんげつ)和尚や瑠璃姫、タマ……それから狐丸に出会う事が出来た。


(……! そうだ。狐丸……)

 ハッと我に返る。

 呆けている場合ではない。


 白狐をどうにかしなければ、狐丸の安否を確認することが出来ない。


蒼人(あおと)……っ!」

 近くに控えている蒼人(あおと)を呼んだ。


「……っ、はっ!」

 呼ばれると思っていなかった蒼人(あおと)は、一瞬目を見開いたが、すぐに澄真(すみざね)の目を見つめ返す。


 その目は、不安でも安心でもない、……ましてや澄真(すみざね)を責めるものではなくて、ただ包み込むような優しい視線に、澄真(すみざね)はホッとする。


(慌ててもしょうがない。どの道、どんな技を用いようとも()()は防ぎようがない……)

 小さく微笑むと、蒼人(あおと)に指示を出す。


「できる限りの防護壁(ぼうごへき)を張る! 上空へ向けて、術を練れ……!」

「はっ」


 無駄な足掻きだと、蒼人(あおと)にも理解出来ている。が、何もしないよりマシだ。


 蒼人(あおと)澄真(すみざね)は、頭上に手を伸ばし、防護壁(ぼうごへき)を作り始めた。



 ──ぼわ……っ。



 ほんわりと、手のひらが輝き出す。

 それを見て、数人の陰陽生がそれに(なら)ったが、当然逃げ出す者もいる。


「……」

 しかし、逃げ切るのは無理だろう。

 あの熱量だ。結構な広範囲で、辺りを焼き尽くすに違いない。

 澄真(すみざね)は、軽く目を閉じる。


「……澄真(すみざね)さま」

 澄真(すみざね)の様子を見ていた蒼人(あおと)が、小さく呟いた。



 キーンと高い音を立て、球体は今度は小さく縮み更に高密度に凝縮された。

 耳障りにも似たその音に、だれもが恐怖を感じた。


 数人の陰陽生が、逃げ腰になる。

「わ、わあぁぁあぁぁ……っ!」

 叫び声を上げながら逃げ出した。

「……」

 けれど澄真(すみざね)は、逃げるのを止めはしなかった。


 見たこともない術を展開されれば、誰でも怖い。

 だが陰陽師とは、そう言う職業なのだ。今更怯えるほどのものでもない。


 見たことのない妖怪、怨霊……そして術の掛け合い。


 時には、正気でいられない者も出てくる。

 事実を知り、それでも陰陽師になりたいと思うものだけが、最終的に残るだけなのだ。


(……)

 けれどもう、それも終わる。


 どこで間違ったのか。

 やはり、白狐の尾が割れた時、引くべきだったのか。


 自嘲気味に澄真(すみざね)は笑う。

蒼人(あおと)……」

 澄真(すみざね)は、近くにいた自分の家臣でもある陰陽生の名を呼んだ。


 蒼人(あおと)は驚いて、返事をする。

「は、い……?」


 今更指示も何も無い。

 ただ、さしあたっての防護壁を展開しながら、蒼人(あおと)澄真(すみざね)を見る。


 辺りが白く光り出す。


「すまなかったな……」

 その光の中で、澄真(すみざね)が微笑んだ。


「!」


 これ以上凝縮出来ないというところまで、白狐の光の玉は凝縮した。そしてそれを、白狐が首を振り下ろすと同時に、青白い球体が放たれた……!




 カッ──!!




「!」



 捕縛紐へ向けて落とされる。

 その瞬間、その球は紐に触れると同時に、炸裂する──!




 ──カッ……!!




「……!!」



 辺り一面が真昼のように、明るくなった。


「!」

 誰もが、自分はもう、死んでしまうのだと確信した。




 ──!!







 しかし、青白い光りは熱くもなく、痛くもなく、誰かを傷つけるような事もなく、ただただ暖かく、柔らかい青白い炎を降り注いだだけだった……。



 宗源火(そうけんび)がつけた、赤い炎を飲み込むように、青白い鬼火が辺りを包み込む。



「あ……熱く、ない……?」

 蒼人(あおと)が呟く。




 ──ぶわ……っ!!




「!?」


 衝撃で桜の花が散った。


 赤い炎と青白い炎を纏った桜の花びらは、この世の物と思えぬ情景を見せた。



「…………っ」



 あまりの美しさに、誰もが言葉を失う。


 青い鬼火は、まるで生きているかのように、宙を飛び、赤い鬼火を呑み込んで消えていく。




 ──びゅうぅぅぅ……。




 一陣の風が舞う。


 その風に乗るように、炎が少しずつ消えていく。


 桜の花びらだけが残され、雪のように白く散った。



「……たす、かった……?」

 澄真(すみざね)が、目を見張る。



 その消えていく光の中で、二尾の狐が駆けて行く。

 純白の長いしっぽをたなびかせ、白狐は飛んだ。



 白狐の放った()の衝撃で、澄真(すみざね)(から)めた捕縛紐は、一部が焼け落ちてしまった。


 しかしその前足には、呪詛を含んだ捕縛紐が、焼かれずに残ったところが見て取れた。


 いずれあの足は、腐り落ちるだろう。

「……」


 白狐は苦しそうに空を駆けて行く。


 その痛々しい姿が、澄真(すみざね)の目に映る。



「結界……いとも簡単に吹き飛ばされてしまいましたね……」

 蒼人(あおと)澄真(すみざね)に語りかけた。


「……あぁ」

 何かを考えているような声だった。


 悲痛に響いた澄真(すみざね)のその呟きが、溜め息と共に、夜の風に消えていった。





 × × × つづく× × ×


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