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夜会

 冒険者は、魔獣を討伐などを、彼らの管理組織であるギルドからのクエストでこなすことで日銭を稼ぐ労働者だ。私たちのようなアルス王国の騎士からすると「討伐屋」という別称で下に見ている者も多い。冒険者ギルドは世界協定でどの国も認められ、活動できることになっている。   

 アルスにも冒険者ギルドはあり、人々の役に立っているのだが、どうもその扱いは低い。

 あるアルス王国の騎士は、酒場である冒険者を帝国のスパイだと言いがかりをつけて叩きのめし、運悪くその冒険者は命を落としてしまった。しかしなぜか、法廷では不問に処された。

 一方で、帝国連合の国々では冒険者を優遇し、人々は敬意を持って彼らに接している。敬意を持たれると冒険者自身も自覚を持つようで、街中でのマナーはちゃんとしているし、アルス連盟のスパイだと思われるような怪しい動きをした冒険者は、あっという間に吊し上げられて追放されるらしい。

 なのでギルド併設の酒場は、アルスでは荒くれ者の巣窟というイメージだが、こちらではちょっとした小洒落た社交場の体をなしているのがなんとも不思議だ。私たちは少しだけドレスアップして、入り口の扉を開いた。アイテムボックスという高価なアイテムを、私もユウも持っている。大量の荷物を異空間に収納することができ、これは本当に長旅のときば便利だなぁ、と実感している。さてさて、噂の酒場は、どんなにお洒落なのだろうか。 


——ぎい


 重厚なオーク材の扉を開き、ほら、迎えてくれたのは、美しい……。


「いらっしゃいませー」


美しくない顔が、視界一杯に飛び込んできた。


「ありゃ、おきゃくさん、おらの肩掴んだ人でねっすか?あはは、偶然っすねー」


——おまえかい。昼間、一瞬レイくんと見間違えた、あのブサイクくん。


 私の心は一瞬で無になって、社交辞令の言葉を発していた。

「あ、あはは、そうですネー。その節は失礼いたしましター。アナタは、ここで働いている方だったんデスネー」

「おい、ユウ、なんだその棒読みは。そこの御仁、先ほどは私の連れが失礼した。ここのギルドの方でしたか。ここへは初めて来たのだが、席が空いていれば案内してもらえるだろうか?あと、もしこの辺りの事情に詳しい方がいれば、お話を聞きしたい」

「お客さん、ここらはハズめての人っすね。んだんだ。ここらじゃ見んねー、べっぴんさんですからね。げへへ。かしこまりました。んだば、食後にサロンにお越しくださいませ。ちょうど今日はぴったりの方がいらっしゃいますんで。お引き合わせいたします」

「助かります。ほら、ユウ」


 私は引きつった笑顔をしたまま、サナに促され中へ進む。


「すてき」


 王国の超高級レストランほどではないが、シンプルで清潔な装飾に彩られた空間は、まさに「洗練」という言葉がぴったりの場所だった。大空間のエントランスの先に、左右から2階にあがる階段が続いている。1階をそのまま真っ直ぐ進むと冒険者の受付があり、昼間はここに多くの人が列をなすのだろうが、受付が終わった今は、何人かのドレスアップした麗人たちが楽しそうに談笑しているのみだった。うん、いい。


「お食事場は、2階になっておりますんで、へい」


 不細工さんに促され、2階へ進む。不細工さんは、顔に見合わず身のこなしは優雅だった。彼に案内されて重厚なオーク製の扉を開く。キィ。手入れが行き届いているのか、その扉は軽く軋んだ音を立てただけですっと開いた。眼前には、なんとも洗練されたレストランが広がっていた。貴族の宴の場所のように華美で豪奢ではない。むしろ質素と言える装飾だが、それがかえってセンスのいる仕事ぶりを強調していた。

 私たちは窓際の席に通された。なお、ガラス工芸の技術は150年前にエルドラ帝国の工房で大きく発展し、今では貴族以外の建物でもガラス製の窓が普及している。ここからは、街の大通りが見渡せる。まだまだ商魂たくましい店は空いていて、夜に到着した冒険者や旅人に元気に声をかけていた。やっぱいいな、この街。


「どうした?ユウ、ぼーっとしちゃって」

「私たちがイングルウッド城を追い出されてから、ほら、結構バタバタしてたでしょ。なんか、久々にゆっくり食事ができるな、って」

「そうだね。ほぼ外で焚き火で焼いた肉!だったからな。あたしらは元兵士だから平気だけど、並の乙女なら根をあげてるよな、きっと」

「サナは兵士じゃなかったとしても大丈夫だと思うけど」

「どういう意味だよ」


 そんな軽口を叩きあいながら、私たちは大いに食事を楽しんだ。この店の自慢は魔獣の肉を調理した魔獣料理だ。さすがはギルド併設のレストランといったところか。どの魔獣の肉もたいていは家畜よりクセが強いのだが、漬け込みや香草を上手に使って、信じられないほどの美味に仕上がっていた。さらに私たちを虜にしたのが……


「んんんんまああいっ!」


 このデザート。ナフレシアという名のケーキだ。新鮮な卵とクリームで形取った甘いパイ生地が、何層にも重なって、その間にベリーのジャムや梨が絶妙な甘さ加減で挟まり、舌をとろけさせる。さらに、魔獣料理でもうまく使われていた香草がアクセントに使われていて、後味さわやか。何個でもいけそう。


「うん。おかわり」

「だな」


 私たちは躊躇わず2つ目を注文した。

 口が甘い幸福で満たされた後、私たちは談話室へと足を運んだ。ブサイク君が話をつけてくれていたのか、私たちが部屋に入ると、奥の席からすっと細身の老紳士が立ち上がり、近づいてきた。


「あなたたちですかな、この街について知りたいのは?」


 その紳士は、細身でありながら服では覆い隠せない筋肉を感じさせる体型で、頬に大きな傷跡があった。キュアポーションを使うのが遅ければ、大きな傷が残ることがあるのだ。さらに、左腕がだらんとしていて、手首が出ていなかった。彼はこのギルドの歴戦の冒険者で、今は過去のネットワークを活用して情報屋で生計を立てている。と、いったところか。


「お察しの通り、私は元冒険者です」

 彼は肘から先のない左手を上げ、こちらの思考を見透かすように言った。

「しかし、情報屋は、まあ、趣味、といいますか、社会貢献みたいなものでしてね。困った人を見過ごせないのですよ」


「はじめまして。私はサナ=ラングリッド。こっちは一緒に旅をしているユウ=ルノーブルと申します。」

 私はユウの紹介に合わせて、貴族風の礼をした。

 

「ナユタ=デイトリスです。どうぞナユタと呼んでください。失礼ながらお二人のお名前は、アルスの名家のものだったかと記憶しておりますが」

「アルスの者にはご協力いただけないでしょうか?」

 私は不安げに言葉を挟む。

「まさか。ここハムルは、あらゆるものが行き着く場所です。ただ、この耄碌じじいの記憶力を確かめたかっただけですよ。さて、お聞きしたいことはなんですかな」


 老紳士ナユタは、微笑みながら私たちに席を進めた。室内ではシタール奏者が、控えめな音で穏やかな音楽を奏でている。そんな雰囲気もあいまって、私たちは警戒心もなく、ここまでのいきさつをありのまま語り始めた。

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