7 初の指名依頼
馬車が完成した。
「凄い…貴族の馬車みたい!」
「キャビンは数人なら住める様に作った」
俺は土属性の高位魔法を使う。
「えっ!これもしかして土の馬!?」
そう、メーナの言う通りこれは土で出来た…正確には粘土で出来た魔法の馬だ。
魔力の続く限りにおいて働き続ける優れもの。速度も、馬車の耐久性に依存するものの、高速で走れる。
さて、ここリンガレー…森に囲まれたこの街の主要産業は第三次産業である。
四方向に伸びた高規格街道と、三方向に伸びた一般街道…つまり七方向に道が伸びている、交通の要衝なのだ。
宿場町としての機能に加えて、乗合馬車等でのターミナルとしての役割もある。
宿屋、茶屋、酒場、商店、車大工、娼館…とても栄えている。
だが、逆を返せば行商人として買い付ける街ではないのだ。
行商とは、安い所で買って高く売れるところで売るのが仕事だ。
この街で売られているものは、全体的に値段が高い。もちろん輸送賃だ。
だが、唯一この街で工業が第二次産業が発達している業種がある。車大工だ。
この街の車大工はこの国でトップレベルの腕を持つ。…まぁゲームの時はそうだった。
そう、この街で唯一の特産品なのだ。
東のから運び込まれるエレド伯爵領産の良質な木材と、西や北から運び込まれる質の良い金属…そして何より、交通の要衝だからこそ集まる多種多様な馬車の修理依頼…
結果としてリンガレーの車大工は実力を大きく伸ばしていた。
「さて、まずはどこに行こうか」
「行商って言っても、何を扱うかによって方向変わるよね?」
「食品やら日用品やらは既存の行商人がいるから、値段競争になって利益が下がる。かと言って、工芸品は貴族相手の商談が増えるから、ツテの無い私たちはどうしようもない。ならば何をするかと言うと…魔石行商だよ」
魔石を大量輸送するには、冒険者や兵士による手厚い護衛か、異次元収納鞄にて保管しながらである必要がある。
一定以上の魔石を一箇所に集めると、魔物を呼び寄せる。
ちなみにこの世界の街のほとんどが城塞都市となっているのは、魔石を大量に使ってインフラを支えているため、魔物が度々寄ってくるから
「私のポシェットの収納量は知ってるでしょ?」
「そっか…異次元収納鞄なら魔物も大丈夫ね」
量産可能な異次元収納鞄は最高ランクのものでもせいぜい三十キロほどしか入れられない。
とても高価な素材を使っている上、人工の異次元収納鞄は数年で劣化する。
その分の減価償却分に加えて、盗賊被害安全マージンなどで価格はそう簡単には下げられない品物だ。
「盗賊もこの馬車なら多分追いつくだけでも一苦労」
馬というものは移動手段としては速いが、足の速い種類ほど維持費が高く、土の馬で牽くこの馬車の速度なら逃げ切れはしないけど、敵に負担を強いることが出来る。
待ち伏せされたとしても、土の馬なら強引に突破することが出来るはずだ。
「なるほど…魔法の馬なら速く動けるもんね。リアの魔力は持つの?」
「まぁ実験してみないと分からないけど…多分全力戦闘二回込みで、街から街の間は移動出来ると思うよ」
この世界ではどうだか知らないが、ゲームの時は「街」は子爵以上が領主となっていて、「村」を治める村長男爵と寄親寄子の関係となっている。
主に食糧生産の中心である村だが、特に街道沿いの村には馬の休憩場所としての役割がある。
ちなみに「村」には魔石を利用したインフラは無いため、魔物は積極的に寄ってくることは無い。
「リンガレーは魔石の消費地。一番近いくて有名な魔石の産地と言えば…」
「エレド伯爵領ね。エレド山地の山間部にあって、土と風と陽の三属性の上級魔石が安定して供給可能な街だったはずよね」
「そういうこと。さらに、エレド山地を超えた先にある港町のラクシューまで足を伸ばせば水の魔石も手に入る」
この世界では、魔法関係の基本属性は七つ存在する。「火」「風」「土」「水」「陽」「月」の六つだ。その他に派生属性が幾つか…例えば水属性の派生属性に「氷」があるように、様々な属性がある。
そして、魔石はクズ魔石を除き各属性の魔力を帯びる。
有名どころでは、火の魔石が魔石コンロになったり、陽の魔石がランタンになったり、風と水の魔石を組み合わせたクーラーに、水と氷の魔石を使った冷凍冷蔵庫、水の特級魔石を使った船の魔導推進器、土の魔石は鉱山等の崩落防止剤に…などなど。
様々な属性の魔石が人々の暮らしを支えている…という設定だったはずだ。
