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魑魅魍魎(ちみもうりょう)は蔓延(はびこ)っていない京

※日本の史実に存在する朝廷や公家などは、この小説とは全く関係ありません。

 この物語は、昔の日本に酷似した別世界の話です。

 「安倍あべの曇暗どんあんさん、大変です! 現在京全域に、魑魅魍魎が蔓延っていますっ!!」


 「はぁっ!? 魑魅魍魎なんて非科学的なものが、いるわけないだろ!?」


 「陰陽師である貴方が、それを言うんですかっ!?」


 畳上にて、札に五芒星を筆で描いている狩衣かりぎぬの男の言葉に、直垂ひたたれを身に着けた若者が激しめにツッコミを入れた。


 「ってか、君は陰陽寮の庭に何、侵入しているのだね? 玄関から入ってこんかい玄関からっ!」


 そう、直垂の若者は、縄と鎖を乗せた荷車を引いた状態で、枯山水を踏み荒らし、縁側を通して安倍と呼ばれた男と話している。


 「そんなことを言っている暇がありません! 緊急事態何です! 暴れている妖怪を捕まえてくださいっ!」


 安倍は絹製の三角錐型の帽子・・・・・・烏帽子を被り、摘まんでいた札を扇子入れのポケットに収め、呆れたように呟く。

 「あのねぇ君・・・・・・確か公家の使いの者だよね。名前は頼闇よりやみ君だったか?

 頼闇君は、陰陽師という官僚は、妖怪や怨霊などという非現実的なものを退治するのが生業って勘違いしているけど、本来は、地相を分析するふりをして愚かな民衆や臆病な上官を騙くらかし、渾天儀やカエデ製の盤と意味もなくにらめっこするのが仕事なんだ・・・・・・」


 「何をとんでもないこと言ってるんですかっ! こんなこと貴方の同僚や他の官僚にでも、もし聞かれたらえらいことになりますよっ! ・・・・・・ってか、バカな話している場合じゃないです。早く!」


 せかしてくる頼闇の頼みに、安倍は折れて、はいはい、と心底嫌そうに呟きながら玄関に向かい、漆塗りの木製靴・・・・・・浅沓あさぐつを履いて、荷車を引いている頼闇と共に庭に出て、整備された大通りを通る。

 大通りには、牛車や、腰まで届く白布付きの笠・・・・・・市女笠いちめがさを被った人等が往来していた。


 「それで、妖怪なんていう突然変異体ミュータントが出没する場所の情報は、あるのかい?」

 

 「なんで安倍さんの頭の中では、妖怪の正体が、突然変異で進化した生物という前提で話しているんですか・・・・・・」


 「それでしか、科学的に考えつかないからだ。

 山の気や川の気で超常の生物が発生してくるなんて妄言を吐き散らかした現実逃避者がいるらしいが、そいつは延々と小難しい科学の授業を受けりゃいいんだよっクソがっ!!」


 怒り狂う安倍の持論を聞き流している頼闇は、懐から和紙メモを取り出す。

 「たしかここから北東に、角が生えた獣型のあやかしが暴れているという情報を聞き出しました」


 「北東・・・・・・縁起が悪い方角だな・・・・・・それがなんなんだという話だが。

 まあいい、それじゃあ向かうとしよう」


 急いで目的地に向かう安倍達を、成人男性の腰程でかいからすが、松の枝に乗っかり、見下ろしていた。

 まあその烏は巨躯なせいか、自重で乗っていた枝が折れ、そいつは枝ごと地に落ちた。


 少し時間が経った後、目的地である平民達の居住区まで、二人はたどり着く。

 所々、先程壊されたと思しき家の木片が散らばり、泥に汚れた洗濯物が所々落ちており、あぜや田んぼが荒らされていた。

 そしてここの住民達は、家を壊された悲しみに暮れながら、すきや草刈り鎌を振り回しながら、「妖はどこじゃあっ!!」と叫びながら狂ったように徘徊していた。


 「これは酷いな・・・・・・いろんな意味で」


 「そうだ安倍さん。妖怪を捕まえるときは、できるだけ無傷でお願いしますよ?」


 「・・・・・・退治ではなく? 獣でさえ無傷で捕まえるのは難しいだろう。私は信じてはいないが、妖怪とは人や普通の獣より強いと聞く。 

 君・・・・・・何か隠して・・・・・・」

 

