深い洞窟
寺の中は薄暗かった。
昼間は太陽の光が差し込み、明るかったけれど、今はもう夜だ。
外では沢山の星々の光が輝いていて、多少の暗闇に慣れれば、その光だけでうっすら辺りの様子が窺えた。
けれど、寺の中は違う。
燭台の灯りがなければ、真っ暗闇だ。
僕は自分が光っているせいなのか、余計に辺りが何も見えず戸惑った。けれど、和尚さまは迷うことなく、本堂へと急ぎ足で入っていく。
その和尚さまに抱かれている僕は、いつか柱にぶつかるんじゃないかとビクビクしていた。
《ど、どうして迷わず進めるの……っ》
身を強ばらせる僕に気づいて、弦月和尚さまは、困ったように笑って言った。
「おお……。怖がらせてしもうたか。すまなかった。儂は目が見えぬゆえ、陽の光も夜の闇も関係ないのじゃよ。……さすがに見えなくなった時は、怖かったがの」
ふふふと、愉快そうに笑う。
「もう少し、辛抱するんじゃぞ? 洞窟の中に入ったらな、瑠璃姫の狐火で辺りは明るくなるからの」
言いながら、洞窟の入口へと急ぐ。
「うん……」
僕は頷いて、ぎゅっと弦月和尚さまの衣を握りしめた。
本堂にたどり着いた頃、僕の目もいくぶん暗闇にも慣れ、周りの様子が見えるようになった。
本堂の真ん中に安置された、巨大な阿弥陀如来像の裏に、その地下洞窟への入り口はあった。
『……こんな所に扉が……』
僕は呟く。
まだお寺の事はよく分からない。
阿弥陀さまの後ろなんて行きもしなかったから、こんな扉があるなんて、知らなかった……。
鉄の扉は頑丈で、とても僕には動かせそうにない。
鍵は掛かっていなくて、弦月和尚さまは、僕を床に下ろすと、その重たい扉を力を込めて開ける。
「ふん……っ!」
──ギギギギギギ……。
鉄の扉は、不気味な音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
──ビュオォォォ……。
『!』
地下洞窟から冷たい風が吹いてきた。
冷たいどころか、いっそ凍りそうな冷気に、僕は慌てて和尚さまにしがみつく。
和尚さまは少し笑った。
「はは。……そんなに怯えんでも大丈夫じゃ。瑠璃姫は、ああ見えて優しいからの。……ほれ、この下に瑠璃姫がいるぞ」
静かに弦月和尚さまはそう言って、下へ下へと降りる。僕はその後を、てとてと……とついて行った。タマも辺りをキョロキョロしながらついて来る。
こっそりついて来たタマだけど、多分和尚さまには気づかれてる。だって開けた鉄の扉をほんの少し、開けたままにしているもの。
灯りを持ってはいなかったけれど、さきほど和尚さまが言ったように、たくさんの狐火で、辺りはとても明るかった。
《すごい……キレイ……》
狐火に見とれながら、僕は地下へと降りて行く。
こんなにも綺麗な狐火を作り出せる瑠璃姫とは、いったいどんな人なのだろう……? 僕の興味は、更に大きく膨れ上がる。
凍りつくような、狭い洞窟の通路。
けれど、ほんわかと光り輝く青白い狐火のお陰で、《怖い》という気持ちにはなれない。どちらかと言うと、ちょっとあったかな気持ちになるのが不思議だ。
寺の庭で見た、狐火もそうだった。
昼間でも陽の光が届かない地下に閉じ込められ、それでもなお、こうやって、あたたかな狐火を作り出せるなんて、よほど精神の強い妖狐なのだろうなって僕は思う。
《どんな妖怪なのかな……?》
洞窟の通路を降りながら、僕はひとり、楽しみだった。
『はぁはぁはぁ……お、和尚さま……っ。ま、まだ着かないの……っ?』
僕が息を切らしながら、和尚さまに尋ねる。もう随分長いこと歩いている。お寺の洞窟って、こんなに長いの!? と呆れるほどだ。もしかして、迷ってるんじゃないの!?
洞窟の中は、一本道じゃなかった。
複雑に入り組んでいて、目の見えない和尚さまがどうして迷わずに進めるのか、僕には不思議だった。
ううん! 絶対、迷ったに違いない!!
でも安心して! 僕にはこの《鼻》があるから!
そう思い、ぴすぴす! と鼻を鳴らす。
そんな僕に、和尚さまは軽く笑い、口を開く。
「ふふ、狐丸や。もしや運動不足なのではないのかい? もう、息切れを起こしてしまったのかい……?」
袖で口許を隠し、ふふふと笑う。
笑われて僕は焦る。
『ぼ、僕はまだ、平気だしっ! 和尚さまは目が見えないだろう? もし道に迷ったんなら、僕が本堂に連れて帰れるから安心してって言おうと思ったんだ!』
僕の強がりに、和尚さまは再び笑いながら、答えた。
「ふふ。それは頼もしいのぉ。……しかし、それには及ばぬよ? どれ、そろそろじゃ……!」
どれ程歩いただろう。
寒さも相まって、軽く息切れを起こしかけた頃、僕たちは広々とした空間に出た。
天井……がすごく高い。
寺の高さの二倍はあるんじゃないかな? とても広さのある場所だった。
『う、わぁー……!』
僕は驚く。
高い天井いっぱいに大きな鍾乳石が垂れ下がり、今にも落ちてきそうで怖くなる。
う"……。あれが落ちたら、僕たち串刺しだよ?
「ふふ。凄いじゃろ? ……あぁ、一言言っておくが、天井のモノは落ちては来ぬ。そういう呪が掛けられておるからの」
和尚さまは笑った。
青白い狐火が、上下しながら洞窟内を揺れるさまは、意外に幻想的で、僕は息を呑む。
そして、その奥の壁にそれはいた。
『!』
青白い炎に照らされて、大きな漆黒の九尾が、壁の一面に磔にされていた。
九つのうちの八つのしっぽが、大きな釘で壁に穿たれていて、痛々しい。
僕は目を見張る。
あのように穿たれているのに、瑠璃姫さまは、あんなにあたたかな狐火を出しているの……!?
僕は少し恐ろしくなって、和尚さまの衣を掴んだ。
すると和尚さまは、優しく僕を抱いてくれる。
僕は和尚さまのぬくもりを感じ、ホッと息を吐いた。
瑠璃姫さまは、確かに穿たれてはいたけれど、自分の前足に大きな頭をもたげ、気持ちよさそうに眠っていた。
『……』
そんな瑠璃姫さまを見ていると、八つの尾が大きな杭で穿たれていたとしても、なんの問題もないかのように見える。
『瑠璃姫さまぁ~!』
僕の後ろから、こっそりつけて来ていたタマが、嬉しそうにピョコピョコ跳ねながら、穿たれたその黒狐にすり寄った。
「おや、タマなのかい? いつの間についてきたのだ?」
和尚さまが、わざとらしく素っ頓狂な声を出す。
そんな和尚さまを振り返り、タマはペロッと舌を出した。
「全く……油断も隙もありゃせんわい……」
和尚さまは困った笑みを浮かべたけれど、タマを叱るようなことはなかった。
× × × つづく× × ×




