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アンデットパニック

 「誰か・・・・・・! 誰か助けてっ・・・・・・!!」 


 前後左右見渡しても月の光に照らされた砂漠と乾ききった夜空しか見当たらない場所で、一人の少女が、ラクダに騎乗している賊達に追われていた。

 

 「けひひひっ・・・・・・好物なんだよな~、俺達グールは君のような体が」


 「エロい意味ではなく、そのまんま食材としておいしそうって意味なんだがなっ!」


 マントをたなびかせ、三日月刀を掲げている賊達は全員人間ではなく、頭の側部に細長いハイエナの耳、臀部上に毛量が多めの尻尾が生えてある。


 少女は、汗一つかかず両腕を前に突き出し、膝を伸ばしたまま跳ねて逃げていた。

 彼女の走っている場所が砂漠地帯なので、走行・・・・・・ましてやジャンプで移動しずらいことこの上ないのだ。


 「おい、あの女けっこう速いぞ! プランJだっ!」


 「おーけいっ!」

 返答をした先頭の騎乗者は持っていた鎖を、こちらに背を向けている少女に向かって投げた。


 後ろを体ごと振り向いた少女は、蛇のように動く鎖に捕まらぬよう長距離に跳んだ。

 彼女は膝を曲げることが苦手なため、しゃがんで避けることができないのだ。

 結果、少女は鎖に巻き付けられることはなかった。なぜならバランスを崩し、転んで穴の坂に滑り落ちたからだ。

 だが助かったわけではない。

 

 「あ・・・・・・そんなあんまりだぞ・・・・・・っ!」

 穴の底までたどり着いた少女の足が、柔らかい砂に包まれる。

 砂の渦潮・・・・・・つまり流砂だ。砂地獄。

 このままでは少女は、流砂に呑まれてしまう。


 下半身が地中に沈む中、少女は身をよじるが抜け出せない。


 ラクダの手綱を引き、少女を見下ろす賊達は、誰が獲物を流砂から引っこ抜くかで揉めている。

 人々に畏れられているグールでさえ、自然の脅威には成す術もない。恐らく所持していた鎖も、先程投げたもので全部らしい。


 「嫌っ! そんな・・・・・・助け・・・・・・て」

 ほんの短時間で、少女の胸元まで地面に隠れる。

 もはや彼女の全身が砂で埋まるのは、時間の問題なのだ。


 もう獲物は手に入らないと察した賊達は、ラクダの踵を返させ立ち去る。

 

 腕以外少女が砂に埋もれた時、何者かが少女に目掛けて鎖の端を投げるよう振り渡してきた。

 垂れている鎖を、もがいていた少女は藁をもすがるよう片手で掴み、何者かの助力によってすぐに安全圏の地上まで引っ張られたのだ。


 「た・・・・・・助かったぞありがとうっ!

 って、骸骨っ!? 動いてる!!」

 自分の恩人の顔を見た少女は、吃驚びっくり仰天する。

 そう、少女を助けた者の種族は、アンデットモンスターの中でも高い実力を誇り、魔術に長けて博識なリッチだ。そのリッチは恐らく男性で、ぼろぼろのフード付きローブを身に着けている。


 「カカカカッ・・・・・・愉快なことを申すなお主っ! まさかお主はニンゲンだと名乗るつもりかのぉ?」

 しわがれた声で尋ねるリッチは、少女の額に付いている札を摘まんだ。


 「え・・・・・・まあ確かにニンゲンだったものだけど・・・・・・」


 少女の外見的特徴は、チャイナ服を着こなし、額に小難しい漢字が書かれた札を貼られており、耳たぶに硬貨をモチーフにしたイヤリングを着けている。

 そして何より血色が悪い。肌がまんま青色である。


 「今は違うじゃろ、東のアンデットよ・・・・・・いやキョンシー!」

 笑い飛ばしているリッチは、少女の札を剥がす。

 「わしの名はフル ムーン。お主の名はなんじゃ・・・・・・?」

 

 問われた少女は答えようとしたが、悩んだ後、頭と腕を振って困惑した。

 「・・・・・・思い出せないのだ。ほとんど何も・・・・・・自分がこの砂漠にいる理由も、先程男達に追われた前のことも・・・・・・まるで昔のことを思い出そうとすると、霞みにかかったように頭がぼやけるんだ」


 「思い出せないならそれでよい。それとこれ・・・・・・」

 フルは剥がされた札を見せつける。


 「あ・・・・・・取れてよかったものなのか・・・・・・」

 

「おそらくニンゲンの操屍術者ネクロマンサー・・・・・・東なら道士といったところか? その道士が貴様にこれを付けたであろう。

 魔道具であるこの札は、対象のアンデットを、術者の命令で操る効果を持つ」


 「ニンゲン・・・・・・知り合いにいたのか・・・・・・?」


 フルは、首を傾げようと四苦八苦する少女に札を返した。

 「これを剥がされたお主はもう自由じゃ。このまま砂漠を放浪するのも良し、わしに付いてくるのも良し、札を額に付けなおし、ニンゲンの元に戻るのも良しじゃ・・・・・・」


 (見た感じ失礼だけど、信用しにくい風体してるな~・・・・・・)