 いぶかし気に尋ねる安倍に、頼闇は不自然に焦りながら、明後日の方向に指を指した。

 「ああっ! 安倍さん、あの梅の木の側っ! 見てくださいあそこっ!」


 「梅の木・・・・・・? ぼうぼう生えている雑草と積み上げられた土の山しか見えないのだが。

 やはり君は、私に何か隠し事を・・・・・・あ」


 「妖じゃっ! 妖がでたぞっ!!」


 頼闇が示した方向から、この国では見かけない生き物が現れた。

 その生き物は灰色の四足獣で、大きさは牛より一回りでかく、蹄みたいな四角い指が四本あり、細長い耳を持ち、強固な鎧を纏ったような姿をしている。

 そして一番の特徴は、鼻の上にある一本の角があることだ。それとその獣は洗濯物を干してる場所にでも突っこんだのか、背中ら辺に虎柄の着物が纏わりついていた。


 興奮しているのか、獣は太い木々をなぎ倒し、岩を破壊しながら、一つの方角めがけて一目散に駆けている。

 

 「頼闇君頼闇君・・・・・・? まさかあの破壊の権化を、無傷で捕獲しろって君はこの私に申し上げるつもりかな・・・・・・?」


 「はいその通りですが?」


 「あっはっはっはっ・・・・・・なんとも素晴らしい冗談だ。さあ面白いことを言う君には、茶屋で団子くらい奢らせてもらおう・・・・・・」


 「何ここから去ろうとしているんですか。式神召喚するなり、結界で囲むなりなんとかしてくださいよ」


 結界なんて胡乱なもの使えるわけないだろぉぉおおおおお、と叫びながら逃げようとする安倍の襟を強く掴んでいる頼闇が、あることに気付く。


 「た・・・・・・助けて・・・・・・誰かっ!」


 「まずいですよ安倍さん! どうやらあの獣、彼女を狙っているみたいですっ!」

 そう、あの獣は、腰を抜かしている平民の女性を、襲おうとしているのだ。

 一刻も早く彼女を助けるか、獣の方を止めないと大惨事になる。


 「ああっ! 危ないっ!!」


 その獣が彼女を轢いた・・・・・ということは起きなかった。

 なぜならそいつは、ふっと消え去ったから・・・・・・なのではなく、女性の前に事前に掘られておいた深い落とし穴の一つに、落ちてしまったからだ。


 腰を抜かして動けないはずの彼女は、なぜか勢いよく立ち上がり、意気揚々と叫ぶ。

 「さあ、今のうちじゃぁあっ! 妖を討伐せよっ!!」

 彼女の声を合図に、茂みに潜んでいた人達がくわや金槌を得物にし、獣めがけて殺到する。


 実は、平民の彼女は、寝ていた獣を投石で起こして挑発し、落とし穴の方までおびき寄せ、自らを疑似餌にするかのように非力を演じたのだ。


 「・・・・・・うわぁ、えげつねえ・・・・・・」


 被害を被った人達は容赦がなかった。彼女らはその獣をよってたかって袋叩きにする。


 「って、呆然としている場合じゃないですよ安倍さん! 獣は無傷で捕えないと! ましてや死なせるなんて以ての外!」


 「ああはいはい、分かった分かった」

 安倍は一回深呼吸し、次に大きく叫ぶ。

 「皆の衆っ! 妖を殴打するでないっ!!」


 勢いのある安倍の声に、血が上っている人達が冷静になり出し、一旦攻撃の手を止めて、全員彼の方を向いた。


 「我は、加茂かもの蘆屋あしや家と並ぶ陰陽道の名門安倍家の、由緒正しき陰陽師の頭首 安倍 曇暗 なるぞ!

