膝枕
目が覚めた。
視線の先には、形の良い二つの山。
そして、その先に、月夜の女神様かと思うほど美しい顔。
すっきりとしたラインと、ふっくらとした肉付きが絶妙なバランスで成り立っている。あの人だ。そっか、ボクは死んじゃって、ここはいわゆるあの世だな。ボクは罪人として追われたけど、神様があまりにも可哀想だから天国に送ってくれたのかな。
「よぉ、ボーズ、おまえ、気弱に見えて大したエロガキやな?そろそろウチの膝枕タイムも、終わりでええよな?」
膝枕?あ、ほんとだ、なんか後頭部がふにふにと、とんでもない気持ち良さにつつまれている。ん?このおでこの焼けるような痛み。ゆめじゃない。そして、目の前には美しい女性の顔と、大きいとまでは言わないまでも、女性らしい、愛らしい二つの丘。と、いうことは……。さっき思い出の中で握り締めたオレンザの実って、もしかして……。
ボクはそのままぐるんと横回転して素早く土下座の格好になり、思いっきり謝る。
「すすすすすいません!なんかボク混乱していて、もしかしてとんでもないことを」
そこで、また別の聞いたことのある声が聞こえた。例の美少女魔導士さんだ。
「まあまあ、意識が朦朧としておったのだから仕方なかろう」
「いや、ヘーニル、あんたかて、自分の胸に同じことされたらどうするよ?」
「そんなの、チリも残さず魔法で存在ごと消滅させますが?」
「いや、うちよりひどいやん、それ」
そんな会話を聞いてボクは「ひいいっ」とおしっこをチビリそうになって、ふたたび地面を頭にこすりつけて謝る。
「ごめんなさいいいいいいい!」
すると、視界の端で何かがキラリと光った。
「アネさん、俺がこのガキの首斬りますんで、ちょっと待っててください」
そんな物騒なことを言ったのは、あの巨大な曲刀を持った獣人だ。ぬらりとその曲刀を大きく振りかぶる獣人。
――ぶううん!
ものすごい風圧を土下座した首の裏に感じる。あ、終わった。と思ったが、まだ頭は胴体とくっついている。恐る恐る目を上にあげると巨大な刀がピタッと止まっていた。ちょっと待って、あんな巨大な刀、めちゃくちゃ重いんじゃないの?それで、片手で造作もなく止めるって、どんな膂力してるんだよこの獣人。
「ちっ、命拾いしたな」
剣の圧力がなくなったので顔を上げてみると、例の綺麗なおねーさんが、掌を前に出して制止するポーズを取っていた。
「ほ、ほんとうにごめんなさいっ!」
ボクは頭を地面に再び擦り付ける。
「まぁええわ。で、君、状況わかってるか?」
と、おねーさんにいわれて想い出す。そうか。ボクは先輩の魔法騎士団に追われて、命からがら、川に飛び込んだんだ。しかし、気を失ってしまった。
「生きてるんですよね?ボク?」
「まあ、ワシらが幽霊じゃなければ、お前さんは生きておることになるの」
美少女魔導士がそれを受ける。ほえー、細身のおねーさんも綺麗だけど、この人もほんと美少女だな。
「あの、助けていただいた、んですよね?」
「まあ、たまたまな。ほんま、ボーズとは妙な縁があるなぁ」
「はっきりいって、おまえ、死にかけてたぜ。川に流されて、ボロボロで岸に引っかかっていた。そこにいるヘーニルの回復魔法で傷は治ったが、生命力が危ういところでな。それをアネさんが気功でなんとか命をつなぎとめてくれたのさ」
「キコウ?」
「まあ、南方に伝わる魔力に近いものじゃよ。ワシは攻撃魔法は得意なのじゃが、回復魔法はそれなりのものしか使えんから、息を吹き返すには、ちょっとしたきっかけが必要だったのじゃよ。アネに感謝せよ」
「アネ?あ、このお方のお名前ですね?ありがとうございます!一度ならず二度までも命を救っていただいて!」
「まぁ、うちの本名は、アネじゃないんやけどな。みんなが、アネさんとかアネとか呼ぶから定着してしもた。だからそう呼んでもろてええよ。で、ここにいるフードかぶったちっこいのがヘーニル。こう見えて300歳」
「まだ299歳じゃ!」
「へいへい。で、こっちにいる、いかつい獣人がアースラ。二人とも、うちの団の幹部や」
ギロリとアースラさんがボクを睨む。もうっ!ちょっとチビっちゃったじゃないか。
「あ、あの、ぼ、ボクは。その、アルス王国の魔法騎士団で候補生……だった、レイ・フォン・ブルムンドと言います。ただ、ちょっと事情があって、今は、その……追われる身です」
