第8話 テレビのニュースと夕暮れ時の階段
12月末、学校がギリギリ開いている冬休みの夕暮れ時。僕は忘れ物を取りに行くと言い、学校へと急いでいた。
急ぐ必要は無いのかもしれないが、心が落ち着かない。
先輩は今も、いつもの場所にいるだろうか。
僕の予想が当たっていれば――――
『――シリーズ、無くそう飲酒運転。こんばんは。10回に渡ってお送りしてきたこのシリーズも――』
話は1時間ほど前に遡る。たまたま目に留まった夕方のニュース。その特集が伝えるのは、飲酒運転によって亡くなった高校生の遺族が年明けに手記を出版するというものだった。1人でも多く、悲しい思いをする人が減って欲しい。飲酒運転の恐ろしさを知って欲しいと、50歳前後と思われる夫婦が語っている。
僕はその夫婦の名前を見て、インタビューを受ける言葉を聞いてしまったばかりに、画面から目が離せなくなった。
『――ひとり娘の亜友子は、中学を卒業した後の春休みにも事故にあったんです。その時は幸い命に別状はなく、3週間ほどで退院して――』
娘についてそう語る上品そうな夫婦の横には、“飲酒運転による事故で娘を亡くした西さんご夫婦”の文字が。
――西亜友子? 先輩と同姓同名じゃないか。
偶然ってあるんだな、と思った次の瞬間。
『亜友子さんは5年前、通っていた高校へ向かう途中の交差点で当時19歳だった元少年の運転する車にはねられ――』
「あら、この現場。家のすぐ近くじゃないの」
画面が切り替わり、当時のニュース映像が流れた。アナウンサーが読み上げる事故の説明を聞いて、一緒にテレビを見ていた母さんが眉をひそめる。
「このニュース覚えてるわ、こんなに近かったのね……ひょっとして、佐助くんと同じ高校だったのかしら」
――家の近くの交差点。
――同じ高校の、西亜友子さん。
全身の毛が逆立った、気がした。
そんな訳ない、そんな訳あるはずがないと思いつつ。
――もし、そうなら。
暑くても寒くても毎日同じ制服。
好きだと言っていたのに途中までしか持っていないライトノベル。
下校時間ギリギリでも絶対一緒に帰らない。
姿を見たあと、すぐに見失った。
そういえば、ものを食べたり飲んだりしている姿を見たことがない。
スマホは解約したまま。
自分の親とはもう話せないというのは、ひょっとして亡くなっているのはご両親の方じゃなくて。
そして、あの言葉――。
『私がもし来年もここにいたら、また一緒に本読んだりお喋りしに来てくれる?』
――――そして、今に至る。
残っている生徒は少ないようだけど、東校舎の鍵はまだ開いていた。これ以上ないくらいに心臓の動きを感じながら、僕は階段を上っていく。
あと少しで最後の踊り場。曲がったらいつもの場所。
もし、先輩が今もそこにいるのなら――――
「斎藤くん。どうしたの? こんな時間に」
「……先輩……」
いつもの笑顔で、先輩はそこに1人腰掛けていた。
「……先輩のご両親……テレビに出てましたよ。なんでも手記を出されるとか……」
なんて切り出せばいいか分からず、さっき見たテレビの話をした。薄暗い階段でも、先輩の顔色が変わったのが分かった気がした。
「……交通事故についてとか、飲酒運転についてとか、娘を亡くした親の悲しみとか……そんなテーマかな。お父さんとお母さん、泣いてなかった?」
――ああ、やっぱりこの人は。
「泣いてはなかったけど、すごく悲しそうでした」
「そっか……。そりゃあ、そうだよね」
先輩は顔を伏せて力なく笑う。僕は階段を上り、そんな先輩と目を合わせるようにし、伝えた。
「先輩。先輩のことを……教えて欲しいです」