 砂漠で放浪しても一人寂しく朽ちるか、グール達の飯になる。

 人の下に就けば壊れるまでこき使われるだろう。

 自分を操った顔も知らぬニンゲンに対して、この少女に怨嗟なんてないので、復讐する気もない。

 少女の答えは一つに決まっている。

 「お前が良ければ、ついて行っていいか?」


 彼女の答えに、フルは嬉しそうに首肯した。


 「さて、走って疲れている所申し訳ないが、ここで立ち止まってもグール達が嗅ぎつけて・・・・・・」


 「その通りだぜじーさん。娘共々俺達の夜食になってもらうぜっ!」

 

 野太い声の方を向けば、キョンシーを追い回した賊達が、彼女達の近くに戻って来た。


 「グールの耳や鼻はけっこう上等でな・・・・・・さっきの感謝している女の声を聴いて、獲物が流砂から助かったことがわかった」


 フルがキョンシーを庇うよう、グール達の手前に歩み出た。


 「なんだ? じーさんが戦うのか?」


 余裕を見せて嘲笑っているグールの賊達は、先陣の場合は三日月刀を鞘から出し、後方では弓矢を構えて臨戦態勢を取っている。


 フルも闘争心を静かに表し、掌を敵達に向けた。

 (やはり魔術師の類か・・・・・・)と警戒した先頭のグールは、相手の掌を注視した。

 きっと彼の掌の先から、魔法の弾が発射されるだろうと思った。

 

 「奴の掌に気を付けろ、かかれっ!」と、先頭のグールが三日月刀を、敵に向けたその時・・・・・・!


 賊達の思惑を裏切るよう、晴れてある上空から、迸る青白い雷が発生し、眩い光を発しながら賊達めがけて襲い奔流する。

 時間差で鼓膜が破れそうな雷鳴が、あたり一帯に響いた。

 落雷を受けたグール達は、一人残らず黒煙を吐きながら地に伏した。どうやら気絶したらしい。

 騎乗者と密着していたラクダ達は雷光と轟音に驚いたものの、ダメージは受けてない。魔術の雷なのでフルの標的しか傷つけないのだ。


 敵達を一蹴したフルは、「もう大丈夫じゃぞ」とキョンシーの方に振り返る。

 キョンシーの方はというと、上半身を砂の坂に隠し震えていた。


 「おぉ、悪い悪い・・・・・・キョンシーは雷電の類が苦手であったな。

 今度からお主の前では、雷ではなく別の魔術を使わせてもらおう・・・・・・」


 砂の坂から顔を出したキョンシーは、

 「あいつら何なんだ?」

 フルにグールについての情報を伺った。

 

 「まぁグールとは、ハイエナタイプの獣人の種族名で、知っての通り人間の屍が大好物なんじゃ。

 中にはわしみたいに、特異な術を使う者もおる。

 さあ続きはわしの拠点に向かいながら話すとしよう」


 移動する間(キョンシーは飛び跳ね、フルは微かに魔術で浮いている)、彼女達は会話に興じた。

 「ところで、フルはこの砂漠で何をしてた?」


 「骨の怪物スケルトンと包帯まみれのアンデットであるマミーを探してたのじゃよ。

 砂漠地帯では、そういう種のアンデットが時々発生し、徘徊している。

 わしはその様な奴らを保護し、ニンゲン達から匿う活動をしているのだよ。先程のお主みたいにな」


 「わぁ、それは素敵だなっ!」


 かなり時間が経過し、キョンシー達はフルの拠点まで到着した。

 岩の丘に囲まれた岩石砂漠だ。キョンシーの視線先には、向かい端が見えない程広範囲な湖があった。


 「おっきい湖!」

 長い時間、だだっ広い砂漠を嫌でも眺めて飽きた彼女は、久しぶりの水を見つけ興奮した。


 「この砂漠の隠された名所『かばねかい』じゃ。

 外海と湖底洞窟によって繋がっている湖で、二つの大きな特徴を有するぞ・・・・・・何か記憶を取り戻すきっかけになったかな?」


 「・・・・・・ごめん。本当に何も思い出せないのだ・・・・・・」

 頭を項垂うなだれて落ち込むキョンシー。


 「まあ、時間はいくらでもある。ゆっくり思い出せばよい。

 さて湖で水浴びでもしてみないかね?」


 フルの言葉に、キョンシーは怖気づく。

 「そもそも自分は関節があまり動かないので泳げないと思うぞ~、下手に水に浸かれば体内のガスが溜まって水分を吸収してどざえもんになっちゃうかも・・・・・・」


 「記憶はおぼろげなのに、知識だけはしっかり脳に残っているようじゃな。

 まあ入水したくなければそれでよいが、大丈夫じゃと思うぞ。ほれ、あれを見ぃっ!」

 フルが湖に向かってその骨指で示す。示された先には俯せている男の死体らしきものが、水面に浮いていた。


 「ええ、いやいやあれ死んでいるのかっ!?」

 

 「お主も死体なのに何を驚いておる。おーい、ハーフ! 新入りじゃぞこっちに寄れっ!」

 死体に驚き怯えているキョンシーに呆れたフルは、湖に向かって叫んだ。


 湖に浮いている死体が、ひとりでに起き上がり、軽く泳いで陸に上がり、フル達の元まで歩く。

 ハーフと呼ばれた男の特徴は、ぼろい軽装の服を着ている、中途半端に顔色が悪い所だ。

 「なんだ、じーさん新入りか・・・・・・あん? 自分がいた北国出身のゾンビでもここら辺のマミーの類でもねぇな、嬢ちゃん何者だ」

 戸惑っているキョンシーの顔を、彼は凝視する。

 「お前・・・・・・名は?」


 「ハーフよ。彼女は記憶喪失で、自身の名前すら覚えておらぬのだ」


 「だったら、仮の名前つけりゃいいじゃねぇか。お前新入りだからそのまんまニューでいいだろ」


 「なんと安直な・・・・・・」


 眼窩がんかを掌で覆っているフルをよそに、ニューはハーフに質問する。

 「先程までハーフは泳いでたけど、大丈夫なのか?

