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最終話 先輩と僕

「――以上。これが私の、生きていた頃のお話。車が目の前に来たって分かってしばらくしたら、ここにいたの。即死だったんだろうね……」


 いつだったか、近くの交差点に置いてある花束を見た。そうか、あそこがきっと先輩の……。


「これから普通の生活が出来るって思ってた時に死んじゃったから、私は学校にいるのかなって思うんだ……でもさ、神様か何か知らないけど気ぃきかないよね。よりによってここよ? 生徒立ち入り禁止の階段って。誰にも見つけてもらえないのに」

「先輩は……ずっとこの階段に? 学校内を歩いたりとか、学校外へ出たりは……?」

「出来ないの。何回も挑戦したけど、この校舎の2階ぐらいまで降りたらいつの間にかここに戻ってるの。斎藤くんに初めて会った時も、戻ってきちゃった直後だったんだよ。急に人がいて、しかも私のことが見える人が初めてだったからびっくりしちゃった」


 あはは、と先輩は力なく笑うが、僕は笑えない。それは、つまり。亡くなってからの5年間、誰にも見つけてもらえず、先輩はずっと独りで。


「最初はどうして、ずっとここに居ないといけないんだろうって考えてたの。友達にも親にも気付かれない。誰かの話し声とか、部活の音とか聞こえてくるけど、私は永遠にその輪に入れないのに。そんな、罰を受けるようなことをした記憶は無いのにって……」


 先輩の声が、小さく震え始めていた。自分の気持ちを言語化することで、当時の記憶が、心が、鮮明に蘇る。それでも話さずにはいられない。

 僕はこの感覚を、知っている。


「生きていた頃に果たせなかったことが出来たら、成仏出来るかなって思って、でも誰もここには来ないし私のことが見えない。だから想像することにしたの。友達と楽しくお喋りする私。演劇部で発声練習をする私。ひたすら走り込みをする運動部の私。放課後、図書館で勉強する私。体育祭のリレーでアンカーをつとめる私。遠足に行って、修学旅行に行って……」


 その“学校生活”を送ることしか、楽しみがなかったんだろう。先輩は穏やかな目で遠くを見つめている。


「……でもダメだった。同級生達が卒業しても、私はこのままだった。もうこのまま私は学校が大好きな地縛霊になって、怪談のネタになるのかなぁって思ってた……そんな頃に、斎藤くんと出会ったの」


 ああ、そういう事か……。初めて会った日に“この場所を一緒に使おう”と言ってきた訳がやっと分かった。


 先輩は、寂しかったんだ。誰かと一緒にいたくて――


「……だから、来年からはもうここに来なくていいよ」

「は?」


 先輩が僕の方を見た、と思ったらすぐそらされた。そして突然の宣言。ちょっと待て、この話の流れでどうしてそうなる。


「成仏のアテでもあるんですか」

「分かんない。分かんないけど、もう大丈夫」

「先輩!」


 大丈夫って言いながら、顔は全然大丈夫じゃない。そんな人を放ってさようなら出来るほど、僕は薄情じゃない。薄情者ならそもそもこの場所に来ない。


「僕じゃ力不足ってことですか。僕と一緒にいるぐらいじゃ、先輩は満たされないですか。だから……お役御免なんですか?」

「違うよ!」


 先輩が語気を強めた。


「違う……私は、斎藤くんを利用したの。斎藤くんと一緒に楽しく過ごせば、独りじゃなくなって成仏出来ると思った。私のために、斎藤くんの放課後をずっと犠牲にしてたんだよ。でも、だんだん申し訳なくなってきて……それにお母さんとも仲良くなっていけそうなら、学校に残る理由もないだろうし…………楽しかった。すごく楽しかったけど、これ以上甘えたらダメだから」


 先輩の頬を、涙が伝っている。どんな気持ちで、その言葉を僕に投げかけているんだろう。きっとたくさん考えて考えて、僕のためを思って言ってくれてる――でも。


「嫌ですよ」


 僕はその提案に、乗れない。


「楽しかったんでしょう? 放課後2人で本読んで、他愛のない話をして。言っておくけど僕もですよ。僕も楽しかったんです。それに先輩は前言ったじゃないですか、来年もここで一緒に過ごしたいって」


 先輩は驚いた様子で僕の方を見る。やっと目が合った。

 僕は、元々面倒くさいことは嫌いだ。だけどそれ以上にこの人を――



「先輩をこれ以上独りにしたくないので。僕の高校生活は、あなたに捧げます」



 目の前にある大きく見開かれた眼が、さらに大きくなった。


「ささげ……え……? それってどういう意味……」

「どうもこうも、そのままですよ。僕は来年からも放課後ここに来て、先輩に本を貸して一緒に読むんです。他愛のない話をしながら部活やってる奴らの掛け声とか楽器の音とか一緒に聞いて、時々勉強して。遠足とか修学旅行は……そうだな、先輩が行った気分になれるくらい、詳細な土産話を」

「ちょ、ちょっと待って」


 色々これからの過ごし方を挙げていってたら、途中で止められた。


「ダメだよ、なんでそこまでしようとしてくれるの?」

「……先輩は、僕に対して優しかったから。優しくしてくれた人に優しさを返す。それじゃダメですか? それに……」

「それに?」

「…………このままさようならするのは、後味悪いって言うか。僕は孤独な先輩を見捨てた男になるんですよ。めっちゃ引きずりそうじゃないですか」


 これは半分本音だけど、半分建前だ。先輩のため、というのを強調してしまったら、きっと優しいこの人は僕に対して罪悪感を抱いてしまうから。


「…………ふふっ、確かに。斎藤くん優しいもんね」


 ――だから、優しいのは先輩の方ですって。


「そうですよ。先輩が僕を2人の世界に誘ったんですから。責任とってもらわないと」

「ちょっと、やめてよその言い方!」





 運動部の掛け声、笛の音。

 吹奏楽部のパート練習。

 生徒たちの話し声、足音。

 それらを遠くに聞きながら、本を読む。時々他愛もない話をする。

 それが、先輩と僕の関係。

 先輩と僕の日常。




 先輩と僕が、2人で過ごした3年間だった。


このお話は元々別サイトでのイベント用に書いたものでした。

文字数制限のあるイベントだったので短めのお話ですが、自分では納得のいく仕上がりなのであえて改稿などはせず、そのままこちらにも載せました。


誰かに「ああ、読んでよかったな」と思って貰えたらこんなに嬉しいことはありません。


それでは最後になりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました!


戸嶋トモ


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