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探索

「あの事件から、もう3ヶ月か」

 となりで馬車にゆられる友達のサナに向かって、私、ユウは独り言のように話しかけた。

「そうだね、そして、私らが騎士団候補生をやめて3週間」

「正確には、やめさせられて、でしょ」

「ふんっ、そうだったねー」

 ミナト君のことを思い出すと今も目に涙が浮かんでくる。でも、何日も泣き続けて涙は枯れ、ようやく落ち着きを取り戻した頃、私はようやく現実を受け入れ、レイ君の逮捕と逃亡について考え始めた。そして、レイ君が犯人だなんて、とうてい信じられるわけがなかった。私たちはまぁ、いろいろ騒ぎ立てた。特に私の騒ぎ方はちょっと異常だったと思う。もちろんレイ君が犯人だと信じられないのもあったけれど、それよりも、きっとミナト君なら、彼の名誉を守るために行動するだろうと思ったから。そうそこにいないヒトに好かれるための行動をするって、まあまあ狂っていた。そして、狂うという意味では、城の連中がそうしたようにレイ君を一方的に疑うこともできた。憎悪でミナト君を失った悲しみを忘れるなら、その方がむしろ手っ取り早かったのかもしれない。だけど、あの最後の夜、私はレイ君の無実を信じられる、ある根拠があった。


「ごめんね。親友のあなたにまで、迷惑をかけて」

「ユウ、何回も言ったろ。あたしは、もともと向いてなかったんだよ、剣を振り回して戦うのがさ」

 そう、サナは名門の魔闘家の家系ゆえ、騎士団にいるのが異例だった。もともと格闘センスはあるから、騎士としての成績は悪くない。あの魔獣の群れに襲われた日も、しっかり生き残ったのがその証拠だ。

 魔闘家は、簡単に言えば、肉体に魔力を纏って闘う武術家のことだ。アルス王国ではほとんど見かけないが、アルスの同盟国、スチ王国で盛んである。サナはスチの王族で、アルスの名門貴族の養子に迎えられていた。要は人質である。そんなわけで、サナは仕方なくアルス流のエリートコースを歩まされていたのだ。追放されたのは不安だろうが、未練もなかろう。


 私たちはレイ君の無実を手を変え品を変え訴えて、機会があれば、彼の名誉を挽回しようとした。そうして2ヶ月と半月が過ぎた頃、突然イングルウッド法務なんたら官と魔法騎士団教官長がお揃いで現れて、出て行け、と言われた。荷物をまとめされられて、その日のうちに、まるでまとわりつく野犬を追い払うように、城を追い出された。どさくさにまぎれて、私の胸を触った若い兵士の顔は忘れない。サナのお尻をペシっとはたいた、おっさん兵士も。とにかく、私たちが忠誠を誓い、仲間たちと寝食をともにした場所は、こんな醜い場所だったのかと、ひどく落胆したことを覚えている。

 しばらく城近くの暗い森の中で佇み、茫然としていたとき。突如サナが、「レイを探しに行こう!」と、明るく言った。

 城の兵隊たちは、逃亡中に谷底に落ちたと言っていたが、彼は多分まだ生きている。私たちは、確信していた。いつまでたっても、城の上層部がピリピリとした雰囲気を醸し出していたからだ。感知魔法に長けた私も、感知魔法は苦手だけど気配に敏感なサナも、それを感じていた。


 うん、レイ君はきっとどこかで生きている。彼に再会して、いっしょに彼の無実を晴らす作戦を立てよう。私はサナの提案に乗った。行くあてもないし、やることもない。だから、せめてものイングルウッド城の奴らへの仕返しだった。


 そんなわけで今、私たちはレイ君が逃げたと噂されているメルート共和国へ向かうこの乗合馬車の中で、ちょっと臭い男冒険者に囲まれ、サナと肩を寄せ合いながら揺られているのだ。

 レイ君は、城内では死んだことになっているが、冒険者ギルドにはクエストとして手配書を配っているようだ。姑息な奴らめ。この乗合馬車に乗っている冒険者たちも、手配書を見て何事かを話し合っていた。そう、やはり生きているのだ、彼は。

 しかしあの人相書きは何とかならないのか。もっと彼は、きゅんと来るような美少年で、可愛い感じなのに。いや、ちがうちがう、私は彼の外見は好みだけど、整った顔立ちで背が高くて男らしいミナト君のような――

「ユウ、着いたみたいだよ」

「はわっ」

「なんで声出してんの。ハムルの城門前。降りるよ」

「あ、うん」

 国境を越えて5日。私たちはハムルに着いた。アルス王国連盟と敵対する帝国連合の大国、メルート共和国の第2の城塞都市だ。ちなみに敵対している帝国連合領といっても、今は休戦中だから、ちょっとした賄賂ですんなりと入国できる。私たちは末っ子とはいえ貴族、それなりに蓄えの路銀は持っているのだ。

 目的は、この城塞都市にあるギルドで、情報収集をすること。彼が逃亡した方角とは少しずれるが、身を隠すなら帝国連合ギルドに入ることは間違いない。それにしても……。

「壮観だねぇ、これは」

 サナがつぶやく。

 メルートの城壁が眼前に高く聳え立つ。

 アルス王国の隣国であるものの、反対側はもう魔国領。つまり、マハが起こればまっ先にこの国に魔獣が雪崩れ込む。ここは重要な最大防衛拠点。あらゆる最先端の武具や魔法が集まり、モノが集まる。ということは人が集まり、商いが生まれる。