「希少な幻影魔法の使い手が、追われる身。むふふーん。面白そうな話やなぁ。ちょっと聞かせてーや。」
そういって、アネさんは興味津々、と言った感じでボクの顔をのぞきこんでくる。この人たち、とんでもなく強い気がする。まがりなりにも正規の魔法騎士団員と一戦交え、死線をくぐり抜けたからなのか、前よりも相手の強さが分かる気がするのだ。今は得体の知れない何かを、肌でビリビリと肌で感じる。ただただ、底が知れない。
「お、ぼーず、ちっとはマシな顔になったなぁ。ますます興味湧いてきたわぁ」
「アネさん、こんなところで油を売っていていいんですかい?」
獣人が聞く。
「まぁええやん、ちょっとぐらい。追手が来てもちゃちゃっと追い返したらええねんし」
「まあ、アネさんがそうおっしゃるなら」と、獣人がこっちをクルッと見て睨んできた。「おう、ガキィ、アネさんはなぁ、本来ならお前みたいなカスが口を聞けるお方じゃねぇんだぞ!わかってんのか、お?」
(ちょっとー、この獣人さん怖すぎるんですけど~)
すると、アネさんはまたスッとてのひらを獣人に見せた。獣人がシュンとする。犬かよ。レオポルド型の獣人だから、どちらかというと猫だけど。
「んで、ボーズはなんで追われとんのや?お仲間に?」
そこでボクは、これまでの経緯をなるべく要領良く話した。ちょっとでもまわりくどい説明をすると、隣で睨みを利かせている獣人に噛み切られそうだったから……。
「くううううっ、かわいそうなやっちゃなぁ!おまえ!うん、私は同情した。同情したぞ。ボーズ、特別にお前をウチのギルドへの入団を許可してやろう!」
「ちょっとアネさん、何言ってるんですか!いくらアネさんでも、こんなの入団させたら、うちの連中がだまっていねぇ!しかも、同情って、どういう理由ですかい?」
「アースラ、ウチはなぁ、この行くあてがないボーズが不憫でならんのや?わからんか?ウチのこの慈愛に満ちた心を!な、ヘーニル、あんたも許してくれるよな?」
「アネよ。おぬしは団長であり、絶対的強者だ。お主が決めたのであれば、誰も口は挟めまいよ。だが、ワシらの団は強者、あるいはその見込みがある者しか入団を認められぬ極秘組織。おぬしが見込んだのなら間違いあるまいが、最低でも、一般等級の冒険者でなければ、他の団員に示しがつかぬ」
一般等級冒険者とは、「一般」とは名付けられているものの、その実、冒険者の大半があこがれる存在だ。冒険者はギルドに登録してまずは「入門級」から始まるが、毎年3分の1以上はここで脱落すると言われている。その後、経験を積んでようやく「初級」冒険者になれるが、10年経ってもこのクラスから上がれない冒険者も多い。経験を積み、周りから一流と認められ、厳しいギルドの試験を通過してようやく「一般等級」と呼ばれる。なんだかランク付けが大雑把で意味がないようだが、冒険者が自分のレッテルを過信しないように、ギルド協会の会長があえて取り決めたらしい。そこから上は、副師範級、師範級、達人級、超達人級と続いていくらしいが、もはや世界が違いすぎて、一般的な認知は少ない。ある宿屋で、師範級と一般等級が残り一つだけの部屋を取り合う形となったが、宿屋の主人はよく知らず、一般等級の冒険者の方を優遇した、なんていう話もあるぐらいだ。
「ふーん、まあヘーニルの言う通りか。でもまぁ、そんなにのんびりもしてられんからなぁ。おい、ボーズ」
「は、はい?」
「おまえ、1年やるから、一般等級の冒険者になってこい。ええな?」
「はぁ?意味わかんないんですけど!あなた、一般等級の冒険者になるのが、どのぐらい難しいことなのか知ってますよね?しかも、ボク、あなたの団に入りたいなんて、一言も言ってないですよ!」
「てめぇ、アネさんになんて口ききやがるんだ」
ギロリと獣人が睨んでくる。もうっ。またチビっちゃったから、ほんとやめてほしい。
「まぁまぁ、アースラ、このボンはまだ混乱していて事態が飲み込めんのや」
「そ、そうですっ。納得いく理由を説明してください」
「理由はやなぁ。まず、このままいくと世界やばい。強い団員欲しい。おまえウチの乳揉んだ。言い訳無用。入れ。そのために一般等級になってこい。でも、時間ない。だから1年。な?」
「な?じゃなーい!納得できるかぁ〜!!」
そう言い返して、ボクはまた獣人に睨まれて、ちょっと多めに漏らしたのだった。




