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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
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深い洞窟

 寺の中は薄暗かった。

 昼間は太陽の光が差し込み、明るかったけれど、今はもう夜だ。


 外では沢山の星々の光が輝いていて、多少の暗闇に慣れれば、その光だけでうっすら辺りの様子が(うかが)えた。


 けれど、寺の中は違う。


 燭台の灯りがなければ、真っ暗闇だ。

 僕は自分が光っているせいなのか、余計に辺りが何も見えず戸惑った。けれど、和尚さまは迷うことなく、本堂へと急ぎ足で入っていく。


 その和尚さまに抱かれている僕は、いつか柱にぶつかるんじゃないかとビクビクしていた。

 《ど、どうして迷わず進めるの……っ》


 身を強ばらせる僕に気づいて、弦月(げんげつ)和尚さまは、困ったように笑って言った。


「おお……。怖がらせてしもうたか。すまなかった。儂は目が見えぬゆえ、陽の光も夜の闇も関係ないのじゃよ。……さすがに見えなくなった時は、怖かったがの」

 ふふふと、愉快そうに笑う。


「もう少し、辛抱するんじゃぞ? 洞窟の中に入ったらな、瑠璃姫の狐火で辺りは明るくなるからの」

 言いながら、洞窟の入口へと急ぐ。

「うん……」

 僕は頷いて、ぎゅっと弦月(げんげつ)和尚さまの(ころも)を握りしめた。



 本堂にたどり着いた頃、僕の目もいくぶん暗闇にも慣れ、周りの様子が見えるようになった。

 本堂の真ん中に安置された、巨大な阿弥陀如来像の裏に、その地下洞窟への入り口はあった。

『……こんな所に扉が……』

 僕は呟く。


 まだお寺の事はよく分からない。

 阿弥陀さまの後ろなんて行きもしなかったから、こんな扉があるなんて、知らなかった……。


 鉄の扉は頑丈で、とても僕には動かせそうにない。

 鍵は掛かっていなくて、弦月(げんげつ)和尚さまは、僕を床に下ろすと、その重たい扉を力を込めて開ける。

「ふん……っ!」




 ──ギギギギギギ……。




 鉄の扉は、不気味な音を立てながら、ゆっくりと開いていく。




 ──ビュオォォォ……。




『!』


 地下洞窟から冷たい風が吹いてきた。

 冷たいどころか、いっそ凍りそうな冷気に、僕は慌てて和尚さまにしがみつく。

 和尚さまは少し笑った。


「はは。……そんなに怯えんでも大丈夫じゃ。瑠璃姫は、ああ見えて優しいからの。……ほれ、この下に瑠璃姫がいるぞ」

 静かに弦月(げんげつ)和尚さまはそう言って、下へ下へと降りる。僕はその後を、てとてと……とついて行った。タマも辺りをキョロキョロしながらついて来る。


 こっそりついて来たタマだけど、多分和尚さまには気づかれてる。だって開けた鉄の扉をほんの少し、開けたままにしているもの。



 灯りを持ってはいなかったけれど、さきほど和尚さまが言ったように、たくさんの狐火で、辺りはとても明るかった。


 《すごい……キレイ……》

 狐火に見とれながら、僕は地下へと降りて行く。


 こんなにも綺麗な狐火を作り出せる瑠璃姫とは、いったいどんな人なのだろう……? 僕の興味は、更に大きく膨れ上がる。


 凍りつくような、狭い洞窟の通路。

 けれど、ほんわかと光り輝く青白い狐火のお陰で、《怖い》という気持ちにはなれない。どちらかと言うと、ちょっとあったかな気持ちになるのが不思議だ。


 寺の庭で見た、狐火もそうだった。

 昼間でも陽の光が届かない地下に閉じ込められ、それでもなお、こうやって、あたたかな狐火を作り出せるなんて、よほど精神の強い妖狐なのだろうなって僕は思う。


 《どんな妖怪(ひと)なのかな……?》

 洞窟の通路を降りながら、僕はひとり、楽しみだった。




『はぁはぁはぁ……お、和尚さま……っ。ま、まだ着かないの……っ?』

 僕が息を切らしながら、和尚さまに尋ねる。もう随分長いこと歩いている。お寺の洞窟って、こんなに長いの!? と呆れるほどだ。もしかして、迷ってるんじゃないの!?


 洞窟の中は、一本道じゃなかった。

 複雑に入り組んでいて、目の見えない和尚さまがどうして迷わずに進めるのか、僕には不思議だった。

 ううん! 絶対、迷ったに違いない!!

 でも安心して! 僕にはこの《鼻》があるから!


 そう思い、ぴすぴす! と鼻を鳴らす。


 そんな僕に、和尚さまは軽く笑い、口を開く。

「ふふ、狐丸や。もしや運動不足なのではないのかい? もう、息切れを起こしてしまったのかい……?」

 袖で口許を隠し、ふふふと笑う。


 笑われて僕は焦る。

『ぼ、僕はまだ、平気だしっ! 和尚さまは目が見えないだろう? もし道に迷ったんなら、僕が本堂に連れて帰れるから安心してって言おうと思ったんだ!』

 僕の強がりに、和尚さまは再び笑いながら、答えた。


「ふふ。それは頼もしいのぉ。……しかし、それには及ばぬよ? どれ、そろそろじゃ……!」


 どれ程歩いただろう。

 寒さも(あい)まって、軽く息切れを起こしかけた頃、僕たちは広々とした空間に出た。



 天井……がすごく高い。

 寺の高さの二倍はあるんじゃないかな? とても広さのある場所だった。


『う、わぁー……!』

 僕は驚く。

 高い天井いっぱいに大きな鍾乳石が垂れ下がり、今にも落ちてきそうで怖くなる。

 う"……。()()が落ちたら、僕たち串刺しだよ?

「ふふ。凄いじゃろ? ……あぁ、一言言っておくが、()()()()()は落ちては来ぬ。そういう(しゅ)が掛けられておるからの」

 和尚さまは笑った。



 青白い狐火が、上下しながら洞窟内を揺れるさまは、意外に幻想的で、僕は息を呑む。

 そして、その奥の壁に()()はいた。


『!』


 青白い炎に照らされて、大きな漆黒の九尾が、壁の一面に(はりつけ)にされていた。


 九つのうちの八つのしっぽが、大きな釘で壁に穿(うが)たれていて、痛々しい。

 僕は目を見張る。

 あのように穿たれているのに、瑠璃姫さまは、あんなにあたたかな狐火を出しているの……!?


 僕は少し恐ろしくなって、和尚さまの衣を掴んだ。

 すると和尚さまは、優しく僕を抱いてくれる。


 僕は和尚さまのぬくもりを感じ、ホッと息を吐いた。


 瑠璃姫さまは、確かに穿たれてはいたけれど、自分の前足に大きな頭をもたげ、気持ちよさそうに眠っていた。


『……』

 そんな瑠璃姫さまを見ていると、八つの尾が大きな杭で穿たれていたとしても、なんの問題もないかのように見える。



『瑠璃姫さまぁ~!』


 僕の後ろから、こっそりつけて来ていたタマが、嬉しそうにピョコピョコ跳ねながら、穿たれたその黒狐(こくこ)にすり寄った。


「おや、タマなのかい? いつの間についてきたのだ?」

 和尚さまが、わざとらしく素っ頓狂な声を出す。

 そんな和尚さまを振り返り、タマはペロッと舌を出した。


「全く……油断も隙もありゃせんわい……」

 和尚さまは困った笑みを浮かべたけれど、タマを叱るようなことはなかった。





 × × × つづく× × ×


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