ひげ
電気屋を営む旦那は、ひげを生やしている。
別にひげをそらずとも、町の電気屋は問題ないのである。
「もしゃ、もしゃ!」
娘は、旦那のひげが大好きだ。
毎日握っては伸ばし、引っ張ってはちぎる。
おそらく天然の顔から生えるおもちゃだと思っているに違いない。
そんなある日。
「なんか海外出張行くことになっちゃった。」
「はあ?!」
何でも、エアコン取り付け業者による講習会?日本の技術者が欲しいとのことで、年配者の多いエアコン屋連盟の中から、若さに注目され抜擢された模様。
一ヶ月の出張になるんだって。
パスポートを取りに行くと、ひげを剃るよう指示された。
何でも、ひげが生えてると、色々と問題があるらしい。
旦那がパスポートを取って帰ってきた。
久々につるつるの卵みたいな顔をした旦那を見た。
誰だこれは。ああ、旦那だ。
「ぎゃー!!!!」
二歳になったばかりの娘がパニックになった。
そうだ、旦那のつるつるの顔、はじめて見るじゃん!!
気の毒に、旦那が出発するその日まで、娘は泣いていた。
一ヵ月後。
旦那が無事に帰ってきた。
娘に泣かれて出発した旦那は、お土産をたんまり買って帰ってきた。
「はいお土産。」
「はい。」
あんなに泣いていたというのに、今はけろっとしている。
何か心境の変化でもあったのか。
まったく持って謎だった。
「うわ!!!なにこれ!!」
大きくなった娘がその当時の旦那の写真を見て怯む。
「あんたそのひげ好きで良くむしってたのに!」
「そんなの知らない!キモイ!!」
当時の娘と同じ年の息子が、必死になって写真の旦那をこすっている。
「これ、とる。」
ん?
もしかして、汚れかなんかと勘違いしてるのか?
もしやあの時の娘も、旦那の顔のひげをゴミと思っていたのではあるまいか。
毎日一生懸命とっていたゴミがいきなりなくなり、仕事がなくなってすねてたとか?
うーん、イマイチしっくりこないな。
とはいえ。
ひげは我が家では、ご法度となった。
娘のキモイの一言で、あれほどひげにこだわっていた旦那が変わるとは。
私がやめてって言った時はスルーしたのに!
…ま、そういうもんか。
アルバムを片付けて、私は夕食の準備に取りかかった。