 どざえもんになったら大変だぞ?」


 首元を掻いているハーフは、ため息を付き返答した。

 「別に泳いでいるわけでもねぇよ。防腐物質を多分に含んだ水を摂取しただけ。

 それと操屍術者ネクロマンサーの術によって、人間から変化したアンデットは、意識を失っている時に、大概術者から耐水処理もなされているからな。オレのことだよ」


 「防腐物質・・・・・・?」

 曲げにくい首をなんとか傾げているキョンシーに、フルは説明する。

 「この湖に生息している海藻は、良質な防腐物質を排出するのじゃ。

 その防腐物質は我らアンデットの体を、腐食から防いでくれておる。

 腐り朽ちることを忌み嫌うわしらが、ここら辺を拠点にする理由は分かったかね?」


 「なるほど、そういうことだったんだ」


 「そういやじーさん。あの甘えん坊・・・・・・またじーさん探しに屍海畔ここから離れていったぞ、大丈夫か?」


 「わあっ、おじいちゃんが帰ってきたっ!」


 ハーフが語った後すぐに、フルの背後めがけて誰かが駆け寄って来た。

 幼女のアンデットだ。ワンピースを身に着け、ブチ模様の頭巾を被っている。もちろん血色はとても悪い。


 「おおクレセントか・・・・・・!」

 フルは振り向き両腕を広げ、幼女は彼に抱き着いた。


 まるで老人と孫が戯れているみたいにほほえましい光景に、ニューは心が温まると同時に、あやふやな映像が、脳裏に少しの間だけ浮かび上がる。

 チャンパオを着た男が、自分に向かって話しかけている記憶だ。


 ハグしたままのクレセントは、横目でキョンシーを見つめる。

 「お姉ちゃん誰?」


 「あっ、自分はニュー。よろしくだぞクレセント」


 「ニューお姉ちゃん。あの湖すごいんだよ。どんなに泳ぎが下手でもぷかぷか浮いちゃうんだ・・・・・・!」


 クレセントの言葉の内容を、ハーフが事細かく訳する。

 「『屍海』は塩分がたくさん含み、湖自体の比重が高い。それによって入水してきた人に高い浮力がかかって浮くんだ。

 沈むこと事体至難さ」

 余談ですが人間の場合、普通塩分が高い水に傷口や眼球に触れれば、激痛が走りますが、彼らはアンデットなので大丈夫です。


 「へぇ~そうだったのか。今度自分も泳いでみようか・・・・・・」


 フルがニューの手を引き、丘の洞窟の入り口まで案内した。

 

 「さあ我が同胞よ・・・・・・新たな仲間ができた。これからは家族同然、どうかニューの面倒を見てくれ」


 フルの声に、洞窟内から、ぞろぞろとアンデット系モンスターが這い出る。

 ある者はフルみたいに全身が骨だけしかないスケルトン。ある者は自らの頭部を脇に抱えている首無し騎士デュラハン。ある者は全体を、包帯で巻かれているマミー。

 一目見ただけでも十数人は確認できた。


 「あれは・・・・・・東のアンデットか? まァよろしくな嬢ちャん」


 「まあ、かわいらしいお嬢さんだ事。何か困ったことがあったら、お姉さんに頼りなさいなっ!」


 「モゴモゴモゴモゴッ・・・・・・(やっぱり包帯が邪魔で喋れないな)」


 それからというもの、ニューは屍海の近くの洞窟に移住することが決定した。


 まずニューがここに来て住民との挨拶を終えてやったことは、ハーフの監視の元、屍海を遊泳することだ。

 遊泳っといっても、ろくに膝も肘も滑らかに動かないので、ただうつ伏せに浮いているだけなのだが。 

 それでも月に照らされながら冷たい水にゆっくり浸かっているニューは、気を休めることができた。


 「おい、湖の水に漂う海藻の味はどうだ・・・・・・ニュー?」


 「桃よりまずくはないぞー」


 「お前やっぱり、記憶残ってんじゃねえのか!? ここら辺ねぇぞ、桃!」


 フル達は、昼は洞窟内や砂の中に身を潜み、夜に活動する。


 ニューは新しい生活を満喫していた。

 ある夜は、灯りも無い洞窟内にてハーフの愚痴に付き合う。

 「オレ達ゾンビはな、操屍術者ネクロマンサーの奴隷だったんだ・・・・・・いや奴隷よりひでぇ扱いが当たり前・・・・・・。

 昼夜関係なし休憩なしで単純作業やらされるのはまだマシさ・・・・・・質が悪い場合には、戦争の盾にされたり、魔道具の地雷地帯を歩かされたりするらしいぜ?」


 「それは・・・・・・本当にひどい話な~・・・・・・」


 「だろ? オレ達は人間の頃はちゃ~んと人権もあった。アンデット状態の今もしっかり心はある!

 あいつら操屍術者ネクロマンサーは、棺桶の中で安らかに死んでいたオレ達を、無理やり叩き起こして、給料支払い不要の社畜に仕立て上げた!

