玉座~ギョクザ~
━━死こそ、最上の美学である
幾多の人間を殺めた
女子供ですらも容赦なく
頭数なぞ覚えてられない
次から次へと殺さねばならぬ者が増えるのだから
儂らにとって人間の頭部は勲章みたいなもの
蝿が湧こうが、僅かに残った肉が腐ろうが
持っているだけでその手の界隈から賞賛と畏怖の念を抱かれる
それらの声に歓喜する者もおれば、恐怖を抱く者・・・まさに十人十色
じゃが、儂は何も感じなかった
殺しても殺してもこの飢えと渇きは満たせぬ
流れ作業と化した仕事に情を抱くか?
いつもと変わらぬ日常に刺激はあるか?
・・・否
年月が経ち、儂はその界隈で最も恐れられた
まるで機械のごとく、見境なく目標を惨殺する・・・
音もなく、その刃が相手の身体に当たるその瞬間まで儂が零距離にいる事に気付かれない・・・
そして、儂についた異名は・・・、
「不存の殺人鬼」
「飲んでるか、爺さん?」
儂がまだジョーカー達と出会う前、依頼を受けて
格安の報酬で対象を殺めていた時の話
依頼が一通り片付き、中国・上海の屋台で休んでいた時、1人の男が儂に声をかけた。
「・・・水じゃ。」
「オイオイ、そこそこ金を貰っておいて水だけかよ。」
「味が濃いものばかりでな。年寄りにはちとキツいわい。」
「へっ、歳なんて取るものじゃないな。」
「して、儂に何の用じゃ?殺しの依頼か?」
「ハズレだ。アンタにちょいとばかし見せたいモノがあってな。」
男は儂に1枚の写真を見せた。
そこには、胸を銃弾で撃ち抜かれ絶命している哀れな男が写っておった。
凡人が見れば、ただの死体が写った写真
しかし、儂が気になったのは・・・、
(何じゃ、子奴の目・・・。)
その男は死んでもなお、目がはっきりと開き、その目には今まで見てきたどの人間よりも強い何かを感じた。
殺気や狂気ではない。まるで、この世の全てを否定しているかのような眼光
身震いした・・・子奴の目は儂に今まで感じさせたことのない強い衝動を覚えさせた。
「気になるだろ?コイツの目。」
「子奴は何者じゃ?」
「ただの一般人。といっても周りからは奇異な目で見られてたらしい。」
「ほぅ?」
「普段は温厚のくせに、突然スイッチが入ったみたいに暴れだす危険人物。一通り暴れたら、元の温厚さに戻るんだと。」
「二重人格か?」
「まぁ、近いだろうがコイツはちと特殊らしい。何でも、ガキの時に酷い虐待を受けたとか。
それこそ、死んでもおかしくないぐらいにな。」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして、コイツはとうとう虐待してた両親を惨殺・・・そのまま逃亡したらしい。んで、警察が血眼で探して見つけた時には、こんな目つきになって襲いそうになったから射殺したらしい。」
「虐げられて、人間の本性が姿を現したと・・・。」
「まぁ、そうなるだろうな。その時のコイツはタガが外れたみたいに獣のような動きをしてたらしい。一種のリミッターってやつか。」
「人を捨てた哀れな獣か・・・、叶うなら是非とも狩ってみたかったものじゃ。」
「興味もったか?」
「少しな。久しぶりに殺してみたいと思える人間に会ったからのぅ。」
「じゃあ、もう1つ情報と、頼み聞いてくれるか?」
「事と次第による。」
「ふっ。まず情報は、裏社会ではコイツのような目のことを『殺天の瞳』という名前が付いているらしい。どっかの日本人が付けたんだと。」
「聞いたことがないな。」
「アンタ、そういうのに全く興味無さそうな顔してるもんな。人殺せたらそれでOKみたいな。」
「それで、頼みとは?」
「頼みってのはな・・・俺たちと組んじゃくれないか?」
何を言い出すかと思えば・・・。天涯孤独を決め込んでいる儂に仲間など不要。
即刻、断りを入れてやった。
「儂は誰かと行動するつもりはない。」
「そんなカスいお友達ごっこじゃないさ。こっちはそこそこ情報仕入れてる。ひょっとしたら、アンタの欲しいモノを見つけられるかもしれねぇぞ。」
「安い交渉術じゃな。」
「爺さん口説き落とすのは人生で初めてだからな。」
嘘をついている目ではない。よほど、儂が欲しいと言った所か。
(まぁ、この瞳については子奴の方が詳しい・・・利用するいう手もあるか・・・)
「ふん・・・まぁ、頭の片隅程度には置いておこう。お前さんの名は?」
