第5話 僕の気持ちと先輩の言葉
僕が話す間、先輩はずっと黙って聞いてくれていた。
そして、ひとしきり話し終えた僕はある事に気がついた。
――この状況は相当恥ずかしい。
「す、すみません。長々喋ってしまって。ハンカチまで……」
頬に伝っていた涙を急いでこすって、ハンカチをリュックのポケットへ入れる。新しい母親の手前洗濯機は使いづらいから、隙を見てこっそり手洗いしようか。脱水どうしよう。タオルで挟むか。
「気にしないで。それも、返すのいつでもいいから」
先輩はと言うとやっぱり優しくて、何だかますますいたたまれない。全く宿題をやっていないけど、今日はもう帰ろうか――
「斎藤くん」
「はいっ!?」
――あ、変な声出た。
「あの、お節介だと思うけど。お父さんは、斎藤くんが寂しい思いをしてるの知ってるの?」
「……寂しい思い……」
あまりピンと来ないけど、僕は寂しかったんだろうか? いや、でも子どもじゃあるまいし“僕の父さんを取らないで”なんて言えるはずがない。
「知らないんじゃないですか。新しいお母さんが出来て良かったなー、ぐらいに思ってますよ。ていうか、寂しいとかじゃないですから」
寂しいのかもしれないが、あえて否定させて欲しい。散々弱音吐いて泣いといてあれだけど、これ以上先輩に情けない、子どもっぽいところは見せたくない気がする。
「今更そんな事を言えるはずがないですし」
「うん、それはそうだね。でも、斎藤くんの本当の気持ちを知らないままっていうのも、お父さんは悲しいんじゃないかな。新しいお母さんとあまり喋ったりしてないの、お父さんも気付いてるかもしれないよ?」
――そう言えば、時々父さんは何か言いたげな顔をしていた。僕が気付かないふりをしていた、かもしれない。
「再婚に反対、とかじゃないんです。ただ、父さんは2人暮らしが嫌だったのかなって。僕が洗濯とか掃除とか頑張って覚えて、2人で協力してたのはなんだったんだろうって」
「うん。それを聞いてみたらどうかな。お母さんにはちょっと席外してもらってさ。斎藤くんが引っかかっているのは、きっとそこだと思うんだけど。どうかな?」
「そう…………かもしれないです。機会があれば、聞いてみます」
きちんと自分の気持ちを言葉にしたのはこれが初めてだ。先輩が聞いてくれていたから、きっとこの引っかかりも自覚できた気がする。
反対でもない。あの人が嫌いな訳でもない。我ながら本当子どもっぽくて呆れるけど。
ただ、寂しかったんだ――。
「機会を待つのもいいけど、早い方がいいよー? 待ってる間に大学受験とかの時期になったら、モヤモヤ抱えたまんまってしんどそうだし。それに、いつでも話出来るとは限らないんだから。人生何が起こるか分からないしね」
「人生って、そんな大げさな――」
「それが、そんな大げさでもないんだなぁ」
僕の言葉を遮って、先輩は天井を仰いだ。
「だって、私はもうどっちの親とも話せないから」
――マズいことを言ってしまった、と瞬時に理解した。
きっと先輩のご両親はもう――。
「す、すみません。僕無神経なことを言ってしまって……」
バッと頭を下げる。先輩は一体どんな顔をしているんだろうか。怒っているのか、傷ついた表情か……。
先輩に促されて恐る恐る顔を上げると、目の前の表情はそのどちらでもなかった。ただ、寂しそうに微笑んでいた。
「ごめんね。謝って欲しくて言ったんじゃないんだよ。人間っていつ死ぬか分かんないでしょう。万が一、今の状態で“何か”が起こったら、ずっと後悔することになるから……」
「そう、ですね。ありがとうございます……」
僕はリュックに入った数Aの宿題も、この場所が暑いことすらも忘れて、先輩の言葉を噛みしめていた。