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2 死者蘇生

纏わりつく闇が静かに引き剥がれていくように、俺の意識は再び世界に露出した。


「ーーーーあ?」


瞼を持ち上げ、光を瞳に取り込む。


洞窟の天井が見えた。青い結晶の燐光がぼんやりと周囲を照らしている。


俺は洞窟の地面に寝転がっているらしい。


「ーーーーあ?」


夢から覚めた時のような微睡の感覚があった。


まだ覚醒しきっていない意識のままなんとか身を起こし、キョロキョロと周囲を見回す。


黒い岩肌。まだ乾ききっていない血痕。散らばる肉片。


なんとなく見覚えがある。


思い出せそう。


えーっと。


ああそうだ。ここは俺がブラッドハウンドに食われた場所だ。


ってことは足元の血溜まりは俺のか?


「ーーーーあ?」


俺は血溜まりに反射する自分の姿を見て呆然となった。


傷一つない全裸の男が映っている。


「これってつまりーー」


ようやくはっきりしてきた思考を働かせて、俺はこの不可思議な状況を理解しようと努めた。


「生き返った?」


俺は確かに一度死んだはずだ。


つい先ほど、死んでからどれくらい時間が経過したかは知らんが、ブラッドハウンドにそれはもう凄惨に食い散らかされたのを覚えている。


なのに俺の身体には傷一つないし、欠損している部位もない。


ならば生き返ったとしか考えられない。


なぜ?


この疑問の答えはすぐに察しがついた。


「ヒール……」


そう。俺は死の間際に自分の体にヒールを全力でかけていた。


おそらくブラッドハウンドが食い散らかした脳の破片から、俺の全身が再生したのだろう。


ヒールの練度には自信があったが、まさかこれほどとは。


もはや治癒なんてなまやさしい表現ではない済まない。


これはもう


「死者蘇生……!?」


俺は自分の成し遂げた偉業に打ち震えた。


人類が追い求めたきた究極の魔術を俺は完成させたのだ。


「クハハハハ! こいつはおもしれェことになった。死者蘇生が使えるってことは俺はもう不死身。向かうところ敵なしだぜ」


これなら役立たずだなんて呼ばれない。

英雄にだってなれる。


俺が死者蘇生を使えると知ったらバルバロスの連中も腰を抜かして驚くだろう。


でももうアイツらのとこには泣いて縋りつかれても戻らねぇ。


あんな薄情物どものとこには。


「追放されたんだから、こっちだって好きにやらせてもらうさ」


今の俺なら、そうするだけの力がある。


俺は堪えきれない笑みを滲ませながら、地上を目指して洞窟の中を歩き出した。


死者蘇生があれば一人で帰還することも容易い。

モンスターに襲われても、いくらでも復活できるのだから。


:::::


71層。

通算182回。


「ゲルギュググ……ググ……グ…………」


「はあ、はあ。やっと死んだか虫けら野郎」


俺は死者蘇生を何十回と繰り返して、ブラッドワームの幼虫を殺すことに成功した。


幼虫と言っても3mくらいはあり、人ひとりを余裕で丸呑みできる極太のムカデだ。


地面を踏んだら爆発が起きるダンジョントラップを利用し、自ら地雷に引っかかることで道連れにしてやった。


俺は肉体を修復しながら、仰向けになって死んでいるブラッドワームに近寄った。


こいつを殺した理由は二つある。


一つ目は装備が欲しかったから。


いつまでも裸だと無駄に死ぬ回数が増える。

死者蘇生で復活できるとは言え、痛いのは嫌だし魔力切れも心配だ。


死ななくて済むならそれに越したことはない。


こいつの甲殻を使えばかなり上等な甲冑ができる。


二つ目は顔を隠せるマスクが欲しかったから。


ギルドでは俺はおそらく死んだものとして扱われているはず。


治癒術師が諸行無常の89層から1人で生還できるわけねーからな。


この状況はもしかしたら上手いこと利用できるかもしれない。


まだどう立ち回るかは決めてないが、素性を隠しておいて損はないだろう。


まず尻尾の棘を一本抜いて、それをナイフ代わりにして真っ赤な甲殻を剥ぎ取っていく。


爆炎によってブラッドワームの筋繊維は焼け切れていたので、作業は意外と楽に進んだ。


ブラッドワームの筋膜を全身で被り、蒸れた肉を接着剤に甲殻を貼り付け、ひとまず歪な甲冑を完成させる。


「よし、準備ok。ーーヒール」


呪文を唱え、全身に着たブラッドワームの素材に治癒を施す。


すると各素材が癒着し、甲殻の隙間が筋繊維で繋がれ、爆発で焼け焦げていた表面は真紅の輝きを取り戻し、爛れていた筋膜は収縮して身体にフィットした。


ムカデスーツの完成である。


「不恰好っちゃ不恰好だが、裸よりはマシだろ。気にするこたぁねー」


ムカデスーツで防御力が数百倍になった俺は、さらに上層を目指して進行を再開した。


:::::


45層。

通算252回。


ここ数日で、俺の冒険者としての経験値は飛躍的に向上している。


これまでバルバルロスの一員として戦闘に参加していた時は、俺自身はまっっっっったくモンスターと戦わずに済んだ。


かなりの強敵と対峙してはきたが、俺はそこから何も学んで来なかった。学べなかった。


冒険者は死線を掻い潜ることで成長する。


しかし俺は後方支援ばかりだったのでモンスターとの直接的な駆け引きはなかったし、命のやりとりも皆無だったのだ。


それが今やどうだろう。


歴戦の猛者すらも圧倒する場数を俺は踏んでいる。


おかげで俺の見ている世界は一変した。


今まではなんとなく見ていたモンスター達の動きをしっかりと観察するようになり、どう立ち回れば効率的に戦えるかがわかってきた。


そうか。


確かにジェイドの言う通りだったかもしれない。

立ち回りを理解せずに戦場でうろちょろしてる治癒術師は邪魔でしかない。


:::::


18層。

通算296回。


ここまで来ると、ムカデスーツにビビってモンスターの方から俺を避けることが多くなった。


無理もない。


深層に生息するブラッド級モンスターの匂いを全身から漂わせてる存在なんて怖いに決まっている。


なんならすれ違う冒険者たちですら異様な目つきで俺を見つめている。


ごめんな。キモくて。


:::::


地上。

通算304回。


果てしない階段を登りきった先には、眩く発光するような白亜の聖堂が広がっていた。


ダンジョンの大穴に蓋をするように聳え立つ白亜の大神殿。

ここはギルドの諸行無常(エントロピー)支部である。


窓から差し込む淡い陽の光の中、ギルドはたくさんの冒険者たちで賑わっていた。


懐かしい光景に思わず目が潤む。


「ただいまァ!」


得体のしれないムカデ男が笑顔で叫んだものだから、周囲の冒険者たちは俺と目を合わせないようにしてそそくさと逃げていった。


通算304回の死と再生を繰り返し、ついに俺は地上へと帰還した。

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