「あん、俺か?昔に名前を捨ててな、今は『戦争屋』なんて呼ばれてるな」
その男、ゲームメーカーは静かに笑みをこぼした。
(・・・まるで毒蛇じゃな。近付いてきた相手に毒を注入して判断能力を鈍らせ、あわよくば丸呑みにする魂胆か・・・。)
信用は出来ん。じゃが、そこら辺の人間よりは骨がある。
儂はその感情を悟られぬよう、静かに闇の中に姿を消した。
その後、儂は嫉妬の念に駆られた同業者の策略により逮捕
死刑判決が言い渡される。
やっと死ねると思っておったのに、ゲームメーカーの仲間であるジョーカーがどんな手段を使ったかは知らんが、儂を釈放。
癪に障るが恩を返すために彼奴らと行動を共にしている。
そして、死ぬ前に後悔の1つとして残っていたあの眼・・・「殺天の瞳」を持つ者がようやく儂の手の届く場所に現れた・・・。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「アンタが探し求めてた眼を持つ女だぜ?まだガキだが。」
ゲームメーカーは酒を飲みつつ、インビジブルネイルと共に写真を眺める。
「確かにこの眼は彼奴の眼と酷似しておるな。じゃが、お主・・・どうやって探り当てた?」
ゲームメーカーは話をかいつまみながら話し始める。
「街ブラしてたら、頭悪そうな男共が血相変えて走っていくのを見かけてな。アイツらが逃げていった場所見たら、目つきのヤバいこのガキが捨て猫を庇ってたんだよ。眼を見た瞬間、
『掘り出し物』を見つけたと思ってな。」
「それで、この娘をターゲットにしたと?」
「ああ。身辺調査してから、まずは金で雇った男を父親に近づけさせて、俺の店でガキの身売りが出来るって誘導したんだよ。そして、アイツは店に来て、俺との接点が出来た。その時は買わずに追い返したけどな。」
「・・・ほぅ?」
「そして、次に母親に雇った男近づけて、お前の夫がガキを身売りしようとした事、下手したら離ればなれになることを丁寧に教えたんだよ。精神状態が限界に来てるから正常な判断なんか出来やしない。予想通り、母親は父親を殺そうとした。失敗はしたが代わりにガキが父親殺してくれたから結果オーライ。おまけに母親も死んで、監視させておいた男がこの写真も撮ってくれた。後は、路頭に迷ったガキ共を俺と、あの最強人たらしのジョーカーが保護すれば・・・ほら、費用は最小限・邪魔者も消えてガキ共が断る理由もなく回収出来ただろ?」
「全てはお前さんの筋書きどおりというワケか・・・。」
「まぁ、そういう事だ。」
ゲームメーカーは酒を飲み終えたグラスをテーブルに置く。
「で、ここからアンタに頼みたいのは、このガキ共引き取ることになったら爺さんが鍛えちゃくれないか?」
「何故、儂がそんなことを?」
「そりゃそうだろ。殺天の瞳持っていても所詮はガキだ。アンタが殺り合おうと思っても今のままじゃアンタの足元にも及ばない。だから、アンタが自分と釣り合うぐらいに育てたらいいんだよ。」
「殺り合わせるためにこの娘達を鍛えると?」
「それがアンタの悲願だろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「可能性は秘めても所詮はガキだ。アンタが才能開花してやったらいい。」
「どうなっても知らんぞ。」
「アンタの所有物だ。アンタが好きにしたらいいさ。」
ゲームメーカーは笑みをこぼしながら、再び酒をグラスに注いでいく。
「まっ、アイツらがここに残るって言ったらの話だけどな。」
「お主・・・人の皮を被った畜生じゃな。」
「他の人間が無欲すぎんだよ。・・・欲望に忠実になれってな。」
インビジブルネイルは再び写真を眺める。
彼の心には微かな喜びと一抹の不安が渦巻いていた。
━━━大きいベッド
1人で寝るには少し広すぎる。目が覚めると横で白が寝息を立てながら眠っていた。
(ヨダレ垂れてる・・・。)
私は白を起こさないように指で白のヨダレを拭う。
こんな穏やかな時間が訪れるなんて思ってもみなかった。
だから・・・少し落ち着かない。
(少し外に出よう・・・。)
白に気付かれないように私はホテルのような部屋から出る。部屋を出れば、廊下と外を挟むように
大きな窓が取り付けられている。
私はその窓を開けて外へと飛び出す。
