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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第三章 襲い来る物の怪。
29/50

青白い光の玉

 

 ──グルルルルル……!




 僕の口から自然に、唸り声が漏れる。


 紺碧(こんぺき)の炎がそこから溢れ出て、辺りを淡く蒼色に染め上げる。僕は唸りながら、目の前の宗源火(そうけんび)を見た。


 ギリッと、僕の目が細く凝縮するのが分かる。


 視界がめちゃくちゃ良好だ。

 今ならどんなところでも、見通す自信があった。



『オ……オオオオォ……』


 宗源火(そうけんび)から、明らかに、怯えの色が見てとれる。

 そりゃそうだよ。宗源火(そうけんび)じゃ、僕の相手なん何は、なりはしない……。


『ふふ』

 僕は楽しくなる。





 カッ──!!




 眉間で練り込まれた、青白い光の玉が、稲妻となって飛んで行く!




 バリバリバリ──!!




『……っ、』

 叩きつけられるような衝撃の余波を、そっと目を閉じ耐える。




 ゴォォォ──っ。




『ぐぅ……』

 目を開けると、稲妻の残滓(ざんし)が、僕の体に纏わりつきながら、パリパリと小さな音をたてながら、消えていった。



『はぁ、はぁはぁ……』



 僕は肩で大きく息をつきながら、薄く目を開く。

 目が少し(なみだ)で潤んでいた。


 《泪──?》

『……』

 そんなわけない。僕は()()()()()()なんだから。


 はぁ……と息をつき、顔を上げる。

 倒せたのだろうか……?


 気を引き締め直し、宗源火(そうけんび)を探した。

『……』

 宗源火(そうけんび)は目の前にいた。

 逃げるわけでもなく、攻撃するでもなく、そこに居る。

『……グルル』

 僕は唸る。


 スザッと音を立てて、身構える。

 威嚇するように、グルルルル……と唸り声を上げた。


 けれど、もう限界だった。

 《さっきので、……結構、妖力持ってかれた……》


 初めて使った大きな妖力。

 コントロールなんて効くわけがない。

 持てる妖力のそのほとんどを、一気に放出してしまった……。


 けれど歯を食いしばる。

 まだ倒れるわけにはいかない!

 だって……倒せていなかったら、困るもの……。


 けれど、落雷を受けた宗源火(そうけんび)は、それ以上動くことはなかった。




 ──サラ……サラサラ……




 次第にその体は、黒い消し炭と変貌(れんぼう)を遂げ、下の方からサラサラと音を立てながら霧散していく。



『……』



 霧散していく宗源火(そうけんび)を見ながら、僕はホッとした。

 《良かった……終わっ、た……》


 ホッとしながら、《やばい》……とも思った。

 妖力かわない。

 きっとこの後、僕も霧散……する……。


『……』

 僕は歩いた。

 ゆっくりと、消えゆく宗源火(そうけんび)に近づいた。


 すごく……




 ──美味しそう……!




 中心部から、何やらぽわっと淡く白く光る、細長いモノが浮かび上がる。

 《……キレ、イ》


 多分、これは、宗源火(そうけんび)の魂。

『……』


「き、狐丸……?」

 タマの声が聞こえた。


 でも、構ってなんかいられない。

 僕、だって……消えそうなんだ……。




 ──ぱくり。




「ニャっ……!?」

 タマの悲鳴が聞こえた。


 僕はあむあむ……と宗源火(そうけんび)の死骸から出てきた、白く細長い魂を食べた。


 何の躊躇(ためら)いもなかった。

 食べなくちゃ、死んじゃう……。

 そう思った。



「……き、狐丸!?」


 タマは叫ぶ。

 まさか、食べるとは思わなかった…んだろう。

『……』

 僕の口の間から、魂の細長い尾がぴろぴろと蠢いている。

 僕はそれをじっと見る。逃がす訳にはいかない。


 僕は横目でそれを確認すると、再び口を開け直し、ガブっと……確実に口の中へおさめた。

 そしてそのままゴクリ……と咀嚼(そしゃく)することなく嚥下(えんげ)した。


 味……は、少し甘かった。

 お菓子を食べたような、そんな気分になる。


「ニャ!? 何ニャにしてるニャん! そんなモノ食べたら、腹壊すニャん……!」


 タマの心配をよそに、僕はペロリと自分の口許を嘗めた。ついでに顔を洗う。

 力が戻ってくる。

 うん。これでどうにか大丈夫だ。

『だって、……とても美味しそうな匂いがしたんだ……』


 僕は肩を竦め、くぅんと鼻を鳴らす。

 そうだよね、あの見た目だもん。口にするなんて、考えも及ばない。

 だけど妖怪は、弱肉強食。

 敗者が強者の糧となるのは、当たり前だ。


 《食べたお陰で、少し妖力が戻った……》

 タマには言わないけれど、僕は少し助かったと安堵の息を吐いた。



「……」

 タマは嫌そうな顔を僕に向けたけれど、すぐに次の行動を指し示示した。……本当に人使い、荒いんだから……。


「ま、まぁ、それはいいとして、狐丸! 今度は、子どもを帰さニャくては! ……お前の腹の都合は、それからニャん!」

 言ってタマは子どもを振り返る。

『……』


 あ。忘れてた。

 襲われていた子ども……。


 子どもは怯えていた。

『……』

 だよね、猫耳としっぽが生えてはいるけれど、まるっきり人間じゃない僕と違って、まだタマの方が親しみがある。

 ガッツリ妖怪の僕に見られたら、そりゃ怖いよね……。


 半ば少し冷や汗を掻きながら、僕は目を逸らした。


『……』

 僕は妖怪だ。それは分かってる。

 だけど散々怖がられて傷ついた。

 もう、あんな顔は見たくない……っ。


 そっと覗き見たその子どもはには、怪我はないようで、僕はホッとする。


 身なりからして、貴族であることは間違いない。

 なんでこんなところに、たった一人でいたんだろう……?


