入団
とりあえず、川沿いにひたすら移動した。いや、移動させられた。
「ぐわあああああああああ」
これはボクの叫びである。
獣人さんがボクを脇に抱えて、ものすごい速度で走っている。空気が耳を切るような圧力の中を進んでいる。ボクは小柄とはいえ、まるでハンドバックを小脇に抱えるような軽さで、びゅんびゅん走っている。異常だ。変態だ。
「ちっ、なんで俺がこんなゴミを持って走らにゃならんのか」
ときどき発せられる言葉と毛むくじゃらの剛毛が痛い。
そうやって、あっという間にボクが気絶していたポイントから離れ、今はどこなのかわからない。ただ、川沿いに建ったみすぼらしい小屋の前で止まった。が、小屋に入ったら驚いた。そこは、宮殿だった。
吹き抜けがとんでもなく高い大広間のようなエントランス。眩いばかりに装飾された豪華な調度品。その奥には、長い廊下といくつもの部屋があるのが見て取れた。完全に小屋との縮尺関係がおかしい。
「どや、認識阻害の魔法で、見た目は小屋やけど、ここがウチらの拠点その5や」
アネさんがちょっと自慢げに鼻をフンスカ言わせながら話しかけてくる。その5、ってことは少なくともその1からその4まであるということか?こんな拠点がいくつも?
ぼくが口をぱくぱくさせていると、ぽいっと部屋の真ん中に転がされた。
小さな机と椅子がいくつか壁際に並んでいる。
「ここは、まあ、小さな宴会とか尋問とか、ちょっとした拷問に使う部屋や」
いや、用途の並びがおかしい。ボクはこれから拷問されるのか?
「さてと、もうちょっとだけ説明したるわ」
「てめぇ、アネさんの貴重な時間をどんだけ浪費させんだドカスが!」
いやーっ、もう、この獣人さん、この豪華なカーペットに変なシミついちゃうから、凄むのやめてぇ。
「アースラ、もう、びびってるやないか。部屋で休んどけ」
「でもアネさん!」
「ええから」
一瞬空気が凍った気がした。
アースラと呼ばれる獣人が、耳をシュンとさせてすごすごと出て行った。あんな恐ろしいお方を一瞬で黙らせるなんて、なんなんだこのアネさんという人は?
「さてと、もうちょっとだけ納得してもらわんとなぁ」
正直、まだ納得できない。確かに世界滅亡の危機は、ボクにとってもリアルだ。なぜなら、マハがあるから。その恐怖は古くから親や祖父母に教えられてきた。定期的に訪れる絶望的な危機。しかし、まだ数十年は大丈夫なはずだった。
「マハが早まっているということですか?」
「そうや」
アネさんは短くそう答えた。ただの見込み違いだと思うけど、ボクはこのとんでもなく高い実力を持った冒険者さんたちのチカラになれる可能性があるという。ボクには世界を救う気なんてさらさらない。むしろ、友人を殺害した嫌疑をかけられて不当に追われているこの理不尽な世界なんて、どうでもいい。って思ってしまう。
だけど、行くあてはない。故郷に帰っても、不名誉を父になじられ、投獄されるだけだろう。そう思うと、急に寂しさとやるせなさが込み上げてきた。もう、どうでもいい。
「あのー、ちなみに、仮に、仮にですよ。私がみなさんのお力になったとして、私になんの得あるのでしょうか?」
「うーん、そうやな。ボーズにかけられた疑いが晴れる。あとは金銀財宝好きなだけやるわ」
むう、それはかなりありがたい条件。金銀財宝好きなだけ、も、多少大袈裟に言っているとしても、こんな隠れ家をポンとつくれて、何より尋常じゃない強さを感じる冒険者だから、びっくりするぐらい身入りはいいのだろう。だけど……。話がうますぎる。
「とはいえ、仕事をこなすのも、簡単なこと、じゃないですよねぇ?」
「まあ、ウチの団員に普通になろうと思ったら、そりゃ、文字通り、命懸けやで。そもそも入団テストからして違う」
「えーっと、ただのテストじゃないってことですよね?」
「ああ、毎回2~3人は死人が出るな、残念ながら」
「志願者は100人とかですか?」
「いや、2~3人」
「ほぼ100%じゃねーか!」
ガチャ!