整備の行き届いた庭園、多種多様な花は咲き乱れる。
(キレイ・・・。)
私は咲いている花々を眺めた後、微かに輝く星空を見上げた。
「眠れないのかな?」
私の背後で男性の声が聞こえ、振り返る。
そこには、夕方とは違うやや濃いめの灰色のスーツを着たジョーカーが私に向かって歩いてきていた。
「あっ、はい・・・。」
「まだ身体が慣れていないんだろ?その服、よく似合っているね。」
私は自分の着ている服を見下ろす。
白の髪よりやや濃いベージュのパジャマ。
リサさんが用意してくれた物だ。
「リサに任せて正解だったかな。」
「え?」
「彼女は少し冷めた所があるが、本当は優しい女性だからね。」
ジョーカーはやや笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・あの。」
「ん?何だい?」
「どうして私たちに来てほしいなんて言ったんですか?」
ジョーカーは少し考える。
「・・・・・・君達を最初に引き取りたいと言い出したのはゲームメーカーの方でね。熱心に君達のことを話すから、私も根負けしてしまって上手く丸め込まれたと思っていたんだよ。」
ジョーカーは苦笑いを浮かべる。
「だけど、君達を見た瞬間、私の考えは変わった。君達に光るものをみたんだ。」
「光るもの?」
「可能性というやつだよ。自らの足で一歩を踏み出し、君達は自由を得た。」
ジョーカーは静かに夜空を見上げた。
「今はまだ、小さくてもやがては大きく光り輝く明星
自分で言うのも変な話だが、人を見る目だけは自信があってね。」
「・・・・・・・・・」
「だから、他の人に才能を潰されるくらいならと思って声をかけたんだ。もちろん、返答は君達に任せるが。」
ジョーカーはそう言って私に微笑む。
うれしかった。母以外に褒められたことがなく
ずっと、自分のことを疎んできたから。
だけど・・・、
「私には・・・才能なんて・・・ない。」
声に出したのは自身への嫌悪感
ジョーカーはそれを聞くと、私の頭にそっと手を置き、
「人とは得てして自らの才能には気付かないものだ。誰かに言われるまでは。」
暖かい手・・・、私の心が安らいでいく。
「君は将来、誰かから必ず必要とされる存在になる。それが姉の白君かもしれないし、他の誰かかもしれない。
だから、自分で自分の才能を殺すのだけは止めてほしい。私は君達を見放さない。」
「・・・ジョーカーさんって、絶対モテるタイプだと思う。」
やや涙ぐみそうになる目を擦りながらジョーカーにボソッと呟く。
「いや、私よりもいい男はたくさんいるよ。」
ジョーカーは私の頭を撫でながら、笑みを浮かべた。
そして、私はジョーカーと色んな話をした。
家族のこと・白のこと・私たちのこと・・・
ジョーカーは私の話を嫌な顔ひとつせず真剣に聞いてくれた。
この人から見たら、本当に他愛もない話なのに・・・。
私はジョーカーになら全てを話してもいいと思った。
この人は私たちの思いを受け止めてくれる。
この人になら全てを任せてもいいかもしれない。
ジョーカーの優しさは私の心に染み、癒していった・・・。
ジョーカーは私たちを幸せにしてくれるかもしれない。だから、私は・・・、
━━朝
カーテンから暖かな日差しが注ぎ込む。
私はその光で目が覚め、ベッドから体を起こす。
隣では白がスースーと寝息を立てる。
私はベッドから起き上がり、カーテンを少し開けて、外を覗いてみた。
遠くには高層ビルが立ち並び、車が行き交っている。
近くを見れば、宮殿近くに咲いている花に水やりをしている人がいる。
(こんな穏やかな朝・・・初めて・・・。)
「う~ん!!」
白が大きく身体を伸ばして起き上がる。
「おはよう、白」
「おはよ~、黒」
白は目の辺りを手で擦る。まだ寝ぼけているのだろう。身体はややフラつき、今にも二度寝しそうになる。
「ほら、起きて。」
「ん~~」
白の身体を優しく揺すり、目を覚まさせる。
「白、私ね・・・。」
「ん~~?」
「私・・・、ジョーカーさんと一緒に行ってもいいかなって思ってる。」
白は私の言葉の意味が分かっていないようだったが、少しずつジョーカーの言っていたことを思い出したのだろう。私の顔をじっと見つめる。
