その3
優しい彼女の夢を見る。そう、あれはもう遠い昔の話だ。色とりどりの花の中、戯れる二人の少女を少し離れた所から眺める。あれは、あの内の一人の少女は……私だった。
いつもの様に買い物かごをテーブルに置いた後、私は母に出掛けて良いかを必ず聞く。その度に苦く笑って、「良いよ」と言ってくれる母が大好きだった。
「ありがとう、いってきます!」
と声をかけるのはいつも玄関を一歩越えた時だった。それほど、私は彼女――ロジィ――と遊ぶのが好きだったのだ。そんな私をみて母はあまり言い顔をしない。子供心にそれは不思議な事だった。
「お待たせー」
そう言いながら私たちが落ち合うのは、森の手前のお花畑。この森には魔物が住んでいると言い伝えがあり、怖がる人々は誰も来ない場所。だからこそ、私達はおおっぴろげに遊べるのだ。花束を作ったり、花冠を作ったり、花のネックレスを作ったりと、今この時期に咲き誇る花達は、私たちを決して飽きさせない。
冬がようやく去っていった時、ロジィは母親とこの街にやって来た。ロジィの母親は春をひさぐ者だから、ロジィはバカにされ、いじめられ、友達はいない。
転ばされて膝から血を出しているロジィに濡れたハンカチを差し出した時の、あのすがるような目が、私の心の中のなにかを揺さぶった。
私だけだ。私はその事がとても嬉しかった。だって、ロジィの心の中に『友達』としているのは、私だけだ。そしてこの花畑には誰もいない。私とロジィだけ。その事が私をひどく喜ばせた。たけど、実はそうじゃなかった。
「ロジィ!」
私は母に持たされていた護符を魔物に向かって解き放した。辺り一面光に包まれ、その眩しさに魔物は去っていったけど……ロジィの腹から次から次から流れ出る血液を止める物ではなかった。
「ロジィ!ロジィ!」
私は名を呼び叫ぶ事しか出来ない。なのにロジィは笑って震える手を差し出したのだ。そこには血に濡れた花冠。
「……ぁ…」
なに?!何を言いたいのロジィ!
「…ぁり……が、とぉ……」
ぱたり、と落ちた花冠。口も目ももう開くことなかった。
それから私は大人になり結婚し子供が出来てこの間5人目の孫が出来た。今なら、あの時の母の表情の意味がわかる。納得はできないが理解する事も出来た。そして、そんなロジィと遊ばせてくれた母に感謝している。
「ばぁば。これ、あげる」
そう言って椅子に座る私を見上げてくるこの孫はロジィによく似ていた。
「なんだい?」
と、それを受けとると、見事な花冠だった。
「旅の人に、作り方を教えてもらったの……けど……どうしたの、ばぁば?」
その花冠はとても見事なもので……ロジィにしか編めない工夫のされていた物だった。
「なんでもないよ、ただ昔を思い出しただけさ」
今はそのばぁばもいない。そんな昔の話。