 妖怪怨霊の類の知識を網羅している我の言葉に、貴殿ら、耳を傾けよ!

 その獣の妖を殺してはならぬ! もしも命を奪えば、そ奴は強大な怨霊へと成り代わり、殺した奴ら全員を祟り、報復するであろう。

 それを避けたくば、後は我に任せるだけでいい・・・・・・もし我に異を唱えたい者がいれば、名乗り出よ。

 我を否定する行為は、我を抱えている朝廷そのものを敵に回すことと同義だと思え!」


 安倍の長演説を聞いた民衆達は、お互いの様子を盗み見して、次に全員しかめっ面の状態で解散する。

 どうやら朝廷の言葉を聞いて恐れたらしい。


 「ふ~、適当にそれっぽいことを言ったら、彼らは聞き入れてくれたな、良かったよ。

 あ~疲れた・・・・・・頼闇君?」


 安倍の脅迫めいた演説を終始聴いて、ポカンとしている頼闇は、次に早口に喋る。

 「安倍さん。僕は安倍さんの事を今までだらしない現実主義者擬きだと思ってましたけど、実は、人達を口車に乗せる才能を持った、だらしない現実主義者擬きだったんですね! ほんの少しだけ見直しました!」


 「君、本当は全然見直してなんかいないだろ。それより、サイの容態はどうだ? 怪我をしているのか?」


 安倍の呼びかけにハッとなった頼闇は、すぐに獣の方に走り、様子を確認する。

 「・・・・・・大丈夫みたいです。僕が思ってたよりも遥かに皮膚が硬いみたいですね、こいつ。大事には至っていません。さてどうやって興奮しているサイを・・・・・・あれ?」

 頼闇は、自分が鎌をかけられて引っ掛かったことに気付いた後、脂汗を滝のように流しながら、安倍に背を向けた状態で尋ねる。

 

 「もしかして・・・・・・ばれてましたか?」


 「ああ、この獣を見かけた時から。外国に生息しているはずのサイが、なぜこの国にいる?

 希少種のそいつは、この国と近隣諸国が取り決めた動物保護条約によって、輸入や狩猟が禁止されているはずだが?

 こちらは、このことについて詳しく話を伺いたいのだがね・・・・・・」


 「・・・・・・しらを切ったり、作り話しても意味はなさそうですね・・・・・・わかりました。申し上げましょう。

 結論から申し上げれば、このサイ・・・・・・いえ、京で騒がれている妖全部の正体が、密猟・密輸された保護条約対象である外来種の動物なんですっ!」


 「・・・・・・続けて」


 「数日前、僕の奉公先に所属している博士が、どうしても希少種の動物を研究したいということで、朝廷に黙って、条約を無視して外国犯罪者と裏取引したんです。

 そして檻に入れ垂れた動物達全員が、無事、公家の屋敷に引き取られた・・・・・・ここまでは良かったんですが・・・・・・」


 「うん、全然良くないのだが・・・・・・で、なぜサイが牢の中ではなく、町の空き地にいたのかね?」


 「密輸された動物のうちの一匹である猿が、夜中、牢のかんぬきを内側から器用に抜いて牢から出て、次に別の動物の牢の閂を、次から次へと外していったんです。

 恐らく屋敷中を混乱に貶めて、その隙に乗じて脱出する算段だったのでしょう・・・・・・結果、サイが門を突き破り、そこからどんどん動物達が逃げていったんです。

 だから僕はあの時、錠前もつけましょうと、進言したのに・・・・・・!」


 「うん。ほとんど、ってか全部公家の方の失態だね? 

