青い炎
僕は、仲間を探して歩き始めた。
──ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ……。
……雪の上って、結構歩きにくいんだよね。
冷たいのは平気だったけれど、一歩一歩踏みしめる度に、雪が『行かないで!』って足を引っ張る。
オマケになんもない……。
歩いても歩いても、どこもかしこも雪ばっかり。
『……本当に、何にもないや』
僕はガッカリする。
あるのは、真っ白い雪。
あるのは、冷たい氷だけ。
『くしゅん!』
僕は小さく、くしゃみをする。
そしたら……!
──ぽっ!
『え?』
くしゃみをしたら、チョロリって青い炎が鼻から出た!!
え。何これ。なんなの!?
信じられる? まるで生き物のように、鼻から炎が吹き出るんだよ!? 僕は目を丸くした!
『ぶっ……。何これ、面白い』
鼻から飛び出たその炎の動きがおかしくって、僕は思わず笑ってしまう。
僕ってさ、今の今までひとりぼっちだったろ? 当然、遊び相手もいなくって、この時初めて《遊ぶ》ってことを知ったんだ。
その炎が面白くって仕方がなくって、僕は夢中になって、鼻から炎を出して遊んだ!
息を吹くのに合わせて、ボボボーっボボボーって、青い炎が空を舞う。
うわ、綺麗……!
『うわぁ……すごい。すごい……っ!』
嬉しくなって、僕は跳た。
こんなの見た事ない。まるで花火みたい!
炎は雪の上を、クルクル踊るように廻る。
鼻からふーん! と、火を吹くと、その炎も、僕の動きに合わせてクルクル舞った。
ちぎれた炎の欠片がチカチカ光って、本当に花火みたいなんだ!
遊んでいくうちに、それの炎は大きくなってきて、遂には雪の上に落ちても消えなくなった。
『! ……すごい、解けない』
なんで!? って僕は思う。雪で消えない炎。僕から出た炎。だったらもしかしたら、触っても暑くないかも……って思った。
『ちょっとだけ……ちょっとだけ』
僕は試しにその炎に触ってみた。
そだって雪に触れても消えない炎なんだよ? そんなのって見た事ないもの!
──ぴた。
『……え"』
そしたらいきなり、その炎が、くっついた!
『な……っ!?』
思わず悲鳴が、喉をついて出る。ドキリとした。ドスンと尻もちをつく。
もちろん僕は、慌ててその炎を取ろうとする。前足をあげ、一生懸命振ってみた! でも、取れない。
え、……やだ、どうしよう。
もしかして、ずっとこのまま?
そんなの、絶対変だよね?
『……』
僕は泣きたくなる。妖怪だから泪なんて出て来ないけれど、目頭は熱くなった。
必死に炎を取り除こうと、僕は頑張って、だけど取れなくて、次第に僕は疲れてくる。
……まぁ、しょうがないよ。考え無しだった、僕が悪い。
幸い炎は熱くなくって、ヤケドを負う心配は内容だった。
『……』
だけど、ずっとこのままとかそれはかっこ悪い。僕はしょんぼりして、火がくっついた前足を地面につけた。
──ひゅん。
『ひ……っ!』
僕は転がった。
『……え? 何が起こった?』
……結論から言うと、前足は、地面につけられなかった。
え? どういうことかって?
だから、その火は地面につけられないの。地面と反発するかのように、ふわって浮き上がって、僕はひっくり返ったってわけ。笑うよね?
……って、でもこれって面白い!
何が起こったのか、よく分からなかったけれど、とてもドキドキするような面白い出来事なんだって事は分かった。
これってもしかしてこれって、良い遊び相手になるんじゃないの?
『……』
僕はもう一度、前足にくっついた火を地面につけてみる。今度はそーっとそーっと。
──くにっ、くにくにっ、くにっ……。
地面につけようとすると、前足がイヤイヤするみたいに、くにくにって逃げる。
『ぷっ……何これ』
僕はおかしくなる。
いじでも地面につけてやるぞ! って思うんだけど、本当に反発するんだ! 絶対にくっつかない。
『ぷ。……ふふ、あはははは』
思わず、笑いが込み上げる。
愉しくて面白くて、仕方がない。
何回も雪の上に転がって、僕は笑った。あぁ可笑しい! もう一度試してみよう!
