その1
はじめまして。
良かったら読んでみてください。
お気軽に題名考えてくださると楽しいです 笑
「先輩、元気そうでよかったね」
「ほんとですね」
傘の中、二人寄り添うようにしながら囁く僕の声に、貴女は軽やかに笑う。漂う貴女らしいフレグランスに軽く酩酊しながら、早足でバス停へと向かう。雨のカーテンの中に閉じ込められた僕たちは、いや、僕は心がざわついて仕方がない。
病院近くのバス乗り場には屋根のついた待合所がある。とりあえずそこにいけば、この奇妙な相合い傘ともお別れだ。名残惜しいが、このドキドキにはもう耐えられそうもなかった。
先輩の入院している病室に二人で行くことになったのは、なぜだか今でもよくわからない。同じチームに所属するただの同僚のはずなのに、僕たちはとても馬が合った。ランチを共にしたり、休憩を共に過ごしていたりしているうちに、自然と居酒屋のような所謂「社外」でも顔を付き合わせるようになるのに、たいして時間はかからなかった。
そんな先輩に、いつも屈託無く笑っていた先輩に、病魔がヒタヒタと歩み寄っていたなんて、誰が思っただろうか。
入院中の彼はいつも屈託無く笑う、お節介な人だった。
「花瓶に花、活けてきますね」
彼女の後ろ姿を見ながら「もう告白した?」とにやついた顔でこちらを見てくる彼は、まだまだそのやんちゃな瞳の光を失ってはいない。そしてからかうようにいってくるが、早く僕たちがくっつくことを願っている。
僕の恋心にさりげなく気がついてくれて、そして何気なく僕の事をアピールしてくれる。そんな彼が、余命幾ばくもないなんて、僕には到底信じられなかった。
「俺はな、心残りがあるんだ。お前らが早くくっついちまえば、もうなんの悔いもない」
そう言って屈託無く笑うことすら、きっと辛いはずなのに、彼は僕に向かって魔法の言葉を授けてくれた。
雨の中、僕は、先輩の言葉を思い出していた。
空を見上げると、そこには思っていたものはない。だけど、傘のカーテンの中に閉じ込められている僕は彼女の香りに酩酊しっぱなしだ。だから思わず、先程の先輩に教えてもらった言葉がポロリ、こぼれてしまう。
「月が綺麗ですね」
彼女はとっさに僕の顔を見て、もうすぐ着くであろう屋根のあるバス停を見て、もう一度僕の顔を見た。その顔がみるみる赤くなり、耳たぶまで真っ赤に染まる様をなぜだか穏やかな気持ちで見ていた。さっきのドキドキした気持ちはどこにいってしまったのだろう。ただ溢れてくるのは彼女に対する深い愛情と、先輩に対する感謝の気持ち、たった二つだけだった。
「はい……」
小さく答えてくれた彼女の声に僕の心はとても満たされた。
彼の葬儀には沢山の人が弔問に訪れていた。僕は涙をこらえるのに必死で、ひたすら目のピントをぼかしていた。泣く人を見てしまったら、それにつられて号泣する自信だけはたっぷりとあったから。
喪服を着た彼女を見た時、何て綺麗なんだろう、と思った。目を覆っていた涙が一粒、ホロリと零れた。
彼女の存在は尊敬していた先輩を亡くした心を癒してくれ、同時に愛は更に立ち上がっていく。
僕たちは先輩を無くしてしまった。だけど僕たちの中に愛がある限り、先輩が消えてしまうことはないだろう。例え別れたとしても、彼女を思い出すときには先輩を思い出すだろうし、先輩を思い出すときには彼女を思い出すだろう。
先輩が旅立ってしまったように、この世の中に確かなものはなにもない。その中で僕たちが出会ったことは、なんの意味もないことだったかもしれない。だけど今僕の隣には彼女が立っているし、心の中では先輩が立って屈託無く笑ってくれている。
それで良いじゃないか。心の中の先輩はそう笑いながら屈託無く笑ってくれている。