青白い光の玉
──グルルルルル……!
僕の口から自然に、唸り声が漏れる。
紺碧の炎がそこから溢れ出て、辺りを淡く蒼色に染め上げる。僕は唸りながら、目の前の宗源火を見た。
ギリッと、僕の目が細く凝縮するのが分かる。
視界がめちゃくちゃ良好だ。
今ならどんなところでも、見通す自信があった。
『オ……オオオオォ……』
宗源火から、明らかに、怯えの色が見てとれる。
そりゃそうだよ。宗源火じゃ、僕の相手なん何は、なりはしない……。
『ふふ』
僕は楽しくなる。
カッ──!!
眉間で練り込まれた、青白い光の玉が、稲妻となって飛んで行く!
バリバリバリ──!!
『……っ、』
叩きつけられるような衝撃の余波を、そっと目を閉じ耐える。
ゴォォォ──っ。
『ぐぅ……』
目を開けると、稲妻の残滓が、僕の体に纏わりつきながら、パリパリと小さな音をたてながら、消えていった。
『はぁ、はぁはぁ……』
僕は肩で大きく息をつきながら、薄く目を開く。
目が少し泪で潤んでいた。
《泪──?》
『……』
そんなわけない。僕は泣けない妖怪なんだから。
はぁ……と息をつき、顔を上げる。
倒せたのだろうか……?
気を引き締め直し、宗源火を探した。
『……』
宗源火は目の前にいた。
逃げるわけでもなく、攻撃するでもなく、そこに居る。
『……グルル』
僕は唸る。
スザッと音を立てて、身構える。
威嚇するように、グルルルル……と唸り声を上げた。
けれど、もう限界だった。
《さっきので、……結構、妖力持ってかれた……》
初めて使った大きな妖力。
コントロールなんて効くわけがない。
持てる妖力のそのほとんどを、一気に放出してしまった……。
けれど歯を食いしばる。
まだ倒れるわけにはいかない!
だって……倒せていなかったら、困るもの……。
けれど、落雷を受けた宗源火は、それ以上動くことはなかった。
──サラ……サラサラ……
次第にその体は、黒い消し炭と変貌を遂げ、下の方からサラサラと音を立てながら霧散していく。
『……』
霧散していく宗源火を見ながら、僕はホッとした。
《良かった……終わっ、た……》
ホッとしながら、《やばい》……とも思った。
妖力かわない。
きっとこの後、僕も霧散……する……。
『……』
僕は歩いた。
ゆっくりと、消えゆく宗源火に近づいた。
すごく……
──美味しそう……!
中心部から、何やらぽわっと淡く白く光る、細長いモノが浮かび上がる。
《……キレ、イ》
多分、これは、宗源火の魂。
『……』
「き、狐丸……?」
タマの声が聞こえた。
でも、構ってなんかいられない。
僕、だって……消えそうなんだ……。
──ぱくり。
「ニャっ……!?」
タマの悲鳴が聞こえた。
僕はあむあむ……と宗源火の死骸から出てきた、白く細長い魂を食べた。
何の躊躇いもなかった。
食べなくちゃ、死んじゃう……。
そう思った。
「……き、狐丸!?」
タマは叫ぶ。
まさか、食べるとは思わなかった…んだろう。
『……』
僕の口の間から、魂の細長い尾がぴろぴろと蠢いている。
僕はそれをじっと見る。逃がす訳にはいかない。
僕は横目でそれを確認すると、再び口を開け直し、ガブっと……確実に口の中へおさめた。
そしてそのままゴクリ……と咀嚼することなく嚥下した。
味……は、少し甘かった。
お菓子を食べたような、そんな気分になる。
「ニャ!? 何ニャにしてるニャん! そんなモノ食べたら、腹壊すニャん……!」
タマの心配をよそに、僕はペロリと自分の口許を嘗めた。ついでに顔を洗う。
力が戻ってくる。
うん。これでどうにか大丈夫だ。
『だって、……とても美味しそうな匂いがしたんだ……』
僕は肩を竦め、くぅんと鼻を鳴らす。
そうだよね、あの見た目だもん。口にするなんて、考えも及ばない。
だけど妖怪は、弱肉強食。
敗者が強者の糧となるのは、当たり前だ。
《食べたお陰で、少し妖力が戻った……》
タマには言わないけれど、僕は少し助かったと安堵の息を吐いた。
「……」
タマは嫌そうな顔を僕に向けたけれど、すぐに次の行動を指し示示した。……本当に人使い、荒いんだから……。
「ま、まぁ、それはいいとして、狐丸! 今度は、子どもを帰さニャくては! ……お前の腹の都合は、それからニャん!」
言ってタマは子どもを振り返る。
『……』
あ。忘れてた。
襲われていた子ども……。
子どもは怯えていた。
『……』
だよね、猫耳としっぽが生えてはいるけれど、まるっきり人間じゃない僕と違って、まだタマの方が親しみがある。
ガッツリ妖怪の僕に見られたら、そりゃ怖いよね……。
半ば少し冷や汗を掻きながら、僕は目を逸らした。
『……』
僕は妖怪だ。それは分かってる。
だけど散々怖がられて傷ついた。
もう、あんな顔は見たくない……っ。
そっと覗き見たその子どもはには、怪我はないようで、僕はホッとする。
身なりからして、貴族であることは間違いない。
なんでこんなところに、たった一人でいたんだろう……?