けれど先程の火は、遊びすぎたのか、消えてしまって、もう何処にも見当たらない。
『あ……』
少し残念に思ったけれど、あんな炎なんていくらでも出せばいい。僕はもう一度、ふーっと息を吐く。
『……ん、待てよ?』
僕は考える。次は四つの炎を出してみよう……。
──ぽ。ぽ。ぽ。ぽ。
ふふ。僕が何を考えたか、分かる?
そう! 僕はワクワクしながら、青く輝くその炎に飛び乗った!
『よっ……! わ、……わわわわわ……っ!』
思った通り、炎は僕を乗せて、ふわりと宙を舞う。
や、やった……やったやった! 思った通り!!
僕は喜んだ! そしてその瞬間──!
『う……うわ……っ、うわぁあ……!』
バランスを取るのが、めちゃくちゃ難しい。
炎はフラフラっと左右に揺れたかと思うと、すぐさま僕はひっくり返る。
『ふふ、ふふふふふ……っ』
ひっくり返るけれど面白い。
そしてさ、これが上手くいったら、僕って空を飛べるんだよ? 空を駆けたら、どんなに面白いだろう……!
僕は夢中で練習して、雪で真っ白になって、まるで雪だるまのようになった。けれどやめられない。面白くって、空を駆けるその日が愉しみで、やめられない!
僕は何度も何度もその炎の上に乗って、遊んだ。
何度も転げながらバランスを取って試すうちに、僕は乗るのが上手になった。
『う……うわぁー!』
僕は息を呑む。
だってついに、この炎を思うままに操れることが、出来るようになったんだ!
炎はものすごく便利だった。
だって空中を走れるんだよ? 自分の小さな足で地面を歩くのとは全然違う。とても速いし、気持ちが良い。
青い炎を足の下に、僕は空を駆けた。
さっきいた場所が、ぐんぐん遠くなって、目がくらむほど高い場所に辿り着く。今までこんな事、出来なかった。出来ない事が出来るようになるって、なんて素晴らしいんだろう!
自分よりも遥かに高い木々のてっぺんが、一気に下の方に見える。遠くの場所もよく見渡すことが出来て、僕の胸はドキドキと高鳴った!
『すごい! すごい!』
僕は面白くなって、どんどんどんどん空を駆け抜けた。
雪の平野を駆け抜けて、林の上へと駆け昇る。
木々に積もった雪たちが、ハラハラと舞い散って、まるでいつか見た星屑のようだった。
『あははははは……』
嬉しくて、夢中で駆けていたら突然! シュンって音を立てて、炎は消えた。
僕はハッとして、身構える……!
『え? 嘘……っ!?』
一気にまっ逆さま……!
──ヒュン……。
耳元を、風が吹きすさぶ。一気に地面が近くなる!
僕は焦る。
バタバタ手を動かしたけど、飛べるわけがない。
やばい。
このまま落ちたら、僕はどうなるの!?
『……っ!』
僕は丸くなる。地面が近づいた!
当たれば、きっとすごく痛いに違いない。
──ザザっ!
『……痛っ!』
僕はまず、木にぶち当たった。
幸い木の葉っぱは柔らかだった。僕はホッとする。
だけどまだ気が抜けない。
『わ、わわわわ……』
まだ落ちていることには変わりない……っ!
『ひ……っ!』
──ズサッ、ザ、ザザザザザッ!!
『!』
木々の枝にポーンポーンと当たりながら、最後はポスッと、背中から雪の上に落ちた。
雪はとても柔らかで、僕の体を受け止めるのには、十分だった。よ、良かった……助かった。
『いたたたた……こ、怖かった……』
僕は唸りながら雪の中で、くるっと廻る。
雪野原にしばらく伏せながら、僕は自分の小さな白いしっぽをフリフリと振り上げた。
助かった安心感が一気にやってくる。
『良かった、僕……生きてる!』
少し痛かったけれど、面白かった。
うん。これは、練習が必要だぞ。
……結構、危険だけれど、とっても楽しい!
雪に埋もれながら、僕はそう思う。
ふわふわの白い毛並みが、雪を含んでキラキラと輝いたのが見えた。
《しばらくは、火で遊べそう……》
雪の中をコロコロ転がりながら、僕は思う。
《……でもこの炎がお友だちで、お話してくれればいいのに……》
そんな風に思った。
だけどそこはさすがに無理だから、少し残念ではあったけれど、でも、遊び相手が現れてくれて、僕は嬉しくなった。
明日はどこを駆けようか?
これならスグに遠くへ行ける。遠くへ行ったら、きっと仲間がいるに違いない。
『……ふふっ』
考えれば考えるほど、楽しみだった。
× × × つづく× × ×