捕縛
夢を見た。8歳の頃の、初恋の夢。
故郷のオレンザフィールドに広がる、一面の大草原。白い綿毛が先端についたモウセンソウに囲まれて、こちらを振り返る少女。高貴な白いドレスを見に纏い、美しい金髪の上には、ちょこんと小ぶりだが豪華なティアラが乗っている。その少女は、王女だった。
大人から見てもため息が出てしまうほど、美しい容姿。素肌は透き通るほど白く、瞳は大きく、顔のパーツのバランスは工芸品のように整っている。
「レイー!ガイルー!はやく〜!」
少女らしく元気にこちらに向かって振るのは、このアルス王国の第3王女、ミナリア・ルー・アルス。僕たちが魔法騎士団に入り、近衛騎士を目指すのは、彼女に再会し、その身を守ることを生涯の仕事とするため。貴族とはいえ身分の低い僕たちが結婚を夢見ることさえできない相手。だけど、この地域で騎士に収まって安穏と過ごし、晩年はマハに怯えて過ごすよりは、少しでも強くなり、そばでこの美しい人を守りたい。ガイルに言葉で確かめたことはないが、きっと、同じ気持ちだろう。
夢の中で少女に追いついた。サラサラと金髪が風に揺れている。振り返った彼女の美しい顔は、髑髏に変わっていた。
「うわああああっっ!」
はぁ、はぁ、どういう悪夢だ。おしっこは、うん、大丈夫。漏らしてない。やっぱり昼間の恐怖がまだ頭にこびりついている。季節は夏。寝苦しい夜。まだ深夜だ。早く寝なきゃ。明日から調査報告任務が待っている。またあの森に行くのは気が引けるけど、教官どのたちを埋葬した場所を知っているのはボクたちだけなのだから。
そのとき、不意に金属が擦れ合う音が聞こえた気がした。
気のせいか。
ガチャガチャ。
大人数の足跡。
なんだ?感知魔法を発動してみる。あれ?何これ、ジャミング?モヤがかかっているような。その瞬間、ボクの部屋のドアが爆発した。
——ドゴーン!!
え、な、え?爆炎系の高等魔法だ。少なくともこれを使えるってことは、相当上級の使い手だ。ボクの混乱などお構いなしにヒトが雪崩れ込んできた。黄金に輝く魔導鎧を着た人物を筆頭に、黒鉄鎧で身を固めた数人の正規兵たち。ズカズカと軍靴でボクの部屋を踏み荒らす。
あぐぅ!
兵士の1人がボクの右手を後ろに捻じ上げ、ベッドから引きずり出して床に押し付ける。痛い。苦しい。なんとか顔を上げる。虫を見るような目で、青白い顔の人物がボクを見下ろしていた。
「われは法政特務調査官、ラウルド・ドナ・ワイズである。貴様は、近衛魔法騎士団候補生第七班、レイ・フォン・ブルムンドで間違い無いか?」
「そうですが、なんですかっ、これは!」
「貴様には、国家争乱罪、および、ミナト・ポルフォネンの殺害容疑がかけられている。素直に取り調べに応じよ。連れて行け」
カラダがぐっと持ち上げられ、ズルズルと引きずられていく。
「さっさと歩かんか!」
頭がまだ働かない。最初のはいい。あらぬ嫌疑をかけられているだけだ。だが、2つ目に、なんといった?
「ミナトって、あの、まさか、訓練候補生第7班のミナト・ポルフォネンじゃないですよね?」
「だから今そういったであろう」
近くに佇む顔見知りの教官にも尋ねる。
「あのっ、ミナトが、ミナトが殺された、んですか?」
しかし、その教官は、憐むような微妙な表情を浮かべただけだった。
「嘘だっ」「嘘だっ」「嘘だっ」
頭が暗くなる。さっきまで夕食で笑い合っていたのに。命を賭して戻って来てくれて、奇跡的に2人とも助かったのに。あんなに優しくて強い奴なのに。嘘だっ。
「ああああああああああああああっ」
知らぬ間に、ボクは声にならない声を発している。ガツン!と、後頭部に衝撃。
そこでボクの世界は完全に暗闇に落ちた。




