第7話 連絡先と来年の話
僕が先輩に貸していたライトノベルの完結巻が、来年4月に出るらしい。
「先輩、卒業してるじゃないか……」
僕が好きなその物語を、先輩も好きだと言ってくれた。そして、確かこうも言っていた。
『次の11巻で完結なの? 読みたいなぁ、読めるかな? 良かったらまた貸してほしいな』
「……連絡先、聞いてみようかな」
女子に自分から連絡先を聞くのはなかなかハードルが高いけど、本を貸すためという大義名分があるし。先輩はきっと明るく、サラッと教えてくれる気がする。
「ごめん。私スマホ出来ないんだ」
僕の期待は、明るくはないがサラッと打ち砕かれた。
「あ、そうなんですか……」
「そうなの。スマホ自体は持ってるんだけど、解約してあるから電話とかメールは出来なくて」
「……それ、持ってる意味あります? ていうか普通に新規契約すればいいのに」
「んー、ちょっと事情があるんだよね」
「事情……」
何か不自由な思いをしているんだろうか。そう言えば前に、もうご両親はいない様なことを言っていた。それと関係があるんだろうか……。
「あ、そんな深刻に考えないで。今のところ不便は感じていないから大丈夫」
僕が考え込んでいるのを見てか、先輩は明るくそう言ってきた。
「不便はないって言っても……卒業したら会えなくなるし、本とか貸せませんよ」
「あ、そうだね。次の巻いつ出るって言ってたっけ?」
「来年4月です」
「うーん、またここに居ようかな。斎藤くんも来てくれる?」
「いや、おかしいでしょそれは」
冗談なのか本気なのか分からないまさかの返事に、即座にツッコミを入れる。
「その頃先輩、社会人じゃないですか。真面目に仕事しましょうよ」
「え、私就職するなんて言ったっけ?」
「え、だって確か進学はしないって……」
前にそんな話を聞いた気がする。だから普通に就職するものだと思っていたけど。
「進学もしないし、就職もしないよ」
「……じゃ、じゃあまさか、留年とか……」
「それも違う」
「じゃあ4月から何をされるんですか?」
僕が尋ねると、先輩は目線を外してうーん、と考え出した。考えるような内容なのか、進路って。もう2学期終わるんですけど。
「内緒!」
「ええ?」
内緒……って。そんなにややこしい事情があるんだろうか。それとも僕には進路なんか教えたくないということか……後者だったらちょっと辛いな。
「……斎藤くん。私がもし来年もここにいたら、また一緒に本読んだりお喋りしに来てくれる?」
「……来年もここにいる可能性があるんですか?」
「……ふふっ」
ふふっ……てなんだふふって。それってやっぱり留年じゃないですかとか、こんな所でゆっくりしていていいんですかとか、色々言いたいことはあるけど、なんだかまたはぐらかされそうな気がして言う気が失せる。
――でも。
「ああ、でもあれだね。お母さんと仲良くなったら毎日学校に残る理由も無くなっちゃうね」
寂しそうな雰囲気を醸しながらそんな風に言われると。
「先輩がここにいるなら、また本を貸しに来てあげますよ。連絡先もわかんないですし、感想を言い合えるの先輩ぐらいですから」
気になることには目をつぶって、先輩が言ってほしそうな言葉を言うしかないじゃないか。
「……ありがとう、斎藤くん」
この時の僕は、これはその場限りの叶えられない口約束だと思っていた。