襲撃
2022/10/30 魔獣の級について見直し、すべて改訂ました。
今はもういない、アネさんの話をしようと思う。
僕がアネさんと出会ったのは、悪夢のようなつらい日だった。
弱くて自信がなくて考えが甘かった僕が、人に褒めてもらえるようになったのは、あの人のおかげだ。
だから振り返ってみると、あの日は逆に人生最良の日だったと言えるのかもしれない。
悪夢は、魔獣の咆哮からはじまった。
グアアッ!!!
「わぁ!」
「ぐがっ!」
「ひいいっ!」
「ぎゃあ!」
どうしよう、まずい。やばい。
教官殿や副教官殿は、最初に毒のようなものを不意打ちで浴びた。
回復魔法が効かない特殊な毒のようだった。彼らは朦朧としながらも奮戦し、何匹もの魔獣を撃ち倒してくれた。
だけど、囲まれてズタボロになってついに倒された。残りはおよそ20匹、あと少しで追い払えそうなのに。ボクも、やらなきゃ。
とっさに抜いたのは、訓練用の木の剣。膝がガクガク震えている。でも。
「武器強化、練度2!」
武器が青白く光る。ボクたち魔法騎士は……正確には見習いの候補生だが、魔法で剣を強化できる。
魔法には練度と呼ばれるレベルがあり、数字が大きくなるほど威力が高い。
ぼくが武器強化で使えるのは練度2までだが、これでも木を鋼鉄並みに鋭くできる。
よし!そう思った瞬間、左から衝撃。
キーーーーーーーーーーーーーーン!
頭が真っ白になる。耳鳴りがする。左腕が燃えるように熱い。
「いだいいだいいだい!」
なにこれ、痛い!
左腕が。恐る恐る見ると、ひしゃげて潰れて、血が出ている。気を失いそうになる。
まったく接近がわからなかった。魔獣って、こんなだっけ?
何メートル飛ばされた?どいつにやられた?
いた。
「ゴルルルルルル」
まだ揺れている視界をなんとかこらすと、10メートルほど先に、そいつは立っていた。
はじめて見たけど、たぶんホーンベアだ。大型の魔獣、熊に似ていて、牛のようなツノが生えている。確か強さはH級。正規の魔法騎士一人で対処できるレベル。ボクが勝てる相手じゃない。
なんとか膝立ちの体勢になり、訓練生ポーチから回復用のキュアポーションを取りだ…どごん!ばきべき!また、衝撃。
今度は見えた。ヤツに突進されて頭突きをされた。
何とか剣で受けようとしたのが幸いしたのか、さっきよりはダメージが抑えられた。だけど痛い!肺が潰れたんじゃないか?おまけに剣は折れてしまった。
「クハッ。はぁ、はぁ、こんなの、こんなの、無理だ。」
ボクが諦めかけたそのとき、横合いから、男が斬り込んできた。
シュッという振り抜きの音が聞こえ、魔獣が吠えた。
グガッ!
ホーンベアの左腕にダメージを与えている。
「炎熱、練度4!」男は、火属性の魔法を左手からほとばしらせた。
剣撃からの魔法連続攻撃、しかも練度4。同期の中でも、使えるものはただ1人。
口元に火炎をぶつけられたホーンベアが怯んだ隙に、ガイルは心臓を剣で突き刺した。あっさりとホーンベアが倒れた。魔石と呼ばれる希少鉱物が心臓部分にあるのだが、当然回収は後まわしだ。
「大丈夫か、レイ?」
その男はボクの幼馴染であり、同じ訓練生の同期であり、将来は魔法騎士団、それもエリート部隊である近衛隊入隊は確実と言われる天才、ガイルだった。
「あ、ありがと、ガイル。な、なんとか」
「これ使え!」
「助かる」
ボクはガイルが投げてよこしたキュアポーションを受け取り、素早く口に含んだ。左腕の肉や骨が正常に戻っていくのがわかる。よし、痛みは引いた。
「ガイル、剣は折れたけど、ボクも魔法で……」
「いや、おまえの剣の腕は確かだが、魔法だとかえって役に立たない。剣を探してくれ」
「う、うんっ。そうだな。気をつけてっ!」
思いっきり役立たずと言われたが、その通りなのでぐうの音も出ない。そう、ボクの魔法の最大飛距離は、87センチだったりする。ああ、情けない。と、ボクがヘコんでいる隙に、ガイルは豚の魔物、ピッグウォリアーのかぶった鉄兜を文字通り凹ませていた。なんて威力だ。