「あの人たちのこと全部を信用してるわけじゃない。だけど、ジョーカーさんは私たちのことを真剣に考えてくれる。だから、あの人を信じてみたい・・・そう思えるようになったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「もちろん、白が嫌なら私は諦めるし、私は白が一番だから・・・」
「いいよ。」
「えっ?」
白は私に向かって優しく微笑む。
「黒がそうしたいなら、私は止めないし私も黒について行く。」
「でも・・・。」
「私より黒の方が頭良いもん。だから、黒が考えることに間違いはないよ。」
「・・・・・・・・・白」
内心は少し不安だった。ジョーカーはともかく、
ゲームメーカーの事が頭をよぎる。
リサさんも言ってたけど、あの人にだけは用心しておいた方がいいと思っている。
(もし、白と離ればなれになったら・・・)
「大丈夫だよ。」
白が私の考えを分かっているかのように私の両手を自分の手で包み込む。
「私たちはずっと一緒だよ?」
「白・・・・・・・・・」
白が私に微笑みかける。
純真なこの笑顔に何度、救われたか分からない。
そして、今度もまた・・・白に救われた。
(こういう時だけお姉ちゃんになるのよね・・・)
私は泣きそうになるのを我慢し、
「ありがとう・・・白」
白には負けるけれど、私も笑顔で微笑み返す。
(私が白を護る・・・。)
両親がどうなったのかも、自分の身に何があったのかも白は知らない。
思い出させてはいけない。
そうなったら、白はきっと壊れてしまう・・・。
だから、護らなくてはいけない。白を幸せにするために。そのために、私は・・・。
トントン
誰かが部屋のドアを叩く。
「白さん、黒さん、起きてる?」
「あっ、はい。」
リサさんの声がして、私はすぐに返答する。
「朝ご飯食べに行きましょ。」
「分かりました。」
白がご飯と聞いてピョンピョンと飛び跳ねる。
(白を悲しませないために、私は・・・強くなりたい・・・!)
リサさんに連れられ、私たちは正面玄関から右へ進み、大きな食堂へとやって来る。
既に何人かが談笑をしながら朝食を食べており、
厨房からの匂いは食欲をそそるものがある。
奥では、英字新聞を広げたゲームメーカーらしき男性が居座っており、彼の周りには誰一人寄り付こうとしない。
新聞越しなので顔までは見えないが、黒を基調としたスーツに異様な存在感を放つ彼は、離れていてもある程度のプレッシャーを放ってくる。
「おっ、おはようリサ。」
ゲームメーカーは顔も見てないのにリサの名前を呼ぶ。
「おはようございます。相変わらずの地獄耳ですね。」
「ここでハイヒール履いてる女はお前ぐらいだからな。ヒール変えただろ?音が違うぜ。」
「ええ、変えました。」
リサさんはため息混じりにゲームメーカーに返答をする。
ゲームメーカーは新聞から顔を上げ、私たちの顔を見つめる。
「いいツラになったじゃねぇか。覚悟決めたって顔だな。」
「・・・私たちはジョーカーさんに恩を返すだけですから。」
身体に纏わり付くプレッシャーを振り払い、ゲームメーカーに自分たちが出した結論を返す。
「いいぜ、十分な理由だな。・・・ほらよ。俺からの餞別だ。」
そう言うと、ゲームメーカーの前にあるテーブルに積み上げられた大量の本を叩く。
「なんですか、ソレ?」
「いつまでもそんな服じゃ華がねぇだろ。俺が買ってやるから好きなの選びな。」
ゲームメーカーに近付いて本を確認する。
子供向けのファッション雑誌から、どこかで見たことあるモデルが表紙の雑誌。
どこからか仕入れたのか、何を書いてるのかすら分からない本が無造作に積まれている。
(あっ、コレ可愛い・・・。)
私は今まで手に取ることすらなかった雑誌を1ページずつゆっくり見ていく。
正直、どれも着てみたかった。ゲームメーカーに買ってもらうというのは何だか腹立つけど・・・。
「珍しいですね。守銭奴のあなたが。」
リサはファッション雑誌を見ながらゲームメーカーを冷やかす。
「俺の気が変わらないうちに選んどけよ。1着だなんて言わずに買いたいの全部言っとけ。金なら腐るほどあるんだからな。」
一度でいいからそんなセリフ言ってみたい・・・。
私は心の中でボヤいた。
「ほっほっほっほぉっ、朝から活気あって羨ましいのぅ~若い衆。」
後ろからやや陽気な老人の声が聞こえ、私たちは振り返る。
「おう、早起きだな爺さん。」