 じーさんがもし、オレを拾ってくれなかったら、オレは非情な魔王城に潜り込むスパイになっていて、今頃正体ばれて粛正されてたかもしれないぜっ!」


 「とりあえず魔王軍なんていう痛い奴らの集まりって、実在するのか?」


 次の夜は、無垢に笑うクレセントと鬼ごっこで遊んだ。

 「わははお姉ちゃんぴょんぴょん飛んでおもしろ~い、変なの~」


 「・・・・・・悪いな~。自分の関節が柔らかかったら、もっといろんな遊びをクレセントとできるのにな~・・・・・・」


 「そうだ。あたしこの前、岩の陰に黒い絵を発見したけど見に行かない?」


 「いいけどまさか、湖からかなり離れた場所に行くつもりじゃないか? 

 フルから、クレセントが湖の畔から離れようとしたら、危ないから引き留めてと頼まれた」


 別の夜は、スケルトンにこき使わされる。

 「ほら新入り! そノサソリスープノ皿をアっちのテーブルに運べ!」


 「はいよっ!」

 伸ばした腕で皿を掴み、料理を運ぶニュー。

 ただ移動方法が飛び跳ねることなので・・・・・・。


 「おイ新入り! スープがそこら中に、飛び散っているじゃないかっ!?」


 「はい、すいませんっ!」


 同じ日の夜には、女性のデュラハンに髪を梳かしてもらった。

 ニューの背後に、デュラハンが立って、櫛を摘まんでいる。

 「まあ貴方、始めた会った時より、髪が長くなっているみたいだけど。

 貴方もアンデットなのに、そんなことがあるのね・・・・・・」


 「キョンシーなので、体のエネルギーは残っているのだ」


 「・・・・・・記憶喪失って、辛い事でしょう・・・・・・?

 愚痴や相談事くらい、お姉さんが聞いてあげるわよ?」


 「すごく親切だな、姉貴」


 とある夜は、人気のない岩陰まで呼ばれ、マミーのシストルムに絡まれていた。

 「モゴモゴモゴ。モゴモゴモゴモゴ。モゴモゴモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴ。モゴモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴモゴ。モゴモゴ

 (なあニューさんよ。フルの奴怪しいと思うよな。

 日課として砂漠にスケルトンやマミーを探していると言うが、そもそもそんなにそういう種は頻繁に発生しないのに、奴はグールが徘徊している危険な砂漠を毎日出歩いている。

 奴の部屋を覗いてみたが、怪しげな薬学の本を見つけた。ありゃ黒だ)」


 「おい、聞き取れん。包帯取れ」


 「モゴモゴモゴモゴモゴモモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ

 (きっと奴はグールや操屍術者ネクロマンサーと密かに手を組み、僕達アンデットを一か所に集め、一網打尽する気なんだ)・・・・・・!」


 「お前さっきから、何伝えたかったのだ?」


 ある程度、ニューが屍海の畔の生活に慣れてきた曇天の夜の事だ。


 夜の湖にて、ハーフがひと泳ぎをし、その後顔面を両手でこすりながら岸に上がる。

 

 「あー、やっぱりタオル持ってくりゃ良かったな。まあ布はここでは貴重だし・・・・・」


 「良かったらどうぞ」

 親切な人が、ハーフに龍と陰陽玉の紋様がついているハンカチを渡してきた。


 「悪ぃサンキュー・・・・・・」

 目を瞑ったままのハーフは、ハンカチを受け取り、顔を拭った。

 そして彼は、ハンカチを返しながら親切な人の顔を見る。

 

 場面変わって洞窟内。

 「モゴモゴモゴ。モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。モゴモゴモゴモゴモゴモゴ(おいニューよ。僕達と手を組んでフルを討伐するべき。

 他にも僕達と同じ考えを持つ者も集めて派閥をつくるのだ)」


 なんか包帯まみれのアンデットが、ニューの肩に馴れ馴れしく腕を回して囁いてきた。


 「おじいちゃ~んどこに行ったの?」

 クレセントが、左右を見渡しながら小走りしている。


 「フルじいさんなら、だいぶ前に砂漠に出掛けたわね」


 「手を離すのだシストルム。ところでハーフはどこだ? もうすぐ飯の時間だ~」


 『ぎゃぁあぁああああああああああああああっ!?』

 外の湖の方から、男の絶叫が、ニュー達の耳に届いた。

 ハーフの声だ。

 それによって、洞窟内のアンデット達が取り乱し、困惑する。


 「なンだ!? グール達がここを嗅ぎつけてきたノかっ?」


 「あたし・・・・・・怖い!」


 「モゴ、モゴモゴモゴッ(おい、誰か様子見て来いよっ)!?」


 「みんなは、ここにいなさいっ! お姉さんが様子を見て来ます」


 「ええっと、自分は・・・・・・」


 「ここにいなさいっ! お姉さん、すぐ戻ってくるから!」


 デュラハンは、錆びれたナイフを持っていき、洞窟から出て行った。


 彼女が洞窟から飛び出してかなり時間が経った。しかしデュラハンもハーフもこちらに戻ってこない。

 アンデット達は、大半は岩陰に潜み恐怖で震え、残りの者は恐怖で錯乱している。

 

 「モゴ、モゴモゴ(おい、お前様子見て来いよ)・・・・・・」


 「ふざけているノかっ! 敵が待ち伏せしているかもしれない湖ニ向かうなんて自殺行為ダッ!