 ・・・・・・で? 一番聞きたいのはなんで完全にあちらの失態の尻拭いを、全然関係ないこっちが手伝わなければならないのかね?」


 「由緒正しい公家の博士が密輸に手を出したことが、民衆にでも勘付かれたら、公家全体の信用が地に堕ちてしまいます・・・・・・。

 幸いなことに、脱走した獣達全ては、教養のある貴族ですら少数でしか知られていない外来種。

 陰陽師である安倍さんと一緒に同行すれば、愚かな民衆共は『彼らが捕まえようとしている見慣れない獣は、この世のものではない魑魅魍魎なんだろう・・・・・・安倍家の者が妖怪退治をしているのだろう』と勝手に勘違いしてくれるんじゃないかと、僕は考えたんです。

 まあ安倍さんがいなくても、平民の彼らはサイを、非合法で外来してきた動物ではなく妖だと間違って認識していましたけどね」


 頼闇の長い話を聞いた安倍は、自身から発されている目に見えないエネルギーが、薄まる程呆れていた。

 

 「安倍さん・・・・・・安倍さ~ん、サイをどうやって引き連れます? あいつまだ興奮していますよ」


 「・・・・・・とりあえずできるだけアルコール度が高い酒と大根買ってきてくれ。鋤も近所の人から借りてくれると助かる。

 あと他の人達も呼んできて。私はサイを見張っているから・・・・・・」


 安倍のアドバイスを聞いた頼闇は、「宴会でもひらくのかな?」と、呑気に考えながら二つ返事をして、荷車を駐車し、商店通りに向かって走りだす。


 すぐに彼は酒入れ瓢箪と大根を持ちながら鋤を脇に抱え、沢山の人を連れて戻ってきた。

 「ただ今戻りました~って、何雀すずめと戯れているんですか安倍さん!」


 そう安倍の周りには、彼が奔走する時間の合間に、雀達が集まったのだ。その内の一羽が彼の掌に止まって、ちゅんちゅん鳴いていた。

 頼闇の叫びに驚いたのか、雀達は解散するよう飛び去った。

 「あ~逃げちゃった。それより頼闇君ご苦労様。皆もわざわざご足労済まなかったよ。

 君達の力が必要だ」


 「それで陰陽師様。我々は何をすればよろしいので? もちろん妖退治なんてできませんがね」

 頼闇の誘いを受けた人達の一人が尋ねる。


 「まず大根の葉に酒をぶっかけてそれをそのサイ・・・・・・いや妖に食べさせる。

 アルコールで酔って弱体化している所で、縄で縛り、妖の手前の地面を少し掘って、次に獣をみんなで穴から引き上げる。最終的にそいつを公家の屋敷まで連れて行けば問題ない。

 報酬ももちろん公家側が払ってくれるぞ。それも大量にな!」


 安倍の説明を受けた人達は報酬という言葉を耳にし、狂喜乱舞する中、頼闇は顔を青ざめ、脂汗を再び流した。

 結論から言えば、彼が提案した作戦は見事成功した。


 袋に詰められた米と味噌の報酬を受け取った人達の内、一人がぼそりと呟いた。

 「あの妖、変じゃったの。人ではなく酒や草が好物とは・・・・・・」


 サイ捕獲を手伝ってくれた人達の背中を、公家の門前で見送る安倍と頼闇。

 頼闇は頭を抱えて大きなため息をついた。

 「ああっ・・・・・・奉公先の貯蔵庫が寒くなってしまった・・・・・・。

 安倍さん見ましたか!? うちのとこの頭首殿が、僕を冷ややかな目で睨むのを・・・・・・!

 ああ恐ろしや・・・・・・」


 「サイの被害を受けた人達の家の修繕費用についても、君の奉公先が負担することを、覚悟しておくことだね。

 それと次は、君が借りていた鋤を元に返し、京の外れにある陶芸工房近くの小川に向かうぞ」

 