そこには、金色に輝く漢服に身を包み、頭に同じくその服に見合ったやや縦長の黄金色の帽子を被った老人が立っていた。
「あっ、紹介するわ。その爺さん、お前らの教育係な。」
ゲームメーカーはほくそ笑みながら私たちに伝えてくる。
「えっ!?」
私は思わず声を漏らした。
「安心しろよ。身なりは変人だが、常識はそこそこ有るから。」
「お前さんに言われとぅないわ、ド変人が。」
老人はすかさず、ゲームメーカーに異を唱える。
「まぁ、アヤツは置いておいて・・・」
老人は私たちの顔をじっと見る。糸目だが瞼の奥の眼球で睨まれているかのような恐怖感を感じ、思わず身体が強ばる。
「ふむ、お嬢ちゃん2人の面倒は老いた身体にはキツいが、儂の全てをお主らに教えるとしようかのぅ。」
老人は顎から少し伸びた白髭を指で弄りながら、ふぉっふぉっふぉっと特徴的な笑い方をする。
「あ、あの・・・」
「おう、そうじゃ。名を教えとらんかったのぅ。儂の名は『インビジブルネイル』、まぁ長いから適当にお爺さんとでも呼んでくれていいわい。」
インビジブルネイルは柔和な雰囲気で私に接してくれる。さっきのあの睨まれたような感覚はウソであったかのような温厚さを醸し出していた。
「お主らは何て言うんじゃ?」
「あ、えっと・・・揚羽 黒です。こっちは姉の・・・」
「白だよーーー!」
白が右手をピンと伸ばして存在をアピールしている。
「ほぅ?変わった性じゃの。・・・そうじゃな。異名をつけるなら「揚羽蝶」なぞどうじゃ?」
「揚羽蝶?」
私と白は首をかしげる。
「俺が『ゲームメーカー』、爺さんが『インビジブルネイル』という風に俺たちには本名以外に異名で呼びあってんだよ。その方が都合がいい時があるからな。にしても爺さん、気が早くないか?」
「構うものか。早ければ早いほど、皆も覚えるのが早くなるじゃろ。それに、良い名じゃろ?蝶は左右どちらかの翅を失えば地に落ち、蟲の餌となる。ゆえに、お主らはどちらが欠けてもいかんという意味合いじゃ。」
「異名を決めるのは良いですが、白さん達の意見を聞いてからでは?」
ゲームメーカーとインビジブルネイルのやり取りにリサさんが正論を投げ込み、制止させる。
「おお、それもそうじゃな。どうじゃ、お前さん方。」
インビジブルネイルはグイッと私たちの顔を覗き込む。
逆らったら後で何をされるか分からない静かな威圧感。これが年寄りの威厳というものだろうか・・・?
「え~と、それでいいです。」
「私もいいよ~。」
白は異名とかは正直、どうでもいいのだろう。
私もイマイチ、ピンと来ていない。
だけど、さすがにお爺さんに意見をする勇気は持ち合わせていない・・・。
「決まりじゃな。」
「ガキ脅してるだけじゃねぇか。」
ゲームメーカーは呆れたと言わんばかりにインビジブルネイルに愚痴をこぼす。
そのインビジブルネイルはVサインを掲げてドヤ顔でゲームメーカーに自慢をしていた。
「まったく・・・、あら・・・。」
ため息をつくリサさんは何かに気付いたらしく
外を見つめる。
「どうした、リサ?」
「到着したみたい。」
外では白いセダン車が停り、そこから何人か男が姿を現す。
男達は急ぎ足で後部座席のドアを開くと、そこから頭をすっぽり覆うほどの白いローブを着たやや小柄の・・・子供のような人が降りてくる。
「あとはアイツだけか・・・。」
ゲームメーカーは外の様子を確認すると、静かに立ち上がる。
「どこに居るのか分かるんですか?」
リサさんはゲームメーカーに尋ねると、ゲームメーカーは口角を上げながら、
「アテはある。」
と言い、食堂を後にした。
「カルメンはもう着いたのか?」
インビジブルネイルは聞き覚えのない名前の人物の居場所をリサさんに尋ねる。
「彼女なら夜遅くに着いて、今は部屋だと思います。」
インビジブルネイルの質問にリサさんは淡々と答えた。
私と白は顔を見合わせるとインビジブルネイルは何かを見越してか、
「今夜、ちょっとした話し合いがあるんじゃよ。」
と言って、厨房へと向かう。
ゲームメーカーの様子から、何か重要な行事なのではないかと薄々感じつつも私たちも朝食を取りに厨房へと向かう。
━━全ての生命は生と死を輪廻する
器を変えて、心を改め、ここではないどこかに生を受ける。
じゃあ、残された器はどうなるの?