「と言うわけで、まずは冒険者ギルドに行こう」
「なんで?」
「隣街までかエレドまでの護衛依頼があれば一石二鳥でしょ?」
「なるほどね。リアって頭いいわね」
「メーナも商人になったんだから頑張って」
俺は馬車を馬車小屋…馬車や馬などを預かってくれる店だが、そこに馬車を預ける。
そしてそのまま冒険者ギルドに向かった。
五分ほど歩いて冒険者ギルドに。
依頼の掲示板を物色する。
少女二人が異端に見えるのか、視線が集まる。
「何となくここ数日でリアの考えてること分かってきたけどね、多分違うと思うよ?」
「この視線が痛いのは少女…でいい?まぁなんにせよ二人の女だけで冒険者やってるからじゃないの?」
「完全にこの間の模擬戦のせいだよ!?」
「……えーと、なんで?」
「リンガレーのギルマスは、元AAランクの魔法剣士。剣を振るうほどの体力が無くなったとはいえ、それでもAランク魔法使いクラス。そのギルマスの虎の子のスクロールを使わせた…つまり、私たちは実質Aランクオーバーの実力があるって思われてるの!」
「…マジか」
そういや、Bランク以上の冒険者はあまりギルドに顔を出さないって言ってたしなぁ…
とりあえず依頼ランクCの掲示板を眺めていると、ガイシュ…ギルマスが俺たちの方にやってきた。
「おう、新米Bランクパーティー。指名依頼だ。ワシの親友の娘を護衛して王都に連れて行ってくれないか?」
「約定水晶には何も連絡無かった」
「あぁ、お主らのパーティー名が分からんかったからな。わざわざ探すのも面倒だ。いい加減パーティー名を付けろ」
「考えとく。でも私たちはエレド伯爵領を抜けて、港町ラクシューに向かう予定なんだけど」
「話は最後まで聞かんか。こっちに来い」
ガイシュは重要な秘密話の時に使う応接室に俺たちを誘導した。
「なかなかの調度品。ソファもテーブルも貴族が使うような物っぽい」
「ふん、そりゃそうだ。ここは貴族の依頼人の接待にも使うからな」
俺の感性は正しかった様で。
どれだけの値段がすることやら。
「まずは依頼人である俺の親友だがな…この街、リンガレーの領主だ」
「…ちょっと待て。リンガレーは伯爵領だったな?ってことは…」
「リンガレー伯ジョニー・ブルリアが俺の親友で、今回の依頼人だ。そして、護衛対象はリンガレー伯爵令嬢シルヴィア・ブルリア嬢だ」
「うわー、断れねーやつやん」
「まぁそう言うな。ルートは指定なし、馬車を所有していれば尚良、女性のみでの護衛、パーティーの一人として思われるような歳の近い者なら最高…そう言う条件的にお主らしかおらんのだ、この街には。確かお主らは馬車を持っていたな?」
「まぁねぇ…ルートと報酬は?」
ガイシュはニヤリと笑う。
「聞いて驚け。まずは報酬だが、前金で十万マル、成功報酬で三十五万マル。ちなみに、護衛対象の消費は後で精算するのでその分の予算を付けるという意味で前金ということらしいな」
「破格…」
ちなみに、ゲームの時は通貨マルの価値はおよそ一マルが十円ほど。
つまり、最大四百五十万円ほどの報酬を出すと言っているのだ。
「最近、ソラムット王国の貴族…特に爵位継承権を持つ子供が殺害されることがあるのだ。ここだけの話、他国の軍が動いている。ソラムット王国はここ数ヶ月で尻尾を既に掴みかけており証拠も揃っておる。その他国と交渉のテーブルに付いている間、お主らには護衛対象をパーティーの冒険者として隠すことが求められておる」
いきなり黒い話だな。
だけど、なんで俺たちなんだ?
確かに条件としてはちょうど良いのだろうが、そもそもとして『信用』は無いはずだ。
「私たちまだ信用ないでしょ?私らがやっていい依頼か?」
「そうじゃなぁ…ワシは魔法剣士として名を知られておるが、二つ名は知っておるか?」
「いいや…メーナ知ってる?」
「ええっと…なにか探し物が得意だったって聞いたことあるけど…」
「ワシ自身で言うのもなんだが…『心眼』ガイシュ。人を見抜く力に優れ、対人戦において無類の強さを誇ったから…らしい。ワシからしたら相手がどんな人物かを考えるだけなんだが…まぁそのワシがお墨付きを与えよう。お主らは決して人の道を誤ることも、約束を違えるのも、無い」
「そこまではっきり言われると照れるな。まぁ信頼される理由があるならいいか。メーナはどう思う?」
「パーティーリーダーに任せるわ」
俺はメーナと視線を交わし、頷いた。
俺たちはリンガレー伯爵令嬢護衛指名依頼を受諾した。