 さらにこの街の名物が、つんと鼻先をつくこの硫黄の匂い。

「あー、温泉の匂い!」

「楽しみだねぇ」

「あー、旅の埃を早速落としたいところだけど、まだ日が高いし、しばらく情報収集してからね」

「わかってるって、サナ」


 城門で手続きをしてから、ギルドの場所を聞く。徒歩だとギルドまでは30分かかると言う。どんだけでかい街なんだ、ここは。


 それにしても、これがうわさの「決断の街」か。アルス王国の北辺をぐるりと取り囲むように位置しているのが帝国連合である。エルドラ帝国を筆頭に、フィニータやイオニス、そしてこのメルート共和国が強固な連携を築いで強大なアルス王国とその連盟国に対抗してきた。ちょうとアルスをぐるりと取り囲む細長い鎖のように見える。文字通りその絆は鎖のように強く、国々を横断するルートは街道が一本に整備されていた。アルスから見て東北のエルドラ帝国を出発して、国をまたぐこの街道を進み、最終的にこのハムルで温泉にいたる道のりが人気の旅ルートだ。

 そして、旅人たちはここで決断に迫られると言われている。最後にたどり着いた、この果てしなく居心地の良い街を、一生の住処にするか否かを。


「なんか、噂通り、いい街だね」

「ああ、さすがは”決断の街”だな。ユウなんか、さっそくここで素敵な人と出会って、とか想像してるんじゃないか?」

「ふん、考えていないわよ!ちょっとだけしか……」

「考えてるんかーい!」


そんなくだらないやりとりをしている私たちに、声をかけてくる商売人。

「よ、そこの美人のおねえさんたち!メルートさんの珍しい果物があるよ!一口どうだい?」


 狐型の獣人の男が、人懐っこい笑みを讃えながら、見たこともない白くて柔らかそうな果物を両手にかかげている。

「ひとくちちょうだーい」

「あ、サナっ」

「んんんっ、うまーい!」

サナが白くて柔らかそうなその味を頬張り、口の端から汁を垂らしている。どれ、私もひとくち。

「んんんっ、うまーーー!」


 私たちは狐型獣人のお兄ちゃんから、6個その実を買い、歩きながらギルドを目指すことにした。大型のトカゲを馬車のようにした送迎車も整備されているが、のんびり観光したい気分だった。美しく整備された街並み。やはりアルスとは違って、建物や街中をめぐる運河にかかった橋の装飾が繊細で、文化の違いを感じる。ところどころある、足湯。そして、さまざまな露天商が建ち並ぶ。人々は明るい。階級意識が高いアルス王国では差別の対象になる獣人も、ここでは平等に暮らしているように見える。

「やっぱ回復用の薬や魔術道具がいろいろあるねー」

「うん、買っておこう。怪我をしがちなサナのためにも」

 魔国領からのマハと、王国連盟からの戦禍に常にさらされ、この国は特に回復魔術や防衛魔術が発達したと言う。温泉目的と相まって、けが人が治療のために訪れることも少なくない。


ちゃぽん。


 サナと共に足湯に浸かる。たゆたゆと足にからまるぬくもりが心地よい。

 ぼーっと通りを眺める。前を通りすがる人々は、ほんとうに多様だ。エルフやドワーフ、ライカンスロープやラビット族の獣人、南方系の褐色の肌をした人々、北方から来たと思われる髪も肌も白い人々。でも、みなこの素晴らしい街に来て、ワクワクしているように思える。あり方は違っても、心は近い。こんなに似ているのに、どうしてみんなもっと仲良できないのだろう。共通のマハという脅威があるのに、どうしてアルス王国連盟とエルドラ帝国連合はいがみあっているのだろう。


「こういう平和が一番なのにね」

「ん?何か言った、ユウ?」

「なんでもない。さ、そろそろ行こっか」


 私が立ち上がろうとした瞬間。目の前をレイ君が通り過ぎた気がした。

 しゅたん!

 私は戦闘でもあまり見せないような機敏な動きで慌てて後を追いかけて、その男の肩を掴んだ。


「レイ君!」

「はい?」

 

 振り返った男は、やたら不細工な男だった。美少年のレイ君とは似ても似つかない。


「あのー、ひとちがいでねっすか?」

「あ、そうみたいです。ごめんなさい!」

「あ、じゃあ、オラはこれで」


 男は、強いアクセントの訛りでそう答え、そそくさと離れていく。


「どうしたの、ユウ」

「ううん、勘違い。レイ君に見えた」


「ああ、確かに似てたな」

「いや、さすがにアレは違うでしょ。ないわー」

「人違いしておいて……。おまえって、たまに酷いよな」

 サナがちょっと引いて言う。

 でも仕方ない。私は面食いなのだから。平和主義者だけど、博愛主義者ではない。美を愛でることは、私にとっての正義なのだ。


 気を取り直して、私たちは、情報収集もかねてギルドへ向かう。ギルド近くの宿で荷をおろし、軽装でこの街一番のギルド本部へ向かった。

 ギルドは、冒険者たちがクエストを求めて集うので、大抵は酒場になっている。そろそろ夕刻、人も集まりはじめているころだ。

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