灼かれて灰塵となって残された者たちの生きる糧となる?
土に埋めて大地の養分として滅びる?
もったいない、そんなのもったいない
器は最高の操り人形
魂が定着してないから弄りたい放題
何して遊ぶ?何を詰めようか?
そうだ、いいモノみ~つけた
ここに器が壊れ、魂のみとなった人がいます。
あの世に逝かせてもいいけど、この魂はそれを拒みます。
だから、新しい器にこの魂を詰め込みましょう
ギュッギュッギュッ~!
ほら、心臓が動き出した。脳の動きも異常なし
あれ・・・?あれれ?おかしいぞ?
身体が溶けていく グッチョグチョに溶けていく。
肉が腐って骨も見えてあら大変
だけど大丈夫 こんなの想定内
ワタシが治しましょう
チチンプイプイ 回復魔法♪
ほら、身体が戻っていく
だけど、元の身体に戻すのは無理そう
だから、新しい身体を作りましょう
心配しないで だってワタシは魔法使い
魔法でどんなお悩みもすぐ解決
チチンプイプイ 変身魔法♪
ステキな身体の出来上がり~
・
・
・
・
・
「お目覚めかしら、ゼアス?」
何もない空間、虚無により包まれた空間で女は独り言を呟く。
彼女の前方には何もない。いや、あるにはある。
ドクッ!ドクッ!と蠢く肉塊が・・・。
そして、その肉塊がパクっと小さく開く。
中からはやや平たく柔らかそうな肉一枚・・・、
その形は「舌」のようにも思えた。
その舌は小刻みに上下に動き、舌から数センチ離れた部分にある突起物のような物が僅かに動く。
そして、開かれた場所から低く重い音が響いた。
「・・・・・・ガ・・・・・・アッ・・・」
「ふふ、慌てないの。まだ身体が魂と定着してないみたいだからもう少し時間が必要ね。」
女は肉塊を優しく撫でる。プニプニとして、押せば弾むように指が押し返される。
さしずめ、若い女性の乳房のような感触がそこにあった。
「もう少しよ。もう少しで妹さんに会えるわ。」
女は優しく微笑み、開かれた部分の周りを優しく手で摩る。
肉塊の蠢いていた舌も落ち着きを取り戻し、少しずつ萎んでいく・・・。
女は肉塊が落ち着いたのを確認すると、静かに肉塊から離れ、辺りを気にし始める。
「喚んでいる・・・?ワタシを・・・?」
女は誰かの声が聞こえたのだろう。少しため息をつくと・・・、
「行かなきゃ・・・・・・ね・・・。」
少しこの場から離れるのを残念そうに肉塊に背を向ける。
「また来るわ。その時はきっと、あなたは喋れるし身体も自由になっているはずよ。」
コツコツと、女は何もない空間を歩いていく。
そして、ある場所を境に女は突如として姿を消した。
あたかも、そこに何も無かったかのように・・・。
薄暗い部屋に1人、女は舞い降りる。
黒色のブラウス、それを覆うように着用する燃え立つような色合いの紅色のトレンチコート、やや長めの焦茶色のタイトスカートに黒のパンプス
頭には、まるで魔法使いが被るようなつばの広い
真紅の帽子を目が隠れる程度まで被っている。
露出した顔の一部分だけ見れば、年齢は30代半ばといったところだろうか。
「よう。」
女が現れた反対側から1人の男が歩いてくる。
「あら、ゲームメーカー。珍しいわね、あなたがココに来るなんて。」
女は口角を少し上げて、ゲームメーカーに挨拶をする。
「また、実験に没頭して忘れてんじゃねぇかと思ってな。」
「忘れてはなかったわよ。ただ、ちょっとワタシの楽しみを邪魔されたけど。」
「けっ、相変わらずだな。アンタは。」
ゲームメーカーは少し、鼻で笑いつつ女に語りかける。
「そういや、アンタに渡したいものがあるんだ。」
「渡したいもの?」
女は首をかしげる。
「ジョーカーに頼まれて死体を処分するんだが、・・・アンタ、ペットの餌欲しがってただろ?
