結成
「……と、いうわけなんだ」
これまでの経緯を淡々と話してくれたレイ。あたし、サナは、彼のこの3ヶ月の逃避行を聞き終えた。感知魔法を身に纏う?幻影魔法の常時展開?まるで私の出身家の魔闘家の闘い方のようだ。隣で聞いていたユウは、ちんぷんかんぷんの表情をしていた。彼女は純粋な魔法使いだから『攻撃魔法は飛ばすもの』という常識が身に沁みついているのだろう。しかし、実に興味深い。特に、そのコツを教えたアネさんの存在だ。もともとあたしは、あの恐ろしい魔獣の群れを経験しているから、アレを難なく退けた存在の規格外の強さはわかっていた。いや、あの魔獣の群れを瞬殺するなど、存在が疑わしいとまでも思っていたが、レイの話からすると実在し、ピンチを救ってくれたわけだ。
「笑う玩具箱、ねぇ……」
ユウがつぶやいた。そう、『笑う玩具箱』なんて、聞いたことないギルドだ。それが最強クラスの冒険者ばかりを集め、しかも何百人もいそうな大規模ギルドだって?噂にならないはずがない。いや、一つだけ、思い当たるふしがある。冒険者界隈では、名高い冒険者や一気に一般等級にまで駆け上がった新進気鋭の冒険者が、ある日突然姿を消すことがあるのだとか。その理由は、冒険者を毛嫌いするアルス王国が、冒険者ギルドがこれ以上力をつけないように暗殺者でも仕向けたのだろうと噂されていた。『へぇー、アルスに暗殺団なんているんだ』という驚きから、その噂のことはよく覚えている。が、ことの真相は、そのギルドに入団していた、ということになる。
レイの話からすると、規模としては個々の構成員が一個小隊の以上の戦力を有していることから、数と掛け合わせればその力は軍団に近いと言っていい。相当な資金力と、情報操作などのバックアップが必要で、一国ではなく、複数の国の援助を得ていると思われる。しかし、その詮索もあるが、まず聞かなければいけないことがある。
「レイ、君はこの先どうするつもりだ?」
そうレイに問いかける。
「そうだね、二人にはバレちゃったけど、幻影魔法の常時展開は、この1ヶ月でだいぶ身についた気がする。でも、アネさんからは何も連絡がこないし、しばらくギルドの雑用を続けながら、冒険者稼業で自分を鍛えるつもり」
わたしはレイがこの先どうするかは、あたしたちがこの先どうするか、にも関わってくる。もっと時間がかかる、あるいは期待すらしていなかったが、この広い世界で奇跡的に彼とは再会できた。何らかの縁があるということだろう。しかし、追放されて行くアテもなかったから、思いつきで探索の旅には出たものの、彼と出会えたからといって、彼の無実を晴らすことにつながるとも思っていない。
「魔法騎士団に、未練はないのか?疑いを晴らして、復帰したくはないのか?」
するとレイは、ちょっと照れくさそうにほほを指でかきながら答えた。
「うーん、それがあんまり思ってないんだよね。確かに悔しいんだけど、それよりも新しい世界の方にワクワクしているというか。アネさんっていう、まあ、すごい人にも出会えたし、その人が、ボクなんかがまだまだ強くなれるって言ってくれたし、実際に、今までないやり方でボクが変わってきているのも感じているんだ。だから、今のこの修行を頑張るよ」
そう言って、レイはニカっとはにかんだような笑顔になった。窓から差し込む朝日でその笑顔が照らされて、あたしは、胸がなぜだかトクンと高鳴ったのを感じた。
唐突にユウが大きな声をあげる。
「いいじゃん!ねぇ、私たちもやろうよ!レイくんと一緒に、冒険者!」
「「ええーっ」」
あたしもレイも、ユウの提案に困惑して同時に大声をあげる。
「いや、でもっ、それは」
「そうだ、レイの都合も考えろ」
「えーっ、だって興味あるじゃーん。その謎のギルド?アネさんってのにも会ってみたいし、レイ君の話に出てきたネストってのも私の勘だとなかなかのイケメンだと思うのよね」
「いや、かといっても、一般等級以上の冒険者が入団の最低レベルだぞ。あたしたちは魔法騎士団と言っても候補生。レベルが一つ上の話だ」
