表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
序章 月の泪
2/50

氷の玉

『ぷはっ!』


 ある日()は生まれた。冬の冷たい寒い夜。

 たくさんの雪が積もったその日の夜に、僕は生まれた。


 だけど正直に言って、何が起こったのかよく分からない。

 僕はいきなりその場所に現れて、気がついたら()()にいた。


『……』

 なんで自分が()()にいるのか、サッパリ分からない。突然目の前に現れたこの世界に、僕はただ目を見張った。

 キラキラ光る銀世界。とても冷たくて静かで、それから凄く綺麗。


 そして僕はというと、何か大切なことを忘れているような、そんな気がしてならないんだよね……。うーん、なんだっけ?


 何か大切なこと? ……そんな事、あったっけ……?


 でもどう考えてみても、僕は今、この瞬間生まれたわけで、何か特別なことを覚えているはずがない。心の中が少しモヤモヤするんだけど、きっとこれは気のせいなんだって思う事にした。


『……』

 見下ろして見れば、僕の手足や体はとても小さくて儚げで、どう考えても、僕は産まれたての()()()に違いんだから……。



『……冷たい……』


 銀色の雪に包まれ、僕は呟く。

 でもね、冷たいものは嫌いじゃない。むしろ……大好き。


 僕が生まれた、この冷たい氷の玉の裂け目から、ぴょこりと頭を出す。

 うわぁ。辺り一面真っ白!

 僕は浮かれる。そして、僕の入っているその氷玉のツルツルのその表面を、少し前足の爪で引っ掻いてみる。




 ──ガリ……。




 氷はものすごぉく硬くって、とても僕の爪なんかじゃ傷つけることなんて出来やしない。

『……よく割れたよな。これ……』

 僕は呆れた。だってこれが割れなきゃ、僕は外に出られなかったって事だからね。なんで割れたか知らないけれど、それって奇跡に近かったんじゃないかなって思った。



 あ、そうだ。言ってなかった。


 ()はキツネだ。真っ白いキツネ。

 体がとても小さいから、白い子ギツネってところなのかな?


 そして僕は、多分この《雪》から生まれたんだと思う。

 だって同じ白色だし、僕の大好きな冷たいモノなんだもん!

 それに僕と雪の他にここには、何もない。だからこの雪が、僕のお母さん。


 僕は雪に、スリスリと擦り寄った。

 雪は柔らかくて冷たくてそれこら気持ちがいい。……そしてね、何故か僕が擦り寄っても、その雪は溶けないんだよ? 不思議だよね。

 もしかしたら、何かの力が働いているのかもしれない。消えてなくなって、僕が悲しまないようにって!


 僕は何だか嬉しくなる。

 だってこの雪も、僕のことを仲間だって認めてくれたように思えたから。


 スリスリと雪に頬ずりするのに飽きてきて、僕はゴロンと寝転がってみた。


 雪はとても冷たいんだけれど、凄く心地がいい。上を見上げれば、満天の星空が見えた。

 まだ雪が少し降っていて、星空と雪とを見ていると、まるでお星さまが降ってきているみたい。


 僕は目をつぶる。ずっとこうしていたい気もする。

 けれど今の僕はひとりぼっちなんだってことも、嫌というほどに感じられた。


『……』

 飲み込まれそうな暗闇。

 何もないこの世界に、ただ一人取り残されたような気がして、僕はひどく寂しくなる。


 雪は仲間かも知れないけれど、それでもやっぱり、僕と同じ姿の生き物に会ってみたかった。

『……』


 誰かいないんだろうか……? 僕と同じ真っ白なキツネ。

 僕はコロンと伏せて、辺りを探ってみる。


 ふわふわの小さい僕の耳は勝手にぴくぴくと動き、辺りの音を必死に探ってくれた。この耳はとても良い感じ。

 遠くで鳴くフクロウの声が聞こえる。ホーッホーッって、とても穏やかな声。

 ……だけど、それだけ。僕みたいな仲間はどう探ってみても、いないみたい。

 僕は少しガッカリする。


 どんなに耳を傾けても、なんの音もしない。

 穏やかなフクロウの声ばかり。静かな静かな冬の夜。


 誰もいない雪野原。物音すらもしない、しーんと静まり返った白い夜。警戒する《なにか》が、あるはずもなくて、思わず溜め息が漏れる。

 あぉ、……つまらない。

『……本当に、誰もいないの?』


 こてり……と首を傾げて、僕は耳を震わせた。頭についていた雪が、ハラハラと舞う。

『……』

 ひとしきり耳を震わせると、僕は改めて辺りを見廻した。


 けれど、なんにもない。あるわけない。足跡すらない、まっさらの白銀の世界。いつもと変わらない広いこの世界の中で、僕は本当にひとりぼっちなんじゃないかと思い始めて、急に不安になる。

 ひどく恐ろしかった。


 本当に誰もいないの?

 僕はここだよ?


『……』

 悲しくなって耳を伏せる。

 それから、くぅんと鼻を鳴らしてみた。誰がこの声を聞きつけて、来てくれるかもって思ったんだ。


 だけど、何もいない。

 誰もいない。


 静かな静かな雪の平原が、どこまでもどこまでも続くばかり。




 ──とさとさとさ……。




 遠くの林の木の枝から、ぱさりと雪が落ちたようだ。


 僕はその音にビックリして少し飛び上がる。誰かがいるかも知れない! う思った。期待を込めて、ウキウキと辺りを見廻したけれど、すぐに物音はしなくなる。


『……』

 なぁんだ……と僕は再び、鼻を鳴らす。

 ………………。


 ……。


 。




『あー! もうっ!!』

 僕は叫ぶ。


 こんな事をしていても、埒が明かない。いっそここから飛び出して、誰かを探しに行こう!

『よし!』


 僕は立ち上がる。

 じっとここで待っていても誰も来ない。だったら僕から行けばいいんだ!

『そうだ! 仲間を探しに行こう!!』


 僕は氷の玉を見た。

 ついさっき、僕が生まれた場所。

 僕がさっきまで、眠っていた場所。


 ここを離れるのはちょっと寂しかったけれど、いつまでもひとりぼっちではいられない。僕は僕の友だちを見つけに行くんだ!


 月と星と雪の光だけが、僕を見ていて僕を照らしてくれていた。

 静かな静かな、雪降る夜。

 だけど、それだけなのは嫌なんだ。


 月明かりはとても優しいけれど、何も話してくれない。

 冷たい雪もいいけれど、あったかい誰かに傍にいて欲しかった。




 ──『きっと見つかるよ……』




『!?』

 ふと、そんな声が聞こえたような気がした。僕は声の主を探して、辺りを見廻した。


 とさとさとさ……と、また雪が落ちた。


 けれど近くには、何もなく、

 ただただ銀色の世界が、広がるばかり……。





 × × × つづく× × ×


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