 僕たちは、そんな疑問を抱えつつも、近くにほかの子どもの知り合いはいないだろうかと辺りを見廻し、すぐさま青くなる。


「……あぁ。この状況はやばいニャん……」

 タマは唸る。

 そして僕も言葉をなくす。


 だって見れば、辺り一面、火の海だったから……。

『タ、タマ!? これはどうすればいいの!?』

 僕は焦る。


 宗源火(そうけんび)が吐いた火の玉が、近くの木に燃え広がり、行く手を塞いでいる。


 もう既に、日も傾き始めている。

 このまま放置すれば、民家に燃え移り、大変なことになるのは誰が見ても明らかだった。



「どどどど、どうするニャん? どうするニャん?」

 おろおろとタマが、辺りを見廻す。


 助けになるような人間は見あたらない。

 探している暇もない。


 近くに川がある。

 水で消してはどうだろうか?


 いやでも、どうやって?


 僕の頬のない口では、水を溜め込むことは出来ない。

 もちろん、手で掬うことも無理だ。それはタマも同じ。体の大きさだって限界がある。



 《体や尻尾に水をつけて飛ばしても、たかが知れてるし……ん? 待てよ……?》

 僕はあることを思い出した。


 古寺で、瑠璃(るり)姫さまの狐火に、自分の狐火を吹き掛けたときのことだ。あの時、僕の狐火は、瑠璃姫さまの狐火に負けて消えた。


 今、燃え盛っているのは、宗源火(そうけんび)が吐いた、言わば『鬼火』。

 それなら、宗源火(そうけんび)を倒した僕の狐火なら、この火を消せるんじゃないだろうか?


『……』

 試しに僕は、近くの木で燃えている火に向かって、狐火を吐いてみた。




 ──パシュッ……!




 水を掛けたような音と共に、木の火が消えた。


 それを見たタマが、満面の笑顔で声をあげる。

「うわっ、何ニャにそれ! 凄い!」


 そんなタマに呆れた顔を向ける。

『……タマが言ったんじゃないか……。力の強い鬼火には負けるって』


「あ……。そうニャん。そうだったニャん」

 口に指をあてて、うーんと唸る。


「……タマも出来るかニャん?」

 言いながら、自分の手に鬼火を溜め込み、試しに振りかぶる!

「えいっニャん!!」


 ひょろひょろひょろ~とタマの鬼火は飛んで行って、宗源火(そうけんび)の炎に当たった。


 パシュッと音を立てて、タマの鬼火が消える。


『……』

 タマと僕は、無言でその結果を受け止める。

 ん。タマには無理だ。

 僕はタマを見る。


 ガーン……と落ち込んだタマの哀愁ったらない。

『……』

 僕は見なかったことにする。


「ふ、ふにゃあぁぁー……」

 へたりとタマは、地面に座り込んだ。

『あ、あの、……タマ? タマは、そのまま休んでて……?』


「まだまだニャん! もう一回やってみるニャん!!」

『……』

 タマはそう言って、再び振りかぶる。



 ひょろひょろひょろ〜……パシュッ!



『……』


「も、もう一回! もう一回ニャん!!」

 悔しがって、バタバタと跳ね回る。


 そんなタマに、僕が静かに近づく。


 タマ……と、僕は呼び掛けた。

 悪いけど……邪魔。


「ニャ……?」

 タマはクリクリの目で僕を見上げた。

 う……。可愛い。

 ……だけど、邪魔!


 タマの鬼火が弱いのなら、役には立たない。

 いつまでも、タマの相手をしているわけにもいかない。日を消さないと!


 火は物凄い勢いで、延焼している。

 遊んでる暇なんて、ないんだ!


『……』

 僕は決心する。

 タマ……と、僕は、タマを呼んだ。

 タマは『ん?』と首を傾げた。


『……タマは大人しく、僕の背中にいてくれるかな……?』

「……」

 情けは掛けない。

 ググッと睨みを効かせ、僕はタマを見る。


 余計な真似はするなと、僕に凄すごまれ、タマは大人しく耳を伏せた。

「……にゃぅ」




 ──ポンッ!




 軽い音を立て、タマは猫の姿に戻ると、僕の首をギュっと掴んだ。

「……っ、」

 ぐりぐりと顔を僕の首に押し付けてくる。


『……』

 泣いてるの……?

 そんなふうに思った。


 だけど、そんなわけない。

 タマは妖怪だから。妖怪は泣かないもの……。


 そんなタマを見て、僕はくすりと笑う。

『……じゃ、行くよ? しっかり握った? 落ちないでね?』


 優しくそう言うと、タマはこくりと頷く。

『……うん』


 びゅっと風が巻き起こり、僕は跳躍する。




「……っ!」

 子どもが不安そうな顔で、二人を見上げた。



『待っててね、すぐ終わらせるから』

 僕は呼びかける。

 すると子どもは笑ってくれた。



 それを見て、僕は少し目を細めると、紺碧の鬼火を吐く。

 自分のその、青い鬼火に飛び乗って、僕はゆっくり空を駆け抜ける。


 鬼火は優しく僕を包んでくれた。


 瑠璃姫さまの狐火を、食べた時とはまた違う力。

 僕を護るように鬼火が僕にまとわりつく。

 僕は少し愉しくなる。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈


 火を消すために、白狐は空を奔走(ほんそう)を始めた。


 白く長い尾が、風に吹かれてたなびいた。




 ──きれい、……だ。




 ぼんやりと空を眺めながら、子どもはそんなことを思った。





 × × × つづく× × ×


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