一.取り残された少女
小説家になろう『夏のホラー2019~病院~』企画参加作品です。
怖くありませんので、悪しからず。
ホールケーキを八つに切ると、八つの話が生まれた。
血のように赤い苺は、酸っぱく。白い生クリームは、とても甘く。
食べた者の舌を、唸らせる。
「美味しい……」
「不味い……」
今夜は、ホーリーナイト。
ロウソクを灯し、さあご覧に入れる。
八つに分かれた、おかしな話。
A病院には、奇妙な話が幾つかある。
しかしどの病院にでも、よくある事では、ある。
一.取り残された少女
一九八九年、昭和から平成へと変わった時、A病院は廃業となった。
それまでに医者も患者も関係者は転院し、片付けられ、残された物は残されたが、無人と化した建物は二〇〇〇年を過ぎ令和へと年号が変わる時まで、そのままであったという。
何故に、このような状況になってしまったのかは省略するが、
A病院で少女は一人、取り残されていた。
瓦礫の石に躓いて転んでしまい足を挫き、怖さや寒さのせいで震えて、身が思うように動けず声が出ず、弱り果てていた。そのうちにとめどなく涙が溢れ、死ぬ事も考えていた。何処をどう見ても哀れであった。
誰か助けて、足が、体が……。
静まりかえる辺りに、絶望していた。
すると――
カツン、カツン、カツン……。
靴音が聞こえた。がらんどうとなった部屋、暗くて奥が見えていない廊下。音が響き、何処から聞こえているのか定かではない。距離感がつかめない。
誰?
誰か、いるの……?
声が出せず、問いかけても、靴音は止む事はない。だが、近づいてくるのが分かる。音は、少しずつ大きくなってくるのだから。
来ないで!
少女は必死に、心の中で叫び続けた。しかしそれも空しく、音は、近づいてくる。
カツン、カツン、カツン……。
近づいてくる。
嫌ぁ!
カツン、カツン、カツン……。
近づいてくる。
ああぁ!
カツン、カツン、カツン……。
近づいて。
助けて!
やがて、音はピタリと止んだ。
あああああぁ!
目を閉じて耳を塞ぎ、しばらく身を固めて動かなかった。
それから、何秒、何分、何十分と経っただろうか……。少女は、はぁ、はぁ、と息を整えて恐る恐る目を開けた。再びシンと沈黙になった辺りに神経を研ぎ済ませた。気配は?
誰か、いるの……?
怖さも骨頂で全てを拒否にとしたかったが、唾をのみ、そのおかげでわずかな勇気が生まれた。
振り向け、振り向け……。
自分の声なのか天の囁きなのか、導かれている。
決意。少女は、思い切って後ろを向こうとした。大丈夫、大丈夫、何もないわ……。
落ち着かせて、ゆっくりと、自分の背に顔を向けた。
若い男が立っていた。
少女は、声にならない悲鳴を上げる。
きゃああああああ。
近づいてきた音の主は、彼なのか。彼は、黒のスーツを纏っていた。黒いサングラスをかけ、短髪だがツンツン頭で、街でスマホでもいじりながら歩いていそうな細身の格好よろしい十代か二十代くらいの男であった。足までちゃんとあるし、生きている人間では、と瞬時に分かった少女だが、かといって一度激しく打ち出した心臓や脈動がすぐ治まるようではない。少女はしばらく固まった。
先に動いたのは彼の方であった。ポケットから取り出した物を少女の前に差し出した。
これ、は……?
訝し気にそれを見つめる。サングラスをかけた男の表情に動きはない。
細長い棒で、袋に入った、それ。お菓子であった。まるで「食べる?」もしくは「どうぞ」と勧められているようであった。なのでつい少女は「ありがとう」と言ってしまった。手が自然に出てそれを受け取った。
あ、声が出たわ?
受け取ったと同時に安心感が生じたのか、足の痛みも消えた。改めて男の顔も見れて余裕ができる。「あなたは?」しかし男は空気に溶けるように消えてしまった。風がさらっていったかのように。
何故……?
少女はそろ、と立ち上がり、歩き出して帰っていった。
完。