温泉
「はぁああああっ、生き返るうううっ」
——チャポン
とろんと白濁した湯につかり、私は思わず声をあげてしまう。戦闘の緊張感が解けて、体もすっかりとろけてしまった。
「んんんんっ」
となりでサナも伸びをしている。ちょっと無防備なサナは珍しい。しかし、本当にこの女、良いカラダをしているなぁ。少し浅黒い肌に、引き締まった筋肉が程よくついていて、しかもそこそこ胸はある。まあ、私には叶わないけど。私は、思わずムラムラと来て、背後からサナの腰に手を回す。
——ゴイン!
目の前で火花が散る。サナの強力な肘がこめかみに入ったのだ。
「たぁぁぁっ、なにすんのよっ!」
「それはこっちのセリフ。なんなんだ」
「いやぁ、サナが珍しく色っぽい感じになってるから、つい」
「なんだそれは。私は温泉を満喫しているだけだぞ」
「またまたぁ、あのザスって人が気になっちゃったんでしょ」
「……、まぁ、気になることは、気になるな」
ほうほう、否定するかと思ったが、これはこれは。
「でも、いくら男っぽいあなたでも、あの外見は……。こう言っちゃ悪いけど、かなりのブサイクの部類よ」
「あのなぁ、そういうことじゃなくて!まぁ、いいか。……ところで、人ぞれぞれだからこれまで聞かなかったが、お前はなぜそんな風に、男の外見ばかりを気にするんだ?少し度が過ぎていると思うぞ」
「え、普通でしょ?」
「いや、異常だよ」
「そっか。ま、確かに家庭環境から来てるのかもね」
「よければ聞かせてくれないか?」
「……父は。父の哲学は、女は美しくあれ。だったの。はっきり言って病的な程にね。それに影響されてか、兄もそうだった。だからうちの女たちは、まあ、醜く美しさを争っていたわ。家の中での地位が決まるんだもの」
「それが、どう関係してくるんだ?」
「必死に努力したわ。幼い頃から。でも、ちょうど10歳になる頃かな。ふと、父のことや兄たちのことを、こう思ったのよ。あいつら、めっちゃブサイクじゃん。なんで女ばかりが、やれ顔がどうだ胸がどうだ尻がどうだ、見た目でああだこうだ言われないといけないのよ!おまえらはどうなんだ!ってね」
「おまえは美形だと思うが、父たちは違うのか?」
「ええ、私は母に似たの。でも、父に似てしまった一つ上の姉様への待遇は酷かった。兄妹のなかで、私が唯一心を許せる、優しくて聡明な人だったのに」
「で、男どもへの復讐心からそう思っているわけか。気持ちは分からなくもないが、外見が悪くても心が美しい人は美しい。それは男女関係ない。今日のザスってのなんか、心はかなりイケメンだぞ」
「そうね、その通り。でも、私はそのとき気がついたのよ。自分が美しくあることを望む習慣は小さい頃から染み付いている。だから、私は美しいものが好き。そこに理由はないの。そして、自分がそばで見続けるパートナーにも美しくあってほしい。別に父や兄たちへの復讐心なんてどうでもいい。私はきっと、教育や家庭環境以前に、だだの真性の面食いなのよ。それに気がついているから、自分に素直に生きているだけ」
「なるほどな。実にアホらしくて素晴らしい理由だよ」
「そりゃどーも」
——ザブン
私はお湯から一気に立ち上がって、出ることにした。サナが私のカラダをまじまじと見上げてつぶやく。
「確かに美しい体のラインだな。だが、強くなるためには足腰を鍛えて、もっとケツを引き締めた方がいい」
風呂を出た後、広々とした部屋で、私はゆったりとした服に身をつつみ、ベッドに潜り込む。
そう、見た目で判断するべきではない。例えば今日のあのザスがそう。本人は不意打ちがうまくいったって言っていたけど、相当な力を隠し持っている。そして、なぜここまで親切にしてくれるのか。まぁ、明日も冒険者ギルドにいるみたいだから、会いに行ってみよう。あ、私、ちょっと楽しみにしてる?まさかね、あのブサイクだよ……。
そんなことをアレコレぼんやりと考えつつ、ようやく襲撃で高ぶった神経を鎮め、眠りにつくことができたのだった。