引き取ってくんねぇかと思ってよ。」
女はなるほど、と合点がいったのか笑みを浮かべる。
「頂くわ。食糧は多いに越したことはないから。」
「助かるわ~。ゴミ処分するのも色々と面倒かかるからな。」
ゲームメーカーは、子供のようにはしゃいで喜びを体で表す。
「それで、ワタシを呼んだのは別の理由もあるのでしょう?」
「おお、悪ぃ悪ぃ。こっちが本題だ。全員集まった。夜、いつもの場所に集合な。」
ゲームメーカーは、ひとしきりはしゃぎ終わると
顔つきを元に戻し女に告げる。
サングラスをかけているが、その目つきは鋭く、普通の人間程度なら身体が強ばるほどの威圧感が存在していた。
「楽しみね。今度はどの国が堕ちるのかしら?」
女は口角を上げ、微笑を浮かべる。艶めいたその表情は顔の上半分は帽子で見えないが、見るものを魅了し、男の性欲を掻き立てる魔力を持つ。
だが、彼女をモノに出来る男など存在しない。
その証拠に、彼女の毒牙にかかった男達はホルマリン漬けにされて彼女の実験材料となる。
その証拠に、女とゲームメーカーを挟むように、左右一直線ずつホルマリン漬けにされた男女の標本瓶が鎮座されていた。
「相変わらず不気味だな。」
ゲームメーカーは彼らを見て、苦笑いを浮かべる。
「そう?可愛いらしいと私は思うけど。」
女は全裸の男が漬けられた標本瓶に近付き、右手で摩る。
「俺には理解できねぇや。」
ゲームメーカーは、やれやれと言わんばかりに標本瓶から目を逸らす。
「他人の趣味を理解出来るほど、人間は出来ていないもの。人間は常に自分の目線でしか物事を語れないものよ。」
女はゲームメーカーを諭すように、または自分に言い聞かせるように呟く。
「そういうもんかねぇ?」
ゲームメーカーも納得したようだが、やや歯切れの悪い返事をする。
「フフッ・・・いずれ分かるわ。あなたにも・・・。さぁ、行きましょうか?」
女は部屋の出口となる扉に向かって歩き始める。
「人体実験も程々にしておけよ、次元魔女。」
ゲームメーカーはその女の異名を口にする。
ジョーカーと相反するもう1人のジョーカーの名を・・・。
「ご忠告ありがとう。」
レディジョーカーはそう言い残し、部屋を後にする。
ゲームメーカーもやれやれと言わんばかりに、続いて部屋を出ていく。
後に残されたのは、ただ静かに贄となる時を待ち続ける肉人形達の失楽園のみであった・・・。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
日は沈み、太陽は徐々にその姿を隠す。
代わりに現れる月は太陽の助力をもって漆黒の世界に僅かな光を灯す。
そして、その月光に照らされた細い道を2人の男女が静かに、確実に1歩ずつ前へ進んでいく。
「そうか、彼女達は了承してくれたか・・・。」
着崩れ1つない漆黒のスーツを見に纏った男、ジョーカーが自身の秘書である女性と話し合う。
「ええ、あなたが交渉して失敗した試しがありませんね。」
ジョーカーの秘書、リサはため息混じりにジョーカーを労う。やや皮肉混じりだが、彼女なりの称賛でもある。
「これだけが取り柄だからね。」
ジョーカーはやや苦笑いを浮かべて、リサの歩くスピードに合わせている。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ん?どうしたリサ?」
リサの皮肉が途切れたことに疑問を感じ、ジョーカーはリサの顔色を窺う。
「いえ・・・・・・・・・ただ、まだ幼い娘達を巻き込んだことに少し罪悪感があるのかもしれません。」
「ふむ・・・。」
ジョーカーはリサの言ったことも一理あると考えた。だが、それでも彼にとって彼女達は必要な存在だと感じた。
「キミには迷惑をかけるね。」
ジョーカーはリサの肩をポンッと軽く叩く。
「あっ・・・・・・いえ・・・・・・。」
襲いくる雑務をただひたすらにこなす日々・・・。
そのくせ、仕事の愚痴を話せる友人は彼女には存在しない。
だからこそ、ジョーカーのこの軽いスキンシップが彼女の心を少しだけ癒してくれる。
特別な感情が無いと言えば嘘である。
だが、その感情は仕事上では不必要なもの、だからこそリサはこの感情を押し殺している。
無論、ジョーカーはそんなことを知る由もないが・・・。
「(本当に鈍感なんだから・・・。)」
聞こえない程度で自分の気持ちをさらけ出すリサ・・・。
