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氷壺《月のキツネ》  作者: YUQARI
第一章 古寺に封じられた者
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心配事と変化《へんげ》の練習

 翌日僕は、再び寺に現れたタマを捕まえて、《変化(へんげ)》の事について尋ねた。


『ねぇ、どうやったら変化(へんげ)出来るの?』


 タマが来る前に、僕だって一応は一人で頑張ってみたんだよ?

 だけど、全然変化(へんげ)出来ない。どうしたらいいのか、さっぱり分からない。


 出来ないどころか、なれるる気がしない。

 いったいどうやれば、姿かたちが変わるんだろう……?

 いくら考えても分からないから、《これは尋ねてみた方が早いな……》と、結構早い段階で、結論づけた。


 だから僕は、前の日の夜中から、 タマが来る夜が待ち遠しくて仕方がなかった。やっと来たタマを、僕は離すつもりは無い。ギュッとタマのしっぽを掴んで、頑張った。

 だけどタマは、毛を逆立てて驚いて、僕を睨んだ。


 ……そりゃそうか。


 タマはムスッとして、(あご)で《離せ!》と、しきりに言ってくる。だけどそういうわけにはいかない。どんだけ僕が待ってたって思うの?


 絶対に、離さないし……!



 タマがどこに住んでいるのか、誰も知らなかった。僕は当然だけど、このお寺の和尚さまも。

 けど、この古寺に住んでないことだけは確かだ。


 弦月(げんげつ)和尚さまにタマの事を尋ねたら、毎日決まった時間になると、この寺に現れるんだよって教えてくれた。けれどタマは、寺の用事を済ませるといつの間にかいなくなる。

 和尚さまはそれが寂しくて、一度『一緒に住まないか?』と聞いたことがあるらしい。けれどタマは、《瑠璃(るり)姫さまがおわすところに、共に住むニャど畏れ多くて……!》と言って辞退したらしい。


 ……本当は一緒にいたいくせに。

『……』



 そんなわけでタマは、この寺には住んでいない。

 だからここへ来たその時が、絶好のチャンスなんだ。この好機を逃したら、後は明日になるのを待つしかない。

 そんなに待てるわけないだろ!? 僕は焦った。


 だから僕は、タマをこうして待ち構えて、朝から見張っていたんだ! そして、やっと捕まえたタマ。

 絶対に離す訳なんかない!


 グググッと頑張る僕を見て、タマは呆れたように溜め息を吐く。

『分かったニャん。しょうがないなぁ……』

 と言ったタマのその顔は、意外にも笑っている。

 もしかしたら、こうやって頼られるのは、嫌いな方ではないのかも知れない。


『う~ん。どうやったかなぁ。慣れると考えなくても出来るようになるのニャん』


 けれどどう教えたものか……と困った様子でタマはそう言いながら、う〜んと頭を捻る。もしかしたら誰かに何かを教えることなんて、やった事がないのかも知れない。

 しばらく《こうでもない》《あぁでもない……》と考え込み、ポン! と手を叩く。


 何か思いついたようだ。

 タマは小さく、ニヤリ……と笑った。


 そしていきなり、くるりっと宙返りしたかと思うと、人間の女の子になった。《おおー!》と僕は歓声を上げる。


 そうこれ!

 これだよ、僕がやってみたいのは……!


『すごいすごい!!』

 僕が割れんばかりの拍手をすると、タマは上機嫌になった。それから両方の手で頬を包み込むと、クネクネと揺れながら照れて見せる。


「確か最初はねぇ、葉っぱを頭に乗せて、なりたいものを思い浮かべるのニャ。それから一廻転しながら変化(へんげ)する。集中するのも大切だけど、勢いも大事。さすがにこればっかりは、感覚を体に叩き込むために、練習あるのみニャん。分かったニャん?」

 それからまたうーんと唸り、何事か思い出しながらタマは教えてくれる。


「妖力が足りないと、変化(へんげ)は出来ニャいけれど、この古寺には瑠璃(るり)姫さまがおられるから、力を貸してくれるニャん」

 タマはふふふと笑う。

 そこのところは安心していいニャん! と言いながらタマは誇らしげだ。


 その言葉に、僕は少し驚く。

 確かに木々に瑠璃姫さまの狐火が灯ったけれど、その姿は一度として見たことがない。

 だって、ごはんの時だってその姿は見なかったんだよ? 僕は和尚さまと二人きりで、昨日の晩ごはんと、今日の朝ごはんを食べたから。


 だから僕は、《瑠璃姫さまは、遠くにおられるんだな》って思ってた。

 術の遠隔操作……ってなると、とっても難しいと思うんだけど、九尾の瑠璃姫さまなら出来るのかもしれない。遠くから狐火を灯せるような、そんな力を持っているんだと、僕はそう思い込んでいた。


 それなのに、瑠璃姫さまはこの寺にいる──?



