小屋
ザスに案内された小屋は、古いが、中はきちんと整理整頓されていて、掃除も行き届いているようだった。
「はぁ、もうだいじょうぶでごんしょう」
「はぁ、はぁ、はぁ、つ、疲れた」と私が言うと、
「危なかったなー」とサナが呑気に言った。急に怒りと興奮がこみ上げてくる。
「何呑気に言ってんの!!殺されかけたのよ」
「えー、殺すつもりはなかっただろ、あれ。誘拐目的だな。売り飛ばすつもりだったんだろ。そんなことも言ってたし」
無精髭の男のおぞましいセリフがよみがえり、背筋をざわつかせる。
「ああっ、もうっ、なんなのよ!何が治安がいいよ!」
思わず地元の人間である、このザスを睨みつけてしまう。たじろぐ顔がまたブサイクだ。
ちょっとピリッとした気配を漂わせてサナが言った。
「おい、ユウ、あたしら助けてもらったんだぜ」
はっとして我に返った私はバッと頭を下げて言った。
「ごめんなさい!そうだった。ちょっと混乱してて。うん、そうだね、あぶないところをありがとう」
「いや、おらは、その、みなさんが出られたすぐ後に、おつかいを頼まれて、外に出ていて、偶然通りかかっただ」
おつかいを頼まれた?そんな偶然あるだろうか?私は何かひっかかるものを感じながらも、聞き返す。
「でも、治安は本当に良さそうな街なのに、ああいうことはよくあるの?」
「んだ。最近は、とくにあぶねぇんだず。若いお嬢さん方を狙う連中が増えてきて……夜道を女性だけで歩くのは、みなさん控えているんでごんす。狙われるのはこの街についたばかりの若い旅人が多くて、だから……あ、いや、無事でよかったでごんずな」
「いやぁ、ありがとう。わざわざ心配して来てくれたんだろ?」
サナが言うとザスが赤面して慌てる。
「え、えっ、めっそうもごんぜせん!そんな、たまたま、たまたまだす」
あ、照れた顔はちょっとカワイイかも。いや、ブサイクか。それにしても、
「あのナユタとか言うじじい、一言もそんなこと言ってなかった」
思わず口調が悪くなる。
「まぁ、治安については聞かなかったからな」
「いや、そういう問題じゃないでしょ。こんな若くて美しい乙女が二人いて、身を案じないのか?って話よ」
「自分で言うか。あのなぁ、あたしらは元魔法騎士見習いだ。このぐらいの危機、対処できると思ったんだろ」
「そうかなぁ、なんか、いけすかないのよね。あのじじい。それにさっきの、人攫いの無法者にしては……」
「強すぎた、な。実際、ザスが来てくれなかったらちょっと危なかったかもな」
「よく言うわよ、大男を肘鉄一発で沈めたくせに」
「…あの、なんか…おらのご主人様が、気がきかねぇこって、すいませんでごんす」
「いや、いいんだ。あたしらが近距離とはいえ、帯剣もせずにいたのが悪い。完全に油断だよ。それより、ここは貴殿の家かい?」
サナが部屋を見回して言う。私も思わず部屋を観察する。
「へい。すみせんでごんす。こんなむさ苦しい部屋に、緊急とはいえ」
「いや、センスのいい家じゃないか」
そう、彼のブサイクな外見からはまったく想像できない整理の行き届いた部屋。かつ、少ないが置いてある小物は美的センスが高い。げへへ、と、独特の笑い声を発するザス。クセなのだろうが、キモい笑い方だ。
「あっ、てぇへんだ。あなた、怪我をされていますだ。あと、お召し物が……」
そう言って引き裂かれた私のスカートからあらわになっている太ももをチラ見して赤面するザス。
「そうだ、自己紹介がまだだったわね。私はユウ。アルス出身で今はこの相棒と旅をしているの」と、私は彼の目線を自分の顔に向けるように、わざと大きめの声で言う。
「本当に危ないところをありがとう、私はサナだ」サナも改めてお辞儀をした。
「いんや、お二人ともお強いんで、出過ぎた真似をしてしもたかも」
謙遜するザズ。地方の訛りがいちいち腹立つ。どこの言葉だ?メルートの標準語からはかなりずれている独特のニュアンスだ。
「とんでもない。あなたが来てくれなかったら、この程度の怪我じゃ済まなかったかも。本当に感謝しているわ」そう、これは私も本心。
「ああ、よくは見えなかったが、一瞬で一人を無力化してくれた。その後の逃走の判断も見事だ。君が加勢してくれたら確実に制圧しきれただろうが、とはいえ不気味な相手だし新手が来ることも考えられた。リスクを避けるなら逃げるのが賢い。失礼ながらただの冒険者ギルドの給仕とは思えない」
「あの、わたすは強くはねぇんだ。不意打ちができたんご。げへへ。ただ、おらは、あのギルドで働いてるだけでねぇのはおっしゃる通りだす。週に3日の休みの日は、冒険者としてクエストに挑戦もしてるだす」
「ああ、道理で。ジョブはなんだ?私らは魔法騎士見習いだが。あ、元、ではあるが」
サナが突っ込んで聞く。微妙な表情をするザス。何かまずいことでも聞いたのだろうか?