「炎熱、練度4!」
そうこうしているあいだに、ガイルはまた次の魔獣を討ち滅ぼす。ふいに雰囲気が変わった。魔獣たちは、潮時と思ったのか、行ってしまった。
「た、助かった~」
「おう、大丈夫か?レイ?」
ボクがへたりこんでいると、後ろからガイルとは別の男が声をかけてきた。
「ミナト!無事だったか!」
「ああ、ま、無事というか、あちこちやられたがな。訓練用にキュアポーションを大量に持っていたのが幸いしたな。そんなことより、これは何なんだ?ありえねーだろ、いきなりこの森で、魔獣の群れが襲って来るなんて。強ぇのが100匹はいたぞ」
ミナトはボクたち魔法騎士候補生第七班のアニキ的な存在だ。天才ガイルにも正面きって意見を言うから一目置かれている。
ボクたち候補生第七班24名は、演習用の森でのキャンプ訓練をしていた。今日で3日目の昼過ぎになる。
「被害はどれぐらいだろう……」
「さあな。確実に半数以上は無事じゃない感じだな」
ミナトは切なそうにあたりを見渡して言った。
背が高いので、訓練用のグリーン基調の制服がバシッと決まっていてカッコいい。そこに、周囲の警戒を終えたガイルが戻って来た。
「ミナトも無事だったか」
「おまえの活躍がなかったらヤバかったけどな、ガイル」
向かい合う2人は大きくてカッコいい。ボクは彼らより20センチは低いので、なんとも言えない気持ちになる。いや、それはさておき今は、
「怪我人を助けなきゃ!」
「そうしたいところがだが、もう手遅れのやつも多い。ルボンとか、マニールとか、ノーブとか、あらかた、中央組はダメだったよ…」
そう言ってガイルは悲しそうに視線を落とした。
中央組とは、王都圏内の貴族出身のものを呼ぶ。ほとんどが伯爵家以上の出身だ。貴族組は、僕たち地方から出てきた子爵や男爵の田舎貴族出身者、あるいはミナトのような軍属の騎士爵家系からの候補生を蔑んでいた。
しかし、この国は実力さえあれば平民でさえも騎士になれるチャンスがある。
魔法騎士団候補生や魔法騎士団に入団したら、いったん貴族とは独立した王直属の身分となるのだ。
だから差別的な振る舞いは許されないのだが、大貴族出身の候補生にはまだある種の甘えとプライドがあり、ヤツらは陰湿な方法でボクたちをいつも攻撃してきていた。
ガイルは、そんな敵対していた人物ですら、その死に対して心からの哀悼の意を示すことが出来る男だった。ガイルは天才で彼らより抜群に成績が良かったから、目の敵にされていたにもかかわらず。
その中央組は、いまや無残な姿に変わり果てていた。ただ一人を除いては。
「ふん、我の真の力に気がついて、逃げ出したようだな!」
耳が腐るような妄言を吐いて踏ん反り返る男、エラート。中央組のボスで、名門ドラゴラム公爵家の四男坊。こんなのが王族に近い家系だなんて、信じられない。実力はそこそこあるようだが、無傷だったので、どうやら真っ先に隠れて無事だったらしい。
結局、教官、副教官、候補生あわせて19名が犠牲となり、
生き残りは、僕とガイル、ミナト、ユウ、イザーク、サナ、エラートの7名だった。
ミナトの発案で、僕たちは、せめて遺体が魔物に食い荒らされないように、土魔法が得意なイザークに穴を掘ってもらった。そして、みんなで氷魔法を使って腐敗が進まないように凍らせてから、簡易的に全員を埋葬した。城の魔法騎士たちなら、ここにまた戻って遺体を回収することもできるはずだ。
途中、心優しいユウはずっと泣いていた。一方で、中央組唯一の生き残りエラートは、埋葬なぞどうでもいい、早くここから逃げよう、とずっとブツクサ言って何も手伝わなかった。
間も無く日が暮れる。
とにかく、ボクらの拠点のイングルウッド城に戻って、この悲劇を訓練団長や城代にお伝えしなければ。
埋葬を終えたボクたちは森を日没ギリギリまで城へと進み、城まであと半日というところまで戻れた。
そして無理はせず、イザークに土魔法で簡易的な砦らしきものを作ってもらって、やっと一息つくことができた。