 もういい、オレハ自分の部屋ニ戻る!」

 シストルムの命令に、スケルトンは怒りを表し、洞窟の西側奥に向かう。


 「モゴモゴ。モゴ、モゴモゴモゴモゴ、モゴモゴ、モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ

 (おい、ニューよ。緊急時に、身勝手に自分の部屋に身を隠す奴は、ホラージャンルの創作では、すぐ死ぬのが定番なんだ)」


 「お前いい加減包帯取れ」


 「ひぎゃぁあぁああああぁああああああっ!!」


 「モゴッ(ほらなっ)?」


 しばらくシストルムのモゴモゴ声を聞き流しながら長考するニューは、常に虚ろな瞳に光を灯し決断する。

 「決めた! 姉貴には悪いが、自分も向かうのだ! 新入りはみんなの役に立ちたい!」


 「モゴモゴモゴ

 (なんて素晴らしい自己犠牲)・・・・・・。

 モゴモゴモゴモモ(それじゃあ一人で逝ってこい)。モゴモゴゴゴモゴ、モゴモゴモゴ(私は君が無事で帰還することを、一応祈っているよ)」


 ニューは周囲に気を付けながら、ぴょんぴょん跳ねてハーフの声がした湖の畔に向かう。

 そして・・・・・・。


 「ああ、そんな・・・・・・」

 ニューは、息を呑んだ。

 覇気が感じられないようなハーフとデュラハンとスケルトンを、彼女は発見したのだ。

 なぜ彼女が息を呑んだのかというと、見覚えのある漢字の札が、全員の額に貼られていたのだから。

 そう、フルと出会う日まで、自分に付けられていたその札だ。

 彼女が声を掛けても、札を付けられている彼らは反応しない。

 

 「久しぶりですね月影さん・・・・・・ご機嫌如何ですか・・・・・・?」

 ニューの背後から男性の声が聞こえた。声の方を振り向けばチャンパオ着の青年がいる。


 「・・・・・・那由多なゆた・・・・・・」

 ニューは彼の事を知っていた。いや・・・・・・正確には思い出されたのだ。彼の事も昔のことも自分の本当の名前も全て。

 「なぜお前がここに・・・・・・?」


 その言葉を聞いた那由多は、口元を扇子で覆って少し笑う。次に彼は掌をニューに向けた。

 「何をおっしゃるかと思えば・・・・・・なぜ、私がここに、ですって?

 決まっているでしょう、貴方自身が私達に教えてくれたからではないですかっ!

 『屍海』の位置も、アンデット側の兵力も全てっ!!」


 どういうことだ!? と叫び問うニューに、那由多は説明する。

 「食べた者の現在位置・視覚・聴覚情報を、術者である私の脳裏まで自動送信する効果を持つ特殊な桃を、貴方にだいぶ前にお渡ししました。

 そして貴方は苦そうな顔をしながら召し上がった。

 もちろん覚えていますよね?」


 その説明を聞き少し考えたニューは、目も背けたくなるような答えに到達し、絶句した。

 か細い声で呟く。

 「ここがばれたのって、・・・・・・自分が原因なのか? 自分のせいなのか・・・・・・?

 自分のせいで、みんなに、危険な目に合わせてしまったのか・・・・・・っ!?」


 「モゴモゴモゴッ(その通りだっ)! 

 モゴゴゴゴ、モゴゴモモオモモッ(お前のせいで、みんなみんな捕まったっ)!」


 くぐもった声の方を向くと、青いケープを身に着けて杖を掴んでいる集団が、シストルム達を引き連れている。恐らく彼らは、アンデット達の手足を操っているのだろう。


 「残党を捕獲したぞ。那由多」


 「流石仕事が早いですね。西の道士も侮れないというわけですか。

 そうだ紹介しましょう。藍色の外套を身に着けている彼らは、私が引っ越した街にいる操屍術者ネクロマンサー協会の人達です。

 今、私と彼らは操屍術ネクロマンシーを教え合う勉学の友であるのです・・・・・・。

 今回の私が持ちかけたアンデット捕獲作戦に、彼らは快く参加してくれてね」


 「助けてお姉ちゃん!」

  

 手足の自由が利かないクレセントの悲痛な声に、那由多の演説を聞き流していたニューは、正気を取り戻し、彼らに憤り、立ち向かう。

 「自分を親切にしてくれた人に、酷いことするなっ!」

 爪を伸ばす能力を発動したニューは、那由多の首目掛けて攻撃しようとする。


 「おやおや。長い付き合いのある主君に刃向かうとは、月影さんは酷いですね。私は悲しくなってしまいますよ」


 「え・・・・・・? 何? 何でっ!?」


 しかし彼女の爪が、那由多の喉笛に届くことはなかった。

 なぜなら、那由多の一歩手前まで迫ったニューの手足が、いきなり全く動かなくなってしまったから。

 次に彼女は、那由多の術により、立ったまま意識を失ってしまった。


 「おおっと、申し訳ない。大切なことを伝えるのを忘れていたね。

 先程話していた特殊な桃は、位置情報等を術者にまで伝達するだけでなく、対象のアンデットの身体・記憶を操る効果も持っていたんですよ?

 全く、あのフルとかいうリッチは、額の札さえ取ってしまえば、人間から操られなくなるとでも思っていたんでしょうかね? 