「まぁ、剣士ってとこだすな。オラのことはええんだす。それよりも、さぞかし、びっくらこかれたんだなしょう。いま、お茶さいれますけ、それ飲んでおちつかれなっせ。そこに座って、まっておくんなし」
そう言って、ザズは私たちに腰掛けるようにいい、そそくさと奥の台所に向かった。ゴソゴソと、茶の用意をしているようだ。
私はサナに彼に聞こえないトーンで聞く。
「どう思う、サナ?」
「うーん、7対3で多分大丈夫ってとこかなぁ」
「やっぱりそう思う?」
私たちは、こう見えて騎士候補としてエリートだった。戦場における情報の大切さや駆け引きについては徹底的に叩き込まれた。助けられたから、と、単細胞に彼を信用しているわけではない。
「粗茶ですが、どんぞ」
彼はイエロードラゴングラスのお茶をだしてくれた。ほのかに甘みのあることのお茶は、緊張で高ぶった気持ちを抑えてくれる。さっきこっそり解毒魔法を、自分とサナの分にかけておいた。これで毒が入っていても、未知の猛毒でなければなんとかなるはずだ。
「あと、そのお怪我の方にこれを」
薬草を渡してくれる。一般的な薬草だ。
「あ、大丈夫」
そういって私は唱えた。回復魔法、練度1。すうっと、太腿についた浅い傷が消えていく。練度3で腕のナイフでやられた傷も直す。うん、あとは残らなそう。毒は塗られていなかったのが幸いした。
目を丸くして驚くザズ。
「たんまげたなぁ、ユウさんは、確か炎熱魔法を使ってなかっただか?」
「ああ、私は2色魔法使いの家系なの。結構珍しいわよね。攻撃系と回復系が同時に使えるのは。でも、アルスの上級貴族には、支援系も加えた3色魔法使いの家系もあるから、たいして自慢にもならないけどね」
「はぁ~いや、すごいでんごよ」
そんな風に、他愛もない話をしながらザスに探りを入れてみたが、特に怪しいところはなかった。襲撃者の正体もわからずじまいだ。ザスは見覚えがないと言っているので、冒険者の線は薄いのかもしれない。あの身のこなしは、確かに魔獣を相手にする冒険者というよりは、対人戦に長けたプロの暗殺者のようだった。
「さて、もう大丈夫かな」
サナがそう言って立ち上がる。
「そうね、そろそろ宿に戻りましょうか」
「あの、大丈夫だすか?」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。襲撃者にはかなりの痛手を負わせたから、今日はもう襲ってこないでしょう。気をつけて戻るとするわ」
「送っていきますだ」
「ああ、いいって、いいって。ザズさんも疲れているだろう。十分だよ」
「でも……」
「大丈夫、気をつけて帰るから」
「あ、じゃあ、ちょ、ちょっと待ってておくんなし」
部屋の隅まで言って、物置に頭を突っ込むザズ。程なくして戻ってくる。
「これ持っていってくだせぇ」
ザズはそう言って、二振りの剣を差し出してくる。受け取って鞘から出してみると、手入れの行き届いた良い剣だった。
「いいね。持ち主が大事に使っていることがひと目でわかるよ。まあ、正直あたしらは素手でも強いんだけど、帯剣していることで抑止力になるだろう」
感心した表情でザスを見るサナ。サナの声色が、いつもよりなぜか色っぽい。おいおい、こんなブサイクに?あ、いや、まあ、性格はいいんだよね。それなりに強いし。
「ってゆーか、ほら、いつまでもお邪魔しちゃ悪いし、帰るよ、サナ」
「ああ、そうだな。ザス殿、明日はギルドにいるのかい?」
「んだ」
「では、その時に剣はお返ししよう。お言葉に甘えて借りていくよ」
「へい、ゆめゆめ気をつけておくんなまし」
「じゃあね、ザスくん。また明日~」
ユウの背中を軽く押してそそくさと家を出て、その小屋から宿へ、来た道を引き返す。まだ真夜中と言うには早く、人通りも多い。これなら大丈夫だ。帯剣しているだけで、ずいぶん安心感が違う。隣を歩くサナが高揚した様子で言った。
「いい男だったな」
「は?」
私は一蹴した。