「なにもそのギルドに入るって言ってないじゃん。レイくんはソロでクエストに挑んでいるわけだし、そのサポートのためにパーティーを組む、っていうのはアリじゃない?」
「まぁ、確かにそういうことならなくはないとおもうが……」
そう思って、チラリとレイを見る。あたしも、なぜレイがここまで急激に強くなったのかには興味がある。少しだけしか見ることはできなかったが、あの夜襲の際、ユウを狙っていた魔法使いは、実はあの集団の中ではいちばん強かっただろう。それを、隙をついたとはいえ一瞬で無力化した。数ヶ月前とは、別人の動きだった。そのアネさん、という存在に会えば、あたしも大きく成長できるかもしれない、と、期待してしまう。イングルウッド城を追い出されたとき、あたしは、そしてユウも、おのれの実力のなさを呪った。無実の罪の主張も、力のない新米候補生がわめいているだけにしかならない構図。圧倒的な力を持つ存在の発言なら違っていただろう。この暴力がモノを言う世界では、やはり強さこそが正義だ、と痛感した。
「まあ、別にアネさんには、特に細かい禁止事項は言われていないから、たぶん大丈夫だと思うけど。でも、逆に聞きたいんだけど、二人はそれでいいの?ボクなんかのことで、せっかくの候補生であることをふいにして、魔法騎士になることを、あきらめていいの?ボクのことはいいから、今からでも戻って前言撤回すれば、復帰の可能性はあるんじゃ…」
「もういいの!あんなところ、もう戻りたくないの!」
あたしが口を開くより、ユウが思ったよりも強い口調で答えた。
「そ、そう、なんだ。えーっと、まぁ、ボクとしても、二人と一緒にクエストできるのは、心強い、かな?」
「そーこなくっちゃ!」
ユウがガバッとレイを抱擁する。赤面して目を回しているレイ。あたしはすかさず、ぐいっとレイとユウを引き剥がす。
「いたっ、いたたたっ、なによサナ!」
「あ、すまん、ちょっと力が入りすぎたか」
「もーっ、怪力女」
「なんだと?」
「ひいっ」
「まぁ、まぁ、ふたりとも、落ち着いて」
ふうっと、言って私は心を落ち着かせる。しかしさっきからのあたしは変だ。あんなに力を入れるつもりはなかったのに、妙に心がざわついている。長旅の疲れだろうか。
「ともかく、だ、レイとパーティを組むことに、あたしも異論はない。どのみち実家に帰っても白い目で見られるだけだからな。当座の資金はたんまりあるのだが、それでも贅沢していては長続きしないだろうから、何らかの生計を立てる手段は欲しかった。この観光都市なら用心棒、という職もあるかもしれないが、成長という意味では冒険者が一番だ」
「そうだね、それに、冒険者をつづけていたら、情報も手に入りやすくなるしレイくんの無実をはらす新情報が手に入るかもしれない!」
「まあ、それはどうかな、隣国のいち殺人事件にかかわる情報はさすがに……」
このときあたしはユウの発言をこのように否定してしまったのだが、後でこれが思わぬ展開を迎えることになる。
「しかし、レイ、君はここのギルドの仕事もあるのだろう?」
「うん、でも、何人か使用人はいるし、休みの日とか時間をクエストにあてている感じかな?」
「えっ、じゃあ、休みなしじゃん」
「まあ、そうなるけどさ。今は修行が楽しいっていうか。掃除とか、料理とか、洗濯とか、そういうことをしているあいだも幻影魔法を常時展開しているから、ずっと修行になっているんだよね。ちょっとでも気を抜くと周りの人に違和感を与えちゃうから。だから、スリリングで楽しいし、まぁ、クエストは一人でできる簡単なものを、体をなまらせないようにしている感じだったんだ」
「なるほど、では私たちとの本格的なクエストが負担になることはないか?」
「うん、それも大丈夫だと思う。今より融通の効くシフトを組んでもらえると思うんだ。ちょうどギルマスのナユタさんが……」
「変わった」
「えっ、サナさん、よく知ってるね」
「うん、あるいは、言い方を変えよう。ちょうどキミに暗殺された。かな?」
「そうそう、暗殺…って」
「「えええええっ!」」
今度は、レイくんとユウが声を合わせて驚く番だった。