 浅はかな・・・・・・。札自体がブラフとも知らずに・・・・・・。

 まあ、西方の魔術に特化した者に、東方のマイナーな魔術を網羅してないことを糾弾することは、酷なことかもしれませんがね」 


 「いや、単にわしが勉強不足なだけの事じゃと思うぞ?」


 那由多の左側から、しわがれた声が発された。

 声の方を向くと、ボロボロのローブを身に着けた骸骨が、いつの間にかいる。

 操屍術者ネクロマンサー協会の人達が、ざわついた。


 「モゴ、モゴモゴモ、ゴモゴモゴモゴモゴッ(ほら、やっぱりうちのボス、操屍術者ネクロマンサーと手を組んでたんじゃねえか)!?」


 「フ、フルっ!? 貴方なぜここに!? 今の時間は砂漠地帯を出歩いているんじゃなかったのかっ!」

 魔術を扱うフルの登場に、那由多と操屍術者ネクロマンサー達は、戸惑っている。

 どうやら、実力者のフルの居留守を狙って雑魚アンデット達を襲うのが、彼らの作戦だったみたいだ。


 「『屍海』周辺に、ニンゲンやグールの侵入者が来た場合、ワシが自動で感知する効果を持つ魔方陣を、前もって描いておったのだよ。

 さて、よくも温厚なアンデット達の平和を、踏みにじってくれたのぉ・・・・・・お前さんらっ!!」


 札を取り出し構えた那由多が叫ぶ。

 「ふっふっふっふ・・・・・・なんとも屍自体を操れる我らの前に現れるとは、大胆不敵・余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)ですね・・・・・・ですが調子に乗るのはここまでです。

 ここには人質が・・・・・・」


 「人質って誰のことだ? 親切なお兄さん・・・・・・っ!」

 若い男性の声を聞いた那由多が、信じられんとばかりに大口を開く。

 その声の主は、キョンシーの札を付けられているハーフだ。

 自由に動いている彼は、デュラハン達に付けられた札を剥がしている。


 「な・・・・・・なぜ貴様には霊符が効かないっ!?

 ちゃんと前日に、西方タイプのアンデットで実験して、その時はしっかり成功したはずなのにっ!」


 「まあそんなことは、今どうでもいいだろ。それよりよそ見していいのかい?」


 那由多は操屍術者ネクロマンサー達の方を向いた。

 そこにはフルの操屍術ネクロマンシーを無効化する魔術によって、操屍術者ネクロマンサーの制御から解き放たれたアンデット達が、敵達を押しのけ、湖に向かって死に物狂いに逃げている。

 「お主ら一刻も早く湖に向かえ! 殿しんがりは、わしが引き受けるっ!」


 「嫌だ! おじいちゃんも一緒に行こうっ!」


 「駄目だクレセントっ! 彼の思いを無駄にしてはいけないっ! 安心して・・・・・・あの人はとっても強いから、すぐに無事に帰ってくれるはずっ!」


 「な、なんだこの体たらくは・・・・・・君達、何を逃がしているんだっ!」

 杖を傾けて、なんとかアンデット達を再び操ろうと必死になっている操屍術者ネクロマンサー達に、那由多が一喝した。


 「無理だ那由多っ! 暴走しているアンデットを、操屍術ネクロマンシーも封じられた我々では、止めることができないっ!」

 必死にもがいているアンデット達を、身体能力が低い傾向にある操屍術者ネクロマンサー達の純粋な膂力だけでは、阻止できないのだ。


 「さあニューよっ! お主も早う逃げるのじゃっ!!」

 フルの喉の骨が、ひび割れそうな程強い呼びかけに、ニューは返答せず呆然と突っ立っている。

 彼女の瞳から、生気も活気も感じられない。

 「ニュー・・・・・・」


 「ふふふふ・・・・・・残念でしたね。

 特殊な桃を召し上がった彼女は、札を張り付けなくても、私の命令には逆らえないのです・・・・・・さて、どうしましょうか?

 こういうのはどうです? お互い今まで仲良しごっこをした月影さんと貴方を戦わせるというのは・・・・・・?」


 「・・・・・・東の操屍術者ネクロマンサーよ、自らの情報を容易くばらす癖・・・・・・治した方が良いぞよ?」

 フルは、着ているボロいローブ内ポケットから、絵具をかき混ぜたような汚い色の液体が入っている小さいガラス瓶を取り出し、すぐに仁王立ちしているニューに飲ませた。

 ニューの淀んだ瞳に、光が戻りだした。


 「貴方・・・・・・まさかそれは・・・・・・っ!?」


 「お察しの通り、聖なる魔法の効果を打ち消す薬じゃ。

 こっそり拝借しておいたツタンの包帯の端と塩水を混ぜて青と黒の斑点を持つ石をしばらく浸して調合したもの。

 これで、ニューは薬が効いた後、本当に晴れて自由の身じゃ・・・・・・っ!