『え? 瑠璃姫さまは、ここにいるの?』

 僕は変な声を上げる。それほど驚いた。

「そうニャん。瑠璃姫さまは、この古寺の地下に封印されてるニャん」

 タマは、《なんでもない》と言った風に、簡単に答える。


『封印──……』

 だけど僕はそのタマの言葉に、言いようのない不安に襲われる。

 《瑠璃姫さまは、封印されるような、そんな恐ろしい存在なの……?》

 僕はそっと眉を寄せる。


 タマはそんな僕に気づかずに、猫耳を悲しそうに伏せ、小さく呟いた。


「だけど、たまにタマたちの所に遊びに来てくれるニャん。封印は完全じゃニャくて、九つのしっぽの一つが封印出来ニャかったみたいだから、そこから変化(へんげ)して、やって来てくれるのニャん」


 人の形をしているタマが、ゴロゴロと喉を鳴らす。目を細めて語るその顔は、ほんの少し紅潮していて、好感が持てる。

 《一言よけいに喋らなければ、十分可愛いのに……》

 などと僕は思ってしまう。


 タマの話を聞いていると、《封印されている瑠璃姫さま》は、そんなに恐ろしい存在には聞こえない。むしろ優しさを感じる。なのに封印──。よほどの理由があるのかも知れない。


 タマは、そんな瑠璃姫さまが、よほど好きなのだと見えた。

 細長い猫のしっぽが、フリフリと嬉しそうに揺れている。


 ふーんと僕は言いながら、瑠璃姫という名の妖怪に想いを馳せる。《姫》と言うくらいなのだから、女性なのだろう……。



『……待てよ』

 僕は、ふと考える。


 《僕は男だけれど、九尾になれるんだろうか……?》

 そんな不安が、頭をよぎった。


 そもそも妖怪には、子どもを残す必要性がない。だから男だとか女だとか、そもそも性別は必要ない。


 ただ僕を含めた妖狐は、人を惑わすのが特徴だから、時として女性だったり、男性だったりと性別があるのが普通だ。もちろん、持って生まれた性別を偽って、化けることもある。


 女にも男にもなる妖狐……。《性別》は、妖狐にとってはなくてはならないものだ。

 《でももし、九尾が女の子限定なら、僕にはなれない……》


 僕は、青くなる。

 《九尾》って、もしかしたら女性限定の妖怪のことなのかも知れない。そして僕は以前どこかで、妖狐について聞いたことがあった。




 ──キツネの妖怪は、男を(たぶら)かす。




 だからよくよく用心しろ……と、誰かがそんな事を言っていた。性別を変えることの出来る妖怪……妖狐。

 けれどその人が話す妖狐は、どうも女の妖狐のようだった。男の妖狐はそもそも数が少ないのかも知れない。

『……』


 だとすると、九尾に進化出来るのは、女の子のみ……って事も、有り得るんじゃないだろうか?


『……』

 僕は黙り込む。


 《だけどそれは、僕がそう思っただけだから……》

 自分にそう言い聞かせる。

 《そもそも僕は、妖狐だけど男だし。男が存在していないわけじゃないんだし……》


 妖狐にも色々いる。

 尾が一本だけの僕だけど、間違いなく《妖狐》だし、力をつけていけば、この尾が増えていくんだと、タマが言っていた。


 その中の一種類が《九尾》なのだ。


 自分は男なのだから、妖狐には男も存在する。

 だったら同じ妖狐。男の九尾だっているはずだ! と、そう結論づけた。

 そりゃ、一本だったしっぽが九つに増えるくらいだから、相当の修行が必要なのかも知れない。

 もともと数の少ない男の妖狐より、数の多い女の妖狐が九尾になる確率の方が高い。うん! そう思うことにしよう!


『……』

 けれど僕は、少し不安だ。

 《そもそも僕は、本当に妖狐なのだろうか……?》


 確かに見た目はキツネだ。

 けれど、妖狐に色々な種類があるように、妖怪にも色んな妖怪がいる。

 もしかしたら僕は、キツネに似た、全く別の()()かも知れなかった。


『……』


 不吉な予感を感じ、思わず身震いする。

 《やだな、そんなハズはないじゃないか……》

 ブルブルと、頭を振った。

 不安になると、変なことばかり考えてしまう。今は今! 後からのことは後で考えよう!そう自分に言い聞かせ、僕は変化(へんげ)の練習に取り掛かる。


 《変なこと考えずに、頑張ればいい。そしたらいずれ分かるから!》

 そう心に決め、僕は手頃な葉っぱを探した。





 × × × つづく× × ×


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