 えっ? なぜですか。と尋ねる頼闇に安倍は、君が大根とか買っている間に、外来種の居場所の情報を集めていた。と返答した。


 少し時間が経った後、草原地に建てられた建物まで、二人がたどり着く。

 その建物の近くに、斜面地形に炉を並べるのが特徴的な登り窯があった。


 皿が棚に並べられている陶芸工房内に安倍達が入り、安部が轆轤ろくろを回している陶芸家に話を伺った。もちろん荷車は工房外の脇に止めておいた。


 「作業中邪魔させてもらうよ。今はいいかい?」


 「ああ官僚様か・・・・・・このわしになんか用かね?」


 「ここら辺に最近、この国ではまず見ない獣・・・・・・妖を見かけてないかな?」


 「見たよ。たしか鳥みたいな小柄な奴だった。だがそいつ本当に奇妙な姿をしてたな。

 アヒルのくちばしみたいなもの持ってんのに、四本脚が生えて体に羽毛ではなく獣の短毛に覆われていたな。

 今朝、窯で焼くため皿を運んでいる時に、その獣は西にある小川に向かって走って行ったとこ見かけたよ。

 何か役に立ったかね?」


 (安倍さん。もしかしたらカモノハシのことかもしれませんよ・・・・・・)

 安倍に耳打ちする頼闇。


 「情報提供感謝するよ。作業の邪魔をしてしまったね」


 別にかまわんという言葉を聞いた安倍達は、工房から退出し、すぐに木々が生い茂る小川に向かう。


 川のせせらぎを耳にしながら、水場に落ちないよう滑りやすい足場の中を探す二人。

 そしてしばらくして、カモノハシが川の水流に逆らわずに水かきをうまく動かして泳いでいる所を、頼闇が発見した。


 「安倍さん、あいつです!」


 「わかった! というか、あの獣想像してたのよりすばしっこいな・・・・・・普通に走っても追いつけないぞ!」


 そう安倍が呟き地団太を踏んだ後、彼の近くにある茂みから大人の亀が現れ、川に入り、カモノハシを追いかける。


 「な、あの亀何なんですか!? カモノハシ捕獲の邪魔をするんじゃないですよ!」


 亀もカモノハシに引けをとらないスピードで泳ぎ、遂にはカモノハシが川の急カーブに曲がって減速している所を、その亀が隙を突き、奴の背中にのしかかり、泳ぐのを妨害した。


 「亀が人の邪魔をせず、カモノハシ捕獲に協力している・・・・・・いやいやまさか。

 きっと捕食のために追いかけただけですよね?」


 「喋っている暇があったら、走るのだよ。今のうちに追いつかねば、あいつは亀を振り切り、再び逃げるぞ」


 そして安倍は遂に、亀とカモノハシの元までたどり着き、そいつのくちばしを掴んで持ち上げる。

 カモノハシはというと、水かきのツッパリを、安倍に向けて連続で繰り出して必死に無駄な抵抗をしていた。

 「たしかこいつは、足の爪に毒があったはずだな」


 後で追いついた頼闇が暴れているカモノハシをロープで縛り、荷車の上に載せた。

 「いや~まさか畜生に助けられるとは・・・・・・この亀がいなければ全然追いつけずに途方に暮れていましたね・・・・・・・もしかしてこいつは、神の使いかなんかでしょうか・・・・・・?」


