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1 追放

「バジル、貴方をパーティーから追放する」


青結晶の燐光が薄く灯る狭い洞窟で、リーダーのジェイドが冷徹に告げる。

彼の背後にいる他のメンバーも、蔑むような厳しい視線を俺に向けていた。


彼らはみな満身創痍の状態であり、俺の眼前に屹立するジェイド以外は床に倒れ込んでいたり壁にもたれかかっている。


俺たちは世界三大ダンジョンの一つである『諸行無常(エントロピー)』のフロアボス戦で負け、敗走してきたのだ。


「あぁ? まさかアイツに負けたのは俺のせいだって言うつもりじゃねーだろうな?」


「そのまさかだ。治癒術師である貴方は攻撃魔法を何一つ習得していない。しかも腕っ節がたつ訳でもなく、武術に精通している訳でもない。何の攻撃手段も持たない貴方はこのパーティーにとって足手まといだ。それが先の一戦で明らかになった」


ジェイドは尚も冷徹に俺を見据えている。


彼が率いるこの『バルバロス』は、現代冒険史で主流となっている火力至上主義の粋を集めたような脳筋パーティーだった。


火力至上主義とは、『攻撃こそが最大の防御』を理念とするゴリゴリな思想である。


敵を急襲し、反撃を許さず、一方的に駆逐する。

それこそが最も安全で最も効率的な至上の戦法だと説かれているのだ。


バルバロスも組織が大きくなるにつれて火力至上主義の傾向が強くなっていき、

昔からいたパーティーメンバーは次々と高火力アタッカーに置き換えられ、今ではサポート職は俺一人だけになってしまった。


他は皆、ジェイドも含めて前衛職である。


しかし、この火力特化パーティーはあのフロアボスとは絶望的に相性が悪かった。


諸行無常(エントロピー)89層ーー階層主『ニーズヘッグ』


奴は驚異的な擬態能力を有していた。


体の色を自由自在に変えることができるようで、カメレオンのように周囲の景色に溶け込んでしまうのだ。


その性能は凄まじく、舞い上がる砂塵の一粒一粒すらも完璧に反映するので、見た目には一切の違和感がない。


もはや擬態とかそういうレベルではなく、表現としては『透過』が一番しっくりくる。


俺たちバルバロスは不可視の敵による死角からの奇襲に苦戦を強いられた。


反撃しようにも敵の姿が捕捉できないので攻撃のしようがなく、一方的に嬲られ続け、時間だけが過ぎていく。


しかも鬼畜なことに一帯はニーズヘッグの吐き出す瘴気で満たされていて、息を吸うだけで体内に毒素が回ってしまい、戦いが長引くにつれて俺たちは弱っていった。


それでも脳筋集団のバルバロスは「もうマグレでもいいから当たれ!」と手当たり次第に周囲を攻撃しまくり、偶発的にニーズヘッグに攻撃を命中させることができていた。


たまにしか当たらないとはいえ、さしもの高火力。手応えはあった。徐々にではあるが、ニーズヘッグは弱っていった。


だがニーズヘッグが倒れるよりも早く、パーティーが先に根を上げた。


俺は治癒術でみんなの毒のめぐりを遅らせてはいたが、それももう限界で、ほぼ全員が毒やられによる瀕死状態に陥ってしまったのだ。


パーティー全滅という最悪の事態を避けるため、ジェイドは撤退を決意。


バルバロスは命からがら逃げ帰ってきたのだ。


仕留め損ねたニーズヘッグを背にして、誰もが感じていただろう。


「あと一人、アタッカーがいれば」と。


かくして、責任の所在は俺になすりつけられた。


ふざけんじゃねえと俺はジェイドを見返す。


「おいおいおい。いいか? 俺の治癒術があったからこそ毒の進行を遅らせることができ、お前らは長く戦うことができたんだ。俺がいなきゃとっくに毒やられでみんな仲良くあの世行きだったろうよ。ニーズヘッグをあと一歩まで追い詰めることができたのは俺のおかげなんじゃないか?」


「確かに、それは一理ある。だが機会損失が大きすぎる」


「機会損失だぁ?」


「まず、貴方は我々が瘴気による毒やられを発症するまでは完全に役立たずの無能であり、仲間の影に隠れて棒立ちするしかなかった。我々が毒やられを発症した後も、実の所ほとんど役に立っていない。なぜなら我々は毒やられによって少しづつ攻撃力が減少していたからだ。たとえ貴方のおかげで継戦能力が向上したとしても、戦闘時間が長引けば長引くほど敵への与ダメージは小さくなってしまう。それならば、最初から貴方ではない別の前衛職がパーティーに加わっていた方が、総合的な与ダメージが大きい」


淡々とした説明を受けながら、俺はパーティー結成当初のジェイドを思い出していた。


ダンジョンのフロアボスを単独で撃破した天才がリーダーを勤めると聞いて会ってみれば、まさかの10歳になったばかりの小僧だった。


「こんなガキがリーダー?」


思わず口に出してしまった。


それを聞いて、幼いジェイドがぎろりと睨み返してくる。


子供特有の無垢な可愛さやあどけなさは微塵もない、歴戦の戦士のような暗い瞳をしていた。


「文句があるならかかってこい。一番強い奴がリーダーになるべきだ」


思えばジェイドはこの頃からどこまでも合理的な奴だった。

だからこそ火力至上主義を鋭敏に感じ取り、何の躊躇もなく古参メンバーを次々に捨てて、前衛職を雇えたのだろう。


そしてその順番が、ついに、俺に回ってきたのだ。


出会ってから7年が過ぎ、ジェイドは精悍な青年へと成長した。

対して俺は、三十路を超えたおっさんへと老けた。


悲しいぜ。


「貴方が治癒術師として天賦の才能を持っているのは知っている。だが、バルバロスに治癒術師は不要だ」


そう言って、ジェイドはパーティー最古参の俺に背を向けた。


「治癒術師は役立たずどころか、足手まといになりかねない。ここは『諸行無常(エントロピー)』、最難関ダンジョンの一つだ。地上に戻るまで油断はできない。よって、我々は、貴方とはこの場で行動を別にする」