 お主がべらべら喋らなければ、本当にわしはニューにかけられた魔法に最後まで気が付かなかった」


 フルは暴風を操り、ニューを湖の沖まで吹き飛ばし、次に湖に泳いでいる同胞全員に、浮力を無くさせる魔術を発動した。

 そうすることにより、アンデット達だけが湖の底に沈み、魔術がかけられてない操屍術者ネクロマンサー達が追えなくなってしまうのだ。


 「お主らっ! 湖底洞窟まで逃げるんじゃっ! そこまでいけばもう安心っ!」


 「・・・・・・え? 自分は・・・・・」

 早速、薬が効いて意識を取り戻したニュー。

 「うわっぷ!? ゲホゲホッ! フル! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!! 自分のせいでっ!! フルもすぐに逃げてっ!! 那由多は強いからすぐに逃げて・・・・・・ああ、なんて謝れば、自分がここに来なければ、いっそグールの飯にでもなってしまえば、みんながこんなことには・・・・・・ゲホッ」

 湖の波に呑まれ、水に沈むのをもがいて抵抗するニューは、悲痛の謝罪を、延々と述べた。


 「何をバカなことを・・・・・・」

 ぼそりと呟くフルは、次に大きく叫んだ。

 「お主らっ! ニューが操屍術者ネクロマンサーの間者だからといって責めるのは無しじゃっ! みんなが同胞でもあり家族でもあるっ! わしも絶対にお主達の元へと戻るっ! 何も心配することはないっ!!」


 彼が叫び終えた時には、湖の水面には、誰も見当たらなかった。

 

 操屍術者ネクロマンサー協会の人達は、攻撃態勢を解除し、アンデットに傷つけら患部を治療して休憩しだしている。

 談笑も始めた。

 

 「あやつらも無事逃げきったことだな・・・・・・さて、那由多殿・・・・・」


 「なんでしょうか? ご老人」


 呆れてため息をつくフルが呟く。

 「人払いは済んだ。用件を聞こう・・・・・・」


 「ああ、やっぱり猿芝居を演じていたこと、ばれてましたか・・・・・・私達の目的が弱小アンデット達ではないということもね・・・・・・」


 「代わりの目的と言えば、この湖にある塩と良質の防腐物質・・・・・・と、言いたいところじゃが、『屍海』タイプの塩湖はここだけではなく、ニンゲンの村近くにも複数ある。

 にもかかわらずお主達は、わざわざ入念に面倒な準備をしたり、間者を送ったり、わしらと危険な戦争をしたりしてまで狙った・・・・・・多大な労力に対し、利益はわずか。全くもって割に合わぬはずじゃ。

 と、いうことは・・・・・・」


 「もちろん塩も防腐剤も狙いの一つなのですが、主な目的は、魔術の才に長けた貴方をスカウトする為ですよ。

 全く・・・・・・貴方が人間を警戒しなければ、こんな面倒な事をする必要もなかったのに・・・・・・」

 ちなみに、那由多達の当初の作戦は、弱小アンデット達を人質にして、フルと交渉することでした。


 「成程・・・・・・ただ人間がうかつに近づいて話しかけても、わしが逃げるやもしれないから、わざわざ本拠点に乗り込み、話し合いの場を設けたのじゃな。全く難儀な・・・・・・」

 

 「もしも我々とアンデット達が戦えば、あなた方に勝機があったかもしれないのに、貴方といったら、わざと同胞を逃がすよう命じ、敵であるはずの我々に対しても、アンデットに襲われぬよう配慮したではありませんか。

 前にも、月影さん・・・・・・いや、ニューさんを狙ったグールの方々にも、とどめを刺してませんでしたからね。度を越したお人好しですよ、貴方は」


 「何が勝機じゃ。いくら老いぼれてボケ始めているわしでもわかる。このままもし、戦いを続行していれば、負けていたのはこちら。聡いお主のことじゃ・・・・・・何かわし対策の戦術でも立てておるであろう?

 それで・・・・・・? 本題に戻ろうではないか」


 「ああそうでしたね」

 那由多は風呂敷から筒状に丸めた和紙を取り出し、誘う。

 「私がこの前引っ越した街は、とある悪い軍団に狙われています。

 その軍団を退けさせる手伝いを、して下さいませんか?

 要求を呑んで下されば、我々はニューさん達に手を出さず、それどころか不当に苦しむアンデット達を保護・救助する活動に尽力することもお約束いたします。

 取り決めた契約を、互いの契約者に強制的に履行させる魔術の契約書もお渡しします。

 もちろんこの紙には、私の判もあります。

 さあ、如何ですか・・・・・・?」


 「・・・・・・わしは・・・・・・」

 フルは唇が無い口元を微かに曲げ、自身の答えを述べる。

 

 


 ※次から視点を替えます。


 アンデット達は、冷たく暗い湖に沈み、水流が激しい湖底洞窟に入り、鮮やかなサンゴが海底地一面に生えてある外海を進み、最終的に砂浜までもがいてたどり着いた。

 アンデットは基本、酸素を必要としない。


 スケルトンが自らの骨の部位が、一つもかけてないか何度も確認しながら呼びかける。

 「おイ、全員いるカ・・・・・・? 海で迷子になッたら、魚ノ餌ニなるしかないゾ?」


 頭部を掴んでいるデュラハンが左右を見渡し、スケルトンの質問に返答した。

 「ハーフ君やシストルム君もいるけど・・・・・・ニューちゃんやクレセントちゃんはっ!?

 さっきから見当たらないけどっ!!」


 「・・・・・・大丈夫だ。クレセントなら、ここにいる・・・・・・!」

 浅瀬から、気を失っているクレセントを、伸ばした両手でしっかり掴んで引き上げて救助しているニューが、彼らの方まで歩み寄る。


 「おイ新入りてめぇ・・・・・・よくものこのことこちらまで、顔ヲ出せたもンだなぁ~・・・・・・っ!」

 スケルトンが、ニューのチャイナ服の襟首を掴んで力強く引っ張った。


 「ちょっ・・・・・・ちょっと・・・・・・」


 「てめぇのせいで、オレらが慕っている恩人ボスが、今危険な目ニ遭っているんだぞっ!!

