泪の記憶
一瞬、僕の威嚇に怯む様子を見せた宗源火だったけれど、威嚇だけで宗源火が逃げる訳もなく、当然僕たちは、そのまま乱闘にもつれ込んだ。
苦痛の表情を更にしかめ、宗源火は僕を睨む。
ひぃ……! めっちゃ怖いんだけど……。
『……』
だけど、負ける訳にはいかない。
追われていた子どもの傍には、今タマがいる。
僕が倒れたら、空を飛べないタマは宗源火から逃げることが出来なくて、捕まってしまうかも知れない。
そんなのは、絶対に嫌だ──!
『……っ、』
僕は宗源火を睨みつける!
宗源火はそんな僕を見て、余裕だ。
ふっと目を細め、まるで笑っているかのようにも見えた。
……っ、悔しい……っ!
クルクルクル……っと物凄い速さで廻りながら、宗源火は僕を翻弄する。
なんなのあいつ! 目、廻らないの!?
歯噛みしながら後ずさる僕を見て、宗源火は虎視眈々と攻撃のチャンスを窺った。
集中しろ! 狐丸! 絶対に油断したらダメだ!
『!』
宗源火が、動きを見せた……!
「狐丸! 避けるのニャん!!」
タマが叫ぶ!
『!』
僕は上体を低くして、厳戒態勢をとる!
──シュルルルルルル……。
纏わりつく火を撒き散らしながら、宗源火は物凄い勢いで、僕に体当たりをして来た!
『な……!?』
咄嗟に僕は、左へ避けた。
『……くっ』
けれど遅い!
宗源火に触れたしっぽの先が、チリと焦げる。
『……っ!』
何あれ、やっぱり炎纏ってるんだ……。
キュルルルル……と方向転換しながら、宗源火は僕を見た。
ニッとその口角が上がる。
『……くそっ、』
僕は歯噛みする。
宗源火は、見た目以上に素早い。
そして、自分が優位なとこに気づいている。
果たして、勝てるのだろうか……?
『……』
そんな不安が、僕を襲う。
……っ、だけど負けられない。負けられないんだ……っ!
僕は、体勢を立て直し、宗源火を睨み付けた。
──『ぐるるるる……っ!』
必死に唸り声を上げる。
僕は、……何かと闘ったことなど一度もない。
どうすれば勝てるのか。
何が、最善の行動なのか、全く分からない。
相手は自分より強いのか、弱いのか……それすらも判別出来ない。
『……っ』
不安が僕を襲った。
そしてその不安は、じわじわ僕を支配する。
《このまま、戦って、本当にいいのかな……》
あまりの恐ろしさに、顎が噛み合わず、カタカタと音を立てた。
──シュルルルルルル……。
再び、宗源火が襲って来た。
今度は蛇行しながら迫ってくる!
『く……っ!』
グッと恐怖を押し殺す。
──シュッ。
『くっ……!』
間一髪!
僕は身を躱す。
けれどまた、チリリと脇腹の毛が、焦げた。
『!』
先ほどより、焦げ目が大きい。
──《……怖い……っ》
負けるかもしれないという思いがどんどん強くなり、僕はぶるっと身震いをする。
それを悟られまいと、グルルと低く唸る。
けれど、限界だ。
腰が逃げているのが、自分でも分かる。
《しっかりしろよ……!》
自分を叱責する。
でも、……でもすごく、怖いんだ……。
僕は薄く目を開けた。
宗源火は僕をすぐには攻撃しない。
いたぶるように、僕が体勢を整えるのをわざわざ待っている。
ニヤッと笑う宗源火のその顔が、鼻についた。
──悔しい……っ。
ぐるる……と唸りながら、けれど僕は少し後退する。
《勝てない》……そう思った。
「狐丸! おでこに意識を集中するニャん! 攻撃は妖怪によって違うニャん。自分で見つけるしかニャいニャん……!」
突如、タマの叫び声が、響いた。
《……自分で見つけるって言ったって……!》
そんなんじゃ、どうすればいいかなんて、分からない。
思わず、泣きそうになる。
それを見て、不気味に笑う宗源火。
きっと僕を小物だと、判断したに違いない。
『……っ、』
……実際、そうなんだけど……でも、悔しい……っ。
僕の怯えを見てとり、勝算が見えたのだろう。
不意に宗源火が、大きく息を吸う。
──スウゥゥウゥゥ……。
『!』
すると、ぶるぶるぶるっと震え始め、宗源火は倍の大きさに膨れ上がった。
『おおおおおおおおおぉ……!』
『!』
宗源火が雄叫びを上げた。
「……っ、」
空気がビリビリと振動する!