俺は唖然とした。


それはつまり


「俺に死ねってか?」


諸行無常(エントロピー)』の89層から一人で地上に帰還なんてできるわけがない。


ふざけるな。


「なあ待てって! わかった。さっきのボス戦では俺は確かに役立たずだったのかもしれない。でもなあ、地上への帰路なら話は別だろ?」


言いながら、俺は床にくたばってる負傷者のもとに歩み寄った。

そいつは右腕がもげていて、肩から血を垂れ流していた。


肩の傷口に手を翳し、呪文を唱える。


「ヒール」


すると傷口から肉がグニョグニョと膨れ上がり、瞬く間に腕が形成されていった。


「な? 再生力には自信があんだ。他の奴らも全員治してやるよ」


別の負傷者のもとへ歩もうとすると、ジェイドが立ち塞がってそれを阻んだ。


「有難い申し出だが、私の意思は変わらない。それ以上魔力を無駄にしない方がいい。貴方はこれから一人で帰還するのだから」


「だから無理だって! 死んじゃうよ。俺戦えないんだから。頼む。せめて地上までは同行させてくれ!」


返事の代わりに、ビュッと風を切る音が聞こえた。


一拍の間にジェイドの剣が振り抜かれ、俺の首筋を撫でていた。


「もう一度だけ言う。バジル、貴方をパーティーから追放する」


「次は首を刎ねる」と、ジェイドの冷たい瞳が静かに語っていた。


あーーー。


うん。


これは脅しじゃねえ。


こいつマジだ。マジで俺の首刎ねるつもりだ。


鬼かよ。


彼の勘定では、俺がパーティーにとどまるメリットよりもデメリットの方が大きいと答えが出てしまっているのだ。


もうこうなったら諦めるしかない。


俺は渋々引き下がるしかなかった。


「はいはいわかったよ。世話になったなァ!」


俺は怒りを込めて吐き捨てると、踵を返し、パーティから離れていった。


クソが。どんだけ鬼畜なんだよ。


最難関ダンジョンの深層で追放する奴があるか?


あいつはきっと地獄に落ちる。いや、落ちろ。


そうじゃねえと気が済まねぇ。


俺は洞窟をしばらく歩き、ジェイド達とある程度距離が開いたところで立ち止まると、岩陰に隠れて彼らの様子を伺った。


「へへん。ったく。本当に一人で帰還なんてするわけねぇだろ。お前らの後をつけてってやる」


そうすりゃ俺はアイツらがモンスターを駆逐してくれた後の安全な道を歩いてるだけで地上まで戻ることができる。


完璧な作戦だ。


うんうんと自分の狡猾さに自惚れていると、突然肩に冷たい感触が伝わった。


「なんだ?」


訝しみ、肩に手を伸ばす。

するとべとりとした液体が指にまとわりついた。


「おい、まさか……」


恐る恐る背後を振り仰ぐ。


「グルルルルルルル」


こちらをじぃっと見つめる二つの丸い光と目があった。

細長い4本の脚。血を拭いた後のボロ雑巾のような汚い毛並み。獲物を見つけた喜びで左右に揺れている長い尻尾。


ブラッドハウンドがそこにいた。


唸り声を漏らす巨大な口から涎がぼたぼたと垂れては俺の頭を濡らしていく。


「ーーーーっ!」


俺は逃げ出そうとして思いっきり転倒した。


「っぐ! があああ!」


猛烈な痛みが太ももを襲い、俺は身悶えた。


耐え難い痛みを少しでも和らげたくて、本能的に痛みの発生部位に手を伸ばす。


そこで気づいた。


ない。足がない。太ももの途中で足がなくなっていて、肉と骨が露出している。


俺は喘ぎながら、視界の端に足が転がっているのを見つけた。


俺の足はブラッドハウンドの前足に払われて、刈り取られてしまったのだ。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。


俺は起き上がるために、走るために、逃げるために足の再生を試みた。


「ヒールゥゥゥゥ!!」


魔力の限りを尽くして自分の肉体に治癒を施す。


俺は治癒術だけには自信がある。

どんな傷だって、どんな病だって全て即座に治すことができる。


今だってほら、足がみるみると再生していく。

これで逃げれーー


ガブ。


ブラッドハウンドが俺の脇腹を噛みちぎった。


「ぐあああああ!」


ガブ、グチュ、ムシャ、ビチャ。


俺の絶叫などお構いなしに、ブラッドハウンドは食事を続けた。


腹が食われ、腕が食われ、腰が食われ、胸が食われ、そして頭が噛み砕かれた。


地面に溢れる脳味噌が意識を、精神を、命を消失する死の間際、俺は自分の不甲斐なさを呪った。


ブラッドハウンドは決して強敵ではない。

その辺によくいるありふれたモンスターだ。


ジェイドなら一刀に斬り伏せることができただろう。


そんなモブモンスターにすら俺は手も足も出せずにやられてしまう。


治癒術師は一人では戦えない。


バルバロスから追放を言い渡された時点で、俺の死はもう確定していたのだ。


あークソッタレ。


火力至上主義なんて気にしない仲間が欲しかった。

あんな薄情な奴らとは真逆の優しい仲間が。


叶うならーー


そこで、俺の意識を途切れた。

俺は命を落とした。


けれど、世界は続いていた。

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