「てめぇこら、アネさんになんて口のききかたしやがる!」
アースラさんがドアを勢いよく開けて、顔だけ差し入れて怒鳴りつけてくる。
「すいませんっ!すいませんっ!」
「アースラ、いちいち目くじら立てんでもええて!かっかっか!新鮮やなぁ。こういう反応。っていうか、いつまで聞き耳立てとんのや?引っ込んどき」
「……へい」
ギロリとアースラさんが睨みつけて消えた。
「で、そうやなぁ、まあ、ウチの団は本当の実力者しか入れへんし、ミッションも高難易度のA級、超難易度のS級のものがザラや。生半可な気合いでは、どうにもならん。本気で強くなる。それしか、生き残る道はない。だからさっき志願者、っていったのはほんまで、そいつらは無謀にも挑んでくるんやな、実力もないのに。可哀想やから死にかけのところで、ギリ蘇生魔法で命だけは助けたってるで。でも、自信をへし折られて、冒険者としては死んだ奴がほとんどやね。むしろ入団が許されるのは、他の団員が認めた、スカウトされたもんがほとんどや」
ちょっとだけ真面目な顔になって、アネさんが言う。この人は、本当にどんな表情でも美しい。しばし、思考する。もはや、お先真っ暗のボクに、これは大きなチャンスが与えられたのではないだろうか?どこかの田舎町に遁世して、ひっそりと、ほそぼそと、幻影魔法で奇術師なんかやりながら、生きる道もあると思う。だけど、汚名を着せられ、それで生きていると言えるのだろうか?リスクは大きいが、名誉を挽回し、富を得て、しかも、耐え抜けば強くなる。逃げるだけだったボクに、こんなチャンスが巡ってきたことは、暗闇の中で見つけた夜空に輝く一等星のように感じた。ここはビビっている場合じゃないだろう。
「はい!必死で強くなります!生き抜いてみせます!役に立ちます!だから、ボクを入団させてください!」
ボクはアネさんの瞳を覗き込み、懇願した。
アネさんは変わらぬ落ち着いた表情で、だけどほんの一瞬だけ目を見開いて言った。
「ほな、よろしゅう。ようこそ、“笑う玩具箱”へ」
その後、とりあえず休め、と言われて、ボクは部屋をあてがわれた。大部屋になるかと思ったが、ちょっと狭いものの、一人用の個室だ。柔らかいベッドに腰掛けると、ドッと疲れが出てきた。そのままパタンとあおむけ倒れる。我ながら、大胆な決断をしたものだ。こんな得体の知れない、しかも危険の香りしかしない冒険者ギルドに入って、どうしようというのだろう。そういえば、アネさん様、このギルドのことを笑う玩具箱って言ってたな。どこかで聞いたことある気がするんだけど……。思考が停止する。どうでもいい。今は、今日を生きながらえたことに感謝しながら、眠ろう。
ドス。
脇腹に強烈な痛みを感じる。
「おら、いつまで寝てんだ。起きろ」
どうやら蹴られたらしい。あれ?鍵かけてたよね?ん~ドアが壊れて開いてますねぇ。
いや、もうこんなことじゃ驚かないぞ。ここは普通じゃないんだ。
「はっ!申し訳ありません!」
ボクはベッドから飛び降りて、敬礼をする。
目の前には、褐色の美少女が立っていた。珍しい、ダークエルフ種か?しかし、ダークエルフ種は一般的に攻撃魔法や弓矢が得意だが、珍しく太い剣を身につけている。それにしても、露出が多い服だな……。
「何をジロジロ見ている。この腐れ外道」
おまけに口も悪い。だけど、ボクは敬礼したまま、精一杯ハキハキした声で答える。これでも一応軍属だったので初めが肝心と心得ている。
