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夜襲

 砦の中で訓練用携行食で腹を満たした後、ボクら生き残り7人は、みんなが思っていたひとつの疑問を語りはじめた。

「しかし、本当に何だったんだろうな、アレ」

「さすがのガイルでもよくわからないんだね」

「ユウ、当たり前だろう。あんなのまるっきり想定外だよ」

「確かに、この辺りの森林は、魔獣が出ても、低級の単独が多いはずなのに」

「サナもそう思うか?あれはどう見てもH級の魔獣だよな。ホーンベアとかエルブストとか」と、サナの疑問に、イザークが相槌を打つ。

 俺たち訓練生がまともに相手できるのは、せいぜいその下のI級までだ。強さの目安「級」は一般的には下はKから最上位のSSS級まであって、K級だとウサギとかキノコの魔獣。その上のJ級でもコウモリとかネズミ、あと、スライム。新米の兵士や冒険者が相手をするのはこのK級やJ級あたりだ。魔法騎士団候補生は、訓練中の身でありながらそのひとつ上のI級と戦えるので、そこそこ強いエリートと言える。


 そんな魔法騎士団の教官たちは、もちろんとんでもなく強い。ボクたちの教官だったアイザック殿は、近衛魔法騎士団を引退して教官になったお方で、たとえホーンベアやリザードマンなどのH級の魔獣が複数相手でも余裕のはず。副教官のバナール殿も、決してホーンベアにも遅れをとるような人ではなかった。近衛魔法騎士団は、魔王騎士団の中でも最も強くて優秀な魔法騎士たちにしか入団できない。怪しげな毒を浴びせられた不意打ちとはいえ、何かがおかしかった。ユウが怯えた表情で呟く。

「アイザック教官やバナール副教官までやられちゃうなんて」

「そう、それな。魔獣たちが連携してるように見えた」

 ミナトが一つの仮説を口にする。やっぱりミナトにもそう見えたのか。

「いや、ありえないでしょ!魔獣は通常連携のような戦い方はしない」

「でもサナ、私も戦闘中でよくわからなかったけど、教官にゴブリンが捨て身でまとわりついて、一斉に取り囲まれていたように見えたわ」

「ふん、階級の低い奴らは観察力までレベルが低くてこまる。そこの色黒色気なし女が言っていることが正しい。魔獣が連携など、ありえぬ」と、エラートが少し離れたところから毒づいた。発言をバカにされたユウはもちろんだが、考えを肯定されたサナでさえ、エラートのことを魔獣のような瞳で睨みつける。

 空気がさらに荒れ、皆が口々に言い、そして突然の沈黙が訪れる。みな、疲れてる。蒸し暑い熱帯夜で、不快指数も高い。

「みんな、今考えても仕方ないよ。とにかく、今は休もう」と、ボクは提案した。

「そうだな」「そうね」と、みんなは口々に答えて、寝る体勢を整える。


 訓練用マントに身を包み、ボクは唯一の特技を披露した。幻影魔法。

 実はこれ、世界で使えるものは数人しかいないと言われる超レア魔法だ。剣はそこそこ使えても魔法の能力が低いこのボクが候補生になることはあり得ない。そこを例外中の例外として候補生なれたのは、田舎下級貴族のコネであるはずもなく、このレアな魔法が期待されているおかげである。みんなには、ひんやりとした空気の中で柔らかな羽毛に包まれて寝る幻影をかけた。

 幻影魔法はただ幻を見せるのとは少し違う。肉体が反応するレベルにまで高めることができる。つまり、いま彼らは涼しい気がしているのではなく、本当に涼しいとカラダが反応しているのである。これだけではただの快適魔法だが、幻影魔法の本質はもっと恐ろしい。火傷したと思えば肉体はただれ、毒を飲んだと思えばその通りの反応をカラダは起こしてしまうし、溺れさせることもできる。

 正直チートのような魔法なのだが、ボクの場合は、こんな団扇のような使い方しかできない。なぜなら、幻影魔法は通常の魔法より何倍も集中力を使わないと発動しないし、消費魔力量も半端なく大きいからだ。

 魔力は、魔法の源となるもので、溜め込める量はそれぞれ違う。そこに関しては、僕はどうやらとてもたくさん溜め込められるようなので適性はあるのだか、問題は集中力の方だ。ビビリのボクは近くで木剣を「ブンッ」と振られただけで集中力が途切れてしまう。 

 精神力が圧倒的に足りていない。なので、ボクがこの魔法を使えるときといえば、敵意の感じない場所で、安全なゾーンでリラックスしているときだけなのだ。なんだこれ、自分で言ってて悲しすぎる……。


