六.名前を変えて!
キラキラネーム、と誰かが名付けた。
大空、光流、岩壁夢、休養熊。
スカイ、ぴかる、ガンダム、リラックマ。
子の名前で親のレベルが判ると野次られ、辛くも変えられない子は、未来は、責任は、果たして。
「はっ……」
自室で寝ていた望――のぞみ、は、ある声で目が覚めた。重く低く、しわがれた老婆の声であった。
「ゆ、夢か……?」
夢にしては、はっきりとした声であったと思った。頭の中が混乱し、落ち着くまで辛抱する。やがて息が整うと、窓の方へ目を向けて、傍らの目覚まし時計を見る。いかん、朝練に行かなくちゃ、と望は半分まだ寝ぼけながらベッドを離れた。やり投げ同好会。陸上部はあるが、やり投げの種目が無い! との事で、会員をあと二名ほど募集中である。朝練とはいっても、つまりは体操とランニング、ミーティングである。卒業までに部にするのを目標にしている。中学生だが頭は堅く意味なく熱い。会員は望と幼馴染の哲矢だけであった。
学校に行き、早速と登校した哲矢に夢の事を話す。駐輪場から教室へと歩きながら、階段へと曲がった時に哲矢は聞いた。
「何て言ってたんだよ?」
「馬井くんと付き合って、結婚しなさいって」
「はぁ? 何だそれ……意味わかんない」
「……だよねぇ」
望は深い溜息をついた。教室へと辿り着く前に背後で二人は呼び止められる。
「竹田、希」
声をかけたのは担任の先生であった。「はい」と二人とも重なって返事をした。それと同時に二人の目が向いたのは、担任の隣に立っていた少年であった。
「転校生の馬井っていう隣のクラスの子なんだけどな」
担任は、ポリポリと頭を掻いて少年の顔色をうかがった。「なーんか、やり投げに興味があるらしくて、部としてはないけど同好会ならあるよ、って言ったら是非入りたいって申し出てさ。どうかな、君達に任せても」と申し訳なさそうに二人を見る。
「どうって……」
「大歓迎じゃないですか」
即座に受け入れたのは哲矢であった。「そうか、なら、お互い自己紹介して、ついでにこの学校の事も教えてやってくれな」と担任は二人に後は任せたとバトンタッチした。「投げやり!」と言われながら去って行く。何言ってるの、と呆れた望は転校生の少年の方へ向き、「あ」と声を上げた。「何?」
口の端を上げ、にこやかな表情の彼に「あ、いや、そのぉ」と恥ずかしげに赤らめた顔でしどろもどろになりつつ、望は横の哲矢の脇腹を肘で突いた。「あ、う。俺は竹田哲矢。こっちは同じクラスの希、望。希望、と書いて、『ほまれのぞみ』っていうんだ」
哲矢は望を指さして、にへへ、と笑った。何を余計な事を、とジロッと望は睨んだ。
「希さん、竹田君ね。よろしく、俺は馬井、珈琲といいます」
言われた瞬間、遠くで鳥が鳴いた。「……マジで?」と聞き返すのが遠慮がちである。
「親が無類のコーヒー好きなんだ。一日五杯までって言ってるけど」
説明する彼の顔は穏やかである。きっと何回も同じ事を言ってきたんだろうな、と二人は悟った。
「まぁ、私も似たようなもんだし。苗字が希だから、名前が望。合わせて希望。ほまれ、って、まず読んでくれない」
「俺は金八先生世代じゃないし。至って迷惑。漢字も違うくせにやたら熱い奴とか思われちゃったり? 長髪にはしないでおこうと思ってる」
同好会の事よりも名前で盛り上がってしまい三人は、一斉に距離が近くなった。しかし望が気になっていたのは違う事で、馬井という苗字であった。
『馬井君と付き合って結婚しなさい』
謎の老婆の声。あれはお告げか。数年後、望と馬井珈琲は、めでたく結婚する事となった。
ハッピーゴールイン。