「は、すいません!おはようございます!私は、昨日ここのアネさん様に拾われた身の、レイと申します。元魔法騎士団候補生で、多少の魔法と剣の心得があります。一刻でも早くお役に立てるよう、精一杯がんばります!」
ジトーっとした目でボクを見る美少女。身長はボクと同じぐらい。クリッとした猫目は、エメラルド色で神秘的だ。小顔で、シルバーの髪はショートカットで似合っている。
「ふん。ひ弱なヤツだと聞いていたが、威勢はいいな。いいだろう。私はお前の世話係をアネさんから直々に依頼された。名はアイナ。ゲルズ隊の第8分隊の第3席だ。普通新人の世話は末席の仕事だが、アネさんの頼みとあってはな。しかし、お前がそんなすごい奴には見えないのだが?」
「アイナどの、質問してもよろしいですか?」
「なんだ?」
「その……分隊とか、席とか、この組織の仕組みはどうなっているのでありましょうか?」
「ああ、そこからだったな。アネさん直々のスカウトだ。細かい情報なしに入団を許されたのだろう。まあ、まだ試用期間で、使い物にならなかったら見捨てても良いとは言われているから、まずは生き残ることだけを考えろ。」
ひいいい。と、心の中でビビるボク。
「と、言いたいところだが、自分の現在地を把握はしていた方がいいな。我々が所属するゲルズ隊はちょっと特殊でな。他にも7つの隊があるのだが、このゲルズ隊は圧倒的に人数が多い」
「どのぐらいでありましょうか?」
「定員はちょうど90名だ。まあ、一番損耗が激しい隊ではあるから、実数はちょっと少ないことが多いが」
90!?そんなに。ボクは少し突っ込んで聞いてみる。
「ということは、分隊というのは、このゲルズ隊をさらにチームに分けたもの、という理解でよろしいですか?」
「その通りだ。8人単位で、11分隊。隊長のゲルズ様と副官のミラ様は別として88人の隊員となる。分隊の第一席は、分隊長ということだ。分隊の数字に強さの序列はない。例えば今一番強いとされているのは第7分隊だからな。だが席については、その分隊の中での強さの序列になる。つまり分隊の第一席は、分隊長ということだ。完全実力主義で、一番強い奴が隊長になる。本当はアタマがキレるやつとか、状況判断に長けたものが分隊長になっても良いのだが、ゲルズ様はそういう面倒な人事が嫌いでな。ただ、大抵は冒険者や騎士、兵士で名を馳せた者の集まりだ。危機察知能力や状況判断は、みな平均以上だから何も問題はない」
「なるほど、みなさんお強いのですね」
「まあ、世界トップのギルドだからな。この“笑う玩具箱”に所属し続けること自体が名誉なのさ」
「世界トップ、でありますか?」
ボクはちょっと疑問に思った。世界トップと言えば、“聖剣連合ルクニール”や“金獅子の会”が一二を争うと聞いたことがあるが、“笑う玩具箱”なんて、聞いたことがない。
「お前が知らないのも無理はないだろう。まあ、一般等級の冒険者になれて初めて耳にする伝説だよ。真のトップ、というか、存在の目的自体が他のギルドとわけが違う」
一般等級?そうか、それなら聞いたことがないはずだ。一般等級は、その名前とはうらはらに、たいていの冒険者の最終到達点。その高みにあって初めて耳にするなら、世間にはあまり知られていないのも無理はない。
「それ以外の細かい話は、またおいおい。それよりも、訓練を開始するぞ!地獄のな!」
いじわるく笑ったその笑顔も素敵だ。なんて思ったのも束の間、ボクはその地獄の意味を知ることになる。