 「神の使いだとか、そんな非科学的なのいるわけないだろう。

 なぜ特殊な訓練を受けていた人のペットという結論に至れないのかね、君は」


 あははっお手厳しい。と呟いて荷車を動かしている頼闇に、安部は、次は京の南西に向かうよ。と告げる。


 それから次々と彼らは、外来種の動物の捕獲に成功した。

 板張り上に昼寝している男の頭近くで、横たわっている伸びた鼻と細長い耳が特徴的なばくの横腹を、こっそり民家に侵入した安倍が持ち上げたり、

 蟻でも這っていたせいか、子どもの足を舐めている長い鼻腔を持ち舌が鞭みたいなアリクイを、頼闇が羽交い絞めしたりした。

 他にも大量の多種多様な動物達を捕まえるべく、二人は文字通り東奔西走した。


 夕方になり、京全体が橙色に染まりだし、ところどころからすが飛びながら鳴きだす。

 安倍達は、京の北端の大通りを進んでいた。

 「いや~もう、日が暮れましたね安倍さん。あともう一匹で全部ですよ」


 「長かった・・・・・・今日だけ体感時間が異様に長かったよ。

 もうすぐ終わる。さて、その獣の特徴は?」


 「顔面が赤く鼻が異様に長い猿ですよ。塩性湿地の林に生息していたらしいです」


 「鼻が長い猿? まろは、そ奴を見かけたでおじゃる」

 空き地にて、竹光で剣の修行をしている水干着の少年が、安部達の話に勝手に割り込んできた。


 「え? 本当ですか!?」


 「まことじゃ。たしか山伏寺の近くで、見かけたでおじゃる」


 「山伏寺・・・・・・ここから近いな」


 頼闇は少年に感謝の言葉を送り、すぐに安倍達は山の麓にある山伏寺の方に向けて走って行った。


 そしてすぐに奴を発見した。

 ヤツデの葉を団扇うちわみたいに掴んでいるそいつは、大樹の枝の上に乗っている。


 見上げている頼闇は、忌々しそうに言葉を吐き捨てた。

 「あいつです! 牢の閂を開けて、自らといっしょに他の動物達を脱走させた張本人・・・・・・いえ、張本猿は・・・・・・。

 あいつさえいなければ、こんな面倒な事をしなくて良かったのに。

 頭首様に怒気を向けられることも無かったのに~全部全部あいつのせいで・・・・・・っ!!」


 「いや、全部悪いのは君の言っていた博士だろ。それにしても奴め、木の上にいるなんて厄介だな」


 「僕、木登り得意なんで行ってきます・・・・・・!」

 荷車をそこらへんに駐車し、木の幹によじ登る頼闇。

 スムーズにひょいひょいと身軽に上がって迫ってくる頼闇に、刺激された猿は大声で叫び、枝を激しく揺らす。


 猿の怒号に気圧されず登り続ける頼闇は、あるものを見つけた。

 それは、枝上にある鳥の巣だ。そこには五芒星が描かれている札が貼り付けた卵があった。


 (この卵の札・・・・・・何処かで・・・・・・そうだ! 今朝、安倍さんが持ってたものだっ! この札について安倍さんに後で尋ねよう)


 「おいっ! 何、呆然としているんだ頼闇君!!」


 さっきまで考え事に耽っていた頼闇の顔面に、猿が近づいてきて殴りかかってきたのだ。

 その攻撃を受けた頼闇は、


 (あ・・・・・・やば・・・・・・)


 打撃を受けたことによって意識が朦朧とする中、木の枝から両手を離し、高所から落下する。

 頭と足の向きが反対になった状態で、彼は落ちているのだ。地面に激突すれば惨事になるだろう。


 「いっ・・・・・・てぇっ!」

 

 しかし惨事は起こらなかった。

 なぜなら安倍が、頼闇が落下するであろうポイントに待ち、両手を上に伸ばして構えていたからだ。

 結果、頼闇の体をキャッチすることは失敗した安倍だが、彼の体がクッションになり、頼闇は軽傷で済んだのだ。


 「た・・・・・・助かりましたよ安倍さん・・・・・・」


 「全く、何か考え事でもしていたのかね君は。危ないったらありゃしない」

 下敷きになっている安倍が、忌々しそうに呟く。頼闇はすぐに立ち上がった。


 「では今度こそ、あいつを捕まえてきます・・・・・・!」


 ふらふらになっても木に腕を回そうとする頼闇の肩に、安部は手を乗せて止めた。


 「よせ、頼闇君。

 奴を捕まえるのに、わざわざ木に登る必要などなかったのだよ。あれを見給え」


 安倍が人差し指で示す先に、異様にでかい烏がいて、そいつが飛び回りながら、猿をくちばし突きで追い詰めている。

 カラスが鳴き、猿の方は声を張り上げる。

 すぐに猿は、烏からの攻撃のせいで、枝から足を滑らせ、宙に舞った。

 その猿の背を、烏が救助するよう足の爪で掴み、翼を伸ばした状態で、安部達の元へと滑空して降りていく。

 正面からそいつを見上げたならば、まるで猿から黒い翼が生えているようにも見えるだろう。


 「よくやった陀咫ななた! 頼闇君。そのやんちゃ猿を、鎖で厳重にふんじばれっ!」

 