 1時間後。ボクの快適魔法のおかげで、ガイルはスースーと寝息をたてていた。他のみんなも、泥のように眠っている。

 さて、そろそろボクも、と、思った刹那。

 パチリ。と、ガイルが目を覚ました。


「おい。なんだ。これ」

 ガイルが怯えた表情をみせる。こんな表情みたのは、子どもの頃以来だ。

「キャッ!」

感知魔法に秀でたユウが突然はね起きる。

そして、ガチガチと歯をならしはじめた。

「あれ?なんかボク、幻影をミスった?」

 呑気に言うボクをガイルが睨む。

「おまえ、これ感じないのか?昼間の比じゃないぞ」

 ぞくり。

 ボクも感じた。とんでもない力を持った魔獣の群れが近づいて来ている。こっちに向かって一直線に。ここらでお目にかかれないG級以上と思われる強力な魔獣も多い。

「おかしい、何だよこれ、何なんだよこれ」

 いつも冷静に判断するガイルがぶつぶつ言っている。その影響で、うろたえるボク。ミナトも起きた。

「あちゃー。まっすぐこっちに向かって来てるなぁ」

「あちゃー、じゃない、分かってるのかミナト‼︎」

「分かってるよ。逃げるしかないだろ」

 ハッとするガイル。

「みんな起きろ!逃げるぞ!」

そう、こんな土魔法で作った砦では、到底防ぎようがない。城まで逃げるしかないのだ。問題は、速度。ユウが感知を最大化している。

「先頭に速いのが何匹かいる。だめ、このままだと、追いつかれる」

「土魔法で罠を仕掛けて速度を緩められねーのか?」ミナトが問う。

「何匹いると思ってるんだよ!」イザークが抗弁する。

「あー!だから我輩は反対だったのだ!死者の埋葬など不要と言ったのだ!余計な時間を使わせおって!あげくにさらに強大な魔物の群れに追いつかれるとは痴れ者なのか!たわけたわけたわけたわけたわけ」

 エラートがわあわあ喚いている。そんなエラートを無視して、ボクは提案した。

「いまなら、まだ距離もあるから集中力も出るし、ボクの幻影魔法なら足止めできるかもしれない。その間にみんなは全力で逃げればイングルウッド城まで戻れるかも知れない!」

「何言ってんだおまえ!おまえはどうなるんだよ!」

「でもミナト、このままだと全滅だぞ!」

「そうじゃ、イザーク殿の言うとおりじゃ。よいではないか!せっかく役立たずが、われらのために役に立とうと」

 ガッ!激昂したミナトが、エラートの胸ぐらを掴む。

「黙れよおまえ!」

「わ、われは、われは、こやつが、残ると言うておるから……」

「言い争っている時間が無駄だ」

 ガイルが冷静さを取り戻して言った。まっすぐにこっちを見つめて言う。

「レイ、生き残れる算段はついているんだな」

「あ、当たり前だよ。ボクがビビリなこと、知ってるでしょ。そんなに勇敢なわけないでしょ」

 ボクは精一杯の強がりで言った。

「レイ、俺はおまえを信じるぞ」

 あれ?ガイル。止めてくれないの?ボクは淡い期待を打ち砕かれた。

 それにみんなが乗る。

「レイ、すまぬ」と、サナ。

「おまえの勇気に感謝する!」と、イザーク。

「急ぐのじゃ!城まで生きて帰るのじゃ!はよ!はよ幻影魔法とやらの準備に入れ!きさま!」と、クソ野郎。

「ごめん、ごめんね、レイ君」とユウ。

 そしてミナトがじっと見つめてくる。

「勝算は、あるのか?」

「うん、もちろんだよ」

節目がちにミナトは言った。「必ず生きて帰れ」

 ガイルが叫ぶ。

「1秒が惜しい!出るぞ!肺が破れても走り続けろ!ドロップアイテム、荷物、全部置いていけ!生きのびるぞ!」

「おう!」

 みんながバタバタと、ちらりをこちらを振り返り出て行く。

「信じてるぞ!レイ!」

 最後にミナトがそう言って出て行った。その瞳に宿るのは、かすかな自責の念。しかし、今は集団を「より多くが生き延びれる選択」へ突き動かしていた。訓練生とはいえ、軍である。冷徹である。

 ぽつん。と、音がなったような静寂。急に広く感じる土塊の砦の中で、ボクは人生最大級の幻影魔法の準備に取り掛かった。

 そして、おそらく人生で最後の。

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