 住処であるはずの湖カラも離れなきゃいけなくなったッ!

 てめェさえいなけりゃ、みんな平和ニ暮らせたはずナんだっ!! 何か言ったらドウなんダ、こノ疫病神っ!!」


 何も言えず俯いているニューに、殴りかかろうとするスケルトンの拳を、ハーフが掴んで止める。

 「やめないか・・・・・・」


 「おまエ・・・・・・まさかこの裏切り者ヲ、許せとほざくつもりかっ!?」


 「オレ達のボスはこう言った・・・・・・ニューが間者だからと言って責めるのは無しだ・・・・・・と」

 そう呟くハーフは、内心思い出に耽っていた。

 (オレはニューを恨む資格すらない・・・・・・ここでは言えねえが、実はオレはフルのスパイだったんだ。

 大昔、オレを復活させた操屍術者ネクロマンサーの博士は、オレに『フルが何か悪だくみをしてたら伝えろ』という命令を与えた。

 結局ニューはただ純粋に同胞であるアンデット達の身を案じていただけ。最終的に博士は天寿を迎え、オレが命令を遂行する理由も無くなった・・・・・・)

 余談ですが、ハーフは他の個体より、中途半端にアンデット化してあるので、那由多の札にあまり効き目がありませんでした。


 「・・・・・・悪かッたよ・・・・・・」

 ニューの襟首から手を離すスケルトン。


 砂浜にいるアンデット達のほとんどは、月夜に照らされながら、フルとの別れに泣いていた。


 「みんな・・・・・・フルが死んだと決まったわけじゃありませんよ!

 今こそみんなが、前を向いていかないとっ。きっと希望は残ってるはずよっ!

 いつかフルが無事に帰ってくることを信じて、じっと耐えましょう・・・・・・っ!!」

 デュラハンが、周囲のアンデット達を励ましている。


 「ゲホッゲホッ・・・・・・あれ? ここは・・・・・・?」


 「ん? クレセント目を覚ましたぞ」


 「ビーチ? なんであたし達ここにいるの? ・・・・・・おじいちゃんは? フルおじいちゃんはどこにいるのっ!? おじいちゃんは帰ってくるって、言ったじゃないっ!」


 周囲を見渡し、フルを泣きながら必死に探すクレセントに、ニューは罪悪感により再び俯き、他の誰も本当のことを打ち明けることができなかった。


 「おじいちゃんおじいちゃんおじいちゃんっ!!」

 クレセントは砂浜から走って離れ、木々が生い茂る林に向かう。


 「クレセント離れると危ないぞっ!」


 ニューの呼びかけにも止まらないクレセント。


 ハーフが、ニューの肩に手を乗せる。

 「あんなに慕っていた人と、離れ離れになってしまったんだ・・・・・・きっとオレらが思ってるよりも、彼女の心は深く傷ついている・・・・・今はそっとしておこう・・・・・・」


 クレセントが、他のアンデット達の視界から消え、木の幹の陰に身を潜む。

 「おじいちゃんおじいちゃんおじぃ・・・・・・さて、誰も見ていないな?」


 なんの突拍子もなく、クレセントの周りに煙が発生し、彼女を包む。

 すぐに煙は風で晴れたが、そこには血色の悪い幼女の姿はもういなかった。

 

 代わりにいたのは、細長いハイエナの耳を頭に、ふさふさの尻尾を臀部上から生やしている血色のいい高身長の女性だ。もちろん彼女の種族はグール。

 「やれやれ、元の姿に戻ったのは二年ぶりかな? 全くあのジジイが強くなけりゃあ、とっくの昔にあいつらを平らげたっつうのに、滅茶苦茶待たされたぜっ!」

 幼げで天真爛漫な彼女は、もう存在しない・・・・・・いや、もしかしたら最初っからどこにも存在してなかったかもしれない。


 そいじゃ・・・・・・と呟いた彼女は、ここから遥か遠くに離れているグールの集団に向けて念話テレパシーを送る。

 『やっとあのチートジジイとアンデット共が分離したぞ。襲うなら今だ。早く来ねえとあたしが全部喰っちまうぞ』


 『ね、姐さん。それは本当か? 場所はどこだ・・・・・・』


 『あ~恐らく、アオバ湾だ。一人も逃がさねえよう陸にはラクダで、海上には船で進み、一斉に取り囲んで一網打尽にするぞ』


 いや~姐さんがお元気で何よりです。という念話テレパシーに、クレセントは愚痴を垂れる。

 『な~にが、お元気だっ! こちとらついさっきまで、溺れて生死の中を彷徨ってたんじゃい!! 

 ジジイのストーカーも、もううんざり。サソリと蛇料理も喰いあきた。お前ら速く支度して来いっ!!』

 クレセントは、アンデットに化けていただけなので、フルの魔方陣には引っ掛からなかったものの、酸素が無いと生きていられないのだ。

 

 念話テレパシーを終えた彼女は、異空間から三日月刀を取り出し、舌なめずりをした。

 「さて、せいぜい発狂しながら助けを乞え。食料共」

 

 

 

※那由多はだいぶ前に、東の国から西の国の王都まで、月影ニューといっしょに引っ越してきました。

 彼がはるばる遠い国まで渡った理由は、本場の操屍術ネクロマンシーを学び、道教を布教するためです。

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