決断
「失礼しまっせ」
ウチは勢いよく王の執務室へ入った。
小さな部屋だが、質が高く実用的な調度品に囲まれたセンスの良いこの場所には、何度も足を運んだことがある。
すでに王と5人の重臣が慌ただしく何かを話し合っていたが、一斉にこちらを見る。
「おおっ、アネ殿にフッラ殿、待っておったぞ」
エルドラ皇帝が気さくな様子で手を上げる。大国の最高権力者なのに一切おごりや傲岸さを感じさせないところが、このオッサンの好きなところのひとつだ。
「アネ殿、1時間ほど前に遠隔伝達魔法で、一方的に宣戦布告があったのだ。理由は、そなたのギルドを隠れ蓑にしたアルス王国首都への先制攻撃。その報復とぬかしおったわ」
「理由はウチらが予想したとおりですね。ですが、ジュリアンはんには秘密裏にその流れを止めるようにお願いしていたはず。いくらあのどぐされ・・・失礼、ミナリア王女がアルス国王に溺愛されとるからっちゅうて、まだまだ実力的にはジュリアンはん一派の方が上や。それが何で・・・」
「布告は、そのジュリアン殿から通達された」
「は?」
「そんな・・・」
冷静なフッラも、驚きを禁じ得ない。
ウチは少し考えて、ある結論に辿り着く。
「魔道具か魔蟲を使いよったな。クソがっ、あれほど警戒せぇ、ゆうとったのに」
内務大臣が告げる。
「密偵の報告によりますと、すでにジュリアン一派の何名かの重臣や将が粛正されたそうです」
「けっ、動くときには一気に動きおるな」
エルドラ皇帝が少し表情を険しくして続けた。
「アルスは、わがエルドラだけでなく、連合国のメルートやブランリッド公国も攻撃すると言っている。一方でアルスの同盟国のスチなどはアルスに同調する声明を出した。つまり、残念ながら一番恐れていた全面戦争へと突き進んでおるのだ」
信じられない。ここまで何年もかけて少しずつ続けて来た努力が、一瞬で水泡に帰した。
「それで、これからどう動くんですか?ウチらは何をすればええですか?」
「メルートだ」
「まさか⁉︎」
「そうだ、ヤツらはわが国ではなく、メルートのそなたたちの拠点に最大戦力を差し向けておる」
ますますあのミナリアの狙いが分からない。メルートに集結することを読んでの行動。まるでウチらを潰すことだけが狙いのようや。でも、その執着はこのエルドラ帝国の戦力を侮りすぎや。
「皇帝はん、むしろチャンスです。ウチらがアルス軍の主力を引きつけているあいだに、エルドラの精鋭でアルスマーナを一気に制圧してもろて、それでちゃっちゃとこの馬鹿げた戦いを終いにすればええ」
そう、アルスのバカどもは忘れている。このエルドラ皇帝は、平和主義の経済ツウの皮を何年も被って来たが、その本質はゴリゴリの武闘派で軍事の天才。舐めすぎやろ。
しかし、フッラが口を挟む。
「アネさま、そう上手く事が運びますでしょうか?」
「何でや?・・・あっ、人工魔獣暴走か」
「はい、これまでも実験を繰り返して来たのです。おそらく実験にとどまらない恐ろしい規模の暴走を仕掛けてくるでしょう」
「ウチらには対人戦を仕掛け、エルドラ軍には魔獣をけしかける、か」
「はい。私たちはあくまで冒険者です。魔獣との戦闘には慣れていますが、軍隊との戦闘には不慣れです。一方で騎士や兵士は、魔獣の群れの本能的な動きには手を焼くでしょう」
「はん、やったろやないか。こっちには、天才参謀のフッラがおるんや!だいたい団をそれぞれの特長ごとに8隊に分けてたんも、こういう事態を想定していたからや。ウチらのこと、そこらのギルドと一緒にしてもろたら困るで。なぁ、フッラ?」
「ハァ、ハァ・・・。あっ、はい。おっしゃる通りです。われわれは一騎当千の猛者ばかりです。ただ、すべての団員が揃っても相手にできるのは5万人ほどでしょう」
「ウチを計算に入れたらさらに10万プラスや。それにメルートの兵力も当てにできるしな」
「はい。アルスがメルートに展開してくるのはおそらく15万。メルートは2万ほど動員できると思いますので、アネさまが全然に立ってくだされば何とかなりそうです。ただ、団員の集結が間に合わなければ戦況は拮抗しますし、魔獣暴走やアルスの同盟国からの増援も気になります」
「そのあたりは他のわが連合国からも助力してもらおう」
エルドラの外務大臣が力強く言った。
しかしウチは、さっきから感じているもやもやを正直に話した。
「とはいえ、気にくいませんね。手のひらで踊らされとる感じは拭えない」
エルドラ皇帝も何かを察しているようだ。
「そうだ、ここまで周到、迅速に事を進めてきた者たちだ。なにかまだ切り札を持っているだろう」
「それに、どっちに転んでも、人がぎょうさん死んでしまう・・・・・・」
なんと愚かなことだろう。魔国領の脅威に対抗するために手を取り合わねばならない人類が、総力戦で削りあい疲弊しあう。
守るべき民が、いたずらに命を散らしてしまう。
もちろんウチの手だって、綺麗なままではない。魔獣以外、盗賊や暗殺者も殺してきた。
だけど、本当にウチにできるんやろうか?