僕たちは、そんな疑問を抱えつつも、近くにほかの子どもの知り合いはいないだろうかと辺りを見廻し、すぐさま青くなる。
「……あぁ。この状況はやばいニャん……」
タマは唸る。
そして僕も言葉をなくす。
だって見れば、辺り一面、火の海だったから……。
『タ、タマ!? これはどうすればいいの!?』
僕は焦る。
宗源火が吐いた火の玉が、近くの木に燃え広がり、行く手を塞いでいる。
もう既に、日も傾き始めている。
このまま放置すれば、民家に燃え移り、大変なことになるのは誰が見ても明らかだった。
「どどどど、どうするニャん? どうするニャん?」
おろおろとタマが、辺りを見廻す。
助けになるような人間は見あたらない。
探している暇もない。
近くに川がある。
水で消してはどうだろうか?
いやでも、どうやって?
僕の頬のない口では、水を溜め込むことは出来ない。
もちろん、手で掬うことも無理だ。それはタマも同じ。体の大きさだって限界がある。
《体や尻尾に水をつけて飛ばしても、たかが知れてるし……ん? 待てよ……?》
僕はあることを思い出した。
古寺で、瑠璃姫さまの狐火に、自分の狐火を吹き掛けたときのことだ。あの時、僕の狐火は、瑠璃姫さまの狐火に負けて消えた。
今、燃え盛っているのは、宗源火が吐いた、言わば『鬼火』。
それなら、宗源火を倒した僕の狐火なら、この火を消せるんじゃないだろうか?
『……』
試しに僕は、近くの木で燃えている火に向かって、狐火を吐いてみた。
──パシュッ……!
水を掛けたような音と共に、木の火が消えた。
それを見たタマが、満面の笑顔で声をあげる。
「うわっ、何ニャにそれ! 凄い!」
そんなタマに呆れた顔を向ける。
『……タマが言ったんじゃないか……。力の強い鬼火には負けるって』
「あ……。そうニャん。そうだったニャん」
口に指をあてて、うーんと唸る。
「……タマも出来るかニャん?」
言いながら、自分の手に鬼火を溜め込み、試しに振りかぶる!
「えいっニャん!!」
ひょろひょろひょろ~とタマの鬼火は飛んで行って、宗源火の炎に当たった。
パシュッと音を立てて、タマの鬼火が消える。
『……』
タマと僕は、無言でその結果を受け止める。
ん。タマには無理だ。
僕はタマを見る。
ガーン……と落ち込んだタマの哀愁ったらない。
『……』
僕は見なかったことにする。
「ふ、ふにゃあぁぁー……」
へたりとタマは、地面に座り込んだ。
『あ、あの、……タマ? タマは、そのまま休んでて……?』
「まだまだニャん! もう一回やってみるニャん!!」
『……』
タマはそう言って、再び振りかぶる。
ひょろひょろひょろ〜……パシュッ!
『……』
「も、もう一回! もう一回ニャん!!」
悔しがって、バタバタと跳ね回る。
そんなタマに、僕が静かに近づく。
タマ……と、僕は呼び掛けた。
悪いけど……邪魔。
「ニャ……?」
タマはクリクリの目で僕を見上げた。
う……。可愛い。
……だけど、邪魔!
タマの鬼火が弱いのなら、役には立たない。
いつまでも、タマの相手をしているわけにもいかない。日を消さないと!
火は物凄い勢いで、延焼している。
遊んでる暇なんて、ないんだ!
『……』
僕は決心する。
タマ……と、僕は、タマを呼んだ。
タマは『ん?』と首を傾げた。
『……タマは大人しく、僕の背中にいてくれるかな……?』
「……」
情けは掛けない。
ググッと睨みを効かせ、僕はタマを見る。
余計な真似はするなと、僕に凄すごまれ、タマは大人しく耳を伏せた。
「……にゃぅ」
──ポンッ!
軽い音を立て、タマは猫の姿に戻ると、僕の首をギュっと掴んだ。
「……っ、」
ぐりぐりと顔を僕の首に押し付けてくる。
『……』
泣いてるの……?
そんなふうに思った。
だけど、そんなわけない。
タマは妖怪だから。妖怪は泣かないもの……。
そんなタマを見て、僕はくすりと笑う。
『……じゃ、行くよ? しっかり握った? 落ちないでね?』
優しくそう言うと、タマはこくりと頷く。
『……うん』
びゅっと風が巻き起こり、僕は跳躍する。
「……っ!」
子どもが不安そうな顔で、二人を見上げた。
『待っててね、すぐ終わらせるから』
僕は呼びかける。
すると子どもは笑ってくれた。
それを見て、僕は少し目を細めると、紺碧の鬼火を吐く。
自分のその、青い鬼火に飛び乗って、僕はゆっくり空を駆け抜ける。
鬼火は優しく僕を包んでくれた。
瑠璃姫さまの狐火を、食べた時とはまた違う力。
僕を護るように鬼火が僕にまとわりつく。
僕は少し愉しくなる。
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火を消すために、白狐は空を奔走を始めた。
白く長い尾が、風に吹かれてたなびいた。
──きれい、……だ。
ぼんやりと空を眺めながら、子どもはそんなことを思った。
× × × つづく× × ×




