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逃亡

 また夢を見ていた。暗い穴の中に落ちそうになるボク。しかし、落ちそうになるのを受け止めてくれる手があった。ガイルだ。いつもガイルはボクを助けてくれる。8歳の頃の、あの夏もそうだった。


「…イ…、きろ…」

 ガイルが何かを言っている。

「…きろ!レイ!起きろ、レイ‼︎」

 ぼんやりとガイルの顔が浮かぶ。

「あれ?ホントにガイルじゃないか。どうしたの?慌てた顔……」

「目を覚ませ!おまえ、また捕まるぞ!いや、問答無用で殺されるぞ」

「何言ってんだよ。夢?これ」

「現実だ!起きろっつってんだろが!」

 ガイルは強引にボクをベッドから引きずり下ろした。

「いででっ、ちょっと、ひどいよガイル。おかしいじゃないか、ボクはさっきまで取り調べを受けてて、その人たちの疑いが晴れたから釈放されたんだ。けっこう偉い人に。だから……」

「その2人が惨殺されたんだよ!さっき!」

「は?」

「とにかくこの城から逃げろ!俺が時間を稼ぐから!」

「いや、ボクは何も悪いことしてない」

「現場を目撃したってヤツが現れたんだ!おまえはあの実力者の2人組を倒せるほどの魔法を使うと思われてる。だから捕縛側も慎重だ。体勢を整えたら一気にくるぞ!」

「いや、ホントに何もしてないよ」

「くどい!外に見張りが2人いる。」

「え、でも……」

「いいから逃げろ!剣と訓練用の糧食だけ持っていけ」

 ガイルはボクを片手で引きずりながら、もう片方の手で荷物を手繰り寄せてボクに押し付けた。強引に裏口から外へ連れ出される。外はまだ空が少しだけ白みはじめた早朝だった。快晴だが、大気にモヤがかかっている。

「いけっ!どこまでも逃げろ!」

「えっ、あっ、うん」

 ボクはまだ実感が湧かなかったが、とにかくガイルの目が本気なことは分かったので、弾かれたように体が動き始める。ワケがわからないけど、とりあえず城から一旦離れてみよう。寝不足だし、まだ昨日殴られた頭がちょっと痛むし、ほんと何なんだこれは。

 闇にまぎれてコソコソと城下町をひた走り、城の一番外壁にまでは何事もなくたどり着いた。しかし、城門が何やら騒がしいのが遠目でも見て取れる。いつもより何倍もの兵が門を固めている。ボクはさっと、近くの路地に隠れた。感知魔法で見つかる可能性もあるので、防衛の幻影魔法をかける。と、思ったが、膝がガクガク震えて発動しない。ほんとだダメだ、ボク。

 いったんその場から離れる。十分に離れた場所にあった馬小屋で、ボクは心を落ち着けた。不可視の幻影魔法を、ボクは一日に一度だけ使える。ただし消費する魔力が多いので、あの門を無事にくぐれたとしても、その後の行動に支障が出る。何より高位の魔法騎士がいれば幻影を見破られるかもしれないし、ビビリのボクは、途中でおしっこをチビってしまって、魔法が解けるかもしれない。

「ブルルルルッ」

「ひいいいっ!」

耳元で馬が鼻を鳴らす。ボクはびびって、えび反りのような変な格好で地面に転がる。

「う、馬か……。おどかさないでよ。」


 再び正門付近。一頭の馬が駆け抜けていく。勢いで兵士の囲みを突破する。馬の背にしがみついているのはボク。に見せかけた藁のかたまり。なんとかビビリをこらえて藁がヒトに見えるような幻影魔法をかけたが、効いたようだ。兵士の一団が追いかけていく。

「問題は、ここから。」

 まだ3人兵士が残っている。馬を追いかけて行った一団が十分離れたのを確認してからボクは「ふーーーーっ」と息を吐いて決意を固めた。

 飛び出して一気に駆け寄る。大丈夫、相手は一般兵だ。魔法騎士はいない。ということは。

——ガキン!

 ボクは剣を鞘に収めたまま、一人目の兵士の兜を打って気絶させる。隣の兵士も柄で胸元を打って悶絶させた。そう、候補生とはいえ魔法騎士団はエリート集団。ボクは一般兵よりも、強い。

 ヒュッ!

 最後の兵士がようやく襲撃に気付いて振り回した剣をボクは軽くバックステップでかわす。キューっと心臓が縮こまる。ちょっとチビッたけど大丈夫。そのまま地面を蹴って突進。体ごと吹き飛ばした。門詰所の壁に激突してうずくまる兵士。この門で何度か見かけた衛兵のおっちゃんだ。ごめん。

 ボクはこの隙に門から飛び出して、馬が行った方向とは違う方向へ進む。走れ。走れ。

 頭の整理が追いつかないことばかりだけど、今度こそ捕まったら終わりだ。そうボクの直感が告げていた。走りながら感知魔法を最大化。騎士団の追手も来るだろう。逃げ切れるだろうか。

 走れ。

 ガイルが助けてくれた、やっぱり親友だ。ニエの教団ってなんだ?ボクは誰かに嵌められたのか?ミナトは、本当に……。そういえば、エラートはときどきボクのこと睨んでたな。いや、だからといってこんなボクを嵌めるだろうか。むしろあれは蔑むような目だった。ユウは大丈夫だろうか?たぶんミナトのこと、好きだったはずだ。胸が苦しい、息がだんだん上がってきた。だめだ、今はこんな雑念を抱くべきではない。今はとにかく、安全なところへ。落ち着いたら、そこから少しづつ身の潔白を晴らしていこう。

 さまざまな雑念が頭を駆け巡る中、ボクは森の中を奥へ奥へと進んで行った。

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