『……くっ』
僕は怯む。
その僕の畏れを感じて、宗源火は、膨れ上がりつつもニヤリと目を細めた。
『……ひっ!』
ぞわりと僕の毛が逆立つ。
瞬間、宗源火は勢いよく火の玉を吹き出した!
──プッ! プッ! プッ! プッ!
『……っ!』
当たるまいと、僕は空を駆ける。
──カッ、カッ、カッ、カッ……!
曲線を描きながら駆ける僕を追いかけ、火の玉が炸裂する!
──ボ、ボ、ボ、ボ、ボ……
僕からそれた火の玉は、地面や木にぶつかり、炎を上げた。
──ゴオォォオォォ……。
『……っ!』
炎が渦巻く!
燃え盛る木々から、パチパチと火花が降って来た。
「──!」
木の近くに逃げ込んでいた子どもが、声にならない悲鳴を上げる。
火が延焼し始め、そこここで火の手が上がった。
──ボッ! ボッ! ボボッ!!
タマが慌てて、消火にあたる。
しかし火の手は、収まるところを知らない。
それに気付き、僕は荒く息をつきながら唸った。
『く、そっ……!』
もう、試してみるより他ない。
グルルルル……と唸りながら僕は言われた通り、眉間に力を溜める。
はっきり言って、今の僕は無防備だ。
今襲われたら、ひとたまりもない。
だけど運のいいことに、宗源火は僕を侮っている。
薄ら笑いながら、僕が妖力を溜めるのを見た。
──くそっ。悔しい……。
呼吸が乱れる。
『……ぐ、うっ』
ドンっと重い妖力を感じながら、その圧力に僕は、耐えた。
集中……っ、集中しなくっちゃ……!
涙目になりながらも目を細め、更に力を込める。
おでこの中心で、グリグリグリっと妖力が練り上げられていくのを感じた。
──パリ、……パリパリ……パリ。
僕の周りに、青い火花が上がる。
『!』
思ってもみなかった変化に、僕は目を丸くする。
《……あ、そうか──》
今なら、タマの言葉が理解できる。
これを口で説明するのは、確かに難しい。
けれど……。
《今なら、きっと出来る……!》
『グルルルル……っ!』
目を細め、眉間に力を溜めると、僕の顔の前に青白い光の玉が生まれた。
その青白い玉は、周りの力を吸い上げるかのように、力を溜め込んでいく。
──キュルキュルキュルキュル……。
玉の周りの空気が渦巻くのが見て取れた。
「ニャ……っ!?」
タマは目を見張る。
「ニャ、ぼ、暴走……!?」
『……』
タマのそんな悲鳴が聞こえたけれど、これは暴走なんかじゃない。
僕の心はすごく穏やかで、そして力に溢れる……!
すごく満ち足りた気持ちになって、僕はそっと目を閉じた。
──……熾砢……さ……。
『……』
何かが、聞こえたような気がした。
懐かしい、……声……。
すごく懐かしくて、そして、悲しい──。
ぽたり……となにかが目から溢れる。
大切な、なにかを思い出したようで、
僕はすごく気持ちが楽になった──。
× × × つづく× × ×