「ん?何か言ったかい?」
「いえ、何でも・・・。」
適当にはぐらかし、リサは本心が浮き彫りになりつつある顔を静かに整える。
歩くこと数分、2人の目の前には背丈の2倍はあろうかという巨大な扉が佇む。
「私はここでお待ちしています。」
リサは軽く会釈をして半歩下がる。
「ああ。ありがとう。」
ジョーカーは少し笑みを浮かべてその扉を静かに開く。
扉の奥は薄暗く、中央には薄暗い部屋を僅かに灯すようにホログラムの地球儀が浮かび、その地球儀を中心とした円卓が鎮座する。
そして、円卓を囲むように6つの椅子・・・その1つを除いた5つの椅子に動く影が見える。
「遅せぇぞ、ジョーカー。」
その影の1つがジョーカーの名を呼んだ。
ジョーカーはその声を毎日のように聴き、イヤでもその顔を思い出す。
「待たせてしまったね。」
ジョーカーは低く、重い声でその声の主に陳謝する。そして・・・ゆっくりと歩き始め、影の姿を確認していく。月の光が部屋を灯し、少しずつ彼らの顔が視認出来るようになる。
ジョーカーは歩きながら彼らに向けて話を切り出す。
「遠路はるばる集ってくれたことに感謝する、同志諸君。」
ジョーカーはゆっくりと彼らの顔を1人ずつ確認していく。
「『戦争屋』 ゲームメーカー。」
「あいよ。」
ゲームメーカーは笑みを浮かべ、ジョーカーに返答する。
「『不存の殺人鬼』 インビジブルネイル。」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。」
インビジブルネイルの笑い声が部屋中に響き渡った。
「『次元魔女』 レディジョーカー。」
「・・・・・・・・・(笑い)」
何も言わず、不敵な笑みを浮かべるレディジョーカー。
「『星詠みの童女』 スターメイト。」
「・・・・・・・・・はい。」
白いローブをすっぽりと被り、顔が見えないが声に幼さを残すその少女はジョーカーに静かに返事をする。
「『始祖の天秤』 カルメン。」
「早く始めましょう。時間が惜しいわ。」
褐色肌にややウェーブがかかった茶色のロングヘアー。上半身は胸部のみを覆う黒いチューブトップの衣装に、両足を赤と白が交差するパレオスカートで覆った20代後半と思われる女性は右手で頬杖をつきながら訴えた。
「全員、揃っているようだね。」
ジョーカーは全員、出席していることを確認すると部屋の入口から最奥部となる椅子に腰掛ける。
「まだ、足りないぜ?」
ゲームメーカーは天井を見ながらジョーカーの発言に異を唱える。
「『神の意思』 ジョーカー。」
ゲームメーカーはジョーカーの異名を言うと、ジョーカーは少しだけ笑みをこぼした。
そして、ジョーカーは今一度、全員の顔を確認し、公言をする・・・。
「さぁ、始めようか。この世界の未来を決める有意義な会合を・・・。」
彼らの存在を知るものは少ない。むしろ、彼らの存在は知られてはいけない。
世界を統率し、たった6つの意思によりその行く末を決められる。
彼らに与えられたのは絶対的な権限
誰も彼らに逆らうことは許されない
各国のトップも、そして・・・それらを纏める国連ですらも・・・。
彼らを知るものは、存在への畏怖、または彼らが作り出す新たな未来を称え、こう呼称する。
「意思統合機関」(ディメンジョンオーダー)と・・・。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
朝の光を浴びて私は目を覚ます。
正直、こんな風に穏やかな朝を迎えられる時が来るなんて思ってもみなかった。
隣では、白が少しだけ笑みを浮かべて熟睡している。
私は、この笑顔を護るためにあの人達と共に行くことを決めた。
恩返しとか、そういう思いもあるけれど私の第1の目的は白を護ること。
だから、白・・・私のそばを離れないで。
私の目の届く所にずっといてね・・・。
私は白の頭を優しく撫でる。
トントン。
不意に誰かが部屋のドアを叩く音がした。
「ちぃーす。」
入って来たのは、私が信用出来ない男第1位として殿堂入りした男、ゲームメーカーだった。
「・・・おはようございます。」
挨拶するだけなのに、露骨に私は不機嫌になってしまう。
「朝食食って身支度しとけよ。」
「えっ?」
ゲームメーカーはそれだけ言うと、部屋から立ち去ろうとする。そして、去り際に一言、こう言い残した。
「イイところ、連れてってやるよ。」