潜伏
作戦がはじまる。
ボクたち本陣攻撃隊は密かに移動して、アルス軍が通る渓谷の山側に潜んでいた。
当然向こうも待ち伏せがないか斥候を先行させている。アルス軍にも20体ほど飛竜部隊がいて、何匹かが上空をウロウロしている。だが、気配を断つ能力が高く、また、参謀のフッラさんの森林魔法で木々を生い茂らせてカモフラージュしているから見つかる恐れはない。
ちなみにアルスのような大国が20体揃えるのがせいぜいというほど、飛竜部隊は貴重で、竜種を乗りこなせる騎士も希少だった。それをこのギルドは30体揃えていうというのだから異常だ。
ちょうど、上空の隙間から、1匹の飛竜が飛び去るのが見えた。
それにしても、突撃部隊に選ばれるだなんて。ボクは本当に、ミナ王女を……
そう思っていると、アネさんがいつのまにか隣に立っていた。
「ひっ!」
と、声を上げようとしたボクの口を塞ぐアネさん。
もう一方の手でしーっというポーズをとっていた。
「しずかに」
しばらくそのまま時がすぎる。
斥候が飛び去るのを待っていたようだ。
だったらもっと別のタイミングで来ればいいのにって、言いそうになったけど怖いからやめた。
「もう大丈夫やろ」
「どうしたんですか?アネさん」
「いや、ちょっと気になってな。レイぼうは、ミナ王女が好きなんやろ?」
「えっ?!」
いきなり核心を突かれてどきりとする。
「好きかどうかは……分かりません。幼い頃の、それこそ子どもじみた、美化された想い出があるだけですから。身分も違いますし」
「でも、攻撃隊に選ばれてしもて、なんでー!っておもてたやろ?」
「いえ。いや、ま、まぁ、そうですね」
「まぁ、性根は腐っとっても、あんな可愛い顔した華奢な姫さんをみんなで寄ってたかって襲うほど、ウチらは野蛮やないで」
「ですよね!」
「あいつはそんなタマやない」
「えっ?」
「可愛い団員に被害が出るからな。ウチひとりでめちゃめちゃに葬ったる」
「ひどい!野蛮です!」
思わず本音を言ってしまった。
———ボコーン!
おでこに衝撃。くうぅー、久々にくらったけど、やっぱり強烈なデコピンだ。だけど、前は後ろに頭が吹っ飛ばされて一回転していたけど、今回は3メートルほど後ずさっただけだった。
「ほーん、強くなったなぁ、レイぼう」
「いや、でも、デコピンだけでふっ飛ばされてるには変わりないですよ!こんなアネさんが、その、本気を出したら、ミナリア王女なんかひとたまりもないじゃないですか!」
「おまえ、本気で言うてんのか?」
いや、本気じゃない。ひとたまりもない、というのは嘘だ。
「気づいとんのやろ。お前がアルスの広場で見たあのどぐされ王女は・・・・・・」
「はい、得体の知れない。とんでもない魔力を秘めているように感じました。一度スタジアムで見たときは何も感じなかったのに」
「お前へのメッセージやな。悪意や実力を隠すことをやめおったっちゅうことや」
「ミナト、ボクが追われるきっかけになった男も、恐怖を覚えるほどの魔力でした。でもミナ王女は、桁が違う。いや、底が見えない恐ろしさというか・・・」
「つまり、あの王女はレイぼうの知ってる可憐な乙女ではないわけや。別人やと思って、任務に集中せい」
「はい」
「それに、お前はずっとあの姫さんに騙されとったんやで」
「そんなっ、ことは」
「そう考えて間違いない、やろ?」
「・・・はい」
そう、彼女はきっとずっと昔からボクを裏切っていた。しかし、何のためにこんな周到で面倒なことを?一国の王女なら、もっと他に何でもできるはずだ。まるでボクを痛ぶるのを楽しんでいるような。
「あいつ、レイぼうに惚れとるんちゃうか?」
「どこをどうとらえたらそんな発想になるんですかっ!」
と、言いつつちょっぴり嬉しい自分が恥ずかしい。
「まぁ、愛する人を痛ぶるのが快楽な性癖をお持ちのようやな」
そんなバカな、と、思いつつ、そう思うとちょっと筋が通っているような気がした。
「ないですよ。そんなの」
ボクが暗くつぶやくと、アネさんはニパッと笑ってボクの頭をわしゃわしゃしてきた。うう、あんな怪力の持ち主なのに、こんな繊細なタッチされたら泣いてしまいそうだ。
「まぁ、レイぼうをわざわざ本陣の攻撃に加えたのもそのせいや。あいつの目的はお前や。だから、まぁ、何ちゃうか、良いように言うと、お前は餌、やな」
「ぜんぜん良いようじゃない!!」
と、ボクが叫び終わるより先に、アネさんは音もなく消えてしまった。元の配置に戻ったのだろう。
餌、か。相変わらずこの先何が起きるのか不安だったが、不思議とボクのこころはちょっとスッキリしていた。不安だけど、現実を見る覚悟ができたのかもしれない。アネさん、さすがだな。
とにかくボクは見極めなければならなき。ミナ王女が、本当は何者なのかを。