 は、はいっ。と、戸惑いながら命令を聞く頼闇は、最後の外来種である動物の捕獲に成功した。

 「え、え~と安倍さん?」


 「・・・・・・何かね?」


 「その烏は、安部さんのペット何ですか? ・・・・・・と、いうかその烏、鷹よりもはるかにでかいんですけど・・・・・・本当にこの国の在来種ですか?」


 ムッと怒りを表す安倍。

 「うちのとこの陀咫のことを、密輸した動物と同じだと思わないでもらいたいね。

 君が他言もしないし、悪だくみしないと約束してくれるなら、本来部外者には、あまり言わない方が良い情報を申し上げるぞ。本来は隠さないといけないことだからね」


 好奇心に勝てない頼闇は、拘束している暴れ猿を荷車に載せた後、約束はもちろん守るので、隠し事を伺いたいと安倍に伝えた。


 「とりあえず、猿達を公家の屋敷に連れて、人気のない場所に参ろう。例の話はそれからだ」


 二人は無事、博士がやらかした失態の尻拭いを、完遂したのだ。


 時間は月が昇り始めた晩。

 陰陽寮の曇暗の自室にて、二人が向かい合うよう座った。

 灯台から、小さな灯りが、二人を消極的に照らす。

 緊張感が漂い始めた空気に、頼闇は唾を飲んだ。


 彼は頼闇に話し始めた。

 「単刀直入に言おう。

 実は、君が今日見た雀の群れ、亀、陀咫は、私の式神だ」


 その言葉に、頼闇は、自身の耳をいったん疑い、すぐに叫び始める。

 「ええぇえええええええっ!? 式神・・・・・・安倍さん貴方、妖怪とか魑魅魍魎の存在は散々否定してたくせに、いきなり何、手の平をかえしてんですかっ!!」


 「うちのとこの可愛い式神を、非科学的な妖怪や魑魅魍魎と一緒にしないでくれないかねっ!

 無礼にも程があるよっ!!」


 す、すみません。と謝罪した頼闇に、安倍は一回咳払いをして続きを述べる。

 「式神というのは、陰陽師が発する目に見えない生命エネルギーに晒されることによって、人に従順になりやすく、賢くなるよう故意に突然変異させた動物の総称だ。

 ちなみにその特殊な生命エネルギーのことを一部の人達は、霊力と呼んでいるそうだね。

 君も何回か、妊娠している牛の腹や蛇の卵とかに、これを見かけたことがあるだろう・・・・・・」

 安倍が、五芒星の札を扇子ポケットから取り出し、頼闇に見せつける。


 「あ、はい。今日木登りをしている時に、鳥の巣の卵に貼られていました」


 「話が早い。これは、陰陽師の・・・・・・まあ私の目に見えないエネルギーを注いだものだ。

 これを貼られた卵から孵化した生き物は、他の個体より知能指数が高まり、人語を理解することも可能な突然変異体ミュータントになる。

 調教次第では報告係にすることもできるし、飼い主の元へと召集することも可能。

 ちなみに妊娠した動物に貼れば、出産された生き物が、突然変異体になるのだよ。

 これで、話は終わりだ。頼闇君。できればこの話は、内密に頼むよ。

 見えないエネルギーの存在を知った悪人が、悪用するかもしれないからね・・・・・・」


 「成程・・・・・・安倍さんが、やけにスムーズに外来種を発見できたのは、それのおかげだったんですね・・・・・・ちょっと、席外しますね」


 頼闇が、ふすまを開け、縁側まで歩き、夜空に顔を向け、一息のみ深呼吸した。

 そして、今まで彼が生きてきた中で、最大のキレッキレな、ツッコミを天まで届くよう叫び出した。



 

 「式神は、いるんっかいっ!!」

 

 ※式神の中には、稀に異形タイプの生き物が発生することがあります。

 それを目撃した非陰陽師達が、妖だと勘違いすることも多々あります。

 その理由で、妖怪信仰が、この小説に出てくる大衆に根強い原因の一つになります。


 ●密猟・密輸・内密⇒三密

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