第4話 夏休みと家族の話
先輩? を見かけた次の日、図書館へ行く前に階段を1番上まで上ってみたら。
「あ、斎藤くん! 久しぶりだねー」
「こんにちは、先輩……夏休みもここに来てたんですね」
未だに何故か合服で、やっぱり涼し気な顔の先輩がそこにいた。暑いのは承知の上で、僕も先輩がいるところの1段下に腰掛ける。
「昨日も来てましたか? 僕、先輩らしき人を見かけて声を掛けたんですけど」
「え、そうなの?」
「はい、2階から1階に下りていってました」
「ああ、そうか……気付かなかったや、ごめんごめん」
その時僕は何となく、本当に何となく――先輩が気落ちしているように見えた。
「斎藤くんも、昨日学校に来てたんだね。補習とか?」
だが、からかうような口ぶりの先輩を見たら、その直前の様子は忘れてしまった。
「バカにしないでください、僕は補習なんて受けるほど馬鹿じゃありません。図書館で宿題をしてたんですよ」
ほら! と、夏休み用の問題集をリュックから出して見せる。ちなみに今日は数Aだ。先輩はと言うと、少しキョトンとした顔になってから、くすくす笑いだした。何がおかしいんだ。
「ごめんごめん、ちょっと冗談言ったつもりだったんだ。そこまでムキになるとは思わなくって。本当ごめんね」
「はぁ……別にムキになってはないですよ」
ムキになる、と言われるのもそれはそれで何となく気恥ずかしい。勢いよく出した問題集をそっと片付けた。
「でも、わざわざ暑いなか学校まで来なくても家で宿題やればいいのに」
「僕の家は学校から近いんです。暑いって言ってもほんの5分くらいなので、全然我慢出来ます。家にずっといるのも嫌だし」
「……あ、そうなんだ。親と喧嘩中とか?」
――まあ、そんな感じです。
多分クラスメイトとかに同じことを言われたら、僕はこんな風に曖昧な返事をしてお茶を濁したと思う。でも、今は……先輩相手には、本当のことを言ってみたくなった。
「僕の家、父親が再婚したところなんです。高校入る前の春休み。新しい母親が専業主婦でずっと家にいるから、ちょっと気まずいっていうか……」
ちらっと斜め後ろを見ると、先輩は黙って僕の方を向き、話を聞いてくれているのが分かった。真剣な様子のその表情を見たら――全部、聞いてほしくなった。祖父母にも、父親にも、誰にも言えなかったこと全部。
「2年付き合ってたみたいで、でも僕は知らなくて。高校受験に障らないように、一応気は使ってたみたいで。それで受験が終わった後の春休みに、結婚したいんだけどいいかって……お母さんが出来るぞって……」
嫌だなんて、言えるはずがなかった。父親は僕に遠慮しつつ嬉しそうなのがすぐ分かった。新しい母親も優しげな眼をして微笑んでいた。
「新しい母親は優しい人です。今日も昨日も、弁当いるのかって毎日聞いてくれる。家に帰ったら綺麗に掃除されていて、温かい夕飯が出てくる。本当の母さんは僕が小さい時に亡くなってて、掃除も夕飯も学校のことも、父さんが全部やってくれてた。1人だと大変だと思って、家のことは小学生くらいから僕も手伝ってて……」
先輩が、そっとハンカチを差し出してくれたのが見えた。恥ずかしい。でも今は甘えることにして、ピンク色のそれで目元を押さえる。
「父さんが、新しい母親の作った夕飯食べながら、こういうのいいなぁ、ほっとするなぁって……僕は、今までみたいな2人暮らしでも良かったのに。塩こしょうして焼いただけの肉と野菜と、味噌汁とご飯だけの食卓でも、僕は幸せだったのに」
――父さんは、違ったんだろうか? 早く再婚したかったんだろうか?
そんな事を考え出すと気持ちが沈んで、新しい母親とも上手く話せない。
そして、気まずさから僕は家にいる時間をなるべく短くするようになった――。