親も子もいる一般人の兵士を、このウチのバケモノじみた圧倒的な力で鏖殺することが。
彼らは、ただ命令されて突撃してくるに過ぎない。そこに悪意はないのだ。
ウチは、ひとつの決断をする。
「フッラ。隊長クラスだけでも、もっと早く呼び寄せることはできそうか?」
「もちろん隊長クラスが行軍のことを気にせず本気で単独移動すれば・・・」
そこでフッラは察して不安げな表情を見せる。
「アネさま、ダメです。それこそ敵の思うツボ、罠です」
ウチは無視して続ける。
「メルートにいる部隊から精鋭を選りすぐるのは、どれくらいかかる?」
「・・・2日。いえ、1日いただければ」
「そうか、よし」
ウチは皇帝の方を向く。
「皇帝はん、これまでの行動や思惑から、あのミナリアは、みずから出陣してくる思います。そこをウチの精鋭による奇襲で一気に叩きます。それでこの戦いを早々に終結させてください」
重臣からどよめきが起こり、皇帝が声を発する。
「むろん、そなたらであればそれは可能であろう。しかし・・・・・・」
「はい。ミナリアをやられた国王がどう出るかわかりません。戦局が余計に混乱し、むしろ長引く恐れさえあります。あいつはおそらくそこまで計算しとる。だからこそ、ウチらの独断の行動ということにしてください」
「なんだと?」
「長らくお世話になりましたが、ここまでです。こうなった以上、ウチは無駄な人死にを最小限に食い止めたい。だからミナリアをやった暁には、アルスマーナの件も含めてアルス側の誤解やった、エルドラは一切知らんかったとして、ウチらの団を悪逆の組織として糾弾してください。そして、アルス王国と手を取り合い、ウチらを追い立てるのです。共通の敵がいれば、もしかしたらいっときでも和平が成立するかもしれません」
「しかしそれではそなたらが・・・・・・」
「ウチの故郷、中立国ジパーダの山奥にでも引っ込みますよ。ついてきてくれる酔狂な団員と共にね。それ以外は解散です。まぁ、冒険者として一流ばかりや。食うには困らんでしょう」
ウチの瞳をまっすぐ見返してくるエルドラ皇帝。本気、と捉えたのか、離席をうながした。
「・・・・・・すまぬが、2人はしばらく外してくれぬか」
「ええ、もちろんです」
フッラと共に廊下に出る。
ドアに立つ衛兵が、ウチらの顔を見て見惚れたようにボーッとしている。
いや君、このエルフ、美人だけど若干変態だぞ。さっきもスルーしたけど、ウチが褒めたら発情しとったし。
「アネさま、反対はいたしません。ですがっ」
「すまんなぁ、フッラ。もう決めたんや」
決めた、というより、ウチは逃げたんや。何万人もの人々を殺す覚悟がなかった。カッコつけても、シンプルにはそういうことや。思わずつぶやく。
「ウチは、弱いなぁ」
フッラが吹き出した。
「ぷっ。バケモノを超えた強さのあなた様が、何をおっしゃいますか」
しばらく廊下でヒマをつぶしたのち、大臣たちとの会議が終わったのか、再び執務室への入室を許された。
そして、苦渋の表情をした皇帝が、ウチの提案した作戦に乗ることを告げた。
・章立て機能を使い、これまでの投稿を読みやすくしました。
・過去のいくつかの投稿に挿絵を作って入れました。
AI生成ベースなのでキャラやタッチは統一されていませんが、イメージが膨らむと幸いです。




